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12.お母さんって呼んでもいいですか
しおりを挟むパキ、パキ……パキ。
プチプチプチ……プチ…。
「あの、蘭さん。私も包丁をお借りしても?」
「んー……ごめんね。誰かさんが、怪我しそうなものは与えるなって」
ああ、はいはい。大和さんですね、わかります。と言うより私に関しては大和さんの許可が必要なのか。でも、こう、大事な作業ではあるけれどアスパラの根元を折ったり、エンドウ豆の筋とりをしたり。凄く子供のお手伝いの域を超えない、下手したら熟練の主婦(多分)である蘭さんの足を引っ張てるかもしれないやつでは。なんて、そわそわしてしまう。
「あの、私邪魔してないでしょうか……」
話しかけてしまえば、それが邪魔かもしれない。なんて気がしなくもないが無言での作業は辛い。
「ふふ。助かってるわよ、下ごしらえは結構手間だからね。それにしても慣れてるわね、上手いわよ」
何か役割が欲しいと、大和さんに八つ当たりで喚いてしまったことはしっかりと覚えている。熱で朦朧と
していたとは言え、呆れられて捨てられてもおかしくなかったのに。
「へへ……」
前世ではこれでもちゃんと母の手伝いとかしていたんですよ。なんて、少し胸を張る。言えはしないけど、褒められたことは素直に嬉しい。
「ねえ、灯ちゃん……大和のことどう思ってる?」
ドキリとした。
「えっ……えっとえっと、かっこいいですね……?」
私の言葉を聞いた途端に、目を開いて固まった蘭さんを見て気づいた。これは所謂恋バナでは絶対ない。
「ああああ、ごめんなさい違いますね、えっと優しくしてもらってます!変な意味じゃなく!」
変な意味じゃなくって言う必要ないな。ああ、もうこの口は。なんて自分の口を両手で押さえてみたものの、ぶりっ子が過ぎるのでは。なんて、自分へのツッコミしか浮かばない。
「……ふっ、ははははは」
蘭さんが大口を開けて笑った。大和さんに似た形のいい眉が八の字を描いて、女性らしい柔らかな目元が細められた。目じりにできた皺が、似ていないのにお母さんを思い出す。
「やだもう、ふふ……そう、そうねえ。良かったわ」
何かを納得した様に頷いた後、蘭さんの手がふわりと私の顔を包んだ。
「あなたは、良い子ね」
涙が出そうだった。大和さんも優しいけれど、どうにも男性を意識してしまっていた。蘭さんはこの人生で初めて出会った、優しい大人だ。
「へへ……私もっとお手伝い頑張ります、お母さん……あっ……いやあの蘭さん……」
やらかした。この世界では呼んだことどころか、見たことすらない母親。もしも、蘭さんみたいな人だったら嬉しいな。なんて、あり得ないことを思った。蘭さんみたいな人だったら、私を生贄になんてしなかっただろう。
「……ふふ。いいわよ、産んだことないけど。そういう歳だしね」
咄嗟に顔を上げたら、蘭さんの手が私の頭を撫でてから離れていった。
「大和の前じゃ言えないけど、私にとっては可愛い…妹……いいえ、娘……そう、思ってもいいかしら?」
ぼん。と、音がするくらい顔に熱が上がった気がした。嬉しくてたまらないし、心臓がやけに早く感じる。何度も何度も頷いた。
「私、きっとここで生まれたんですよ」
だって、思い出したのは大和さんが私を拾ってくれた夜。それまでなんて、死んでいたのと変わらない生活だった。だから凄く嬉しかったのだ。正直少し泣いた。
だから、蘭さんが少しだけ寂しそうに笑ったのを私は見逃してしまった。
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