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10.熱が出ました
しおりを挟むここに来てからと言うもの、私は筋力や体力のなさで歩けなかったことを覗けば体は健康だった様に思う。もちろん歩けなかったことが健康な状態化と言われれば違うのだけど。
「ああ……なんか喉痛い」
体の火照りと、それから喉に感じるいがらっぽさ。
――風邪かなあ。どうしよう。
自己判断ではあるが、軽度の風邪だと思う。けど、ここは前世の様に薬を簡単に飲めたりはしない。村にいたころ一度だけ高熱で死にかけたけど、貰えたのは水と追加の布切れだったように思う。
――あれで生き延びたんだから、これくらいなら大丈夫だよね
へらりと緩んだ頬に、笑いごとじゃないと戒める。自分の手でおでこを触ってみても、当然よくわからない。
「灯、起きとるか?」
一緒の部屋で寝ているはずなのに、朝は以前と同じように部屋の外から声がかかる。
「はい」
短く返事をして、重い体を起こしてみる。なんとか立てたから問題はなさそうだ。あまり心配をかけてもよくないな。なんて、両手で頬を上に上げて笑顔を作る。
「おはようございます。大和さん」
そっと差し出された手に躊躇する。抱き上げられるよりはいいのだけれど、熱があるなら触れたら気づかれてしまいそうだと思った。ただそれだけだった。
「……どうしたん?」
冷たい声に、心臓が跳ねる。
「えっ、いやえっと汗かいちゃって……手握ったら悪いかなって」
「そんなこと気にせんでええよ。ほら」
熱いから嘘ではない。そっと顔を上げれば、いつも通り微笑む大和さんにほっとする。
「はい。すみません」
それでも笑顔に圧を感じて慌てて手を重ねると、大きなため息が頭の上から聞こえた。
――怒られる!
咄嗟にぎゅっと目を閉じると、頭をぽんぽんと撫でられた。
「あかりぃ……熱あるやん。なんで、辛いって言わへんの」
「へ?いや、立てるんで大丈夫ですよ。ほら」
拳を握って、両手を上げて元気ポーズをしてみた。それを無反応で見つめる大和さんにだんだん恥ずかしくなって、私は腕をゆっくりと下ろした。
「少し熱っぽいかなって……思ったけど、ご飯食べて安静にしてたら大丈夫だと思うんですよ。蘭さんのご飯美味しいし、私まだここで何もしてないし」
雑用をすることさえお許しが出なくて、私の毎日はご飯と散歩で出来ている。でもそれによって体力もお肉もついたと思うのだ。健康にしていることさえわかってもらえれば、次はお仕事を要求するつもりなのに、何もしてないのに熱を出したなんて辛すぎる。
「灯……あんな、俺はとにかくお前に毎日旨い飯食わせて、元気にさせてやりたいんや」
なだめる様な大和さんの声に、もやもやとしたものが胸の中を暴れている。
「もう、元気ですよ」
絞りだした声で反論する。
「まだ、こんな小さいやん」
小さくて、悪かったな。多分、遺伝とかだよ。
「小さいは関係ないんです!私誰かの役に立ちたい。ここにいていいなら、何かさせてください。与えられるだけなら、前とそんなにかわらない!」
美味しいご飯を貰える。優しい言葉をかけられる。それは大きな違いだけど、私自身には何の価値があるのだろう。生贄にするためにただ生かされたのと、何が違うのかわからないのだ。食べる為だと言われたなら良かったのに。そうしたら美味しくなるために生きられたのに。
「うぅ……食べるんじゃないなら、ちゃんと私に意味をください」
もう自分でも何を言ってるのかわからなかった。灯としての人生はあっさり終わってしまった。もう手に入らないのに、思い出してしまった事への不満。大和さんには関係ないのに。
「灯……、泣かんで」
慌てる大和さんの声に、それでも私の口は止まらなかった。
「泣いてません!うぇ……うう……喉いたい」
喚いたせいで、喉がひりひりと痛む。興奮したせいか気持ち悪い。
「おかあさん……苦しいよう」
もうぐちゃぐちゃで、私は床に蹲った。床板が冷たくて、起き上がりたくない。
「灯ほら、ちょっと一回布団に戻ろ、な?」
「やだあ。ここで寝るぅ」
腕を掴まれるのを振り払って、私はまた床に突っ伏す。
「はあ……どうしたらええんやこれ。でも、そうやな子供やもんな……ぐずってもしゃあないな」
無理やり抱き起こされて、いやいやと暴れてみたけどしっかりとした腕は今度はびくともしなかった。
「よしよしごめんなあ。辛かったな。俺が悪かったかったから、もう泣かへんで」
ぽんぽん。と優しく背を叩くリズムに安心して、私はゆっくりと目を閉じた。なんだかいつもこうされているような気がした。
「……子供でごめんなさい」
子供みたいに駄々をこねるつもりはなかったのに。灯としての自分が、やっと意識を持ったこの体に引っ張られているような気がする。
「ええよ。そんなことで謝らんで、泣きたくなるわ」
ぎゅっと少しだけ強く抱きしめられて、解放された。代わりに布団の温もりが私を包む。
「ゆっくり、おやすみ」
甘く響いた声に、私は余計に顔が熱くなるのを感じて、そのまま目を開けられなかった。
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