上 下
12 / 21

8.お怒りです

しおりを挟む

「……あの、大和さん。これは一体」
「布団やな、他のなんかに見えるんか?」
 夜ご飯を終えた後、連れていかれたのはいつもの部屋ではなかった。そして大和さんは私を抱えたまま部屋の中に入り、布団の上に下ろしてくれた。目の前にあるのは確かに布団だ。そして二枚ある。色違いの落ち着いた赤と青。夫婦布団みたいに見えるが、それがぴったりとくっついている。
「これは……」
「今日から一緒に寝ることにしたから、慣れてな」
 にっこりと笑った大和さんには有無を言わせない迫力があった。

 迷子になった日。蘭さんの声が聞こえた後も私は部屋に戻ることも、食事の場所へ移動することもできずに土の上に座っていた。多分腰が抜けたのかもしれない。心臓も落ち着かなくてそのまま休んでいた。どうせ食事の時間には大和さんが迎えに来るのだ。部屋に私がいなければ探すだろう。ここは部屋からもそう遠くないから、すぐに気づいてくれるはずだ。だから、待っていてもいいだろう。なんてのんきに思っていたのが間違いだった。
「灯……ここで、何してるん」
 酷く冷たい声だった。
「えっと……、ちょっと歩きすぎちゃって休んでました」
 嘘はついていない。いつもより歩きすぎたのは事実だ。だけれど、プレッシャーと言うか重たい空気を感じて顔をあげられない。
「なあ、逃げようとしてたんと違うん?」
「えっ、どこに?」
 どこに。自分で発した言葉に驚いた。でも実際どこに逃げると言うのだろうか。私を生贄として差し出した村に戻るなんて死んでもごめんだ。いや、帰ったところで受け入れてもらえる気がしない。そもそも山の中を歩いているうちに動けなくなるだろう。前世に戻れると言うのなら、帰りたい。
「だって、私に帰る場所なんて……どうせ、死ぬんだったらここで食べられた方がまだ」
「……そんな顔せんといて。俺の勘違いやったならいい」
 頭をそっと撫でられる。なんだか悔しくて言葉が出なかった。私にとってここは帰ってくる場所だったのに。大和さんから見た私は、いつ逃げ出してもおかしくない存在だったのだろうか。だから、いつも部屋に迎えに来ていたのだろうか。
「大和さんの馬鹿あああ……」
「えっ……灯?なんで、お前が泣くんや」
 涙が出て止まらなかった。慌てた大和さんが私の顔を着物の袖で力任せに拭った。苦しくて、もがいたらまた勢いよく解放される。
「うっ…げほっ」
「あああ、ごめんな。なんや俺が悪かったから、もう泣かんで……その、心配したんや」
 わかるか。そう優しく言われて、私は仕方なく頷いた。心配して怒ってくれたと言うのなら、今はそれでいい。けれど、私は今後どうしたらいいのか。どうすればいいのかをちゃんと受け止めなきゃいけない。そう思った。
「あの、大和さん……お話があります」
「うん?まあ、後でな。とりあえず食べに行かんと蘭が怒るで」
 私の返事を待たずに抱き上げられて、連れていかれる。泣いたら確かにお腹が空いたので抵抗はしなかった。
「腹が減っては戦はできぬ」
 ぼそりと呟いた言葉に大和さんは不思議そうに首を傾げた。

 そんなことがあった後、食事を終えた私はこの部屋に連れてこられた。蘭さんが慌てた様に大和さんに何かを言っていた気がするけれど、何を話しているかまではわからなかった。
「寝るって、寝るだけですよね」
 確認、一応の確認だ。
「……寝る以外になんかあるん?」
 ふっと、色気たっぷりに笑った大和さんの破壊力はやばかった。数秒意識を手放した気がする。
「あ、ありません!」
 勢いよく布団に潜ると、大和さんの楽しそうな笑い声が聞こえた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

政略結婚の約束すら守ってもらえませんでした。

克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 「すまない、やっぱり君の事は抱けない」初夜のベットの中で、恋焦がれた初恋の人にそう言われてしまいました。私の心は砕け散ってしまいました。初恋の人が妹を愛していると知った時、妹が死んでしまって、政略結婚でいいから結婚して欲しいと言われた時、そして今。三度もの痛手に私の心は耐えられませんでした。

身代わりの公爵家の花嫁は翌日から溺愛される。~初日を挽回し、溺愛させてくれ!~

湯川仁美
恋愛
姉の身代わりに公爵夫人になった。 「貴様と寝食を共にする気はない!俺に呼ばれるまでは、俺の前に姿を見せるな。声を聞かせるな」 夫と初対面の日、家族から男癖の悪い醜悪女と流され。 公爵である夫とから啖呵を切られたが。 翌日には誤解だと気づいた公爵は花嫁に好意を持ち、挽回活動を開始。 地獄の番人こと閻魔大王(善悪を判断する審判)と異名をもつ公爵は、影でプレゼントを贈り。話しかけるが、謝れない。 「愛しの妻。大切な妻。可愛い妻」とは言えない。 一度、言った言葉を撤回するのは難しい。 そして妻は普通の令嬢とは違い、媚びず、ビクビク怯えもせず普通に接してくれる。 徐々に距離を詰めていきましょう。 全力で真摯に接し、謝罪を行い、ラブラブに到着するコメディ。 第二章から口説きまくり。 第四章で完結です。 第五章に番外編を追加しました。

私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?

新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。 ※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

【完結】婚約破棄されたので、引き継ぎをいたしましょうか?

碧桜 汐香
恋愛
第一王子に婚約破棄された公爵令嬢は、事前に引き継ぎの準備を進めていた。 まっすぐ領地に帰るために、その場で引き継ぎを始めることに。 様々な調査結果を暴露され、婚約破棄に関わった人たちは阿鼻叫喚へ。 第二王子?いりませんわ。 第一王子?もっといりませんわ。 第一王子を慕っていたのに婚約破棄された少女を演じる、彼女の本音は? 彼女の存在意義とは? 別サイト様にも掲載しております

前略、旦那様……幼馴染と幸せにお過ごし下さい【完結】

迷い人
恋愛
私、シア・エムリスは英知の塔で知識を蓄えた、賢者。 ある日、賢者の天敵に襲われたところを、人獣族のランディに救われ一目惚れ。 自らの有能さを盾に婚姻をしたのだけど……夫であるはずのランディは、私よりも幼馴染が大切らしい。 「だから、王様!! この婚姻無効にしてください!!」 「My天使の願いなら仕方ないなぁ~(*´ω`*)」  ※表現には実際と違う場合があります。  そうして、私は婚姻が完全に成立する前に、離婚を成立させたのだったのだけど……。  私を可愛がる国王夫婦は、私を妻に迎えた者に国を譲ると言い出すのだった。  ※AIイラスト、キャラ紹介、裏設定を『作品のオマケ』で掲載しています。  ※私の我儘で、イチャイチャどまりのR18→R15への変更になりました。 ごめんなさい。

婚約者すらいない私に、離縁状が届いたのですが・・・・・・。

夢草 蝶
恋愛
 侯爵家の末姫で、人付き合いが好きではないシェーラは、邸の敷地から出ることなく過ごしていた。  そのため、当然婚約者もいない。  なのにある日、何故かシェーラ宛に離縁状が届く。  差出人の名前に覚えのなかったシェーラは、間違いだろうとその離縁状を燃やしてしまう。  すると後日、見知らぬ男が怒りの形相で邸に押し掛けてきて──?

仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが

ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。 定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──

処理中です...