上 下
3 / 21

2.美味しくないです!

しおりを挟む

いつの間にか眠っていた私は、目を覚ますとぼんやりとした優しい明かりを見つめた。平べったい布団に硬い枕。田舎のおばあちゃんの家に最後に行ったのは中学に上がる前だっただろうか。
「……ここ、どこ?」
どうにか体を揺らして辺りを見渡せば、畳の上に敷かれた布団と、障子の扉。旅館の一室の様な部屋の中で、ぼんやりとした明りが浮かび上がらせた私は浴衣を着ていた。
 あの箱の中の私は、適当な布切れに包まれてほとんど裸だったように思う。となると、誰かが箱から出すついでに着せてくれたのだろう。予想に反してあまりに真っ当な扱いを受けていることにどうしていいかわからない。
箱を空けていきなり引き裂かれる。なんて妄想を笑えないくらいには、鬼は大変難しい存在であると私に最低限のご飯を運んできたおばさんが言っていた。生贄さえ渡せば、村は救われる。だから生贄と言うのは名誉ある仕事なのだと何度聞かされただろうか。だったら、変わってあげるのに。今ならばはっきりと言ったし暴れて見せただろうけど。あの頃の私はそういう思考さえ奪われていた。
――ぐぅううう。
 思いの外大きな腹の音が、静かな部屋に響き渡る。
 同じタイミングで、バタバタと重量感のある足音が近づいてきた。慌てて布団をかぶってそっと息をひそめてみたけれど。意味はあるのだろうか。
「なあ、起きたん。ご飯食べさせたるからおいで」
 まるで子供相手にでもしているかのような声がする。声から察するに私を運んできた男だ。
「……わ、私がごはんになるんじゃないんですか?」
「はあ?腹壊すわ、っていうかお前のどこに食いでがあんねん」
失礼な!とは思ったけれど、それは事実だ。ダイエットにハマってなんとか食べずに過ごした日々でだってこんなに痩せたりはしなかった。美味しく食べて、美味しく食べられる未来があるとしても、せめて美味しい最後の晩餐にはありつきたい。それよりも、私をここに運んだのは男の人だったのだろうかと思うと、恥ずかしくてたまらない。
「無理やり連れてかれんのと、どっちがええねん」
 少しだけイラついた声に慌てて起き上がる。優しいからと変な態度をとり続ければ痛い目には合うかもしれない。布団をかぶったまま障子戸に手をかけた。ゆっくりと隙間を広げていけば、赤色が目に入った。
「お、おはようさん。布団なんて被って、寒いんか?」
 息が止まった。なんて、表現を本当にするなんて思わなかった。真っ赤な髪の毛に黒いするどい角が二本。女子が羨むくらいの長いまつ毛が揃った切れ長の目に、形の良い眉毛。高い鼻に白い肌。そんな美しい男が私に向かっておかしそうに笑みを浮かべていたのだ。
「さささ、寒いっていうか貧相っていうか、違うの、えっとごめんなさい。生贄なのに美味しくなさそうでごめんなさい」
 口からでたのは意味不明な言葉の羅列。慌てて被っている布団ごと部屋の中に戻ろうとして、捕まった。
 がりがりの腰に大きな手が簡単に回って、引き寄せられる。途端に肌に感じた体温にカッと顔が熱くなるのを感じた。
「だから、ええって言ったやろ。別に食うために貰ったんとちゃうから」
 そのまま子供のように抱き上げられて、私は反射で首に手を回した。何とも言えないいい香りがふわりと鼻をくすぐって、涙目になる。布団がずり落ちて、守るものがなくなった私の頭をゆっくりと優しく撫でるその手に私はますます顔をあげられなくなった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

旦那様が多すぎて困っています!? 〜逆ハー異世界ラブコメ〜

ことりとりとん
恋愛
男女比8:1の逆ハーレム異世界に転移してしまった女子大生・大森泉 転移早々旦那さんが6人もできて、しかも魔力無限チートがあると教えられて!? のんびりまったり暮らしたいのにいつの間にか国を救うハメになりました…… イケメン山盛りの逆ハーです 前半はラブラブまったりの予定。後半で主人公が頑張ります 小説家になろう、カクヨムに転載しています

明智さんちの旦那さんたちR

明智 颯茄
恋愛
 あの小高い丘の上に建つ大きなお屋敷には、一風変わった夫婦が住んでいる。それは、妻一人に夫十人のいわゆる逆ハーレム婚だ。  奥さんは何かと大変かと思いきやそうではないらしい。旦那さんたちは全員神がかりな美しさを持つイケメンで、奥さんはニヤケ放題らしい。  ほのぼのとしながらも、複数婚が巻き起こすおかしな日常が満載。  *BL描写あり  毎週月曜日と隔週の日曜日お休みします。

ただ貴方の傍にいたい〜醜いイケメン騎士と異世界の稀人

花野はる
恋愛
日本で暮らす相川花純は、成人の思い出として、振袖姿を残そうと写真館へやって来た。 そこで着飾り、いざ撮影室へ足を踏み入れたら異世界へ転移した。 森の中で困っていると、仮面の騎士が助けてくれた。その騎士は騎士団の団長様で、すごく素敵なのに醜くて仮面を被っていると言う。 孤独な騎士と異世界でひとりぼっちになった花純の一途な恋愛ストーリー。 初投稿です。よろしくお願いします。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

二度目の人生は異世界で溺愛されています

ノッポ
恋愛
私はブラック企業で働く彼氏ナシのおひとりさまアラフォー会社員だった。 ある日 信号で轢かれそうな男の子を助けたことがキッカケで異世界に行くことに。 加護とチート有りな上に超絶美少女にまでしてもらったけど……中身は今まで喪女の地味女だったので周りの環境変化にタジタジ。 おまけに女性が少ない世界のため 夫をたくさん持つことになりー…… 周りに流されて愛されてつつ たまに前世の知識で少しだけ生活を改善しながら異世界で生きていくお話。

王宮医務室にお休みはありません。~休日出勤に疲れていたら、結婚前提のお付き合いを希望していたらしい騎士さまとデートをすることになりました。~

石河 翠
恋愛
王宮の医務室に勤める主人公。彼女は、連続する遅番と休日出勤に疲れはてていた。そんなある日、彼女はひそかに片思いをしていた騎士ウィリアムから夕食に誘われる。 食事に向かう途中、彼女は憧れていたお菓子「マリトッツォ」をウィリアムと美味しく食べるのだった。 そして休日出勤の当日。なぜか、彼女は怒り心頭の男になぐりこまれる。なんと、彼女に仕事を押しつけている先輩は、父親には自分が仕事を押しつけられていると話していたらしい。 しかし、そんな先輩にも実は誰にも相談できない事情があったのだ。ピンチに陥る彼女を救ったのは、やはりウィリアム。ふたりの距離は急速に近づいて……。 何事にも真面目で一生懸命な主人公と、誠実な騎士との恋物語。 扉絵は管澤捻さまに描いていただきました。 小説家になろう及びエブリスタにも投稿しております。

異世界は『一妻多夫制』!?溺愛にすら免疫がない私にたくさんの夫は無理です!?

すずなり。
恋愛
ひょんなことから異世界で赤ちゃんに生まれ変わった私。 一人の男の人に拾われて育ててもらうけど・・・成人するくらいから回りがなんだかおかしなことに・・・。 「俺とデートしない?」 「僕と一緒にいようよ。」 「俺だけがお前を守れる。」 (なんでそんなことを私にばっかり言うの!?) そんなことを思ってる時、父親である『シャガ』が口を開いた。 「何言ってんだ?この世界は男が多くて女が少ない。たくさん子供を産んでもらうために、何人とでも結婚していいんだぞ?」 「・・・・へ!?」 『一妻多夫制』の世界で私はどうなるの!? ※お話は全て想像の世界になります。現実世界とはなんの関係もありません。 ※誤字脱字・表現不足は重々承知しております。日々精進いたしますのでご容赦ください。 ただただ暇つぶしに楽しんでいただけると幸いです。すずなり。

処理中です...