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2.美味しくないです!
しおりを挟むいつの間にか眠っていた私は、目を覚ますとぼんやりとした優しい明かりを見つめた。平べったい布団に硬い枕。田舎のおばあちゃんの家に最後に行ったのは中学に上がる前だっただろうか。
「……ここ、どこ?」
どうにか体を揺らして辺りを見渡せば、畳の上に敷かれた布団と、障子の扉。旅館の一室の様な部屋の中で、ぼんやりとした明りが浮かび上がらせた私は浴衣を着ていた。
あの箱の中の私は、適当な布切れに包まれてほとんど裸だったように思う。となると、誰かが箱から出すついでに着せてくれたのだろう。予想に反してあまりに真っ当な扱いを受けていることにどうしていいかわからない。
箱を空けていきなり引き裂かれる。なんて妄想を笑えないくらいには、鬼は大変難しい存在であると私に最低限のご飯を運んできたおばさんが言っていた。生贄さえ渡せば、村は救われる。だから生贄と言うのは名誉ある仕事なのだと何度聞かされただろうか。だったら、変わってあげるのに。今ならばはっきりと言ったし暴れて見せただろうけど。あの頃の私はそういう思考さえ奪われていた。
――ぐぅううう。
思いの外大きな腹の音が、静かな部屋に響き渡る。
同じタイミングで、バタバタと重量感のある足音が近づいてきた。慌てて布団をかぶってそっと息をひそめてみたけれど。意味はあるのだろうか。
「なあ、起きたん。ご飯食べさせたるからおいで」
まるで子供相手にでもしているかのような声がする。声から察するに私を運んできた男だ。
「……わ、私がごはんになるんじゃないんですか?」
「はあ?腹壊すわ、っていうかお前のどこに食いでがあんねん」
失礼な!とは思ったけれど、それは事実だ。ダイエットにハマってなんとか食べずに過ごした日々でだってこんなに痩せたりはしなかった。美味しく食べて、美味しく食べられる未来があるとしても、せめて美味しい最後の晩餐にはありつきたい。それよりも、私をここに運んだのは男の人だったのだろうかと思うと、恥ずかしくてたまらない。
「無理やり連れてかれんのと、どっちがええねん」
少しだけイラついた声に慌てて起き上がる。優しいからと変な態度をとり続ければ痛い目には合うかもしれない。布団をかぶったまま障子戸に手をかけた。ゆっくりと隙間を広げていけば、赤色が目に入った。
「お、おはようさん。布団なんて被って、寒いんか?」
息が止まった。なんて、表現を本当にするなんて思わなかった。真っ赤な髪の毛に黒いするどい角が二本。女子が羨むくらいの長いまつ毛が揃った切れ長の目に、形の良い眉毛。高い鼻に白い肌。そんな美しい男が私に向かっておかしそうに笑みを浮かべていたのだ。
「さささ、寒いっていうか貧相っていうか、違うの、えっとごめんなさい。生贄なのに美味しくなさそうでごめんなさい」
口からでたのは意味不明な言葉の羅列。慌てて被っている布団ごと部屋の中に戻ろうとして、捕まった。
がりがりの腰に大きな手が簡単に回って、引き寄せられる。途端に肌に感じた体温にカッと顔が熱くなるのを感じた。
「だから、ええって言ったやろ。別に食うために貰ったんとちゃうから」
そのまま子供のように抱き上げられて、私は反射で首に手を回した。何とも言えないいい香りがふわりと鼻をくすぐって、涙目になる。布団がずり落ちて、守るものがなくなった私の頭をゆっくりと優しく撫でるその手に私はますます顔をあげられなくなった。
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