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26話 踏み出す勇気、踏み出した代償
しおりを挟む「どこに行ったんだよ、椿芽……」
響は息を切らしながら周りを見渡す。椿芽の姿を探して走り続けているが、どうにも彼女の足が速い。こんなに早く走れたか?違和感を覚えつつも、響は足を止めることなく追いかけていた。
「ここ最近、様子が少し変だったけど、今日は特に……」
幼なじみだからこそ気づく違和感。長年の付き合いで、距離感が近いことには慣れていたはずだが、最近の椿芽はそれを越え、一歩踏み込んでくるような距離感を持っていた。いや、以前にもこんなことがあった。椿芽がこの街に引っ越してきたばかりで、まだこちらに馴染めず、響の後ろを不安そうにくっついて回っていた頃に似ている。
響はそんな昔の記憶を思い出しながら、椿芽の姿を探し続けていた。
響は公園の入口付近までやってくると、入ってきた時に見かけた花畑が目の前に広がっていた。色とりどりの花が咲き誇り、まるで絵画のように美しい光景だ。しかし、そんな光景の中から微かにすすり泣く声が聞こえてきて、響は足を止め、声のする方へと歩き出した。
「いた……!」
花畑の中で椿芽がしゃがみこんでいるのが見えた。身を隠しているというわけではない。小さくうずくまる彼女の背中が、どこか痛々しいほどに寂しげだった。
「椿芽……」
「……!?」
響がそっと肩に手を置くと、椿芽は驚いたように振り返った。怯えたような目で、こちらを見つめている。
「ひーくん、来ないで……!」
響が困惑し、思わず一歩引いてしまう。けれども、その不安そうな瞳に引き寄せられるように、すぐまた声をかけた。
「どうしたんだよ、椿芽……」
椿芽は視線を落とし、震えるようにして小さく呟いた。
「ひーくんは、私と一緒にいちゃいけないんだ……だから、放っておいて……」
「何言ってんだよ、それ……」
「私と一緒にいると、ひーくんまで不幸になっちゃう……」
「そんなことはない!」
響は即座に椿芽の言葉を遮った。だが、椿芽の瞳はまだ不安と葛藤に揺れている。
「だって……私、悪魔の子だから……」
その言葉を聞いた響は、迷うことなく椿芽の肩を引き寄せ、強く抱きしめた。
「そんなの関係ない。椿芽は、椿芽だろ」
椿芽は驚いて抵抗しようとするが、響はその腕を緩めることなく、優しく語りかけた。
「何があったかはわからない。でも、椿芽。お前が何かに怯えてるなら、一人で抱え込むな。俺が傍にいるから……頼ってくれよ」
「ひーくん……」
響の言葉に、椿芽の肩の力がふっと抜けた。涙に濡れた目で見上げ、弱々しく頷く。
「それに、二人なら、どんなに辛くても乗り越えられる。そうだろ?」
椿芽はしばらく沈黙した後、小さく「うん」と頷いた。
「なんかこれ、プロポーズみたいだな」
響は照れくさそうに笑いながら、ぽりぽりと頭を掻いた。その様子を見た椿芽は、顔を真っ赤に染めながらも、小さな声でポツリと呟く。
「プロポーズ……私は、いいよ……」
「え……?」
響が驚いて顔を上げた瞬間、椿芽は何かを決意したようにじっと彼を見つめると、ゆっくりと顔を近づけた。柔らかな感触が響の唇に触れ、状況を理解するのに少しだけ時間がかかった。
「えへへ……」
椿芽は恥ずかしそうに微笑み、頬を赤らめながらも、響を見つめ続けていた。
響は、泣きじゃくりながらも微笑む椿芽の姿にほっとしたのも束の間、突然全身の力が抜けてしまい、抱きしめていた椿芽から手が離れてその場に倒れ込んでしまった。
「ああああああああああああああああああああ!」
響が驚いて顔を上げると、椿芽が急に頭を抱え、叫び声を上げている。響は何とか起き上がろうとするが、全身に力が入らず、まるで身体が鉛のように重く動けない。
「椿……芽……」
椿芽の目から涙が溢れ、顔を歪ませながら小さく呻いている。
「痛い……頭が割れるように痛い……助けて、ひーくん……」
震える声で懇願する彼女を助けたくても、響の身体は全く言うことを聞かない。意識がだんだんと遠のき、視界が霞んでいく。
「いやだ……いやだよ……」
「ぐぅあつぁ……」
次の瞬間、椿芽が響に向かって手を伸ばし、その小さな手が響の首元に触れる。まるで引き寄せられるように、両手でしっかりと響の首を掴みもちあげる。
「身体が……勝手に……!」
その言葉に込められた悲痛な響きが、かすかに聞こえる。椿芽の涙で濡れた瞳が赤く光り、苦悩と恐怖に染まっている。
「椿……」
響は絞り出すように椿芽の名を呼ぼうとするが、首を締め付けられて息が苦しくなり、言葉が途切れる。視界がますます暗くなり、意識が完全に闇の中へと沈んでいった。
俺は椿芽と響を追って走り回っていると、突然遠くから椿芽の悲鳴が響き渡った。胸がざわつき、急いでその方向へ駆け出す。
「……!!?」
たどり着いた先で見た光景に、息が詰まる。そこには花畑の中で呆然と立ち尽くす椿芽と、その傍らに、頭を失った男の姿が横たわっていた。それは……間違いなく響だったものだ。
一面に咲き誇っていたエーデルワイスの白い花々は、真紅の鮮血で染め上げられている。椿芽もその血にまみれ、まるで異形の存在のように見えた。彼女の背中からは、美しいが禍々しい白い翼が生えており、その異様な光景に全身が凍りつく。
「椿芽……なのか……?」
震える声で彼女に問いかけると、椿芽がこちらを振り返った。その顔には絶望と後悔が浮かび、かすかに潤んだ瞳が俺を捉えている。
「助けて……悟くん……ひーくんが……ひーくんが……」
椿芽の口から絞り出される言葉に、俺は戸惑いながらも一歩踏み出そうとする。しかしその瞬間、何かが風を切る音と共に俺の横を通り過ぎ、次の瞬間、右腕に激痛が走った。
「ア、アガッ……グゥッ……!」
目を向けると、あるはずの右腕がなく、血が吹き出している。絶叫しようとするも、痛みで声がうまく出ない。俺はその場に倒れ込み、苦痛で体をよじらせる。
「ちが……う……私……」
椿芽が泣きながら何かを訴えようとしているのが見えたが、俺にはその言葉を理解する余裕もない。意識が遠のき、ただ必死に呼吸を整えようとするも、息が苦しく、視界が徐々に暗くなっていく。
「いや……いやだ……」
椿芽の震える声が微かに耳に届く。しかし、再び全身に激痛が走り、俺の意識はそのまま深い闇の中へと沈んでいった。
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