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椿芽エーデルワイス
9話 手荷物検査
しおりを挟む朝、響からルインで連絡が来た。「昨日と同じ場所で学校行こう」って。正直、あの微妙な空気のまま、また4人で登校するのは気が重いんだけど……まあ、行くしかないか。
「あいつ、ちゃんと椿芽の機嫌直してるかな……」
できればアリスと椿芽には一緒にいてほしくない気もする。アリス、正直ちょっと怖いし。
指定の場所に着くと、響が待ってた。あれ……なんかボロボロだぞ。
「よう、悟」
「お、おう、響……」
ボサボサの髪、重たそうな目の下のクマ。明らかにげっそりしてる。
「なんだその顔……」
さすがに気になる。何があったんだ?
「聞かないでくれ……」
まさか、昨日の余波がここまで響いてるのか?なんだかんだで響、苦労してるんだな。
「そういえば椿芽とアリスは?」
「2人で先に学校行った」
「2人で!?学校に!?」
あの椿芽とアリスが一緒に?仲良く登校?まじかよ。
「本当に何をした……」
響はチラッと俺を見て、深いため息をついた。「聞かないでくれ……」
いや、なんか俺までしんどくなってくるんだけど。
「そういえばさ……」
「なんだ……?」
「アリス、引き止めるんじゃなかったのか……?」
響が俺にじっと問いかけてくる。
「引き止めようとした……が、俺には荷が重かった……」
「……」
響は無言でジッと俺を見てきて、俺もなんとなく視線を返してしまう。
「……」
少しの沈黙の後、響が低く言った。
「これ以上詮索はやめよう、これは……お互いのためだ」
「そうだな……」
二人して真顔で向き合って、無言でうなずき合う。
やっぱ、女の子って怖いもんだよな……
校門を通ると、昨日俺を助けてくれた風紀委員のリーダー格の女の子が立っているのが見えた。風紀委員の腕章を付け、ピシッとした姿勢で佇む。
「あら、あなたは……」
女の子も俺に気づいて、冷静な表情のまま声をかけてきた。
「昨日は助かりました!」と、俺は慌ててお礼を伝える。
「いいのよ、風紀委員の仕事のひとつだから」
相変わらずのキレイな返しだ。ちょっとした優等生オーラが漂ってる。
その様子を見ていた響が、不思議そうに俺に耳打ちしてくる。
「知り合いか?」
「俺の命の恩人」
ポカンとした顔の響は、まるで話が理解できていないようだ。「???」が顔に出てる。
少しだけ謎めいた感じで答えておいてから、俺は風紀委員の彼女に問いかけた。
「それより、何をなされてるんですか?」
「手荷物検査よ。君も鞄の中、見せてくれる?」
……手荷物検査?学校でそういうのやるなんて聞いてないぞ。でも彼女がそう言うなら、ここで何か言い返すのは野暮ってもんだろう。
「大丈夫ですよ。手荷物検査とかもしてるんですね」
「ええ……うちの学校、頭のネジ外れた人が多いでしょ?ゲームやおもちゃならまだ可愛いけど、あきらかに範疇を超えたものを持ってくる人がいるから」
その言葉に、俺は昨日の茶道部の先輩のことを思い出してしまった。……範疇超えた人ね。確かにいるなぁ。
「そうなんですね……」
「ホント、大変よ……」
俺たちが軽い雑談をしていると、隣で響の顔が青ざめているのに気づく。なんだ、こいつ……まるで捕まったカモみたいな顔してやがる。案の定、風紀委員の彼女も響の様子に気づいたようだ。
「この子の鞄の中とか、ボディチェックしてくれる?」
彼女が指示を出すと、別の風紀委員が響に近づいて、さっそく彼の荷物を調べ始めた。
「ゲーム機とカードゲームが出てきました」
……なに持ってきてんだよ、こいつ。学校に来るのに荷物がゲーセンかよってレベルだ。
「……まだそんな可愛いものだけじゃないはず。よくまなく調べなさい」
別の風紀委員がさらに念入りに調べ始め、響の鞄の奥から出てきたのは――雑誌のカバーで偽装された、やたらと怪しい本。
「……! 雑誌のカバーで偽装したその卑猥な本が出てきました!」
マジで何持ってきてんだよ、お前……!
「……そこの阿呆、尋問室までしょっぴきなさい」
風紀委員の彼女が容赦なく響を指し、ほかの風紀委員たちが問答無用で響を連行し始める。
「待ってください!これには理由が……!」と、響が何か言い訳をしようとしているが、彼は無表情でそのまま連れていった。
「はあ……全く……」
彼女は溜息をついた。まるで俺の友達が迷惑をかけたことを知っているかのように。
「なんかすみません、うちの友人が……」
俺は思わず謝る。
「いいのよ、まだ可愛い方だから。それより、確認させてもらうわね」
彼女は冷静に言った。
「あ、はい」
俺は少しドキドキしながら頷く。
「ん……生徒手帳は鞄に入れるより制服のポケットに入れておいた方がいいわね」
彼女が指摘する。
「そうなんですね、わかりました」
俺は彼女から生徒手帳を預かろうとしたが、彼女が何かに気づいたようだ。
「あなた……佐藤悟っていうのね」
彼女が名前を確認してくる。
「あ、はい、そうです」
ちょっと緊張する。
「そう、そこの君、この子もしょっぴいて」
彼女は他の風紀委員に指示する。
「ええええええ、なんでですか!?」
俺は驚いて声を上げた。
「なんでって、あんな大それた行動しておいてよく言うわ……」
彼女は冷静に返す。
「俺が何したって……」
「学校初日に上半身の上着脱いで裸体を見せつけるとか前代未聞よ……」
彼女の言葉は容赦がない。
「……すみません、言い訳だけでも!」
必死に訴える。
「うるさい、連れてけ……」
彼女はそう言い、俺は風紀委員の子たちに無理やり連れていかれた。
結局、俺たちは朝のホームルームが始まるギリギリまでお説教をしこたま受けて、やっとのことで開放された。
「風紀委員、怖い……」
響がカタカタと震えているのを見て、思わず俺も同じように震えが来る。
「わかる……」
俺も心の底から同意する。昨日の茶道部の先輩でさえ怖かったのに、今日はそれ以上の恐怖を感じた。
「そうだ……悟、すまん、俺、教室行く前にトイレ行ってくる」
響が急に言い出した。どう見ても急を要する様子だ。
「おう、わかった」
俺は適当に返事をしつつ、響がトイレに駆け込んでいくのを見送った。いや、何かやらかしそうな予感がする。
「おい、そっちは……」
俺が叫ぶ間もなく、響は女子トイレに飛び込んだ。しばらくして、ドサッとトイレの中からぶつかる音が聞こえる。
「きゃあああ!」
女子トイレから女の子の悲鳴が響いてきた。ああ、やっぱりやらかしたか。
「ごめんごめん、わざとじゃないんだよ!」
トイレから響が慌てて飛び出してくる。まさか逃げてくるとは思わなかった。
「変態変態変態、殺す殺す殺す殺す!」
ゆっくりと響を追いかけてきたのは、黒髪のポニーテールの女の子。たしか、同じクラスの子だ。目が怒りでギラギラしてる。
「ほんと、ごめん、わざとじゃないんだ、許してくれ!」
響は必死で謝っているけど、状況は完全にまずい。
「殺す殺す殺す殺す……」
女の子は怒りを全開にして迫ってくる。その目の前で響が必死に頭を下げる。
「決して“くまさん”とか言わないから!」
響が焦りながら叫んだ瞬間、女の子の表情が驚きに変わる。これ、逆効果だろうに。
「……!?」
一瞬の沈黙が流れた後、女の子は顔を赤らめると、そのまま思い切り響に強烈な右ストレートを見舞った。
「ぐえ……」
響はその一撃で完全に撃沈した。
「何やってんだよ、お前……」
俺は、無惨に倒れた響をつつきながら呆れる。こいつはほんとやらかすなあ……
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