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囚われた鳥
鳥籠の中
しおりを挟む高月家に養女として迎えられて1ヶ月が経とうとしていた。
有名老舗旅館というのは本当で、立派な旅館と大きなお屋敷に千鶴は思わず言葉を失ってしまった。
今までとは全く違う生活が始まる。
まずは基本、着物で生活をするようになった。旅館の人たちが着物で生活をしているからだ。
着物、家では浴衣でいる事が当たり前で、着付けもすっかり慣れて来た。
学校に行ってもいいと言われたが、千鶴は断った。
その代わり、旅館で見習いでもいいから働かせて欲しいと頼んだ。
学校に行きたいとは不思議と思えなかった。授業を、冷静に聞いていられないと思ったからだ。
働く従業員は厳しくはあるが親切でもあった。……一部にはよく思われていないようであったが、千鶴はよく働いた。
働いた方が両親の悲しい死から離れることが出来るからだ。
ボーッとする事はいくらでもできるが、養ってくれている手前そうやって過ごすことが申し訳なかった。
千鶴は素直で真面目な性格であった。
学校でも優等生として有名だった。そんな彼女を学校側は惜しんだが、引き止める事はしなかった。
頑張ってね。
担任がそう言って見送ってくれたのを思い出して、また頑張ろう、なんて意気込んだ。
16歳という若さではあったが、大人顔負けでよく働いた。
そんな生活も慣れて来た頃、伯父である彰から呼び出しを受けた。
「千鶴ちゃん、今夜一緒にご飯でも食べようか」
「今夜ですか?わかりました」
彰もなかなかに忙しい人物であったらしく、食事を共にするのは片手で数える程度しかなかった。
それでも会えば笑顔で体調や困った事はないかと話しかけて来てくれ、優しく接してくれた。
そんな彰に食事に誘われて軽く浮き足立つ思いであった。
少し早めに仕事を上らせてもらい、使用人に彰の部屋へと案内された。
「やあ、お勤めご苦労様。ささ、そこに座って」
彰の部屋は和室で、かなり広かった。
物はかなり多いようだ。たくさんの収納ケースが積まれていたり、本棚にも沢山の本やファイルが詰まっている。
大きなテーブルには既にキラキラと上品な和食が並んでおり、いい匂いが既に漂っている。
千鶴は彰の前に座り「お待たせしてすみません」と謝罪する。
「いやいや、いいんだ。たまには少しゆっくり話したいと思ってね。……思い出話とか」
「思い出話……?」
「うん。お母さんの昔の話とか聞きたくない?」
母親の昔の話。
美鶴はあまり自分の過去を話した事はなかった。「いい思い出はないのよね」といつも苦笑していたし、アルバムもなかった。
千鶴はその話に興味を惹かれた。
「聞きたい、です」
その言葉に彰は口角をあげて昔話を始めた。
なんて事はない、どこにでもありそうな昔話だ。
彰と美鶴でかくれんぼをしていた話、前髪を斜めに切られて酷く不機嫌だった、反抗期はろくに話が出来なかった、なんて。
美鶴はどこにでもいる少女と同じように成長して来たのだというのが分かる話であった。
いい思い出が沢山語られた。
彰は日本酒を片手に、千鶴も炭酸ジュースを片手に話を聞き、また幸せな家族の話を千鶴からもした。
千鶴にとって、久しぶりに楽しいと思える食卓であった。
話し疲れてすこしの静寂が訪れた時、ふと千鶴の目からはポロリと涙が溢れ落ちた。
「あ、ちが……違うんです、あの、」
そう言って誤魔化そうとするも次々とポロポロと涙が溢れてくる。
彰はそんな千鶴を何も言わずにじっと見つめている。
ようやく、もう両親がここに居ないのだ、と言うことを感じてしまい、時間が動き出したような気がした。
同時にそれを受け止めてくれるだろうと彰に対して気を許しているのを自覚した瞬間でもあった。
彰は黙ってその姿を見ていたが、千鶴の隣に座り頭を撫で、親指で涙を拭った。
その言葉にすみません、と千鶴が口を開きかけた時だった。
「ーーーー泣き顔も、美鶴にそっくりだな」
「……え、」
どこか悦に入ったかのような、恍惚とした響きを持つ呟き。
そうなんですか?とも、何でそんな話を?とも、その疑問は投げかけられる事はなかった。
千鶴の両頬に添えられた両手、唇には人肌の感触、鼻先をくすぐる生暖かい吐息、視界を埋める相手の顔。
ーーーー彰に、キスをされている。
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