籠の鳥の啼く、

おじょく

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囚われた鳥

始まりは悲劇から

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「千鶴、貴女にもきっと、大切な人ができる。幸せになってね」

小鳥遊 千鶴たかなし ちづるの母である美鶴みつるは、千鶴が幼い頃からずっとそう言って頭を撫でた。父親である千尋ちひろも一緒になって頭を撫でて千鶴を揉みくちゃにした。あったかく、くすぐったくなるような、穏やかな空気がそこにある。

「お母さんね、千鶴が幸せな子になりますようにって、妊娠してる時に沢山鶴を折ってお願いしてたの。だからきっと、これから先も幸せになれる」

「お父さんも頑張って折ったんだよ?」

「まぁ、貴方の鶴は不格好で見れたものじゃなかったけど」

母がそう言って、父はバツが悪そうに頭を掻いた。幼い千鶴も「パパぶきっちょ!」と言って一緒になって笑った。

仲が良く、近所でも絵に描いたような家族だと評判だった。

ーーーー幸せだった。

しかし、もうその家族を見る事は未来永劫叶わなくなってしまった。








「ーー交通事故、ですって。可哀想に」

静かな葬儀の中、囁き声は普段よりも響いて聞こえた。
一つの事故は容易く彼女の幸せな日常を奪い去った。

彼女はその時学校に向かっていた。
いつも通り、両親と朝食を取り、2人に見送られて家を出た。

『あれ?お父さん今日休みなの?』
『うん、今日は用事があってね』
『そうなんだ』

『行ってらっしゃい、千鶴。学校頑張ってね』

行って来ます。
それが両親に掛ける最後の言葉となるなど、千鶴は思いもしなかった。

いつも通りの学校で授業を受けていると、担任が血相を変えて入って来て、

『小鳥遊さん!……お父さんとお母さんが……』

そこから先は、記憶が朧げだ。
気がつけば千鶴は、こうして両親の葬儀でぼんやりとお経を聞いていた。

近所の人が好意で葬儀をあげてくれた。

あまりに突然の事で涙も出ず、理解が出来ない。

信号無視で、トラックとぶつかってしまって、即死。

両親が死んだ。死んだ。死んだ。


1人ぼっちになってしまった。





「ーー君が、千鶴ちゃん?」


誰もいない部屋の中両親の骨壷を前に座りぼんやりとしていた千鶴に、声を掛けてくる。

誰もいない筈なのに、と振り返れば40代いかないぐらいだろうか、少し明るい茶髪に喪服のスーツを纏った男がいた。

側には少し若い女性もいた。

誰だろう?と思っていると、男性は膝をついて微笑んだ。

「……美鶴にそっくりだ。間違いない」

そう言って彼は名刺を取り出して名乗る。

「初めまして。お母さんの兄、君からすると伯父にあたるかな。高月 彰たかつき あきらっていうんだ」

そして手を差し出してこう提案したのだ。


「よかったら、うちの養子にならないか?」



弁護士だと名乗る隣の女性が家系図等で説明があり、ひとまずは信じる事にしたものの、突然の申し出に困惑した。

「……親戚はいないと、聞いていました」

そういうと伯父、彰は苦笑した。

「そうだね、駆け落ち同然で君のご両親は家を出てってしまったから。それで今までどうしているかも知らずにこれだけの時間が経ってしまった」

そう言って彰はこれまでの経緯を話し出した。

両親は両家からの反対を押し切り駆け落ち同然に家出。ほぼ縁切り状態で連絡も取れなかった。
母親美鶴の実家、高月家は有名な老舗旅館であり、箱入りお嬢様であった。
美鶴は千尋と恋に落ち、両家の反対を押し切り駆け落ち後に結婚。
両家へ連絡をする事もなく暮らして来たのだ。

高月家は兄である彰が跡を継いだが、良縁に恵まれず跡取りがいない状態である。
そこで美鶴と縁を繋ぎなおし、結婚を認め、その子どもに継いでもらおうというつもりで行方を探していた。

そのような話であった。

今更都合がいい、と思わないでもないが、彰の表情が何だか大人にしては情けなく見えて同情も誘った。

「でも、まさか見つける前に亡くなってしまうなんて」

そういって俯いた。
嫁も子もなく、妹まで亡くしてしまった彰を見ていると、千鶴は哀れにも思ってしまった。

「……どうだろう。お金に不自由はさせない。今となっては僕が唯一の君の血族だ。すぐに家族になれるとは思わない。でも君さえ良ければ、僕の……家族になってくれないだろうか」

そう言われて考えてしまった。
自分の両親は、あの2人だけだ。
でも、1人は嫌だ。
今目の前にいる伯父と名乗る男は、親切に手を差し出して家族になろうと言ってくれている。


正直、他の選択肢はなかった。
千鶴は恐る恐るその手を取った。


「…………お世話に、なります」

 
伯父はその言葉に喜び、お礼を言いながら千鶴を思わず抱きしめて、すぐに離してごめん、なんて謝った。
やっぱり血が繋がっているのかもしれない。なんだか似ているような気がして、千鶴は少しだけ頬を緩めた。



…………自ら鳥籠に飛び込んでしまったとも知らずに。

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