推しがラスボスなので救いたい〜ゲーマーニートは勇者になる

ケイちゃん

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復活の厄災編

第四十四話 舞う紅き脅威⑤

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 ゴウゥゥ…!
 クロムの剣が音を立てて燃え上がる。そして炎が刀身を形作り、自分より何倍もの長さを誇った鞭が作り上げられた。
 アルノアの協力でないと実現出来なかった魔導武装《炎刀》を、今の状態で難なくこなしてみせた。

「なっ!?下だ!下からあいつの攻撃がくるぞ!」

 悪魔の一人がこちらに向かって飛んでくるクロムの存在を把握し、皆に注意するよう伝達した。
 それと同じくしてクロムが持つ炎の鞭が悪魔達に向かって伸び始めた。

「こっちに来る!」

 まるで蛇が大口を開けて迫ってくるかのような素早く伸びてくる鞭に対して、悪魔は空中で体を翻してギリギリで回避した。はずだった…
 ジュゥ!!という肉が焼ける音と共に長い帯が悪魔の背中を叩き、そのままの勢いで胴体を丸ごと切断した。突然のことに切られた悪魔は声を出すことなく塵となって消えていった。

「なん…だと…?」

 遠くで仲間の体が焼き切れる様子を見て驚愕した。一撃で自分達の体を切断できる火力もそうだが、驚いたのは炎を纏った鞭の軌道だった。しなるように向かっていた鞭が身をかわした直後、帯の中腹がかわした悪魔に引き寄せられるように急に軌道を変えて真横へ振り切った。
 《変幻自在》というべきだろうか、まるでその鞭に意思が宿っているかのように形を変えながら動き回る。
 そしてその牙が、今度は自分に向けられた。鞭の特徴ともいえる速い振り払い攻撃を回避するが、回避した先にある氷の壁に鞭が当たると、その反動で不規則に跳ね返り再び迫り来る。

「くそっ!なんだこの炎!攻撃が読めなっ…!」

 下から蛇のように蛇行しながら突きにくる鞭を翼の羽ばたきを利用して後ろへ回避した、すると虚空へ突き上げられた鞭は自身と平行した位置にピタリと止まる。

(反則だろそれ…なんでさっきまで曲がりくねってた鞭が空中で真っ直ぐ止まってるんだよ…!)

 そう心の中で嘆いたのを最後に、赤熱した鞭が一本の真っ直ぐな剣となりこちらに向かって振り下ろされ、頭から下半身にかけて両断された。
 これを皮切りに不規則な軌道を持つ鞭の猛攻は止まることなく繰り広げられた。空中で広がる炎の鞭は僅か数秒足らずで、撤退している悪魔の半数以上を焼き斬った。クロムの体も飛び上がった際の勢いが消え、徐々に落下の勢いをつけ始めたその時…

「うらァァァァ!」

 鋭く紅い閃光を槍から発しながら、激昂した様子のシトリーがこちらに突進してきた。クロムは咄嗟に危険を察知し、シトリーに向かって鞭を伸ばす。
 だが、気づいたのが一足遅かった。もの凄いスピードで突進してくる彼女に向かって鞭で叩こうとしても、上に伸びている鞭を下に下ろすには数秒時間がかかる。その数秒があればクロムの体を貫くことができてしまう。

「地獄に突き落としてやるわ!ヘルスティンガー!」

 本来、上から真っ直ぐ落下した衝撃で相手を突き刺す上級槍スキル《ヘルスティンガー》だが、シトリーのそれは突き上げる形でクロムに放った。彼女にとって落下する速度を通常の飛行速度に代用させることくらい容易なようだ。
 槍がもう目と鼻の先まで迫ってきている、落下するクロムの体には空中で回避する手段はない。防ぐしか助かる道はない。

 ガギィィィン!
 紅い閃光と赤熱の帯がぶつかりあう。魔導武装《炎刀》で剣が鞭のようになっているといえど、ほとんどはバーナーのように形作った火柱であり、手元から約1メートルは炎を纏った状態の剣のままである。よって、肉体より耐久性のある槍は溶かされることなく赤熱の帯を貫き、金属質な剣に直撃した。
 そして、シトリーはそのままの直進しクロムの体を氷の壁に叩きつけた。逃げられないよう空いた左手でクロムの頭を押しつけ、右手に持った槍は剣に防御させたままにするように押さえている。思わぬ反撃を防ぐためだ。

「指を切り落とされたのは痛手だったわね、この手で頭を握り潰せないなんて!」

 メキメキとクロムの後頭部から氷にヒビが入る音が響く、浮遊しながらとはいえ押し付ける力は凄まじく、体を起こすことができない。
 それでも彼自身の少なからずの抵抗か、腹筋に力を入れて押し返そうと体が震えている。
 シトリーはそれに対抗するよう左手に魔力を込め、魔法陣を展開すると即座に火炎魔法を放った。

「炎撃《ブレイズレイ》!」

 放たれた火球が零距離で暴発したことにより、シトリーの手のひらの中で黒煙が立ち込める。
 だが、シトリーは未だ緊張の糸をほぐすことはしなかった。普通ならさっきの暴発で人間の頭など軽く吹き飛ばすことができるのだが、手のひらから感じる硬い頭蓋骨がそれを物語っている。

「やっぱりあなた…魔法が効かないのね。」

 そう分析するシトリーの目には無傷な頭部の他に、剣で振り払おうと槍を必死に退かそうとしている姿勢が見えた。

「無駄よ、もうあなたを横目で見るのはやめたの。この剣は絶対に振るわせない。」

 クロムの剣は未だ炎を纏っている、このまま力の入れる方向を変え、槍を剣の上で滑らせて彼の胴体を突くことくらいできるが、もし物理攻撃までも無効化されているとしたら彼の持つ炎の剣が暴れ始める。

「確実に…目の前で…あなたの死を見届けてあげる!」

 シトリーが持つ槍が桃色に変わるのと同時に、上空に複数の槍を召喚した。槍スキル《フライングランス》だ。

(ギリギリまで引き寄せてこいつにフライングランスを当てる。もし物理が無効であってもこいつから離れられる時間は稼げるはず…。)

 シトリーはクロムに押さえたまま、翼を広げ後ろに飛ぶ準備をした。未だクロムは槍を退かそうと必死になっている、それは彼の顔にもはっきり表れていた。顔を押さえているため全容ははっきりしないが、彼の口が慌てているように乱れた呼吸を何度も繰り返している。
 こういう表情は何度も見てきた、死にたくないと必死で恐怖と絶望から逃げる最後の悪あがき。結局のところ勇者も人間、最後の最後で無様な終わり方にシトリーは勝利の確信をしたと同時に一瞬で気が抜けたかのようながっかり感を感じた。

「ふんっ、所詮あなたも人間、死ぬのはやっぱり怖いかしら?最後に口に出すのがあなたの減らず口じゃなくて残念だったわね!」

 空中に浮かんでいた槍がクロムに狙いを定めて落下し始めた。背中に感じる槍の気配をシトリーは察知し、押さえていた剣を離そうとした瞬間…

「悪いな…黙ってないと集中できないんだよ。」

 突如、クロムがそう呟きシトリーは耳を疑った。突然覚醒した姿から話すことはなかった彼が言葉を発したのは驚きだったが、その折れない心を模した言葉に彼女の中で嫌な予感が駆け巡った。
 ドゴッとクロムから少し離れた所から壁を掘削したような音が聞こえ、そちらに目を向けるとクロムに目掛けて放った槍が氷の壁に刺さっていた。

「馬鹿なっ!こんな中距離で私が外すなんて!」

 背中越しとはいえ、中距離の動かない標的になら《フライングランス》は絶対必中な効果を持つ。だが実際、放たれた槍の全てはあらぬ方向に刺さっていた。
シトリーはその異常な光景を目にし咄嗟に振り返る。背後にはクロムに向かって放った複数の槍が、炎の鞭によって軌道を逸らされている光景が広がっていた。

「なっ、鞭が槍を押して軌道を逸らしている!?いやそれよりも、なぜ剣は押さえてあるのに鞭だけが意思を持って動ける!?」

 その光景に、シトリーは自身の不安が的中したかのよう絶望感に絶叫した。
 そう、シトリーは未だクロムの剣を押さえていた、武器を振るう動作をしない限り鞭は動くことなく下に垂れ下がるだけなのだ。
 それでも彼女が見た光景はそれを踏まえてもあまりにも不可解であった。一本や二本、槍の軌道を変えるだけじゃない、的確にクロムとの距離が近い槍を選んで押している。まるでその鞭には本当に意思が宿っているかのようだった。
 「本当に意思が宿っている…」その例えを考えた瞬間、シトリーの中である勘違いが再び脳裏を刺激した。
 鞭の帯が予測不能な方向へ攻撃することなど、熟練者のような技術を持たないかぎりできるはずない。
 無論今までの戦いでクロムにそのような面影は見られなかった、だからこそそんな高等技術が使えるわけがないと考えてしまっていた。
 だが今のクロムはどうだろうか?敵を一撃で薙ぎ払う力、魔法を無力化する力、彼の突然の覚醒が《何でもできる人間》へと変えてしまった。
 できないと頭にすり込まれたそれは、自分の目で確認したことで一気に覆される。まるで最初からそう演技していたかのように。

(演技…勇者が暴走して目の前の敵にしか興味がないように見せるのと同じく、変幻自在に鞭を使うことを隠していたっていうのか!?)

 内心浮かび上がった疑問に嘲笑うように、クロムが唇を吊り上げる。

「その顔…また騙されたって考えてるだろ、だけどそれだけだと考えていたら痛い目を見るぞ。」
「なっ!?」

 押さえつけられている顔から余裕の笑みを浮かぶクロムに肝が冷える。そして、何も言っていないのにクロムはその疑問の答えを話し出す。

「お前の存在がこの場面で一番危険要因だった。お前を先に止めようと、逃げる悪魔達を止めようと、必ずお前の存在が壁になる。この場にいる敵全員を倒さないと俺達の敗北が決まるこの場面、お前をいかに騙せるかがカギだった。」
「騙す…ですって?」
「一つは俺が暴走してると思わせる、二つは俺にはもう新技はないと思わせる、そして最後は…俺がお前に反撃しようと思わせることだ。」

 反撃の姿勢…つまりは今のこの必死な反抗もすべて演技だった。シトリーはその行動について理解出来なかった、殺されそうになったとしても演技を続けなければならなかった理由が。

「お前に鞭で攻撃した時、こいつは自分の手で鞭を動かしていると考えて剣を封じたんだろ?そうすれば鞭は力を無くして垂れ下がるって。だけど実際鞭は意思を持って自由自在に動かせることができた。じゃあ問題だが、お前に不意打ちをすることだってできたその鞭、一体どこで何をしていたと思う?」

 その言葉に、シトリーは眼を見開く。
 自分を騙すための演技…意思を持っていた鞭が勇者を押さえている間どこで何をしていたか…
 自分が勇者を貫こうと突進した時、鞭は上へ伸びきっていた。そして勇者を氷の壁に叩きつけた時には、剣から伸びていた鞭は少し垂れ下がっていた。
 だがそう見せるようにわざと下に向けて鞭を伸ばし、垂れ下がるよう仕向けていたとしたら…
 上に伸びていた鞭の先端が何をしているのかなどわかるはずもない…
 わかりたくもなかった…上で何をしていたのか…上には誰がいたのか…体を簡単に切断できる火力を持ってる以上、即死となれば悲鳴の一つも上げることはできない…。

 ーーすなわち…この場に生き残っているのは私だけだということになる。

「お前ェェ!!」

 真実を知ったシトリーは激昂し絶叫する。
 金属音を鳴らし、持っている槍を力強く俺の体に押し込もうとする。俺は槍がズレて体に突きつけられないよう剣の刀身を上手く使って防御した。

「くおっ!」

 剣の防御に炎の鞭による飛んでくる槍対策、二つに意識を集中しなければならない状況に頭がショートしそうになる。 

(くそっ!問題はこっからだ!アルノアに言われた通り強くイメージを持ちながら鞭を動かしているが、魔力が保たないし、こっちに集中すれば頭に入ってるイメージがかき消される…!ここで決めるしかない!)

 どれか一つでも手放せば即ゲームオーバー、猶予も隙もないこの状況で俺は打って出た。

(刺せ!炎刀!)

 炎の鞭を一気に急降下させ、シトリーの背後から攻撃を仕掛けた。

「見えていないとでも!?お前が鞭で攻撃することは予測できてた!」

 シトリーの背後に直進する鞭は上から下に飛んでくる槍に射抜かれ勢いを殺された。鞭が槍を押し出したということは、《押す力を働かせるための実態がある》と予測した彼女は、鞭全体をけん引する先頭部を《フライングランス》で切り離した。
 読み通り、槍も鞭を攻撃することが出来た。そして胴体から切り離された鞭の先頭部は剣から流れ出る魔力を供給することができず、枯葉のように風に吹かれ舞い散っていった。
 
「意思を持って攻撃できるのは何もお前だけじゃないのよ!」

 シトリーは切り離しては向かってくる鞭を次々と槍で切断していき、徐々に彼女との距離を離していった。
 彼女に攻撃できるのは炎の鞭だけ、それさえ防げれば後は時間の問題、手持ちの槍を突き出せば確実に勝利を狙える。彼にとっては絶対絶命のこの状況、確かな敗北に血の気が引いてもおかしくないはずなのだが…

「ああ…知ってるさ。けど、俺ばっかり見てないでもっと周りを見たらどうだ?」

 必死な防御で苦しい表情をしている部分もあり、どこか勝利を確信しているような強気な笑みが表れていた。
 そんな不穏に感じる表情に違和感を覚え、一瞬思考が止めたのがまずかった。

 ヒラリ…と、目の前に橙色の何かが上から落ちてくるのが見えた。

(ーー?)

 シトリーは不思議そうに落ちていった物を目で追うと、首元に自分の腕ほどの太さがある帯が巻き付いていることに気がついた。

「…これっ!!」
「殺った!」

 気づくのが一瞬遅すぎた、蛇が獲物を素早く捕らえるようにシトリーの首に鞭が巻き付いた。
 そう、クロムは二重の攻撃を仕掛けていた。降り注ぐ槍を弾きながら帯で輪を作り、鞭がシトリーに向かって急降下するのと同時に帯で作った輪を彼女の頭に通すように仕向けていた。

「がっ…!!」

 灼熱の痛みが首周りに広がり、彼女は反射で巻き付いた鞭をはがそうと、俺の体から手を離し自分の首元に持っていった。

「ああああっ!ぐぁぁぁぁ!」

 だが咄嗟に起こした行動が裏目に出てしまった。巻き付いているのは魔法で作られた炎であり、掴み取ろうとした手は触れた瞬間火傷に見舞われた。

「うぉぉぉぉ!」

 押さえつけられた手が離れたことで俺の体は壁を伝って落下した。俺はその勢いで剣を下へ引っ張り、彼女に巻き付いた炎の鞭を締め付けた。

 (斬れ!斬れ!今しかチャンスはない!最後の一滴まで魔力を絞り出してもっと熱を上げろ!)

 地面に足をつけ、体全体の力を使って背後に飛んでいる悪魔を引っ張り、高火力の炎で首を焼き切ろうとする。
 体は、これ以上の魔力放出に限界を迎えたのか、中が煮えたぎるような熱さになっていくのを感じた。まるでエンジンが異常なまでに高速で動き続けるように、心臓が張り裂けそうな勢いで激しく脈打っていた。

「斬れろ!斬れろ斬れろ斬れろ…!!」

 我ながら自慢じゃないが、俺はとんでもない力で引っ張っているつもりだ…俺の力は悪魔を薙ぎ倒すほどの怪力を手に入れている、それは戦って理解しているつもりだ。
 だからこそ不思議に感じてしまう、引っ張り続ける体が一歩も前に進めない。まるでこの状態で均衡を保っているようだ。

「負け…られない…のよ…!私…は…!」

 歯を食いしばりながら必死に言葉を伝える声が背後から聞こえてきた。ありえないと心で叫びながら俺は後ろを振り向く。

「がはっ!ここまで…私を追い込んだ…認めるわ…お前達の…強さを…!」

 首に炎を巻きつけながらも、体をクロムとは反対方向に逸らし、翼を羽ばたかせて浮上しようと抵抗するシトリーがいた。
 何故か彼女は抵抗できている、体を焼き切るほどの火力を持った炎を首に巻きつけられて耐え続けているなど、何か仕掛けたとしか考えられない。

「だけど…負けたとは…言って…いない…!槍を首に…巻きつけて防具にした…!私の首が…これ以上焼き切れないように…!」
「なっ!?」

 その言葉を聞き、俺はシトリーの首元に注目した。赤熱して橙色に染まっている帯の中、キラリと紅い物が僅かに見えた。首輪のような物で身を守っている。

(あの野郎…!そんなの反則だろ!)

 ゲーム上でシトリーと戦っていたことを思い返すが、自身の槍をこんな使い方をしたという記憶がない。その新たな新情報を目の前で目にして俺は驚いていた。
 たしかに戦いの中で槍は大きさを変化させたり、複数に分裂したりなど変化を繰り出していた。だが変形することもできるとは聞いていない、普通なら武器が防具に変形するなどといったロボットのような変身はありえるはずがないのだ。

「それに!忘れてないかしら…!?私の技は…まだ終わっていない…!」

 そう言うとシトリーの背後から照準が合わず震えた槍が浮かび上がる。彼女の分身を使った槍は俺の炎の鞭と同じく意思を持って攻撃できる、だが宙に浮かぶ震えた槍を見ると上手くコントロールができているようには見えない。
 おそらくシトリーの中で、俺か炎の鞭に槍を当てるようイメージを構成しているようだが、今の状況下で意識を槍に向けることができないでいるのだろう。
 だがそれは時間の問題だ、槍の照準が定まり、俺とシトリーを繋ぐこの鞭が途切れてしまえばそれまで。こちらは魔導武装の維持で魔力が残り僅かで、覚醒した時のような爆発的な力を出す感触がなくなってしまっている。逆にあっちは傷だらけで体力がほとんど残っていない状況だが、逃げる体力はまだ残してあるような力を見せている。
 逃げられる…奇跡的に力が増幅してピンチを乗り切っても、まだ彼女を地に伏せる所まで辿り着けない。
 このまま終わってしまう…仲間が全力で戦い、傷つき倒れながらもここまで追い込んだ。その努力が一瞬で崩れてしまう。
 負ける…そう脳裏に浮かんだ瞬間、皆がここまで頑張ってきた苦労の表情が差し込まれた。 

 ーーアルノアが…シトリーが…コハクが…ジアロが…シリアスが…ニーナが…戦いで散っていった隊員達が…

 絶対的に不利な状況でも僅かな希望を掴むために全員が頑張った、誰か一人でもかけていればその希望は掴めずにいただろう。
 今度は俺の番だ、皆が掴んだ希望を俺が無駄にしてはいけない。いや…

 ーー無駄にさせてたまるものか。

「うぉぉぉぉぉ!」

 俺は眼を見開き、強く剣を握りしめてシトリーを引っ張る。彼女も最後の抵抗で必死に足掻き続ける。
 だがこの引っ張り合いの勝負はシトリーに軍配が上がった。槍が震えが止まり、切先が俺の方へ向いている。照準が定まったのだ。

「無駄よ…!お前の…負けだぁぁ…!」

 シトリーはクロムに目掛けて槍を落とす合図を送ろうと手を前にかざそうとした、その時…

 バリバリィィ!
「ぐぁぁぁぁ!」

 シトリーの体に強い電気が流れ身体が硬直した。誰かの支援ではない、鞭が…熱を帯びた炎から稲光走る雷へと変わっていた。

(鞭が…!雷魔法に変わっただと…!?魔法属性をこの一瞬で切り替えられたとでもいうのか…!)

 一か八かだったが、クロムは自身の魔導武装を無理矢理切り替えた。不可能ではないが、火炎と雷では性質上異なるため、雷魔法特有の鞭をイメージしなければならなかった。炎の鞭を頭でイメージしつつ同時に雷の鞭を作り出すイメージを考える、超ハイレベルなテクニックで頭がショート寸前だった。

「ふぬぅぁぁぁぁぁ!!」

 クロムの口から怪物のような咆哮を上げ、剣を大振りに頭から足へ振り下ろした。雷魔法で身体が硬直したシトリーは、その剣に繋がれた帯に引っ張られるように体が動き始めた。

「嘘っ!こいつどんな馬鹿力出して!?」

 大振りに振り下ろした剣は、その勢いを落とすことなく帯に力が行き渡り、引っ張られるシトリーの体が加速した。
 体が反転し、視界がぐらつく、翼の羽ばたきで勢いを軽減しようにも痺れた身体ではいうことを効かない。
 自身とクロムとの距離がどんどん遠ざかっていく、彼の姿がどんな風に見えただろうか、一瞬彼が視界に飛び込んだその直後、彼女の意識が暗転した。

 ドガァァァァ!
 そびえ立つ氷の壁にシトリーの体は勢いよく叩きつけられた。
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