推しがラスボスなので救いたい〜ゲーマーニートは勇者になる

ケイちゃん

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復活の厄災編

第四十四話 舞う紅き脅威②

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 空中の滞在は長くない、おそらくニーナに槍が突き刺さるのは彼女が地面に叩きつけられたのと同時だろう。

「させるかよ!」

 俺は勢いよく地面を蹴り出しシトリーに向かって飛び出した。速さを活かした突き技《バーストクラッシュ》をシトリーにくらわすが…

「ちっ!」

 シトリーは空中で体を翻し、槍を円状に振り払った。
 俺の突き技はそれに弾き返されたが、体勢を変えたことで落下が止まりニーナにトドメを刺されることを回避した。

 ドガッ!
「ぐっ!」

 ニーナは落下の衝撃で体を転がりながら倒れる、俺は咄嗟にシトリーの前に立ちニーナを庇った。
 シトリーは空中に浮遊しながら、依然と余裕のある冷ややかな表情で俺を見下していた。

(くそっ、空中だとより立体的に槍が動く。回避や攻撃アクションの種類が多いあの飛行状態をなんとかしないと。)

 さっきまでの悪魔達は魔法攻撃を主力とした戦い方のため、狙い定めるよう動かず飛行していた。
 逆にシトリーはそれを武器に置き換えることで、その特性を活かすよう立体的に飛行をしている。
 いかにパワーがあろうが、自慢のスピードがあろうが、地に足をつけて戦わなきゃならない条件で素早く空中を動き続ける者を相手にするのはかなり困難と言えるだろう。

「ハァ…ハァ…ぐっ!」

 ニーナが苦しそうな声を発しながら起き上がる、その彼女の下には至る所に血痕がべっとりとついていた。

「レズリィ!ニーナに回復を…!」

 俺はそのやばい光景を横目に見てすぐレズリィを呼んだ、だがそんな救済措置をシトリーが見逃さない訳もなく。

「させるとでも!?」

 ミサイルのように体と槍を真っ直ぐにし、ニーナに向かって彼女は突進してきた。

(やべっ…反応遅れた!間に合わない!)

 視線が一瞬シトリーから外れたがために、脳の処理が追いつかず俺の体は微動だすら出来なかった。
 間に合わない…そう考えた時…

 バリィィン!
 俺の目の前で透明なガラスのようなものが壊れる光景が広がった。いや、正確にはシトリーが目の前の見えない壁に直撃して崩壊した。

「ぐっ…!」

 それによってシトリーの体は弾き返され、その姿を見た俺は呪縛が解けたかのように自身の体に落ち着きを取り戻していった。

「これは…!」

 シトリーの攻撃を防いだその見えない壁には見覚えがある、魔法で作られた強度のある防壁魔法・遮蔽壁《ウォール》だ。

「繋ぐわよ…!まだ…!」

 そう口にした彼女は刺された腹部の痛みに我慢しつつ、手をクロムに伸ばして遮蔽壁《ウォール》を唱えていた。
 シリアスだ、彼女とは喧嘩で最後の顔合わせだったのを覚えている。話かけるのも気が引けていたが、彼女はそんな関係だったことは今は忘れ、恩を返したかのような少し達成感のある表情をしていた。

「くっ…勇者の神官、私ならもう大丈夫。私の傷は自分で癒す、あなたはあの人の治療に行ってあげて。」
「すみません、ありがとうございます!」

 レズリィの治療でなんとか命の危機を脱したシリアス。自分で治癒魔法をかけられるほどまで元気を取り戻した様子を見たレズリィは、次にニーナの治療を行うため走った。

「いけない…!ニーナさんが倒れたらあの悪魔を倒せる人が…」

 ニーナの傷の状態は遠くからでも確認出来た、すぐに治療が始められるように予め治癒魔法を発動できる準備を考えていたから気づかなかった…

「レズリィ!」

 クロムが自身の名前をそう叫びながら呼ぶのと同時に白い殺気がレズリィの真横に迫る。レズリィは身の毛がよだつような感覚を感じ、恐る恐るその恐怖の正体を見てしまう。

「あっ…。」

 言葉にならないような声が小さく呟かれる、自分が走るこの位置から目と鼻の先にシトリーがこちらに向かってやって来た。

「治されちゃ面倒なのよ、あなたは引っ込んでて。」

 左から右に大きく振りかぶり薙ぎ払う体勢を維持したままこちらに直進するシトリー。
 レズリィの目からはシトリーや他の動くものが遅く見えていた、なんとか避けようと考えても体の反応が鈍く、頭で「避けて」と何度も復唱するばかりだった。
 そして…シトリーの槍が右から左へ動き始めた。その軌道は頭に近い部分であり、近づいてくるとそれは首の位置に狙いついた。

(死ぬ…死んじゃう…)

 そう確信した彼女は恐怖のあまり目を固く閉じ、自分が死ぬ光景から目を背けた。

 ガギィィン!

 レズリィの耳に鋭い金属音が炸裂し、彼女は驚きと自分の周りで起こっている出来事を確かめるべくゆっくりと瞼を開いた。

「クロム…さん!」

 そこには槍が自分の首に触れさせないよう必死な形相で攻撃を受け止めるクロムの姿があった。

「させねぇ!今度は…ちゃんと間に合った!」

 受け止める手が痺れ、足が地面にめり込むような感覚を感じた。力の差で吹き飛ばされそうなところを、レズリィを守りたいという強い気持ちに応えようと俺の体は堪えた。

「邪魔よ!」

 シトリーはさらに力を込めて強引にクロムを退かそうとするが、今のクロムはさっきまでのように簡単に吹き飛ばない。それどころか隙あらば押し返そうと反撃しようとしてくる。

「ぐっ…!レズリィ…!早くニーナを!」
「すっ、すみませんクロムさん!」
「いいから行け!全快させるまで時間を稼いでやる!」

 レズリィは怯んだ体を無理矢理動かし走り出す。それと同時に押し合いをしていた二人も、鈍い金属音を鳴らし弾き返した。

「食事の皿の上で飛び回るハエみたいに、弱いくせに鬱陶しいわねあなたは!」
「鬱陶しいって?ようやくお前の戦い方に体が慣れてきたところだ、もっと鬱陶しくさせてやるよ。」

 相手を挑発するかのように俺は少し笑みを浮かべながら剣を構えた。それがこたえたのだろうかシトリーの体がプルプルと震え出す。

「慣れた…ですって?」

 シトリーは軋むような声を発する、自身との戦いに慣れたと口にするそれは、ただハッタリをかましているだけかもしれない。だが今のシトリーにはそんな些細なことを考える余裕などなかった。

「つくづく私をイラつかせてくれるわねあなたは、そういう格下風情が吠えるところを見ると本気で潰したくなるのよ!」

 相手にするにも値しないその弱い人物から発せられる「慣れた」という言葉に、今まで溜まっていた怒り、不満、不快感が弾けるように爆発した。

 ダァン!
「ハァァァ!」

 シトリーは絶叫しながら力強く地面を蹴り出し、クロムが立つ場所へ一瞬で移動した。

「来るっ!」

 彼女の持つ槍がとんでもない速度でこちらに向かって突撃してくる、避けようと頭で考えるがそれよりも先に足が動いていた。

 ギィィン!!
 貫こうとしている槍を反射で動いて回避していたはずが、右手に持っていた剣に当たりその衝撃で跳ね除けられた。もう何秒遅かったらというレベルじゃない、今の攻撃は完全に回避が間に合っていなかった。

「速っ!こいつ…まだギアが上がんのか!?」

 運良く紙一重で回避したと思った次の瞬間、シトリーの体が大きく捻り出しこちらに槍を振りかぶるような姿勢をとった。
 翼の羽ばたきによる浮遊で人間技とは思えない捻り方をし、そのままの勢いで力強くクロムに槍を叩きつけた。

 ダァァァン!
 上から振り下ろされた槍をすんでで回避すると、槍は地面に叩きつけられた衝撃で小規模のクレーターを作り上げた。

「バケモンかよ…!洒落になんねぇよそれ!」

 恐るべきシトリーの全力の火力に肝を冷やすが、そんなことを考えている間に次の攻撃がやってくる。
 優雅に舞うような戦いはどこにいったのやら、まるで長年の恨み晴らすかのように目の前の人間を叩き潰そうと暴走している。
 攻撃パターンは読めてきたと実感した矢先、さらに威力と加速力を上げてきた。

「らぁぁぁぁ!」

 シトリーの渾身の横薙ぎがこちらにせまる。俺は槍の間合いより離れた位置に後ろへステップして回避したが、横薙ぎに迫る槍は俺の胴体を当たる軌道に未だ入っていた。
シトリーとの間合いを見間違えたわけじゃない、目の錯覚かと思ったほどに槍の刀身が伸びていた。

「刀身伸び…マジか!」

 形状を変化させられる槍に驚くが、迫り来る殺意を目にして咄嗟に剣を下に向け、槍と交差するように受け止める姿勢をとった。
 正直終わったと感じた。受け止めたところでシトリーの化物火力に吹き飛ばされるか、剣が折れて胴体が斬り裂かれるかのどちらかを覚悟していた。

 ガァァン!
 金属が激しくぶつかり合い、俺はその最悪な状況に備えて身構えた。
 シトリーの怪力に押され、俺の体は耐えきれずに吹き飛ばされるーーはずだった…

「なっ!?」

 シトリーが驚愕した目でこちらを見た、俺の体はほとんど動いておらず、地に足がついた状態で彼女の攻撃を受け止めていた。それどころか今までにないほど力が溢れ出てくるのを感じる。

(何だ?急に力が湧いて出てきたような、そんな能力値上昇のスキルなんて発動するどころか所持していないのに。)

 重い一撃を難なく受け止めたことに俺自身も驚きを隠せないでいた、知らぬ間に自分の中で新スキルが追加されたのかと考えていると…

「使って勇者…!」

 その疑問に答えるよう俺に向かって声をあげる者がいた。シトリーを含め俺もその声の主へ顔を向けると、疲れ切ったように地べたに座り込み、苦しそうな表情でこちらを見るシリアスがいた。そして彼女が持っている杖からは煌々と黄色の光を放ち続けている。

「私がかけられる最強のバフをあなたにあげるわ、これが欲しかったんでしょ!全能強激《モストレンジ》!」

 彼女が唱えたのは対象者一名に、攻撃、守備、素早さなど全ステータスを強化させる上級補助魔法・全能強激《モストレンジ》だ。
 バフの効果時間は長くはないが、これでシトリーとの力の差を埋めることができた。

「ちっ!余計なことを!」

 シトリーは眉間にシワを寄せ、厄介な状況を作り出したシリアスを睨むと彼女がいる方向に左手を向けて魔法を唱え始めた。

「させるか!」

 それを食い止めようと動き出した瞬間、俺は槍を潜り抜け信じられない速度で動き出しシトリーの懐に入り込んだ。

「こいつさっきより…!」

 視界にクロムが入り込んだその時には、斬られる距離まで近づかれていた。槍を元の長さに戻そうとしても間に合わない、シトリーは咄嗟に左手に込められた魔法、炎撃《ブレイズレイ》をクロムに目掛けて放つ。
 そして炎と斬撃が互いに交わり、もと居た場所が入れ替わる。俺は左頬に炎が擦りながらも怯むことなく、追撃に備えシトリーがいる方へ振り向いた。

「くっ!このォォ!」

 シトリーは苦痛に歪んだ表情で俺を睨みつけていた、その彼女の足元には滴り落ちる鮮血と四本の指が転がっていた。
 左手を親指以外の指を根本ごと切り裂いたのだ、これで槍を掴むことが出来ず攻撃力は減少する。
 そう内心で一矢報いることが出来たと感じるのも束の間、紅い槍の矛先が再び俺に向けられた。

「くっ!」

 シトリーは槍から紅い炎を吹き出し、俺を払い除けるとその状態を維持したまま空へ投げつけた。

「上に投げた!?フェイクか?」

 俺の気を逸らすために槍を投げたのだと予想したが、それは最悪な答えとして返ってくる。投げた槍は分裂を繰り返し、無数に広がる紅い炎が空に広がった。熱と斬撃を繰り出す《デットリー・フォース》と複数の槍を召喚し投げつける《フライングランス》の混合スキルだ。

「串刺しになれぇぇ!」

 シトリーの合図と共に無数に漂う槍がこちらに襲いかかる。

(まずい!槍を弾くことが出来ても範囲が広すぎる!ここにいる人達全員串刺しにされちまう!)

 シトリーの部下達やそれを食い止めていたアルノアとコハク、魔法詠唱に限界がきていたシリアスなども一斉に空を見上げ身構えた。
 だが、迫り来る槍の雨は、降り注いだ直後にーー。

「ハァァァァァ!」

 上空に黒い人影が現れ、愛嬌のいい絶叫が響く。

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