推しがラスボスなので救いたい〜ゲーマーニートは勇者になる

ケイちゃん

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復活の厄災編

第四十二話 勇者の孤独な戦い②

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 タタタタッ!
 外の景色に目もくれることなく、人間とは思えない駆け足で地を駆ける一人の少女ーーニーナ。
 彼女は先に行ってしまったクロム達を追いかけ、死霊の谷へ走って向かっていた。

「スゥゥゥ…」

 お面越しからでも聞こえるほど息を吸い込み、ニーナはさらに加速する。
 霊長の里から死霊の谷までは歩けば二時間はかかる、だがニーナの超人的な速度を持ってすれば十分ほどでたどり着いてしまう。まさに疾風のようだ。

「クロム達が出発してからどれくらいだろう…戦いが始まるくらい前には到着したいな。」

 ニーナはこれから起こることに興味を持つことなく走っていた。彼女が考えることは二つ、クロムに対抗薬を渡すためと、モルガンからの指示に応えるためだけだった。
 それもそのはず、今回の帝国軍討伐と厄災魔獣復活の阻止の戦い、彼女はこの二つの作戦についてあまり詳しいことを聞かされていない。だから彼らが過酷な戦いを強いられることになっているのを知らないでいた。

 ドゴォォ…
「っ!?…何?」

 遠くから聞こえる爆発音と共に、体に生温かい風が吹き当たった。
 いつの間にか周りは草木が生い茂る場所から、砂利と朽ちて落ちていった枯葉が地面に敷き詰められた場所に来た。まるで冬を迎えるように自然が眠りにつく、そのような冷えた世界がニーナの目に広がる。それは紛れもなく死霊の谷に近づいていることを意味していた。
 そして、走る彼女の視線の先には遠くで煙が上がっている光景が映った。

「フゥゥゥゥゥ…!」

 ニーナは深く息を吸い込むとさらに加速させた。その力の表れか、彼女の通った道には足跡がくっきりとめり込んでいた。

「もう始まっちゃってる!急がないと!」

 もしさっきの爆発が作戦開始の合図だとしたら、目的であるクロムに薬を渡すことが出来なくなる。
 戦場で一人の人間を探すのは一苦労だ、ニーナは先に起こるであろう苦労を考えるのをやめ、ただひたすらに足を動かした。

 ーー死霊の谷・クロム視点

「ぐっ…!」

 紅色に光る槍先が、俺の肩を浅く斬りつけた。
 その攻撃に転じてシトリーの攻撃がさらに激しくなる、俺はその槍の攻撃射程から逃れようと大きくバックダッシュするが…

「遅い。」

 一瞬で俺の横につかれ、横一振りに槍を振り払った。

 パキィィン!
 体を捻って剣で槍の一振りを受け止めたが、魔物の脅威的な力で俺の体は後方へ吹き飛ばされた。

「ぐぉっ!」

 筋肉もついていなさそうなか弱い少女から出る力とは思えない怪力に驚愕した、セーレもそうだがどこにそんな力があるのだろうか。
 俺は追撃に備えてすぐに立ち上がるが、腕が麻痺しているかのようにうまく剣を掴めず刀身が震えている。

「たくっ…やっぱり幹部は別格だな。モブみたいに慢心してくれないかな?」
「それって、私の部下達は皆雑魚だったって言いたいのかしら?皆を束ねる私に向かっていい度胸ね!」

 シトリーは地面を蹴って前へ飛び出した、一歩力強く踏み込み一瞬にしてクロムの間合いに入り込む《アクセルスピア》を使った。
 クロムは紙一重でその技を回避するが、咄嗟にシトリーは回転するよう体を捻らせ槍を横に一振り薙ぎ払う。

「危ねっ!」

 クロムはもうほとんど反射で動いていた、一撃くらえばほぼ即死級の攻撃と目で追うのがやっとな攻撃速度に、避けることに全力を使っていた。

「はぁぁ!」

 シトリーは薙ぎ払った直後、軽く地面を蹴って飛び上がり上から縦に槍を振り下ろした。

「ぐぅっ!」

 不安定な姿勢ながらも、俺は剣を両橋に持って槍を受け止めた。だが、しゃがんだ姿勢から立ちあがろうとしても膝が上がらない。

(重すぎる!何だこれ!?巨大な魔物に押し潰されてるみたいだ!)

 力の入れ方を間違えれば一気に押し負ける状況に、クロムは必死に耐えていた。

「苦しいかしら?あなたが殺してきた私の部下達も同じ苦痛を味わったのでしょうね。可哀想に、一体何人その手で苦しみを与えてきた?」
「ハッ…!仲間を殺されて怒るか?けどな、俺にだって守るものはあるんだ。お前らの企みで何千人っていう人間が死ぬなら…」

 俺は足に力を込め、受け止めている槍を滑らしながらシトリーに向かって突進した。
 剣の間合いに入られたシトリーは咄嗟に後ろに飛び立つが、横一振りの素早い斬撃《スラッシュ》をくらい、彼女の白いドレスに横線の紅い血痕をつけた。

「俺だって…!本気で怒るぞ!」

 肩で大きく呼吸をしながら、ゆらりと姿勢を戻すシトリーを睨んだ。
 その逆、シトリーも傷を入れた腹を手でさすりながら、先程よりも殺気染みた目でクロムを睨みつけた。

「いいわ…その本気見せてもらおうかしら。」

 まるで能面のような「無」を体現した相豹になった彼女、クロムはその怒りを超えた殺意の正体を嫌なタイミングで思い出してしまった。
 
(そうだ…たしかこいつのプロフィールにあった、服を汚されることをとても不快にさせるって。)

 仲間の恨みと服を傷つけた怒り、槍の先端から紅い炎が燃え上がる様子から、まさしく激昂と呼ぶべき状態になって襲いかかる。

 タンッ!ガガガガガガッ!
 右、左、また右と、シトリーは槍と体が一心同体になっているように舞いながら攻撃していった。
 クロムは必死に応戦するが、攻撃する隙をまったく与えないその猛攻に剣で防ぐのがやっとな状態だ。

(くそっ、ふざけんなよ!こんなん無理ゲーだろ!レベルもねえ、打開できそうなスキルもねえ、仲間もいねえ!なんでこうなっちまった俺の旅ぃぃ!)

 いくらちょっとストーリーとは違う行動をしただけでこんな鬼畜難易度になり変わることに、さすがに冗談だろうと口に出して叫びたくなる。
 だがそんな悠長に考えている暇もない。防がないと死ぬ、コンマ一秒でも反応し遅れても死ぬ、あまりの連撃続きに呼吸が苦しくなる。
 だがこんな絶望的な状況はひょんなことから終わりを告げる。

 ボンッ!
 突然クロムとシトリーとの間で爆発が起きた。

「なっ!」
「熱っ!」

 その爆発に驚き、お互い後方に飛んだ。
 誰かが横槍を入れたのかと、辺りを見渡したクロムに不快な臭いが鼻についた。

「臭い…ガスか。」

 死霊の谷特有の腐敗ガスが漂い始めていた。腐敗ガスは可燃性であり、シトリーの槍から出る紅い炎に反応して爆発したのだろうとクロムはそう考えたが、ひとつの疑問が生じる。

(待て…そういえばなんで今爆発した?)

 連撃が始まる頃からシトリーの槍から炎が上がっていた、もし空気中にガスが漂っていたのならその時点で炎に反応して爆発していた。
 だが実際、爆発が起きたのは今だった。この事実にクロムはある答えに辿り着く。

(ガス爆発が今起こったこと、爆発の規模が小さかったこと…もしかして!)

 クロムは咄嗟にもう一度辺りをよく見渡した。自分の考えが合っているか確かめようとも、目の前悪魔の脅威は変わらない。
 右手に持った槍を左に構え、こちらに突進するような姿勢をとってくる。

「まずはあれをどうにかしないとな…。」

 フゥゥ…と長い息を吐き、居合い抜刀のように剣を腰元に構え覚悟を決める。

「まだ戦うつもり?ラッキーで一撃与えたくらいで勝てるってまだ思っているのなら、とんだ検討違いよ。」
「そう言うのは勝ってから言うもんだ、俺はまだ立ってるぞ…!」

 クロムはボロボロになりながらも力強くシトリーに言い放った。
 その折れない心を持つような目でこちらを見る姿にシトリーの心が揺れ動く。

(何で折れない?強者に打ちのめされて勝てないってわかっているのに何でそんな目ができる?)

 諦めの悪いクロムの姿を見ると、異様な感覚が頭をよぎる。
 既視感のような…どこかで見たことがあるような…そんな違和感が。

(何…?)

 その違和感は幻となった。

(あれは…。)

 クロムの姿が徐々に白く変色する。いや、形を成してきているといえばいいだろうか?残像ながらそれは見慣れている姿に形作り、クロムと重なる。

(わた…し…?)

 愛用している白いドレス、手元には紅い槍、青い瞳でこちらを睨む人間はシトリーとそっくりであった。

「はぁ…はぁ…。」

 シトリーの額から嫌な汗が流れる、目はクロムの方を見ている筈だがどこか遠くを見ていた、口は半開きになりながら動揺してるように呼吸が少し乱れている。
 クロムはそんな彼女の異変を見逃さなかった。

「何だ…怖がっている?」

 演技とは思えない迫真さに、罠という線はすぐ消えた。
 本当ならもう少し観察すべきだと考えてしまうが、この好機を逃す手はないと判断し地面を蹴った。

「しまっ…!」

 反応が出遅れた、クロムが走って飛び上がり、こちらに大きく振りかぶり剣を振り下ろそうとしている。
 シトリーはすぐ持っている槍を力強く握りしめ、クロムを打ち返そうと薙ぎ払った。

「ドラゴンリープ!」

 本来回転で勢いをつけて叩きつけるところを、体を大きく捻らせ勢いよく剣を振り下ろすよう省略させた改良版の《ドラゴンリープ》でシトリーの…

 ドゴォッ!
 少し手前の地面におみまいした。
 その距離ではシトリーの一振りは届かず空振りに終わってしまった。

「外した?いや…狙いは私じゃないような動き…何を考えて?」

 意味不明な攻撃に困惑していると、地面にめり込んだクロムの剣からガスが勢いよく噴出した。

「ガス!?狙いはこれか!」

 吹き出したガスから離れようとシトリーは後ろへ退がった。
 彼女の咄嗟に出たスピードではガスに触れることなく、無情にも空中にガスが漂ってしまった。

「これで終わりかしら?あなたの策は…っ!?」

 狙いを外したクロムに呆れて笑みを見せたが…瞬間、後悔した。

(違っ!ミスった、こいつの狙いは!)

 土色のガスの向こうにはクロムが手に魔法陣を作り出していた。
 クロムはニヤっと不敵な笑みを浮かべて、魔法陣から火炎魔法を撃ち込んだ。

 バンッ!
 放った火炎魔法がガスに反応し爆発を起こした、燃え上がる炎と共に爆破で砂埃が巻き上がる。
 爆破を誘った攻撃にシトリーは身構えたが、小さい爆発にシトリーの方まで届いていなかった。

「威力が弱い…こけおどし程度ね。」

 シトリーは緊張の糸を解く、目の前は爆破の余波で濃い砂煙が巻き上がりクロムの姿を覆い隠していた。

「あなたの考えは読めてるわ、不意打ちを狙って飛び出そうとしてるのでしょう?甘いのよ!」

 シトリーは槍を複数に分裂させ、目の前の砂煙に向かって《フライングランス》を放った。
 一つ、二つと砂煙の壁に穴が空き、目の前の視界をクリアにしていく。
 そこには、飛び出そうとするクロムの姿などまるでなく、ただ誰もいない谷の風景が映し出していた。

「逃げた…いや、消えた!?」

 ありえない光景にシトリーは目を見開いた。
 身を守っていたことで隙があったとはいえ、たった数秒で逃げる距離には限りがある。
 彼との戦闘はあまりにも凡人的、力も並といったところだ。だから爆発的な力を引き出すことなどできるはずがない。
 よって、シトリーが導き出した答えは。

「どこかに隠れたか、出てこい勇者!」

 シトリーは崩れた岩や岩壁を攻撃してクロムをあぶり出した。その度に壁から掘り出されたガスが吹き出し、視界が徐々に悪くなっていく。
 結果シトリーは、クロムを見つけることが出来ず苛立ちに絶叫をした。


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