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復活の厄災編
第四十二話 勇者の孤独な戦い①
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ーー作戦開始と同時刻 霊長の里・緑土の館
「はぁ、やっと出来た…。」
焦茶色の髪がくしゃくしゃな状態で机に倒れ込むエルフの男性、モルガンの助手であるルミールは全てを出し尽くしたかのような表情をしながら、目の前で一息ついているその彼女に向けて話す。
「なんで…なんで、モルガン先生は余計なことしかやらないんですか?」
「ルミール君は何が気に入らないっていうんだ?」
「量産が目的なのにこれ以上効能上げてどうするんですか、調合に変化が起きたら最初からやり直しになっちゃうんですよ。」
「大丈夫だ、材料ならまだある。」
「材料じゃなくて納期!納期が間に合ってないんですよ!普通に作ってればもっと早く完成出来てたんです、もうクロムさん達行っちゃったんですよ!」
ルミールが机の上を叩くと、鮮やかな水色をした液体が入っている小瓶が揺れる。
その小瓶は、クロムに頼まれていた厄災魔獣の毒を無効化する対抗薬のようだ。
「はぁ…まさか徹夜になるなんて思わなかった。うぅ…大声出したせいで頭が…。」
極度の疲労からか、研究部屋を後にしようと立ちあがろうとした瞬間、フラついて前に倒れそうになった。
「おっと、大丈夫か?」
「これが大丈夫そうに見えます?なんでモルガン先生はまだピンピンしてるんですか、体力お化けですか?」
ルミールを倒れる直前に腕を伸ばして支えたモルガン、人一人を腕一本で支える力が彼女に残っていることにルミールは不思議がった。
この前日、用事を済ませて帰ってきたルミールは、急にモルガンの実験に付き合わされ対抗薬の量産を手伝わされていた。
急な仕事と徹夜並の業務量、おそらくモルガンはそれ以上の作業をしてるというのに疲れの表情を見せずに自分に向かって余裕の笑みを浮かべていた。
「危険な作業ほど興奮は冷めやまないものだ、逆につまらない作業ほど眠たくなるがな。」
自慢気にそう答えるこの人は、科学者というよりもっと常軌を逸している存在だった。まぁ、そんなことは今さらな気もするが。
「はぁ…その危険な作業で納期を遅らせたことを自覚してください。そういう応用はもう少し基礎を構築してからにしましょうよ。」
「失礼だなルミール君、私はちゃんと緻密な計算をしたうえで実験しているぞ。」
「何が緻密な計算ですか、成功率が10%でもやろうとしますよね?」
「10%で成功するのに何故やらない?」
「そういうとこですよ。」
今回の実験作業の反省をしながら、モルガンはルミールをリビングに連れていきソファに寝かせた。
ソファに沈み込んだ体が心地いいのか、ルミールはすぐ寝息をたて始めた。
「おつかれルミール君。」
そう一言呟き、モルガンは奥の研究部屋に戻った。
机の上にはノルマであった対抗薬10個が並んでいる、それを丈夫な金属質の手持ちサイズの箱に丁寧に入れた。
「ニーナ、準備は出来ているか?」
箱を持ち、研究部屋を出ようとしたところ、上から黒いコートを羽織ったニーナが飛び降りてきた。
「準備万端、いつでも。」
モルガンは対抗薬の入った箱をニーナに手渡した。
「ニーナ、勇者君と合流ついでに彼らと一緒に戦え。そして…」
モルガンはニーナにある命令を与えた、その内容に少し難しい表情をしたが、反論する意を唱えることなくモルガンの目を見て答える。
「…わかりました。」
「いい子だ。なるべく速く向かえ、状況が良くも悪くも君の力が必要になる。」
「はい。」
あっさりとした返事をして、ニーナはいつものようにドクロの仮面とフードを被って外へ出た。
彼女を見送ったモルガンは、仕事を終えた一息にリビングのソファに腰を据え、何かを思いふけるように天井を見上げた。
「ふーむ…私と話す時はどうも口数が少ないような気がする、やはり同年代の子達と話があうのか。」
最近ニーナとの会話が少しあっさりしているような気がしている、ついこの間までは私の研究に興味を持って楽しく会話していた。だがゼルビアの一件以降、私に対して少し淡白な感じで接しているように見えている。
「ニーナも外の友人が気になる年頃か、いやはや…まるで自分の娘を取られた気分だよ。」
「悩みじゃないですか?そういうのって人には言いにくいものですよ。」
突然自分の話に混ざる声がして顔を正面に向けると、寝ていたはずのルミールが起きてこちらを見ていた。
「研究ばかりで彼女を使い回すんじゃなくて、もう少し彼女の気持ちを聞いてあげるようにしましょうよ。毎日研究ばかりじゃ彼女も可哀想です。」
ニーナの気持ちを理解しているような台詞に、モルガンは負けたような気がしてたまらず煽り返した。
「フッ…ルミール君は私の母親か?」
「僕が母親だったらもう少し言うことを聞いてくれませんか?」
「無理だな、私は絶賛反抗期中なのでね。」
その話を聞いたルミールは、諦めたかのようにため息を吐いて再び瞼を閉じた。
ーー死霊の谷・???
「うっ…いっ…痛え…。」
体中をぶつけた痛みで苦痛の声を呟くクロム、上を見上げると自分が急な斜面の下にいるのがわかり、上から滑り落ちて来たのだと把握した。
運良く枯れ木に掴まっていたことと、木の根に張り付いた土塊が斜面を滑る形になっていたことから土砂崩れに巻き込まれずに全身軽い打撲程度で済んだようだ。
クロムはおもむろにステータス画面を開く、開かれた黒いパネルに表示されている体力値を見た。体の節々が痛く感じるが、表示されている体力値はほぼ半分のところまで下がっていた。
「マジかよ…あれだけの高さから滑り落ちて体力半分って、勇者の体頑丈すぎるだろ。」
改めて自分の体の頑丈さに驚きながら、ポーチに入れてある回復薬に手をつけた。
軟膏のような滑りをしている塗り薬を痛みがある場所に塗ると、たちまち痛みが和らぎ、パネルに表示されていた体力値が徐々に回復していった。
さすがファンタジーの世界。そう独りで関心した後、辺りを見渡してそろそろ行動しようと腰を上げた。
「さてと…ここからどうしようか。ここで独りになるのはさすがにまずいよな。」
超級魔法による衝撃で地面が破壊され土煙が空を覆っている、遠くから聞こえる戦闘音以外目の前には誰もいない。
懐にはマジックダイヤルがある、これでセーレを呼ぶこともできるが、場所がわからないままじゃ行動はしにくいだろう。
「大丈夫だ…仲間が探しに来てくれる、コハクがいるならすぐ場所を割り当ててくれる筈だ。ここは変に動かないほうがいい…」
さすがに独りでいるのは心寂しい、最悪死んだことにされて仲間が助けに来てくれないのではとネガティブな思考になってしまう。
そんな独りぼっちの俺に願いを聞き入れてくれたのか、上空の土煙を裂いてこちらに誰かが降りてきた。
俺は何者かが降りてきた場所に目を向け、咄嗟に剣を握った。着地した際の砂煙で姿は見えないが、揺れる影の中で人の姿と異質な翼が見えた時点でもう味方じゃないのは確定してしまった。
「俺…死亡フラグを踏むような台詞言ったかな…」
剣を握る手が震える、自分の運命を呪ったのはこれが初めてかもしれない。俺の目の前で砂煙がひいていくと影の中からソレは現れた。
白を基調とした膝上までスカートが伸びているドレス、だが戦いの中でそれは煤けて汚れている。そして美しく緋色に光る目に、少し青みかかる紫色のショートヘア。
ゲームで見た記憶と一緒、帝国幹部のシトリーだ。
「お前が来るとは聞いてねぇぞ!」
思わず俺は心に思ったことを叫んだ。
ーー超級魔法・雷霆《ケラウノス》発動、数分前
シトリーの命令で全部隊の半数が突撃した、そして残りはパンデルム遺跡周辺で待機させ、遺跡に入らせないように守りを固めた。
パンデルム遺跡までのルートには必ず各部隊が見張りをしている、地中から訪れない限りこの部隊を掻い潜って遺跡に入ることなどできない。
守りは固めた、前の戦いで負った傷もあらかた回復した。紅い槍を手に取り、シトリーは真剣な目で部隊が突撃して行った空を見上げた。
「私も行こう。」
自分の主人が出るということに周りにいた部下達がざわめき始める。
「シトリー様が赴く必要はありません、私達の数で一掃できます。」
「もちろん知ってる、私はあなた達とは別事情で行動する。」
シトリーの力は皆が知るほどに強い印象を受けていた。彼女が出る、それは討伐が困難な魔物などの助っ人として部隊に赴く場合が多い。
だが今回は一個部隊のではなく、複数の部隊を構成して敵に突撃する算段だ。相手が誰であろうと、百を超える悪魔達と正面からぶつかれば無事では済まされない。
自分達の力で勝利を確信していた、だがシトリーの顔は何かにつっかえているような深妙な表情をしていた。
「それって…勇者ですか?」
「ええ…帝国幹部を退けて、この私に牙を向けた存在が何なのかこの目で見てみたい。別にいなくても私には部下達を守る権利がある。長引かせはしない、犠牲者を出さずに短期で終わらせる。」
そう言ってシトリーは地面を蹴って上空へ飛び出した。もう部隊のほとんどが戦闘を始めている頃だろうと、そう考えながら上空から辺りを観察した。
「なるほど…あれか。」
空から見ると戦場は大きく二つに分かれていた。奥には枯れた林を切り倒して大勢の敵が集まっている光景が見える、その人集りの中心には青白く光る何かがあった。
遠目でもわかる、巨大な魔法陣だ。
「あの巨大な火球の正体はあれね、あそこに陣取るっているということはあれが敵陣と考えて間違いないのだろうけど。」
シトリーは視線を少し下に向けた、突撃していった部下達のほとんどが目の前の敵陣に進行せず手前に集まっている。
側から見ればおかしい状況だ、あんな目立つような場所に敵陣があれば誰だってそこに目指そうとするはず。もし遮蔽壁《ウォール》のようなバリアがあっても、それを破ろうと皆はそこに集まるはずだが…
「何をしているんだあの馬鹿達は、敵陣よりも優先すべきことがあるっていうのか?」
彼らの行いに呆れたような気持ちと、そこに何があるのかという興味が混ざりあう中、翼を羽ばたかせ部下達が集まる場所へ近づく。
ズクン…
「っ…!?」
シトリーの体が一気に冷えるような感覚を感じた。人よりも気配に敏感な体質である彼女にとって、彼らに近づくほどその苦痛の絶叫が肌に伝わっていた。
「攻撃されてる!」
そこに何があるのかなど、もうどうでもいい。
部下達が攻撃されている、その意味を見せられるだけで自身の怒りのボルテージが湧き上がる。
筋肉を膨張させ、一気に加速しようと体を捻る。
バリバリッ!
「あれは…!」
一瞬、雷が走ったかのような音が聞こえ、顔を少し上げると見たくもなかった巨大な魔法弾が敵陣から上がっているのが見えた。
稲光が走るその雷球は、火球と同じように触れれば焦土と化すような恐ろしい見た目をしていた。
「またあの特大魔法!?狙いはまさか…!」
シトリーは咄嗟に背後を振り返った。あそこには全体の半分ほどの部下達がいる、突撃していた部下達があそこで固まっていたのは特大魔法を放つための足止め、その隙に遺跡ごと周りを破壊しようという作戦なら辻褄があう。
「くそっ!させるか!」
シトリーは紅い槍を大きく空に掲げ、形状と共に内にする魔力を大きくさせる。火球を相殺させたシトリーが持つ最上位級槍スキル、《デーモンロードスティンガー》を目の前に浮かぶ巨大な雷球に照準を合わせた。
だが…
シュン!
風を切るような音と共に空中に浮かんでいた雷球が突如として消えた。巨大なモノが一瞬にして消えた現実を目の当たりにし、シトリーは大きく目を見開いた。
「消え…た?…はっ!」
雷球が消えたのとほぼ同時に、周りが徐々に暗くなっていくのを見た。
シトリーは空を見上げ、気味が悪いほどに黒く変色した雲を眺めた瞬間、全身に恐ろしいほど戦慄が貫く。
雷球は消えたのではなく一瞬にも満たない速度で空に飛んで黒い雲を作り出した。そしてその黒い雲から差し込む太陽のような光がこちらを覗かせたことで、何が迫ってくるのか明確にわかった。
「狙いは…後ろじゃない。前っ!!逃げろーーッ!」
すぐさま下にいる部下達に慌てて叫んだ。だが自身の絶叫と同時に現れた光の柱が目の前に落下し、激しい衝撃音にその叫びはかき消された。
「うぁぁぁ!!」
魔法の衝撃で粉々になった土壌が土煙となってシトリーに襲いかかり、彼女は小さく叫んだ。
その次に襲いかかったのは、一瞬で大勢の人の気配が消えたような冷たい感覚だった。
「皆…皆…!誰か!生きている奴はいないのか!?返事をしてくれ皆!」
土煙で前が見えない状況の中、必死に仲間の安否を叫ぶシトリー。だが、返ってくるのは残酷なまでの地鳴りの音だけであった。
「くそっ!」
シトリーは土煙の中を必死に探した、視界も悪く見つかるものも見つからない。降りているはずなのにいつまで経っても地面には辿りつかない。
見つからない仲間の姿と、聞こえない仲間の声、時間が経つにつれ仲間が死んだという現実が押し寄せるが、それを相手への恨みとして考えることで自身の喪失感を力に変えた。
「よくも…よくも…!私の仲間を殺したな!」
吠えるように叫びながら、槍を振り回し土煙を振り払う。怒りでまともに飛べておらず、ほぼ落下と言っていいほど速度を上げて落ちていった。
ブワッ!
自身が落ちていることがわかったのは土煙を抜け出した後のことであった。景色がどんどん下に向かっていき、その先は地面ではなく十数メートルほど下にある谷の底だった。
そんな谷の底で彼女は見た、エルフ族とは容姿が違う人物を。
「見つけた…」
一瞬その姿を視界に捉えた直後、自分の足が地に降り立つ衝撃で砂が舞い上がりその人物は視界に隠れた。
シトリーの感情はもう抑えきれないほどの怒りを有していた。こんな事になってしまったのは誰のせいか?歯車が狂い始めたのは誰のせいか?全てはセーレを負かした勇者から始まった。
砂煙がひいて目の前に立つ人物像がはっきり浮かび上がる。
白髪にこちらを睨む青色の瞳、動きやすい軽装の鎧を見るところによるとただの冒険者だと思われておかしくない。
「そこの男…あなたがうっかり土砂崩れに巻き込まれた冒険者だっていうなら、今のうち白状してくれるかしら?」
シトリーは目の前に立っている人物に憎悪の視線を向け、威圧するように紅い槍から稲光を発した。
「あなたは何者?答え方次第で死に方を選ばせてあげるわ。」
彼女の質問はもう答えを知っているような口ぶりであり、俺はその意味のない質問を彼女に伝えた。
「わかっててそれを言ってんだろ。どう答えたところで俺を殺すのは確定だ、って雰囲気醸し出してるし。」
シトリーは何も答えずただ俺を睨んでいる、周りには誰もいない、相手は帝国幹部、逃げることなどできない状況を作らされた。
俺はため息を吐き、腹をくくって自分の素性を彼女に話した。
「勇者クロムだ、お前達の企みを阻止しに来た。」
剣を抜き、切先をシトリーに向けた。それは彼女を倒すという意味が込められている意志だった。その意志に彼女は応えるよう槍の先を俺の心臓に狙いを定める構えをとった。
「そう…じゃあ死ねッ!」
二人が地面を蹴り、お互いの体が一瞬にして近くなる。
逃げることも勝つこともできない、クロムの生存本能がこの戦いで爆発する。
「はぁ、やっと出来た…。」
焦茶色の髪がくしゃくしゃな状態で机に倒れ込むエルフの男性、モルガンの助手であるルミールは全てを出し尽くしたかのような表情をしながら、目の前で一息ついているその彼女に向けて話す。
「なんで…なんで、モルガン先生は余計なことしかやらないんですか?」
「ルミール君は何が気に入らないっていうんだ?」
「量産が目的なのにこれ以上効能上げてどうするんですか、調合に変化が起きたら最初からやり直しになっちゃうんですよ。」
「大丈夫だ、材料ならまだある。」
「材料じゃなくて納期!納期が間に合ってないんですよ!普通に作ってればもっと早く完成出来てたんです、もうクロムさん達行っちゃったんですよ!」
ルミールが机の上を叩くと、鮮やかな水色をした液体が入っている小瓶が揺れる。
その小瓶は、クロムに頼まれていた厄災魔獣の毒を無効化する対抗薬のようだ。
「はぁ…まさか徹夜になるなんて思わなかった。うぅ…大声出したせいで頭が…。」
極度の疲労からか、研究部屋を後にしようと立ちあがろうとした瞬間、フラついて前に倒れそうになった。
「おっと、大丈夫か?」
「これが大丈夫そうに見えます?なんでモルガン先生はまだピンピンしてるんですか、体力お化けですか?」
ルミールを倒れる直前に腕を伸ばして支えたモルガン、人一人を腕一本で支える力が彼女に残っていることにルミールは不思議がった。
この前日、用事を済ませて帰ってきたルミールは、急にモルガンの実験に付き合わされ対抗薬の量産を手伝わされていた。
急な仕事と徹夜並の業務量、おそらくモルガンはそれ以上の作業をしてるというのに疲れの表情を見せずに自分に向かって余裕の笑みを浮かべていた。
「危険な作業ほど興奮は冷めやまないものだ、逆につまらない作業ほど眠たくなるがな。」
自慢気にそう答えるこの人は、科学者というよりもっと常軌を逸している存在だった。まぁ、そんなことは今さらな気もするが。
「はぁ…その危険な作業で納期を遅らせたことを自覚してください。そういう応用はもう少し基礎を構築してからにしましょうよ。」
「失礼だなルミール君、私はちゃんと緻密な計算をしたうえで実験しているぞ。」
「何が緻密な計算ですか、成功率が10%でもやろうとしますよね?」
「10%で成功するのに何故やらない?」
「そういうとこですよ。」
今回の実験作業の反省をしながら、モルガンはルミールをリビングに連れていきソファに寝かせた。
ソファに沈み込んだ体が心地いいのか、ルミールはすぐ寝息をたて始めた。
「おつかれルミール君。」
そう一言呟き、モルガンは奥の研究部屋に戻った。
机の上にはノルマであった対抗薬10個が並んでいる、それを丈夫な金属質の手持ちサイズの箱に丁寧に入れた。
「ニーナ、準備は出来ているか?」
箱を持ち、研究部屋を出ようとしたところ、上から黒いコートを羽織ったニーナが飛び降りてきた。
「準備万端、いつでも。」
モルガンは対抗薬の入った箱をニーナに手渡した。
「ニーナ、勇者君と合流ついでに彼らと一緒に戦え。そして…」
モルガンはニーナにある命令を与えた、その内容に少し難しい表情をしたが、反論する意を唱えることなくモルガンの目を見て答える。
「…わかりました。」
「いい子だ。なるべく速く向かえ、状況が良くも悪くも君の力が必要になる。」
「はい。」
あっさりとした返事をして、ニーナはいつものようにドクロの仮面とフードを被って外へ出た。
彼女を見送ったモルガンは、仕事を終えた一息にリビングのソファに腰を据え、何かを思いふけるように天井を見上げた。
「ふーむ…私と話す時はどうも口数が少ないような気がする、やはり同年代の子達と話があうのか。」
最近ニーナとの会話が少しあっさりしているような気がしている、ついこの間までは私の研究に興味を持って楽しく会話していた。だがゼルビアの一件以降、私に対して少し淡白な感じで接しているように見えている。
「ニーナも外の友人が気になる年頃か、いやはや…まるで自分の娘を取られた気分だよ。」
「悩みじゃないですか?そういうのって人には言いにくいものですよ。」
突然自分の話に混ざる声がして顔を正面に向けると、寝ていたはずのルミールが起きてこちらを見ていた。
「研究ばかりで彼女を使い回すんじゃなくて、もう少し彼女の気持ちを聞いてあげるようにしましょうよ。毎日研究ばかりじゃ彼女も可哀想です。」
ニーナの気持ちを理解しているような台詞に、モルガンは負けたような気がしてたまらず煽り返した。
「フッ…ルミール君は私の母親か?」
「僕が母親だったらもう少し言うことを聞いてくれませんか?」
「無理だな、私は絶賛反抗期中なのでね。」
その話を聞いたルミールは、諦めたかのようにため息を吐いて再び瞼を閉じた。
ーー死霊の谷・???
「うっ…いっ…痛え…。」
体中をぶつけた痛みで苦痛の声を呟くクロム、上を見上げると自分が急な斜面の下にいるのがわかり、上から滑り落ちて来たのだと把握した。
運良く枯れ木に掴まっていたことと、木の根に張り付いた土塊が斜面を滑る形になっていたことから土砂崩れに巻き込まれずに全身軽い打撲程度で済んだようだ。
クロムはおもむろにステータス画面を開く、開かれた黒いパネルに表示されている体力値を見た。体の節々が痛く感じるが、表示されている体力値はほぼ半分のところまで下がっていた。
「マジかよ…あれだけの高さから滑り落ちて体力半分って、勇者の体頑丈すぎるだろ。」
改めて自分の体の頑丈さに驚きながら、ポーチに入れてある回復薬に手をつけた。
軟膏のような滑りをしている塗り薬を痛みがある場所に塗ると、たちまち痛みが和らぎ、パネルに表示されていた体力値が徐々に回復していった。
さすがファンタジーの世界。そう独りで関心した後、辺りを見渡してそろそろ行動しようと腰を上げた。
「さてと…ここからどうしようか。ここで独りになるのはさすがにまずいよな。」
超級魔法による衝撃で地面が破壊され土煙が空を覆っている、遠くから聞こえる戦闘音以外目の前には誰もいない。
懐にはマジックダイヤルがある、これでセーレを呼ぶこともできるが、場所がわからないままじゃ行動はしにくいだろう。
「大丈夫だ…仲間が探しに来てくれる、コハクがいるならすぐ場所を割り当ててくれる筈だ。ここは変に動かないほうがいい…」
さすがに独りでいるのは心寂しい、最悪死んだことにされて仲間が助けに来てくれないのではとネガティブな思考になってしまう。
そんな独りぼっちの俺に願いを聞き入れてくれたのか、上空の土煙を裂いてこちらに誰かが降りてきた。
俺は何者かが降りてきた場所に目を向け、咄嗟に剣を握った。着地した際の砂煙で姿は見えないが、揺れる影の中で人の姿と異質な翼が見えた時点でもう味方じゃないのは確定してしまった。
「俺…死亡フラグを踏むような台詞言ったかな…」
剣を握る手が震える、自分の運命を呪ったのはこれが初めてかもしれない。俺の目の前で砂煙がひいていくと影の中からソレは現れた。
白を基調とした膝上までスカートが伸びているドレス、だが戦いの中でそれは煤けて汚れている。そして美しく緋色に光る目に、少し青みかかる紫色のショートヘア。
ゲームで見た記憶と一緒、帝国幹部のシトリーだ。
「お前が来るとは聞いてねぇぞ!」
思わず俺は心に思ったことを叫んだ。
ーー超級魔法・雷霆《ケラウノス》発動、数分前
シトリーの命令で全部隊の半数が突撃した、そして残りはパンデルム遺跡周辺で待機させ、遺跡に入らせないように守りを固めた。
パンデルム遺跡までのルートには必ず各部隊が見張りをしている、地中から訪れない限りこの部隊を掻い潜って遺跡に入ることなどできない。
守りは固めた、前の戦いで負った傷もあらかた回復した。紅い槍を手に取り、シトリーは真剣な目で部隊が突撃して行った空を見上げた。
「私も行こう。」
自分の主人が出るということに周りにいた部下達がざわめき始める。
「シトリー様が赴く必要はありません、私達の数で一掃できます。」
「もちろん知ってる、私はあなた達とは別事情で行動する。」
シトリーの力は皆が知るほどに強い印象を受けていた。彼女が出る、それは討伐が困難な魔物などの助っ人として部隊に赴く場合が多い。
だが今回は一個部隊のではなく、複数の部隊を構成して敵に突撃する算段だ。相手が誰であろうと、百を超える悪魔達と正面からぶつかれば無事では済まされない。
自分達の力で勝利を確信していた、だがシトリーの顔は何かにつっかえているような深妙な表情をしていた。
「それって…勇者ですか?」
「ええ…帝国幹部を退けて、この私に牙を向けた存在が何なのかこの目で見てみたい。別にいなくても私には部下達を守る権利がある。長引かせはしない、犠牲者を出さずに短期で終わらせる。」
そう言ってシトリーは地面を蹴って上空へ飛び出した。もう部隊のほとんどが戦闘を始めている頃だろうと、そう考えながら上空から辺りを観察した。
「なるほど…あれか。」
空から見ると戦場は大きく二つに分かれていた。奥には枯れた林を切り倒して大勢の敵が集まっている光景が見える、その人集りの中心には青白く光る何かがあった。
遠目でもわかる、巨大な魔法陣だ。
「あの巨大な火球の正体はあれね、あそこに陣取るっているということはあれが敵陣と考えて間違いないのだろうけど。」
シトリーは視線を少し下に向けた、突撃していった部下達のほとんどが目の前の敵陣に進行せず手前に集まっている。
側から見ればおかしい状況だ、あんな目立つような場所に敵陣があれば誰だってそこに目指そうとするはず。もし遮蔽壁《ウォール》のようなバリアがあっても、それを破ろうと皆はそこに集まるはずだが…
「何をしているんだあの馬鹿達は、敵陣よりも優先すべきことがあるっていうのか?」
彼らの行いに呆れたような気持ちと、そこに何があるのかという興味が混ざりあう中、翼を羽ばたかせ部下達が集まる場所へ近づく。
ズクン…
「っ…!?」
シトリーの体が一気に冷えるような感覚を感じた。人よりも気配に敏感な体質である彼女にとって、彼らに近づくほどその苦痛の絶叫が肌に伝わっていた。
「攻撃されてる!」
そこに何があるのかなど、もうどうでもいい。
部下達が攻撃されている、その意味を見せられるだけで自身の怒りのボルテージが湧き上がる。
筋肉を膨張させ、一気に加速しようと体を捻る。
バリバリッ!
「あれは…!」
一瞬、雷が走ったかのような音が聞こえ、顔を少し上げると見たくもなかった巨大な魔法弾が敵陣から上がっているのが見えた。
稲光が走るその雷球は、火球と同じように触れれば焦土と化すような恐ろしい見た目をしていた。
「またあの特大魔法!?狙いはまさか…!」
シトリーは咄嗟に背後を振り返った。あそこには全体の半分ほどの部下達がいる、突撃していた部下達があそこで固まっていたのは特大魔法を放つための足止め、その隙に遺跡ごと周りを破壊しようという作戦なら辻褄があう。
「くそっ!させるか!」
シトリーは紅い槍を大きく空に掲げ、形状と共に内にする魔力を大きくさせる。火球を相殺させたシトリーが持つ最上位級槍スキル、《デーモンロードスティンガー》を目の前に浮かぶ巨大な雷球に照準を合わせた。
だが…
シュン!
風を切るような音と共に空中に浮かんでいた雷球が突如として消えた。巨大なモノが一瞬にして消えた現実を目の当たりにし、シトリーは大きく目を見開いた。
「消え…た?…はっ!」
雷球が消えたのとほぼ同時に、周りが徐々に暗くなっていくのを見た。
シトリーは空を見上げ、気味が悪いほどに黒く変色した雲を眺めた瞬間、全身に恐ろしいほど戦慄が貫く。
雷球は消えたのではなく一瞬にも満たない速度で空に飛んで黒い雲を作り出した。そしてその黒い雲から差し込む太陽のような光がこちらを覗かせたことで、何が迫ってくるのか明確にわかった。
「狙いは…後ろじゃない。前っ!!逃げろーーッ!」
すぐさま下にいる部下達に慌てて叫んだ。だが自身の絶叫と同時に現れた光の柱が目の前に落下し、激しい衝撃音にその叫びはかき消された。
「うぁぁぁ!!」
魔法の衝撃で粉々になった土壌が土煙となってシトリーに襲いかかり、彼女は小さく叫んだ。
その次に襲いかかったのは、一瞬で大勢の人の気配が消えたような冷たい感覚だった。
「皆…皆…!誰か!生きている奴はいないのか!?返事をしてくれ皆!」
土煙で前が見えない状況の中、必死に仲間の安否を叫ぶシトリー。だが、返ってくるのは残酷なまでの地鳴りの音だけであった。
「くそっ!」
シトリーは土煙の中を必死に探した、視界も悪く見つかるものも見つからない。降りているはずなのにいつまで経っても地面には辿りつかない。
見つからない仲間の姿と、聞こえない仲間の声、時間が経つにつれ仲間が死んだという現実が押し寄せるが、それを相手への恨みとして考えることで自身の喪失感を力に変えた。
「よくも…よくも…!私の仲間を殺したな!」
吠えるように叫びながら、槍を振り回し土煙を振り払う。怒りでまともに飛べておらず、ほぼ落下と言っていいほど速度を上げて落ちていった。
ブワッ!
自身が落ちていることがわかったのは土煙を抜け出した後のことであった。景色がどんどん下に向かっていき、その先は地面ではなく十数メートルほど下にある谷の底だった。
そんな谷の底で彼女は見た、エルフ族とは容姿が違う人物を。
「見つけた…」
一瞬その姿を視界に捉えた直後、自分の足が地に降り立つ衝撃で砂が舞い上がりその人物は視界に隠れた。
シトリーの感情はもう抑えきれないほどの怒りを有していた。こんな事になってしまったのは誰のせいか?歯車が狂い始めたのは誰のせいか?全てはセーレを負かした勇者から始まった。
砂煙がひいて目の前に立つ人物像がはっきり浮かび上がる。
白髪にこちらを睨む青色の瞳、動きやすい軽装の鎧を見るところによるとただの冒険者だと思われておかしくない。
「そこの男…あなたがうっかり土砂崩れに巻き込まれた冒険者だっていうなら、今のうち白状してくれるかしら?」
シトリーは目の前に立っている人物に憎悪の視線を向け、威圧するように紅い槍から稲光を発した。
「あなたは何者?答え方次第で死に方を選ばせてあげるわ。」
彼女の質問はもう答えを知っているような口ぶりであり、俺はその意味のない質問を彼女に伝えた。
「わかっててそれを言ってんだろ。どう答えたところで俺を殺すのは確定だ、って雰囲気醸し出してるし。」
シトリーは何も答えずただ俺を睨んでいる、周りには誰もいない、相手は帝国幹部、逃げることなどできない状況を作らされた。
俺はため息を吐き、腹をくくって自分の素性を彼女に話した。
「勇者クロムだ、お前達の企みを阻止しに来た。」
剣を抜き、切先をシトリーに向けた。それは彼女を倒すという意味が込められている意志だった。その意志に彼女は応えるよう槍の先を俺の心臓に狙いを定める構えをとった。
「そう…じゃあ死ねッ!」
二人が地面を蹴り、お互いの体が一瞬にして近くなる。
逃げることも勝つこともできない、クロムの生存本能がこの戦いで爆発する。
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悪役貴族に転生したから破滅しないように努力するけど上手くいかない!~努力が足りない?なら足りるまで努力する~
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※カクヨム、なろうでも掲載しています。
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