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復活の厄災編
第四十一話 希望の糸を手繰り寄せて①
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一方その頃、クロム達は悪魔達と苦しい戦いを強いられていた。
「くそっ!数が多すぎる!このまま戦っても埒が明かない!」
「アルノアさん、私達の目的は敵を集めることです!もう少し耐えましょう!」
「悪いけどコハク、その前に私達が倒れちまう。今この場で主力になっているのは私達二人だけなんだからな。」
アルノアの言うことはごもっともだった、何故なら敵のほとんどは空から魔法を放ってくる遠距離戦で戦っていた。
それに対抗するようアルノアの魔法とコハクの機動力を活かした空中戦が行われる。クロムは地上で、ただ魔法を弾いたり避けたりすることしかしていない。完全な足手まといだ。
「ふぅ…ふぅ…!」
剣が震え、腕や体には魔法による傷が出ていた。攻撃もせずただ防戦一方にやられている俺の姿を見て悪魔達は笑っている。
「おいおい弱すぎなんじゃないのか?初心者の冒険者が混ざってるぞ!ハハハっ!」
「へっ、言ってくれるじゃん。まだハンデもらって遊んでることに気がつかないのか?」
「アハハハ!ハンデ!?ハンデだとよ!ハハハ!」
負け惜しみのような呆れる台詞を吐くと悪魔達はさらに笑い声をあげた、だがその伸ばす手はしっかりと俺の方へ向けられていた。
相手を馬鹿にしながらも、俺に対する攻撃は緩めないという現れだった。
「はぁ…うるさい奴らだなもう…。」
馬鹿にされるような笑いを受けても、俺は怒りを表さずため息を吐くだけだった。
だが側から見ていたレズリィは、俺を馬鹿にするような悪魔が許せないのか、俺が本気で相手にしていないのか怒りを露わにして叫んだ。
「クロムさん、戦い方を変えましょう!飛んでる敵相手に剣を振り回しても勝てません!魔法を使ってあんな人達よりも強いって見せあげましょうよ!」
レズリィの声に少し驚く俺だが、すぐに面倒な表情へと移り変わった。
「なんだとこの女ァ、俺達がこいつより弱いってか?」
「恥ずかしい奴だ。だったら見せてやろうぜ、この男の無様な姿を!」
レズリィの話に感化されたのか、悪魔達は眉間にシワを寄せ俺を睨みつけてきた。
(あはは…言ってくれるのはいいけど、より凶暴にさせてどうすんだよ。)
俺は先程よりも死を身近に感じるようになった状況に嫌な焦りを感じた。
確かにレズリィの言い分は正しい、俺もアルノアほどの火力はないが魔法は使える、ただ…
「使えるけど…ちっちゃい花火じゃあいつらと戦えないからな。」
この世界ではゲームと違ってスキルポイントで強くなるやり方じゃない、スキルを使用し続けた上達具合で新しいスキルを覚える熟練度制になっている。
ここまで戦い、俺は魔法はあまり使ってはこなかった、それどころか命中制度も悪く零距離でしかまともに当てられない。悪魔の言う通り魔法だけはほぼ初心者なのだ。
ここでそれをマスターしろ?一歩間違えれば死ぬかもしれない状況でそんな余裕はない。
だったら自分の得意スキルにそれを混ぜ込んで使えばいい、幸運なことに霊長の里はその技法をあみだした場所であり、その技法を覚えられる場所でもあった。俺はその技法を頼りに下ろした剣を再び持ち上げた。
「悪いけどもう少しだけ戦わせてくれるか?あともうちょっとで感覚が掴めるんだ。」
後ろにいるレズリィに余裕の表情を見せ、前へ走り出すクロム。
「へっ!また突っ込んで来たぞあいつ!」
「望み通り無様な姿に晒してやるよ!」
複数の悪魔の手から魔法陣が展開され、他種類の魔法が雨となってクロムに襲いかかる。
レズリィはいつまでも防戦一方なクロムを心配で見ることが出来ず、遮蔽壁《ウォール》で防ごうと動き始めようとした時…
ガギンッ!
飛んできた氷柱を素速く叩き落とし、
ブォン!
熱を帯びた火球を振り払い、
ザッ!
落ちてくる稲妻を地面を蹴って回避していた。
これが繰り返される、悪魔に反撃することなくただ魔法を防いでは回避してはを何度も。
その妙なクロムの行動を見ていたレズリィとアルノアは同じ考えが頭をよぎった。
「クロムさん…どうして?」
「そういえばクロム…あいつはなんで…」
「魔法を使わないんですか?」
「魔法を使わないんだ?」
使える魔法を手放し撃ってきた魔法を剣で弾いてはを繰り返すクロム、敵はいつまでも攻撃せずに魔法の猛攻を耐え続けているクロムに気味の悪さを感じていた。
「なんだこいつ気味悪いな、さっきからずっと俺達の魔法を弾いてばっかだ。殺す気もねえのになんで前に出てるんだ?」
仲間の言葉に何か妙な違和感を感じた一人の悪魔が、その正体を探るべく思考を巡らせた。
(反撃する気もないのに前に出てひたすら攻撃を受け続けている。何故?何を待っている?)
待っている…その言葉に今自分達が置かれている状況に胸がざわめきはじめた。
(まさか…!?)
悪魔は慌て周りを見渡した、目先には今も猛攻を防いでいる人間、そしてその後ろの岩陰に神官がいる。だが自分達を攻撃していたあの魔法使いと獣人の姿が見当たらなかった。
「まずい!これは揺動だ!」
そう叫んだ直後、ほとんどの悪魔がクロムに視線が集まる隙を狙い飛び出す二つの影。
「飛ばせコハク!」
「はいっ!」
悪魔達の背後、コハクの背に乗ったアルノアが飛んで現れた。さらに、コハクは空中で足を上に向ける姿勢をとると、体を丸めたアルノアに足を乗せ上空へ蹴り出した。
「ラビットスティング・ダブルクラッシュ!」
両足を槍のように突きだす強烈な足技でアルノアをさらに高く上空へ押し出すと、彼女は悪魔の上をとった。
「落ちろ!炎爆《ブラスト》!」
アルノアの杖から火球が撃ち出されると悪魔達の頭上でそれが弾けた。強烈な爆破と火の雨が広がり、悪魔達は飛ぶ姿勢を維持できず地上に落下する。
「は~い、俺のテリトリーへようこそ~。」
「っ!テメェ!」
落ちてくるのを知っていたとしか思えないタイミングでクロムは待ち伏せていた。
落ちていった悪魔達の目には、魔法を弾くだけの存在だけだった彼が、鎌を持った死神に化けているように見えていた。
ザンッ!
その死神は何の躊躇もなく悪魔の胸部を斬りつけた、胸部からは血しぶきと欠けた魔石がまろび出て、心臓である魔石を失った悪魔は塵となって消えた。
「そんな怖い目で見るなよ、俺はただの初心者の冒険者なんだぜ。」
とても優しく不気味な笑顔をしたクロムは、それに似合わぬ素速い動きで、再び飛び立とうとしている悪魔達に近づいた。
ザンッ!ザシュ!
弧を描いた斬撃は悪魔の胸部を深く傷つけ、剣を振り終えると同時に兎のような力強い水平跳躍で次の悪魔の胸部を斬りつけた。
計三回の連続攻撃、「スラッシュ」より威力は小さいが、複数いる魔物にはランダムな斬撃を行う。剣術スキルレベル4、「ラビットブレイク」だ。
「舐めるなよ雑魚が!」
暴言を吐いた絶叫と共に、前方から援軍として現れた悪魔達が魔法を繰り出した。
まるでさっきの腹いせのように俺達向かって爆破魔法を唱え、辺り一帯に大きな火花が散った。
「こっちです皆さん!私のところへ!」
レズリィの声が聞こえ、三人は空中に咲く火花を掻い潜りながら彼女のそばまで逃げた。
「遮蔽壁《ウォール》!」
皆がレズリィのそばまで来ると、すかさず彼女は周りを四角く囲ったバリアを作り出した。
「氷で補強させる、氷結《ブリザド》!」
アルノアの力でバリアが氷で分厚くなり耐久力が増した、依然と猛攻は続いているが遮蔽壁《ウォール》が展開されている間は少し息を整えられそうだ。
「たくっ…なぁクロム、囮になってくれてるのはありがたいが、いい加減魔法使って支援してくれないとこっちがもたねぇぞ。」
アルノアは疲れた様子で俺を睨みつけた、当然レズリィもコハクも不思議そうにこちらを見ている。
さすがに威力が低いからと命中率が悪いの理由では目の前の赤い魔女にブン殴られると感じ、それらしい理由を話した。
「すまん…魔導武装を覚えようとあれこれ必死に試してたんだ。」
「魔導武装って、近衛隊が使ってたあの属性の矢を放つ技ですか?」
「ああ、昨日その指南書を買って練習してたんだ。武器に魔法を合わせれば遠距離攻撃ができるって書いてあったんだけど…」
俺は皆の前で持っている剣を強く握りしめて唸った、剣に見えない力を流し込むような仕草をしたが剣は何の反応も見せない。
「ぜんぜん属性を纏えないんだ、もしかしてと思って撃ってくる魔法に剣をぶつければ魔力の残滓で使えるんじゃないかと思って…」
「どアホ!」
アルノアの正拳突きが俺の顔面に炸裂した。
「馬鹿なのかそれとも馬鹿なのか!?何でそれでできると思った!このバカ!」
「ちょっ!アルノアさん落ち着いて!」
構わず二撃目を見舞おうとするアルノアをコハクが止めた、それでも両手を激しく俺に向けて振ってくる。
「仕方ねえだろ情報がないんだから、里で指南書を買って覚えようとしたの昨日の夜だぞ。それになんだあの指南書!やり方にほとんど「イメージ」しか書かれてねえよ!もっと具体的に説明してくれよ!」
ゲームだったらスキルの指南書を手に入れた時点で使うことができていた。だが現実というのはそう都合良くできてない、練習しろと言わんばかりに努力させられる。
急いでいる時にその現実を知らされた時の萎えた傷を俺は未だ引きずっていた。
そんな情けないクロムの姿を見たアルノアは彼に向かって声を上げる。
「この馬鹿!できないことを指南書のせいにしてんじゃねえ!」
コハクに掴まれていることで殴ることができないアルノアは、喉が張り裂けるような絶叫でクロムを一喝した。
「魔法はイメージで形を作り出してる存在なんだ、武器に魔法を纏うイメージも出来ないようじゃ魔導武装なんて一生出来るわけない!自覚しろ!いつまで一人で戦ってるつもりだ!?」
「っ…!」
アルノアの言葉に俺の体は重圧を受けたかのように体が重くなった。
ほんとうに情けない、あらゆる敵の対策を考えてきたが解決できないものが一つあった、自分の弱さだ。
自分の今のレベルでは、幹部どころかその下の部下達と相手になるかわからない。だからこそ必死に努力してきたつもりだった。
その必死さに囚われて仲間の存在が頭から抜けてしまっていた。
「すまん…俺の努力が足りないだけだと思ってて見落としてた、強くならないといけないって必死になっていたんだ。アルノアの言うとおりだ、俺はまた一人でなんとかしようとしてた。」
俺はまっすぐ彼女に正直なことを話した、その声に皆は心配そうな表情で見ていた。アルノアもクロムの反省した表情を見て、熱を持った怒りが冷めていった。
「たく…魔法の知識で私に勝るとでも思ったか?強くなりたいって必死なのはお前だけじゃねえんだよ。だから…もうちょっと私達を信じろよ。」
寂しさを感じるような声をアルノアは吐き出すと、コハクは自然と彼女の体を掴んでいた手を離した。攻撃的な彼女の気持ちの中に「頼って欲しかった」という仲間の表れが見えたからだ。
バキッ!
突然、感傷的な空間から嫌な音が鳴り出した。音がする方へ顔を向けると遮蔽壁《ウォール》に大きなヒビが入っていた。
外は依然として魔法による猛攻が続いている、ここで話し込んでいた隙に悪魔は俺達の周りを囲み逃げられない状況を作っていた。
「どうしましょう、壁が壊れたら一斉に撃たれてしまいます!」
レズリィが言う予想に皆の表情に焦りが生じる、確実に詰みになっている状況で迂闊に行動ができなくなっていた。
そんな中、クロムは希望となる突破口を見つけたのか、自信のある表情でアルノアに尋ねた。
「アルノア、説教ならあとでいくらでも受けてやる。知ってることを教えてくれ、魔導武装をやるには俺は何が足りない…!?」
仲間を頼ってほしいという願望が表れたのはいいが、こんな危機的状況じゃゆったりと話している暇はない。
アルノアは複雑な感情に戸惑いをしながら、もうどうにでもなれといった気持ちでクロムの話にのった。
「はぁ…そんな時間あるわけないだろ!たくっ…魔導武装がやりたいっていうなら私が付き合ってやる。」
そう言うとアルノアは俺が持っている剣を掴んだ。その行為に皆は驚愕した、なぜなら彼女が掴んでいるの剣の刃の部分であり、その手の中から赤い血が金属の上を流れ始めた。
「おい!何やってんだアルノア!?」
「ぐっ…!剣に魔法が纏えないなら、私の力で纏いやすくしてやるまでよ!」
滲み出た血をアルノアは剣の表面に塗った、金属の上では血は馴染まず点々と水滴がついている。彼女の不可解な行動にわけが分からず唖然としていると…
「クロム!剣に炎が出るイメージで魔力を流せ!」
そんな意味など詮索する必要はないと急かすように伝えると、俺はさっきと同じく剣に魔力を流し込むように力んだ。
「剣に炎が出るイメージ…炎が出るイメージ…!」
頭で剣が燃えている想像をした、正直これでなにが変わるのかわからない、剣に魔力が伝わっているどうかもわからない。
ただアルノアがあんな行動を起こしたということに何か意味があると考え、俺はひたすらに剣に向き合った。
バキバキッ!
薄氷が割れるような音を立て、壁全体にヒビが入った。
「こっちは任せてください!アルノアさん、氷結魔法で壁の補強を!」
「わかった!」
二人の力で時間を稼げてはいるものの、そう長くは持たない。焦る気持ちが徐々に大きくなっていくのと同時に、皆を助けたいという気持ちが俺の知らない力を引き出した。
「ああくそっ!出ろって言ってんだよ!」
そう声を上げ力強く力むと剣が橙色に染め上がり、ボンっと音をたて炎が上がった。
「出た!炎が出た!」
クロムの声と共に剣から勢いよく炎が上がる様子を、三人は食い入るように驚いて見ていた。
「本当に炎が出た…何をしたんですかアルノアさん、あの行為に何の意味が?」
剣刃で裂かれたアルノアの手を見てレズリィは疑問に感じると、アルノアは説明するように答えた。
「そもそも魔導武装ってのは、自分の武器に魔力を流し続けて《魔力が流れやすい武器》に作り変えないといけない。今のあいつの剣にはそれがなかった、だから私の魔力を無理矢理あの剣にねじ込ませた。いわゆる付け焼き刃ってやつだ。」
「アルノア…そのためにお前は…」
自分を傷つけて発現させた魔導武装に、俺は彼女に感謝と申し訳なさを含んだ感情を見せると、アルノアはため息を溢しながら面倒そうな表情で返した。
「そういうのは後にしろ、今それが出来てるのは私の魔力に反応してるからだ。付与した魔力が切れれば元の剣に戻っちまうから手早く済ませろ。」
「わかった…って熱っ!」
剣を下げた俺の腕に舞い上がった炎が被り、熱さに驚いて剣を落とした。
「落とすな馬鹿っ!」
ゴチンと痛々しい音を鳴らすほどアルノアの強烈な鉄拳が俺の頭に炸裂した。
「くそっ!数が多すぎる!このまま戦っても埒が明かない!」
「アルノアさん、私達の目的は敵を集めることです!もう少し耐えましょう!」
「悪いけどコハク、その前に私達が倒れちまう。今この場で主力になっているのは私達二人だけなんだからな。」
アルノアの言うことはごもっともだった、何故なら敵のほとんどは空から魔法を放ってくる遠距離戦で戦っていた。
それに対抗するようアルノアの魔法とコハクの機動力を活かした空中戦が行われる。クロムは地上で、ただ魔法を弾いたり避けたりすることしかしていない。完全な足手まといだ。
「ふぅ…ふぅ…!」
剣が震え、腕や体には魔法による傷が出ていた。攻撃もせずただ防戦一方にやられている俺の姿を見て悪魔達は笑っている。
「おいおい弱すぎなんじゃないのか?初心者の冒険者が混ざってるぞ!ハハハっ!」
「へっ、言ってくれるじゃん。まだハンデもらって遊んでることに気がつかないのか?」
「アハハハ!ハンデ!?ハンデだとよ!ハハハ!」
負け惜しみのような呆れる台詞を吐くと悪魔達はさらに笑い声をあげた、だがその伸ばす手はしっかりと俺の方へ向けられていた。
相手を馬鹿にしながらも、俺に対する攻撃は緩めないという現れだった。
「はぁ…うるさい奴らだなもう…。」
馬鹿にされるような笑いを受けても、俺は怒りを表さずため息を吐くだけだった。
だが側から見ていたレズリィは、俺を馬鹿にするような悪魔が許せないのか、俺が本気で相手にしていないのか怒りを露わにして叫んだ。
「クロムさん、戦い方を変えましょう!飛んでる敵相手に剣を振り回しても勝てません!魔法を使ってあんな人達よりも強いって見せあげましょうよ!」
レズリィの声に少し驚く俺だが、すぐに面倒な表情へと移り変わった。
「なんだとこの女ァ、俺達がこいつより弱いってか?」
「恥ずかしい奴だ。だったら見せてやろうぜ、この男の無様な姿を!」
レズリィの話に感化されたのか、悪魔達は眉間にシワを寄せ俺を睨みつけてきた。
(あはは…言ってくれるのはいいけど、より凶暴にさせてどうすんだよ。)
俺は先程よりも死を身近に感じるようになった状況に嫌な焦りを感じた。
確かにレズリィの言い分は正しい、俺もアルノアほどの火力はないが魔法は使える、ただ…
「使えるけど…ちっちゃい花火じゃあいつらと戦えないからな。」
この世界ではゲームと違ってスキルポイントで強くなるやり方じゃない、スキルを使用し続けた上達具合で新しいスキルを覚える熟練度制になっている。
ここまで戦い、俺は魔法はあまり使ってはこなかった、それどころか命中制度も悪く零距離でしかまともに当てられない。悪魔の言う通り魔法だけはほぼ初心者なのだ。
ここでそれをマスターしろ?一歩間違えれば死ぬかもしれない状況でそんな余裕はない。
だったら自分の得意スキルにそれを混ぜ込んで使えばいい、幸運なことに霊長の里はその技法をあみだした場所であり、その技法を覚えられる場所でもあった。俺はその技法を頼りに下ろした剣を再び持ち上げた。
「悪いけどもう少しだけ戦わせてくれるか?あともうちょっとで感覚が掴めるんだ。」
後ろにいるレズリィに余裕の表情を見せ、前へ走り出すクロム。
「へっ!また突っ込んで来たぞあいつ!」
「望み通り無様な姿に晒してやるよ!」
複数の悪魔の手から魔法陣が展開され、他種類の魔法が雨となってクロムに襲いかかる。
レズリィはいつまでも防戦一方なクロムを心配で見ることが出来ず、遮蔽壁《ウォール》で防ごうと動き始めようとした時…
ガギンッ!
飛んできた氷柱を素速く叩き落とし、
ブォン!
熱を帯びた火球を振り払い、
ザッ!
落ちてくる稲妻を地面を蹴って回避していた。
これが繰り返される、悪魔に反撃することなくただ魔法を防いでは回避してはを何度も。
その妙なクロムの行動を見ていたレズリィとアルノアは同じ考えが頭をよぎった。
「クロムさん…どうして?」
「そういえばクロム…あいつはなんで…」
「魔法を使わないんですか?」
「魔法を使わないんだ?」
使える魔法を手放し撃ってきた魔法を剣で弾いてはを繰り返すクロム、敵はいつまでも攻撃せずに魔法の猛攻を耐え続けているクロムに気味の悪さを感じていた。
「なんだこいつ気味悪いな、さっきからずっと俺達の魔法を弾いてばっかだ。殺す気もねえのになんで前に出てるんだ?」
仲間の言葉に何か妙な違和感を感じた一人の悪魔が、その正体を探るべく思考を巡らせた。
(反撃する気もないのに前に出てひたすら攻撃を受け続けている。何故?何を待っている?)
待っている…その言葉に今自分達が置かれている状況に胸がざわめきはじめた。
(まさか…!?)
悪魔は慌て周りを見渡した、目先には今も猛攻を防いでいる人間、そしてその後ろの岩陰に神官がいる。だが自分達を攻撃していたあの魔法使いと獣人の姿が見当たらなかった。
「まずい!これは揺動だ!」
そう叫んだ直後、ほとんどの悪魔がクロムに視線が集まる隙を狙い飛び出す二つの影。
「飛ばせコハク!」
「はいっ!」
悪魔達の背後、コハクの背に乗ったアルノアが飛んで現れた。さらに、コハクは空中で足を上に向ける姿勢をとると、体を丸めたアルノアに足を乗せ上空へ蹴り出した。
「ラビットスティング・ダブルクラッシュ!」
両足を槍のように突きだす強烈な足技でアルノアをさらに高く上空へ押し出すと、彼女は悪魔の上をとった。
「落ちろ!炎爆《ブラスト》!」
アルノアの杖から火球が撃ち出されると悪魔達の頭上でそれが弾けた。強烈な爆破と火の雨が広がり、悪魔達は飛ぶ姿勢を維持できず地上に落下する。
「は~い、俺のテリトリーへようこそ~。」
「っ!テメェ!」
落ちてくるのを知っていたとしか思えないタイミングでクロムは待ち伏せていた。
落ちていった悪魔達の目には、魔法を弾くだけの存在だけだった彼が、鎌を持った死神に化けているように見えていた。
ザンッ!
その死神は何の躊躇もなく悪魔の胸部を斬りつけた、胸部からは血しぶきと欠けた魔石がまろび出て、心臓である魔石を失った悪魔は塵となって消えた。
「そんな怖い目で見るなよ、俺はただの初心者の冒険者なんだぜ。」
とても優しく不気味な笑顔をしたクロムは、それに似合わぬ素速い動きで、再び飛び立とうとしている悪魔達に近づいた。
ザンッ!ザシュ!
弧を描いた斬撃は悪魔の胸部を深く傷つけ、剣を振り終えると同時に兎のような力強い水平跳躍で次の悪魔の胸部を斬りつけた。
計三回の連続攻撃、「スラッシュ」より威力は小さいが、複数いる魔物にはランダムな斬撃を行う。剣術スキルレベル4、「ラビットブレイク」だ。
「舐めるなよ雑魚が!」
暴言を吐いた絶叫と共に、前方から援軍として現れた悪魔達が魔法を繰り出した。
まるでさっきの腹いせのように俺達向かって爆破魔法を唱え、辺り一帯に大きな火花が散った。
「こっちです皆さん!私のところへ!」
レズリィの声が聞こえ、三人は空中に咲く火花を掻い潜りながら彼女のそばまで逃げた。
「遮蔽壁《ウォール》!」
皆がレズリィのそばまで来ると、すかさず彼女は周りを四角く囲ったバリアを作り出した。
「氷で補強させる、氷結《ブリザド》!」
アルノアの力でバリアが氷で分厚くなり耐久力が増した、依然と猛攻は続いているが遮蔽壁《ウォール》が展開されている間は少し息を整えられそうだ。
「たくっ…なぁクロム、囮になってくれてるのはありがたいが、いい加減魔法使って支援してくれないとこっちがもたねぇぞ。」
アルノアは疲れた様子で俺を睨みつけた、当然レズリィもコハクも不思議そうにこちらを見ている。
さすがに威力が低いからと命中率が悪いの理由では目の前の赤い魔女にブン殴られると感じ、それらしい理由を話した。
「すまん…魔導武装を覚えようとあれこれ必死に試してたんだ。」
「魔導武装って、近衛隊が使ってたあの属性の矢を放つ技ですか?」
「ああ、昨日その指南書を買って練習してたんだ。武器に魔法を合わせれば遠距離攻撃ができるって書いてあったんだけど…」
俺は皆の前で持っている剣を強く握りしめて唸った、剣に見えない力を流し込むような仕草をしたが剣は何の反応も見せない。
「ぜんぜん属性を纏えないんだ、もしかしてと思って撃ってくる魔法に剣をぶつければ魔力の残滓で使えるんじゃないかと思って…」
「どアホ!」
アルノアの正拳突きが俺の顔面に炸裂した。
「馬鹿なのかそれとも馬鹿なのか!?何でそれでできると思った!このバカ!」
「ちょっ!アルノアさん落ち着いて!」
構わず二撃目を見舞おうとするアルノアをコハクが止めた、それでも両手を激しく俺に向けて振ってくる。
「仕方ねえだろ情報がないんだから、里で指南書を買って覚えようとしたの昨日の夜だぞ。それになんだあの指南書!やり方にほとんど「イメージ」しか書かれてねえよ!もっと具体的に説明してくれよ!」
ゲームだったらスキルの指南書を手に入れた時点で使うことができていた。だが現実というのはそう都合良くできてない、練習しろと言わんばかりに努力させられる。
急いでいる時にその現実を知らされた時の萎えた傷を俺は未だ引きずっていた。
そんな情けないクロムの姿を見たアルノアは彼に向かって声を上げる。
「この馬鹿!できないことを指南書のせいにしてんじゃねえ!」
コハクに掴まれていることで殴ることができないアルノアは、喉が張り裂けるような絶叫でクロムを一喝した。
「魔法はイメージで形を作り出してる存在なんだ、武器に魔法を纏うイメージも出来ないようじゃ魔導武装なんて一生出来るわけない!自覚しろ!いつまで一人で戦ってるつもりだ!?」
「っ…!」
アルノアの言葉に俺の体は重圧を受けたかのように体が重くなった。
ほんとうに情けない、あらゆる敵の対策を考えてきたが解決できないものが一つあった、自分の弱さだ。
自分の今のレベルでは、幹部どころかその下の部下達と相手になるかわからない。だからこそ必死に努力してきたつもりだった。
その必死さに囚われて仲間の存在が頭から抜けてしまっていた。
「すまん…俺の努力が足りないだけだと思ってて見落としてた、強くならないといけないって必死になっていたんだ。アルノアの言うとおりだ、俺はまた一人でなんとかしようとしてた。」
俺はまっすぐ彼女に正直なことを話した、その声に皆は心配そうな表情で見ていた。アルノアもクロムの反省した表情を見て、熱を持った怒りが冷めていった。
「たく…魔法の知識で私に勝るとでも思ったか?強くなりたいって必死なのはお前だけじゃねえんだよ。だから…もうちょっと私達を信じろよ。」
寂しさを感じるような声をアルノアは吐き出すと、コハクは自然と彼女の体を掴んでいた手を離した。攻撃的な彼女の気持ちの中に「頼って欲しかった」という仲間の表れが見えたからだ。
バキッ!
突然、感傷的な空間から嫌な音が鳴り出した。音がする方へ顔を向けると遮蔽壁《ウォール》に大きなヒビが入っていた。
外は依然として魔法による猛攻が続いている、ここで話し込んでいた隙に悪魔は俺達の周りを囲み逃げられない状況を作っていた。
「どうしましょう、壁が壊れたら一斉に撃たれてしまいます!」
レズリィが言う予想に皆の表情に焦りが生じる、確実に詰みになっている状況で迂闊に行動ができなくなっていた。
そんな中、クロムは希望となる突破口を見つけたのか、自信のある表情でアルノアに尋ねた。
「アルノア、説教ならあとでいくらでも受けてやる。知ってることを教えてくれ、魔導武装をやるには俺は何が足りない…!?」
仲間を頼ってほしいという願望が表れたのはいいが、こんな危機的状況じゃゆったりと話している暇はない。
アルノアは複雑な感情に戸惑いをしながら、もうどうにでもなれといった気持ちでクロムの話にのった。
「はぁ…そんな時間あるわけないだろ!たくっ…魔導武装がやりたいっていうなら私が付き合ってやる。」
そう言うとアルノアは俺が持っている剣を掴んだ。その行為に皆は驚愕した、なぜなら彼女が掴んでいるの剣の刃の部分であり、その手の中から赤い血が金属の上を流れ始めた。
「おい!何やってんだアルノア!?」
「ぐっ…!剣に魔法が纏えないなら、私の力で纏いやすくしてやるまでよ!」
滲み出た血をアルノアは剣の表面に塗った、金属の上では血は馴染まず点々と水滴がついている。彼女の不可解な行動にわけが分からず唖然としていると…
「クロム!剣に炎が出るイメージで魔力を流せ!」
そんな意味など詮索する必要はないと急かすように伝えると、俺はさっきと同じく剣に魔力を流し込むように力んだ。
「剣に炎が出るイメージ…炎が出るイメージ…!」
頭で剣が燃えている想像をした、正直これでなにが変わるのかわからない、剣に魔力が伝わっているどうかもわからない。
ただアルノアがあんな行動を起こしたということに何か意味があると考え、俺はひたすらに剣に向き合った。
バキバキッ!
薄氷が割れるような音を立て、壁全体にヒビが入った。
「こっちは任せてください!アルノアさん、氷結魔法で壁の補強を!」
「わかった!」
二人の力で時間を稼げてはいるものの、そう長くは持たない。焦る気持ちが徐々に大きくなっていくのと同時に、皆を助けたいという気持ちが俺の知らない力を引き出した。
「ああくそっ!出ろって言ってんだよ!」
そう声を上げ力強く力むと剣が橙色に染め上がり、ボンっと音をたて炎が上がった。
「出た!炎が出た!」
クロムの声と共に剣から勢いよく炎が上がる様子を、三人は食い入るように驚いて見ていた。
「本当に炎が出た…何をしたんですかアルノアさん、あの行為に何の意味が?」
剣刃で裂かれたアルノアの手を見てレズリィは疑問に感じると、アルノアは説明するように答えた。
「そもそも魔導武装ってのは、自分の武器に魔力を流し続けて《魔力が流れやすい武器》に作り変えないといけない。今のあいつの剣にはそれがなかった、だから私の魔力を無理矢理あの剣にねじ込ませた。いわゆる付け焼き刃ってやつだ。」
「アルノア…そのためにお前は…」
自分を傷つけて発現させた魔導武装に、俺は彼女に感謝と申し訳なさを含んだ感情を見せると、アルノアはため息を溢しながら面倒そうな表情で返した。
「そういうのは後にしろ、今それが出来てるのは私の魔力に反応してるからだ。付与した魔力が切れれば元の剣に戻っちまうから手早く済ませろ。」
「わかった…って熱っ!」
剣を下げた俺の腕に舞い上がった炎が被り、熱さに驚いて剣を落とした。
「落とすな馬鹿っ!」
ゴチンと痛々しい音を鳴らすほどアルノアの強烈な鉄拳が俺の頭に炸裂した。
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