推しがラスボスなので救いたい〜ゲーマーニートは勇者になる

ケイちゃん

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復活の厄災編

第四十話 三人の隊長①

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「うっ…あぁ…。」

 シトリーは意識を戻すと、自分が大勢の部下達の上に倒れていることに気づき起き上がった。

「そうだ…!どうなった?皆!皆は!」

 見渡すと、そこは先ほどの広場だった。ただ違うのはいつもより透き通った景色と部下達が壁際に転がっている光景だった。
 だが心配する必要はないようだ、皆苦痛に顔をしかめていたがゆっくり上体を起こしていた。

「シトリー様…。」
「シトリー様…。」

 自分はいつの間にか周りに倒れている部下達の中央に立っていた、皆の視線がこちらに集まる、誰しもが彼女の言葉を待つように厳しい表情をしていた。
 シトリーはそんな彼らの前で深く頭を下げた。

「皆…すまなかった!あなた達の思っている通り私はあなた達の仲間を厄災魔獣に捧げていた!」

 この言葉を口にするのが怖かった、だがもうそうは言ってられない。シトリーは唇を噛み締めるように震えた声で話続けた。

「私は不安だった、目的である厄災魔獣が復活せず皆が散っていく光景が広がるのを。こちらの思惑に気づいて想定より早く訪れる勇者の存在を。あなた達に生贄のことを話すのを。」

 彼女の言葉に皆は反論の意を叫ぶことなく静かに見ていた。もし死の危機が訪れずに彼女の謝罪を聞けば、誰もがその言葉に納得する者はいなかっただろう。
 だが彼らは見たのだ、何も出来ずただ叫ぶことしかできない自分達をたった一人で守ったその姿を。
 そんな彼女に誰が恨み怒りを持とうか?彼らの目は疑いの半眼から大きく開いた従順な目へと変わっていった。

「許してくれるなんて思ってもいない、この件が片付いたら皆から一発づつ殴られたって構わない。でも…これだけは言わせてほしい。」

 シトリーは顔を上げるとまっすぐ谷の上を指差した。

「あの火球は紛れもなく私達に向けての宣戦布告と言ってもいい、おそらく…いや断言できる!勇者一行の仕業と思って間違いない!私達に喧嘩を売ったんだ、なら私達のやり方でそれに応えようじゃないか!」

 その問いに応えるかのように、周りで転がっていた悪魔達が起き上がり始めた。彼らの目はすべて火球が出てきた後方の崖上に向き、鋭い眼光を突きつけた。

「ついて来てくれるか?皆。」

 もう彼らには疑念や迷いなどはなかった、それを感じさせるかのよう悪魔達が一斉に声を張り上げ、同じ目的で動き始めた。
 すべては…勇者一行を潰すため!シトリー様にこんな苦痛を味あわせた勇者に同じ痛みをぶつけるため!

「では…全部隊戦闘配置につけ!」

 シトリーの声に続き、悪魔達は一斉に飛び立った。それは大量のカラスが飛び立つより悍ましく、命を刈り取る死神が具現化されたかのように大きく固って動いていた。

 ーー数分前

「ーーなっ…。」

 谷に向かって落ちていった火球がかき消された光景を目にしシリアスは絶句した。

「っ!?すごい爆破音!成功したのか?」
「シリアス隊長!どうなった!?悪魔達は殲滅できたのか?」

 後ろでは隊の皆が作戦の成否を尋ねるためシリアスに顔をむけた。
 この時、作戦が失敗したことを皆に伝え、次の作戦に移行すれば状況は好転していたのかもしれない。
 だがシリアスの脳内はそんなことを考える暇などないほど、目の前に置かれた現状に衝撃を受けていた。

「シリアス?」

 隊の皆に報告することなくただ黙って背を向けているシリアスに違和感を感じたジアロは、彼女が立っている枯れ木をトントンと駆け上り彼女の様子を伺った。

「…嘘だ…ありえない。」

 そう小さく呟いた彼女の顔は茫然自失となっており、不安定な呼吸を繰り返している。
 ジアロはその原因を聞こうと口を開く前に彼女が真っ直ぐ見据えている光景を目にし、その問いは必要ないと実感させられた。

「何という…ことだ。」

 谷は爆風により滞留していたガスが消えて先程よりクリアに見えた、そのはっきり映った光景には目標であった悪魔の掃討はされておらず、遠くからでもわかるほどにほとんどの悪魔がこちらを見ているような肌色の顔がいくつもあった。

「奴らは…奴らは反撃しようとする意思はなかった!あと少しで着弾するところで防ぎ切ろうだなんて…いやそもそもあの巨大な火球どうやって打ち消した!?何故敵陣の状況が変わっていない!?」
「シリアス、疑問を嘆いている暇は無いぞ。隊の皆に指示をしないと、次はどうする?」
「どうするですって?もう一度叩くわよ!今度は上空から超級雷魔法であいつらに反応出来ない速度で落とせば…!」

 シリアスは焦っていた、魔導隊が考えた作戦が失敗したことよりも、クロムの忠告通りになってしまった屈辱が勝っていた。
 彼女は自分達の作戦がまだ失敗ではないと、変なプライドを持ってしまったことを自覚していない。隊長なら現状の報告を兼ねて次の策を皆に伝えるはずなのだが…

「追い討ちをかける!次は巨大雷魔法で殲滅させるぞ!再詠唱を急げ!」

 シリアスは嘘をついた。下からこちらを見上げているクロムの顔がちらつき余計に本音が言えなくなっていた。
 魔導隊はシリアスの声に異論なく、言う通りに再詠唱の準備をしている。だが近衛隊はシリアスの妙な焦りと、何もこちらに答えず向こうを向いているジアロの姿に違和感を感じていた。

「なんか…シリアス隊長見てると、勝ってる雰囲気じゃないような気がする。」
「お前もか?なんか俺も変な感じがする、ちょっとどういう状況なのか見に行こうかな。」
「おい、勝手な行動をするな。指示があるまで待機しろ。」

 近衛隊の妙な雰囲気が漂う中、クロムは眠気覚ましのように腕や脚を回して準備運動していた。

「クロムさん?」
「レズリィ、それに皆も準備運動しておけ、俺達の出番が来るぞ。」

 妙に真剣な顔をしているクロムにアルノアは不思議がった。

「出番ってなんだよ、追い討ちって言うんだからもう締めに入ってる状況なんだろ?」
「…だといいけど。」

 曇る表情をしながらシリアスとジアロがいる木の上を見上げた。こちらからでは二人の顔も見えず、外の状況も見えない、ただシリアスが勝利を掴んだような笑みが表れなかったことに嫌な予感を感じていた。
 その予感通り、シリアスとその隣にいるジアロも未だ帝国軍が残存している谷に向け苦い顔をしていた。

「シリアス、《第二の矢》作戦に移行しよう。敵に居場所がバレた、奴らはばらけて私達を取り囲むように攻めて来ている。」
「うるさい…」
「ここに留まるのは危険だと言っているんだ、あれほどの膨大な魔法を再詠唱するには時間がかかる。たとえ反応出来ない雷魔法とはいえど敵がバラけてしまったら…」
「うるさい黙って…今考えているから!」

 シリアスは親指の爪を噛みながら必死に頭を働かせていた。ジアロはそんなシリアスに同情などしてあげられる余裕などなかった、もう彼女には隊を導く統率心などなく、ただ失敗を帳消しにしようと今の現実から逃げてるようにしか見えなかったからだ。

「わかった…君は魔導隊の隊長だ、君の考えで動けばいい。だが私は近衛隊の隊長なんだ、私は私の考えで動くとしよう。」

 まるで仲違いのような台詞を吐いてもシリアスはジアロを見向きもしなかった。そうして彼は枯れ木の上から飛び降り、下にいる近衛隊達に号令をかけた。

「近衛隊こちらも動くぞ!ここからは私が指揮する!」

 ジアロの声に隊員達は反応し、一気に緊張感が押し寄せる。

「これより《第二の矢》作戦、洗脳による敵陣撹乱作戦を実行する!敵は左右と前方から現れる、ここからは各班三つに分かれ作戦を実行しろ!」

 俺が会議で話した作戦をジアロは実行するよう宣言した。
 敵陣撹乱作戦、他の国から協力を得られない状況に陥った霊長の里。実力はおそらく互角な分、数が2倍以上いる帝国軍が圧倒的に有利な状況なのは間違いない。
 俺はこの状況を一転させる方法に勢力差に目をつけた。馬鹿みたいな話、味方と敵の勢力を逆にする。つまり敵を味方につけてこちらの数を増やそうと考えた。
 もちろんそれを聞いた隊員達はそんな妄言に賛同しない、敵がこちらの味方になるなどそんなことあり得ないからだ。
 だがそれが可能になる、うちのレズリィにはセーレからもらった《スレイブボイス》がある。
 ゲームの知識でわかっていた、霊長の里は魔法を運用した魔道具や特殊スキルなどが多く取り揃えられており、全ては魔導隊が提案・製作に携わっていると。
 そしてその中に、自身のスキルを抽出して魔石に複製させる技法《スキルジェネレート》がある。これを使ってレズリィの《スレイブボイス》を複製できれば、味方全員に敵を操る技を使えるようになる。これで敵陣を撹乱させる、それが《第二の矢》作戦、敵陣撹乱作戦の全貌だ。

「そういえばレズリィ、聞きそびれたけどスキルの複製ってうまくいったのか?」

 それを用いた作戦が今始まるというのに、クロムは今更のような質問をレズリィに話すと彼女は頷きながら答えた。

「そういえば言ってませんでしたね、昨日は試作としてスキルを複製した魔石を五つ作ってテストしていました。もちろん効果アリという結果になって、すぐに量産作業をしていたので大丈夫だと思いますよ。」

 その言葉を聞いて安心した、あれだけ会議で反発をくらっていたからやらせてはもらえないかと内心思っていた。
 だが…その安心は一瞬で消え去った、近衛隊達の疑問の声によって。

「あの…隊長。」

 ジアロの近くにいた近衛隊員が不思議そうな表情をして彼に尋ねた。

「作戦に使う能力付与の魔石って、いつもらえるんですか?」
「何?」
「いやだって…量産した魔石は当日配布するって話だったじゃないですか?俺まだ貰っていないですよ。」

 その隊員の言葉に続いて、「俺も」、「私も」と次々と魔石を貰っていないことを宣言し始めた。

「そんなはずは…。」

 何かの勘違いであってほしいとジアロは願った、遠くを見ても魔石を片手に持つ者は誰一人としていなかった。

 ーー誰一人として

 ジアロはすぐ魔法陣を囲む魔導隊に声をかけた、彼の心の焦りが顔に出るほど事態は急を要していた。

「魔導隊!量産した魔石はどうした?君たちが持っているのなら早く配るよう手配を…」
「す…すみません…作って…ないです。」
「何…今なんて…?」

 一人の魔導隊員が顔を青くしジアロに顔を向けた、まるで口にするのを恐れるように時折言葉を詰まらせながらこう答えた。

「試作品として作った数個がいい出来に仕上がったので量産しようとしたのですが…あの時、巨大魔法陣の製作が少し遅れてしまって隊員のほとんどがそっちの作業に入ってしまったので…。」
「馬鹿なこと言うな!第一の矢も第二の矢も同時進行で進めるようにとフォルティア様から指示があっただろ!それ以降本当に作っていないのか?本当に一個も!?」

 恫喝に近いジアロの叫び声に魔導隊の隊員達は緊張で体を跳ねらせた。
 言いたいことは山ほどあった、今が作戦中なことも敵がこちらに迫って来ていることなど考えず、率直になぜ?という疑問を目の前で萎縮している彼らに問いかけたかった。
 だが…そんな時間はないということを現実はジアロに突きつけた。

 バリィィィ!
 谷の方向から雷魔法特有の稲妻の音が走った、それに気づき振り向くと枯れ木の上で魔法を詠唱しているシリアスの姿が見えた。
 もうそこまで帝国軍が迫って来ている、ここであまりにも時間を食ってしまった。

「くそっ!作戦通り3組となって散らばるんだ!急げ!」

 その言葉を聞いた近衛隊は慌てながら移動を始めた、その中でジアロに向かって掻い潜っていく一人の人物がいた。

「ジアロ隊長!」

 クロムだ。彼の声がした方へ振り向くと、慌てながらも真剣な表情をしてジアロの腕を掴んだ。

「すまない勇者、私のせいで君の作戦を台無しにしてしまった…」

 覇気がなくなったような顔をしたジアロは、クロムに心苦しく謝罪を告げた。どんな怒声も甘んじて受け入れる覚悟はあった、彼の考えた作戦を台無しにして最悪の結果を生むことになってしまったのだから。

「諦めるな、俺に考えがある。」

 その最初の一言でジアロは驚きの表情を見せた、怒られることも失敗を励ます言葉もなく、この状況に陥っても策があるという言葉に驚かずにはいられなかった。

「そのまま魔導隊に特大魔法の再詠唱しててほしいってシリアス隊長に頼んでほしい。的は俺が作る、頼んだぞ!」
「待て!それはどういう意味だ!?」

 それを聞く前にクロムの姿は人混みなっている隊員達の中へ消えていった。
 あまりにも急な発言に一瞬戸惑ったが、クロムが自信持って話した内容には訳があると考えると、すぐシリアスのいる枯れ木の上へ飛び上がった。


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