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復活の厄災編
第三十六話 悪手② (sideセーレ)
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ーー数時間後
セーレは死霊の谷から少し離れた森にいた。木の上で器用に体を寝かせて体力を回復していた。
「…ん…もう朝?」
木の上では太陽の光が隠さずこちらに届く、見え隠れする強い光に鬱陶しさを感じながらゆっくりと体を起こす。
「やっぱり森は最高ね、あんな鼻が曲がりそうな場所じゃ寝られないのなんの。」
セーレは深く深呼吸をして休んでいた体にスイッチを入れた。今回もまたあの谷に向かう、嫌気がさしていたがどうしても昨日見た出来事をはっきりさせたいと感じ、考えながら谷に向けて飛び出した。
「あの食われた悪魔…どう考えたって何も知らないまま連れてこられたような素振りだったわね。それになんであんな行動を?厄災魔獣から魔力を奪うには何か特殊な条件があるのかしら。」
シトリーの部下が生贄のように扱われた光景、厄災魔獣に対するあの行動、この二つの情報からシトリーとその部下でなんらかの食い違いが起きていると悟った昨日。
もしそれが大勢に周知していればデモやストライキを起こしてもおかしくない。そう思いながら谷の上で悪魔達を見下ろす。
「昨日と同じね、あんなことがあったのに皆軽い気分で働いてるわ。可哀想に…」
昨日と同様、悪魔達は谷に蔓延る魔物達を掃討していた。彼らは本当にあの事実を知っているのか、何のために彼らは魔物達を倒しているのか、端から見ればまるで機械の人形のように働かせられてる彼らを見て本当のことを知りたくなった。
「ねぇちょっと、ここら辺で一番強い魔物ってどこにいるか知らない?」
セーレは谷に飛び降り、近くで戦闘を行っている悪魔へ気軽に呼びかけた。
「あぁ?俺をおちょくってんのか?そんなもの…」
機嫌を損ねたかのよう悪魔はしかめた顔をしてセーレを睨みつけたが
「そんな…あぁ…アゥあー?」
徐々に焦点が定まらない目つきになり、足元もおぼつかなくなっていった。
セーレのスキル《スレイブボイス》が効果を発揮した、悪魔は彼女の質問に受け答えるというスキルのトリガーを引いたことにより、一時的に彼女に絶対服従の奴隷にとなった。
「ちゃんと立ちなさいよ、怪しまれたりしたらここに潜入してるってバレるでしょ…!」
頭が真っ白になった状態では体を支えることが困難になり、悪魔はセーレに傾れ込むように倒れてきた。
彼女は面倒な顔をしつつ、悪魔を壁面に座らせ耳打ちするようその悪魔に命令をした。
「お前達がここで何をしているか詳しく話して。」
さっきまで威勢を放っていた悪魔は無気力な催眠状態になりながらも、セーレの質問に口を開いて答えた。
「厄災魔獣を復活させるため…俺達は魔物を狩って…奴の復活のための養分となる魔石を…集めています…。」
「そう…」
ゆっくりと話を聞いたセーレはため息を吐いた後、まずいと感じるような表情を見せ状況を整理した。
「シトリー達の目的が厄災魔獣の魔力奪取から復活に変わっている。しかも奴の復活条件は魔力を与える事だって言うなら、あれはやっぱり自分の仲間を生贄にしていたってこと…?」
思わぬ発言から見えるシトリー達の行動、仲間を騙してまでも厄災魔獣の復活を果たそうとしている。
しかも悪魔の持つ命というべき魔石なら、そこらの魔物よりも大量の魔力を持っている。そんなものを取り込み続ければ早くに復活してしまうことだろう。
「多分、ここの地域で一番の戦力があるあの里を潰すために復活に切り替えたのは予想できる。でもそれは仲間を犠牲にしてまで催促するほどかしら?」
厄災魔獣が復活さえすれば帝国にとって勝ちも同然。それどころか、里にいる全勢力を持ってしてもおそらく数の暴力に負けて厄災魔獣に辿り着けることは出来ないだろう。
だから里は偵察隊を送って、数に対する策を考えようとしている。
「偵察隊を送った…」
ふと思ったことに引っかかりその単語を呟いた。
クロムが事態を説明したから里はそれに向けて動き出した、もしこちらも厄災魔獣を復活へと切り変える《何か》があって、自身の仲間を犠牲にしてまで復活を催促しなければならない《何か》があるとするなら。
そんなものは一つしかない…あいつ《勇者》の存在だ。
「情報は足りないけど、大体読めてきたわ。」
セーレは懐からマジックダイヤルを取り出した、魔力を込めると魔石が光だし、聞き覚えのある男性の声が聞こえた。
「セーレか?そっちはどういう状況だ。」
「かなりまずい状況ね、聞いて驚いて腰抜かすんじゃないわよ。」
通話相手であるクロムに厄災魔獣が復活するという結果を伝えた。
現状まだわかっていないが、復活のために部下達を何人も生贄にしていると大袈裟に伝えると、小さく「マジか…」と呟く声が聞こえた。
嘘は言っていない、だが緩く言ってしまえばあっちも危機的な状況になっていると思わずに行動する。そうなってしまえばタイムオーバーだ。
悪魔を生贄にしている。昨日見たのが一人だけだったが、確実に何人かはあの厄災魔獣に喰われている。そうでなかったらあの人間の迷いのない行動に説明のしようがない、何人もああやって連れて来させないとあんな行動はできない。
「なぁ…セーレから見て、パンデモニウムの復活はいつ頃になる?」
思うことを考えていると、クロムは私にパンデモニウムの復活状況を聞きだしてきた。
実際一度見ただけでは復活の状況なんてわからない、ただこれも同様「わからない」や「まだまだ大丈夫」などの緩い報告では後になって悪手となるだろう。
早くこの状況に先の一手を打たなければならない、そのために私は真実味のある嘘をついた。
「昨日より毒素が強くなってきている、このままのペースでいけばもって二日、早くて明日ね。」
「冗談だろ!?早すぎる!」
「だったら自分の目で見てきなさいよ、もしかしたら今日復活したっておかしくない。あの魔獣、半分休眠状態でも供物を位置を把握して触手を伸ばして食べているの。もうぼーっとしてる場合じゃないわよ。」
「わかってる…わかってるけど…くそっ!」
魔石の中から焦りの声色が聞こえる、自身も言っててこの状況はかなりまずいと感じた。
相手はシトリー率いる大軍勢、たった1日程度で里の兵達をまとめあげ、厄災魔獣に対抗する策を考えないといけない。
「勝てるの?」
不意に心に思った本音を呟いた。魔石の中は沈黙に包まれている、さすがのクロムも撤退を頭に入れて悩んでいるのか?セーレはその悩みに漬け込もうとした時…
「セーレ、一つ聞いていいか?死霊の谷や遺跡内の悪魔達の様子はどうだ?」
「何よ急に…皆必死で魔物を狩ってるわ。朝も夜もずっとね。」
セーレは辺りを見渡しながらそう答えた。すぐ先には魔物を相手にする複数の悪魔達がいた、昨夜も同じ光景を見た彼女にとってクロムの質問の意図が読めないと感じているとクロムが話続けた。
「生贄に使われているって言うんだから結構ピリピリしてると思ったんだが、随分と太い精神持ってるんだなそいつら。俺だったら、いつ俺の番が来るんじゃないかって怖くて仕事に手はつけられないっていうのに。」
「ふん、随分と臆病なのね。そんな奴から生贄の対象として選ばれ…て…」
いつものようにクロムをけなして楽しんでやろうと言葉を発したその時、彼女の脳裏に電気が走ったかのようにひらめきが溢れた。
「どうした?」
「そうだわ…だったらいけるかもしれない。」
「だったらって何?一体何するつもりだ?」
セーレは自分の頭の良さを自慢するかのように少し早口で語り出した。
「厄災魔獣を復活させるために命を捧げてほしいって言えばすぐ復活できるのに何故しなかったと思う?ヘラグランデが命令したって言えばすぐ実行する奴らよ。」
「何故って…もしかして躊躇した…とか?」
「多分そうだと思う、そこらの部下から私の能力で聞いたけど、生贄やら犠牲やらそういう行動の単語を話さなかった。シトリーは部下に言ってない、隠れて仲間を殺してる。」
「幹部の権限なら文句は言えないのに、なんでそんな回りくどいことを…」
「それは知らないわ、でもこれはチャンスだと思わない?裏でやばい事をしてるって噂を流せば組織は崩壊する。」
厄災魔獣の復活を止める事はできないが、仲間同士の内輪揉めが起きれば少しは時間を稼げる。
噂ならすぐ人間同様飛びついてくると考えた。それを危惧したのか、不安を呼ぶような忠告が彼から飛んできた。
「危険だぞ、深く組織に入りすぎればシトリーに目をつけられる。そこにはお前一人しかいないんだからな。」
「何を今更、組織の懐にまで入って真実を見つけたのよ。ただ噂を流すだけなら全然イージーだわ。」
不安をかき消すような自信のある発言に自然と笑みをこぼすが
「怪我人を放っておいて独り言か?」
突如として後ろから男性の声が聞こえ、咄嗟にクロムとの通話を切った。
さっきまでイージーとこぼして自分はどこへいったのだろうか、少し目を泳がせながら後ろを向いた。
「こんな所で何してる、あっちで魔物を倒している仲間達が見えないか?」
フードとマスクを被り、顔はよく見えないがフードの中からのぞかせる白髪と、翼がない者によくある寂しい背中で何となく察しがついた。
(はぁ…誰よイージーなんて言った奴。)
面倒そうな顔に出さないよう頑張って作り笑いをした。まさか目の前で仲間を生贄に捧げていた人物と会うとは思わなかった。
ヒズミだ。
「びっ、びっくりした…いやぁ病人のこいつをどうやって運び出そうか口に出してただけですよ?こいつ行かないってずっと言ってて言うこときかなくて困ってたんです。」
いかにも私は善人ですと言わんばかりに、項垂れた悪魔を気遣うセーレ。
彼女がその悪魔に指を指すとヒズミはその悪魔に近づき、彼がつけているマスクを外して顔を拝んだ。
「カーストか…確かにこいつは強情なところがあるから説得も厳しいだろう。」
ヒズミはカーストとか言う悪魔の頭を上へ傾け顔を晒すと、焦点が合わない目とだらしなく口が開いた表情が見えた。
情報を抜き取ったら即始末すればよかった、彼が目覚めれば私が嘘をついていたことがバレる。
「……。」
セーレのローブの中から金属が擦り合う小さな音が鳴る。彼女の武器である籠手が手を握ったことで発した音だった。
バレる前に始末する…セーレは笑みを浮かべた目に影を落とした殺意の意志を含ませた。
ヒズミに気づかれないよう殺気を見せずにゆっくり一歩ずつ近づく、全力で腕を振りかぶらなくても人間の首なら手刀程度で折れる。
「この場の毒で精神がやられたか?こんな無気力になる症状は初めてだ…。」
セーレに背を向けカーストの症状を確認するヒズミ、息を整えローブから黒い鉄製の腕を出すと
「いつまでそこにいるつもりだ?」
「っ!?」
気配に勘づいたのか、その質疑をセーレにこぼすと彼女は咄嗟に手を隠し後ろに退がった。
バレたか?そう嫌な予感を醸し出しながら笑みを作った声色で聞き返した。
「何でって…仲間が心配だから見守っているだけですが。」
「そんな暇あるなら一体でも多く魔物を狩って魔石を持ってこい、こいつは俺が安全な場所に運んでいく。」
「わかりました、じゃあ彼をお願いしますね。」
ヒズミはカーストを肩で担ぎ、仲間達がいない細い道を歩いて行った。
セーレは自身の行動がバレずにすんでホッとした後、担ぎ上げられた悪魔を疑惑の目で見続けていた。
「安全な場所…ね。ここで治すとか言わないってことは、あの悪魔は生贄決定ってことでいいのね。」
昨日の光景を思い浮かべる、あの生贄にされた悪魔は自分がそうなるということを知らない感じだった。
そしてあの人間が言っていた「次」という言葉と、ああやって運ばれていく悪魔。
ここから導かれる答えは一つ、使い物にならなくなった部下を処分するために厄災魔獣に捧げている。
その真相に辿り着いてから遠くで見る悪魔達の仕事振りを見た。ただでさえ毒素が蔓延している場所だ、体がおかしくなって動かなくなることだってある。
そんな奴らは戦力外だと判断され命を落とすことになる、はたしてこれが組織と言っていいのか?セーレはそんな悪魔達に哀れみの目を向けた。
「まさに悪魔的な考え方ね、役に立たない者は殺される。ほんとあいつらって…」
その先を言葉にしようとした時、クロム達の顔が思い浮かんだ。
「……は?」
突然の事で頭が真っ白になり体が硬直した、何故今彼らの事が脳裏に浮かんだのかわからない。その先の言葉と彼らには何の関係もない、だって彼らは…
ーー可哀想じゃないから
「…ああ…そっか…。」
遠くの悪魔達に目をやった、魔物を倒している姿…それは勇者達とやってることは変わらない。
だがそれは誰の為?死と隣り合わせで得たものは何処へ行く?
全ては自分より上の立場へ、下位の悪魔達はずっと上を見ることしか許されなかった。
勇者達はそうじゃない、ただ馬鹿みたいに相手を罵っても、強さの優劣を見せつけても、彼らは私を対等でいようとした。
上も下もなくずっと私の横にいた。幹部をやっていた頃と比べて、責任や期待などの重荷を背負うことがなく行動できるようになった。
そんな気持ちを知った事で、ようやく自分がどういう立場だったのか知ることができた。
「私…あんなこと普通にやってたんだ。つまんない生き方で喜んでいたんだ…。」
皮肉にも彼らが可哀想だと感じた。それは勇者達との旅でそういう対応をされていなかったから、それが異常な事だと認識した。
私は…いつの間にか変わっていた。
「本当に…可哀想だわあいつら。何も主張出来ず、ただ働きアリのように足だけを動かされているなんて。」
セーレはどこかで救済者のような立ち位置になっていることに強い高揚感を感じた。
もしこの大軍勢が考え方を改めればどうなるのか、自分の置かれている状況に気づき始めればどうなるのか、それを対処しようとするこの大軍勢のトップはどんな顔をするのか。
見てみたい…自分の言葉で彼らがどんな行動に移すのか、変われるという意味を知れるいい機会じゃないか?
「ふふっ、じゃあ…自分の上司が考えた悪魔的な策、皆に知ってもらいましょうか。」
セーレは目を細め、悪そうな笑みを浮かべる。マスク越しではそんな表情になっているのかわからないのが彼らにとって不運なことだろう。
魔物との戦いを終え、ひと段落した悪魔達の所にセーレがかけ寄り、危機迫るような声色で話した。
「大変!大変ですよ!」
「なんだ、敵襲か?」
「厄災魔獣が…シトリー様が厄災魔獣を復活させるために負傷した私達の命を使っているって話がっ!」
セーレは死霊の谷から少し離れた森にいた。木の上で器用に体を寝かせて体力を回復していた。
「…ん…もう朝?」
木の上では太陽の光が隠さずこちらに届く、見え隠れする強い光に鬱陶しさを感じながらゆっくりと体を起こす。
「やっぱり森は最高ね、あんな鼻が曲がりそうな場所じゃ寝られないのなんの。」
セーレは深く深呼吸をして休んでいた体にスイッチを入れた。今回もまたあの谷に向かう、嫌気がさしていたがどうしても昨日見た出来事をはっきりさせたいと感じ、考えながら谷に向けて飛び出した。
「あの食われた悪魔…どう考えたって何も知らないまま連れてこられたような素振りだったわね。それになんであんな行動を?厄災魔獣から魔力を奪うには何か特殊な条件があるのかしら。」
シトリーの部下が生贄のように扱われた光景、厄災魔獣に対するあの行動、この二つの情報からシトリーとその部下でなんらかの食い違いが起きていると悟った昨日。
もしそれが大勢に周知していればデモやストライキを起こしてもおかしくない。そう思いながら谷の上で悪魔達を見下ろす。
「昨日と同じね、あんなことがあったのに皆軽い気分で働いてるわ。可哀想に…」
昨日と同様、悪魔達は谷に蔓延る魔物達を掃討していた。彼らは本当にあの事実を知っているのか、何のために彼らは魔物達を倒しているのか、端から見ればまるで機械の人形のように働かせられてる彼らを見て本当のことを知りたくなった。
「ねぇちょっと、ここら辺で一番強い魔物ってどこにいるか知らない?」
セーレは谷に飛び降り、近くで戦闘を行っている悪魔へ気軽に呼びかけた。
「あぁ?俺をおちょくってんのか?そんなもの…」
機嫌を損ねたかのよう悪魔はしかめた顔をしてセーレを睨みつけたが
「そんな…あぁ…アゥあー?」
徐々に焦点が定まらない目つきになり、足元もおぼつかなくなっていった。
セーレのスキル《スレイブボイス》が効果を発揮した、悪魔は彼女の質問に受け答えるというスキルのトリガーを引いたことにより、一時的に彼女に絶対服従の奴隷にとなった。
「ちゃんと立ちなさいよ、怪しまれたりしたらここに潜入してるってバレるでしょ…!」
頭が真っ白になった状態では体を支えることが困難になり、悪魔はセーレに傾れ込むように倒れてきた。
彼女は面倒な顔をしつつ、悪魔を壁面に座らせ耳打ちするようその悪魔に命令をした。
「お前達がここで何をしているか詳しく話して。」
さっきまで威勢を放っていた悪魔は無気力な催眠状態になりながらも、セーレの質問に口を開いて答えた。
「厄災魔獣を復活させるため…俺達は魔物を狩って…奴の復活のための養分となる魔石を…集めています…。」
「そう…」
ゆっくりと話を聞いたセーレはため息を吐いた後、まずいと感じるような表情を見せ状況を整理した。
「シトリー達の目的が厄災魔獣の魔力奪取から復活に変わっている。しかも奴の復活条件は魔力を与える事だって言うなら、あれはやっぱり自分の仲間を生贄にしていたってこと…?」
思わぬ発言から見えるシトリー達の行動、仲間を騙してまでも厄災魔獣の復活を果たそうとしている。
しかも悪魔の持つ命というべき魔石なら、そこらの魔物よりも大量の魔力を持っている。そんなものを取り込み続ければ早くに復活してしまうことだろう。
「多分、ここの地域で一番の戦力があるあの里を潰すために復活に切り替えたのは予想できる。でもそれは仲間を犠牲にしてまで催促するほどかしら?」
厄災魔獣が復活さえすれば帝国にとって勝ちも同然。それどころか、里にいる全勢力を持ってしてもおそらく数の暴力に負けて厄災魔獣に辿り着けることは出来ないだろう。
だから里は偵察隊を送って、数に対する策を考えようとしている。
「偵察隊を送った…」
ふと思ったことに引っかかりその単語を呟いた。
クロムが事態を説明したから里はそれに向けて動き出した、もしこちらも厄災魔獣を復活へと切り変える《何か》があって、自身の仲間を犠牲にしてまで復活を催促しなければならない《何か》があるとするなら。
そんなものは一つしかない…あいつ《勇者》の存在だ。
「情報は足りないけど、大体読めてきたわ。」
セーレは懐からマジックダイヤルを取り出した、魔力を込めると魔石が光だし、聞き覚えのある男性の声が聞こえた。
「セーレか?そっちはどういう状況だ。」
「かなりまずい状況ね、聞いて驚いて腰抜かすんじゃないわよ。」
通話相手であるクロムに厄災魔獣が復活するという結果を伝えた。
現状まだわかっていないが、復活のために部下達を何人も生贄にしていると大袈裟に伝えると、小さく「マジか…」と呟く声が聞こえた。
嘘は言っていない、だが緩く言ってしまえばあっちも危機的な状況になっていると思わずに行動する。そうなってしまえばタイムオーバーだ。
悪魔を生贄にしている。昨日見たのが一人だけだったが、確実に何人かはあの厄災魔獣に喰われている。そうでなかったらあの人間の迷いのない行動に説明のしようがない、何人もああやって連れて来させないとあんな行動はできない。
「なぁ…セーレから見て、パンデモニウムの復活はいつ頃になる?」
思うことを考えていると、クロムは私にパンデモニウムの復活状況を聞きだしてきた。
実際一度見ただけでは復活の状況なんてわからない、ただこれも同様「わからない」や「まだまだ大丈夫」などの緩い報告では後になって悪手となるだろう。
早くこの状況に先の一手を打たなければならない、そのために私は真実味のある嘘をついた。
「昨日より毒素が強くなってきている、このままのペースでいけばもって二日、早くて明日ね。」
「冗談だろ!?早すぎる!」
「だったら自分の目で見てきなさいよ、もしかしたら今日復活したっておかしくない。あの魔獣、半分休眠状態でも供物を位置を把握して触手を伸ばして食べているの。もうぼーっとしてる場合じゃないわよ。」
「わかってる…わかってるけど…くそっ!」
魔石の中から焦りの声色が聞こえる、自身も言っててこの状況はかなりまずいと感じた。
相手はシトリー率いる大軍勢、たった1日程度で里の兵達をまとめあげ、厄災魔獣に対抗する策を考えないといけない。
「勝てるの?」
不意に心に思った本音を呟いた。魔石の中は沈黙に包まれている、さすがのクロムも撤退を頭に入れて悩んでいるのか?セーレはその悩みに漬け込もうとした時…
「セーレ、一つ聞いていいか?死霊の谷や遺跡内の悪魔達の様子はどうだ?」
「何よ急に…皆必死で魔物を狩ってるわ。朝も夜もずっとね。」
セーレは辺りを見渡しながらそう答えた。すぐ先には魔物を相手にする複数の悪魔達がいた、昨夜も同じ光景を見た彼女にとってクロムの質問の意図が読めないと感じているとクロムが話続けた。
「生贄に使われているって言うんだから結構ピリピリしてると思ったんだが、随分と太い精神持ってるんだなそいつら。俺だったら、いつ俺の番が来るんじゃないかって怖くて仕事に手はつけられないっていうのに。」
「ふん、随分と臆病なのね。そんな奴から生贄の対象として選ばれ…て…」
いつものようにクロムをけなして楽しんでやろうと言葉を発したその時、彼女の脳裏に電気が走ったかのようにひらめきが溢れた。
「どうした?」
「そうだわ…だったらいけるかもしれない。」
「だったらって何?一体何するつもりだ?」
セーレは自分の頭の良さを自慢するかのように少し早口で語り出した。
「厄災魔獣を復活させるために命を捧げてほしいって言えばすぐ復活できるのに何故しなかったと思う?ヘラグランデが命令したって言えばすぐ実行する奴らよ。」
「何故って…もしかして躊躇した…とか?」
「多分そうだと思う、そこらの部下から私の能力で聞いたけど、生贄やら犠牲やらそういう行動の単語を話さなかった。シトリーは部下に言ってない、隠れて仲間を殺してる。」
「幹部の権限なら文句は言えないのに、なんでそんな回りくどいことを…」
「それは知らないわ、でもこれはチャンスだと思わない?裏でやばい事をしてるって噂を流せば組織は崩壊する。」
厄災魔獣の復活を止める事はできないが、仲間同士の内輪揉めが起きれば少しは時間を稼げる。
噂ならすぐ人間同様飛びついてくると考えた。それを危惧したのか、不安を呼ぶような忠告が彼から飛んできた。
「危険だぞ、深く組織に入りすぎればシトリーに目をつけられる。そこにはお前一人しかいないんだからな。」
「何を今更、組織の懐にまで入って真実を見つけたのよ。ただ噂を流すだけなら全然イージーだわ。」
不安をかき消すような自信のある発言に自然と笑みをこぼすが
「怪我人を放っておいて独り言か?」
突如として後ろから男性の声が聞こえ、咄嗟にクロムとの通話を切った。
さっきまでイージーとこぼして自分はどこへいったのだろうか、少し目を泳がせながら後ろを向いた。
「こんな所で何してる、あっちで魔物を倒している仲間達が見えないか?」
フードとマスクを被り、顔はよく見えないがフードの中からのぞかせる白髪と、翼がない者によくある寂しい背中で何となく察しがついた。
(はぁ…誰よイージーなんて言った奴。)
面倒そうな顔に出さないよう頑張って作り笑いをした。まさか目の前で仲間を生贄に捧げていた人物と会うとは思わなかった。
ヒズミだ。
「びっ、びっくりした…いやぁ病人のこいつをどうやって運び出そうか口に出してただけですよ?こいつ行かないってずっと言ってて言うこときかなくて困ってたんです。」
いかにも私は善人ですと言わんばかりに、項垂れた悪魔を気遣うセーレ。
彼女がその悪魔に指を指すとヒズミはその悪魔に近づき、彼がつけているマスクを外して顔を拝んだ。
「カーストか…確かにこいつは強情なところがあるから説得も厳しいだろう。」
ヒズミはカーストとか言う悪魔の頭を上へ傾け顔を晒すと、焦点が合わない目とだらしなく口が開いた表情が見えた。
情報を抜き取ったら即始末すればよかった、彼が目覚めれば私が嘘をついていたことがバレる。
「……。」
セーレのローブの中から金属が擦り合う小さな音が鳴る。彼女の武器である籠手が手を握ったことで発した音だった。
バレる前に始末する…セーレは笑みを浮かべた目に影を落とした殺意の意志を含ませた。
ヒズミに気づかれないよう殺気を見せずにゆっくり一歩ずつ近づく、全力で腕を振りかぶらなくても人間の首なら手刀程度で折れる。
「この場の毒で精神がやられたか?こんな無気力になる症状は初めてだ…。」
セーレに背を向けカーストの症状を確認するヒズミ、息を整えローブから黒い鉄製の腕を出すと
「いつまでそこにいるつもりだ?」
「っ!?」
気配に勘づいたのか、その質疑をセーレにこぼすと彼女は咄嗟に手を隠し後ろに退がった。
バレたか?そう嫌な予感を醸し出しながら笑みを作った声色で聞き返した。
「何でって…仲間が心配だから見守っているだけですが。」
「そんな暇あるなら一体でも多く魔物を狩って魔石を持ってこい、こいつは俺が安全な場所に運んでいく。」
「わかりました、じゃあ彼をお願いしますね。」
ヒズミはカーストを肩で担ぎ、仲間達がいない細い道を歩いて行った。
セーレは自身の行動がバレずにすんでホッとした後、担ぎ上げられた悪魔を疑惑の目で見続けていた。
「安全な場所…ね。ここで治すとか言わないってことは、あの悪魔は生贄決定ってことでいいのね。」
昨日の光景を思い浮かべる、あの生贄にされた悪魔は自分がそうなるということを知らない感じだった。
そしてあの人間が言っていた「次」という言葉と、ああやって運ばれていく悪魔。
ここから導かれる答えは一つ、使い物にならなくなった部下を処分するために厄災魔獣に捧げている。
その真相に辿り着いてから遠くで見る悪魔達の仕事振りを見た。ただでさえ毒素が蔓延している場所だ、体がおかしくなって動かなくなることだってある。
そんな奴らは戦力外だと判断され命を落とすことになる、はたしてこれが組織と言っていいのか?セーレはそんな悪魔達に哀れみの目を向けた。
「まさに悪魔的な考え方ね、役に立たない者は殺される。ほんとあいつらって…」
その先を言葉にしようとした時、クロム達の顔が思い浮かんだ。
「……は?」
突然の事で頭が真っ白になり体が硬直した、何故今彼らの事が脳裏に浮かんだのかわからない。その先の言葉と彼らには何の関係もない、だって彼らは…
ーー可哀想じゃないから
「…ああ…そっか…。」
遠くの悪魔達に目をやった、魔物を倒している姿…それは勇者達とやってることは変わらない。
だがそれは誰の為?死と隣り合わせで得たものは何処へ行く?
全ては自分より上の立場へ、下位の悪魔達はずっと上を見ることしか許されなかった。
勇者達はそうじゃない、ただ馬鹿みたいに相手を罵っても、強さの優劣を見せつけても、彼らは私を対等でいようとした。
上も下もなくずっと私の横にいた。幹部をやっていた頃と比べて、責任や期待などの重荷を背負うことがなく行動できるようになった。
そんな気持ちを知った事で、ようやく自分がどういう立場だったのか知ることができた。
「私…あんなこと普通にやってたんだ。つまんない生き方で喜んでいたんだ…。」
皮肉にも彼らが可哀想だと感じた。それは勇者達との旅でそういう対応をされていなかったから、それが異常な事だと認識した。
私は…いつの間にか変わっていた。
「本当に…可哀想だわあいつら。何も主張出来ず、ただ働きアリのように足だけを動かされているなんて。」
セーレはどこかで救済者のような立ち位置になっていることに強い高揚感を感じた。
もしこの大軍勢が考え方を改めればどうなるのか、自分の置かれている状況に気づき始めればどうなるのか、それを対処しようとするこの大軍勢のトップはどんな顔をするのか。
見てみたい…自分の言葉で彼らがどんな行動に移すのか、変われるという意味を知れるいい機会じゃないか?
「ふふっ、じゃあ…自分の上司が考えた悪魔的な策、皆に知ってもらいましょうか。」
セーレは目を細め、悪そうな笑みを浮かべる。マスク越しではそんな表情になっているのかわからないのが彼らにとって不運なことだろう。
魔物との戦いを終え、ひと段落した悪魔達の所にセーレがかけ寄り、危機迫るような声色で話した。
「大変!大変ですよ!」
「なんだ、敵襲か?」
「厄災魔獣が…シトリー様が厄災魔獣を復活させるために負傷した私達の命を使っているって話がっ!」
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【あらすじ】ラテール伯爵家の令嬢フィリアナは、仕事で帰宅できない父の状況に不満を抱きながら、自身の6歳の誕生日を迎えていた。すると、遅くに帰宅した父が白黒でフワフワな毛をした足の太い子犬を連れ帰る。子犬の飼い主はある高貴な人物らしいが、訳あってラテール家で面倒を見る事になったそうだ。その子犬を自身の誕生日プレゼントだと勘違いしたフィリアナは、兄ロアルドと取り合いながら、可愛がり始める。子犬はすでに名前が決まっており『アルス』といった。
アルスは当初かなり周囲の人間を警戒していたのだが、フィリアナとロアルドが甲斐甲斐しく世話をする事で、すぐに二人と打ち解ける。
だがそんな子犬のアルスには、ある重大な秘密があって……。
この話は、子犬と戯れながら巻き込まれ成長をしていく兄妹の物語。
※全102話で完結済。
★『小説家になろう』でも読めます★
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ここは貴方の国ではありませんよ
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傲慢な王子は自分の置かれている状況も理解出来ませんでした。
厄介ごとが多いですね。
裏を司る一族は見極めてから調整に働くようです。…まぁ、手遅れでしたけど。
※過去に投稿したモノを手直し後再度投稿しています。
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原産地が同じでも結果が違ったお話
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とある国の貴族が通うための学園で、女生徒一人と男子生徒十数人がとある罪により捕縛されることとなった。女生徒は何の罪かも分からず牢で悶々と過ごしていたが、そこにさる貴族家の夫人が訪ねてきて……。
視点が途中で切り替わります。基本的に一人称視点で話が進みます。
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最強令嬢とは、1%のひらめきと99%の努力である
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私クロエは、生まれてすぐに傷を負った母に抱かれてブラウン辺境伯城に転移しましたが、母はそのまま亡くなり、辺境伯夫妻の養子として育てていただきました。3歳になる頃には闇と光魔法を発現し、さらに暗黒魔法と膨大な魔力まで持っている事が分かりました。そしてなんと私、前世の記憶まで思い出し、前世の知識で辺境伯領はかなり大儲けしてしまいました。私の力は陰謀を企てる者達に狙われましたが、必〇仕事人バリの方々のおかげで悪者は一層され、無事に修行を共にした兄弟子と婚姻することが出来ました。……が、なんと私、魔王に任命されてしまい……。そんな波乱万丈に日々を送る私のお話です。
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