推しがラスボスなので救いたい〜ゲーマーニートは勇者になる

ケイちゃん

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復活の厄災編

第三十五話 悪手② (sideシトリー)

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 ーー現在。

 シトリーは焦りと疑問の両方を悩ましていた。
 谷にいる自身の部下を攫い、厄災魔獣の生贄として捧げてから10人を超えた直後から異変が起こり始めた。

「シトリー様、最近仲間達から噂を耳にしたんですが、仲間の失踪に何か関わりがあるんですか?」
「シトリー様…カーストは嫌な奴でしたが、俺が見る中で一番の潔癖性なんです。マスクも服もここに来てからずっと外さずに来ていました。そんなあいつがこの谷のガスでやられるなんておかしいです。やっぱりあの噂は本当なんですか?」

 仲間が突然消えたことに疑問を感じた者が、シトリーの前に押し寄せるようになった。
 今までは厄災魔獣の復活の前触れで漂う毒ガスの濃度が上がっているため、耐性がない者は死んだと答てきた。
 私の言葉どおり皆はそれに納得し、死なないように毒ガスから身を守るようになった。
 だが…それと同時におかしな噂が出回り始めた。

「シトリー様…噂で耳にしたんですけど、私達を攫って厄災魔獣の養分にしてるっていうのは本当なんでしょうか?」

 部下からそんな言葉を聞いた時は一瞬心臓が跳ね上がるほどに焦りを生じた。
 どうしてか…部下達を厄災魔獣の生贄にするという私とヒズミだけしか知らない情報が外で噂となっている。
 ヒズミがしくじったか?だとしたら彼の名前が出てきたっていい。
 彼が裏切ったのか?だとしたらだとしたらもっと大事になっている。幹部に仕える右腕の話では噂話どころではない。

「お嬢様?」

 聞き覚えのある男の声が聞こえ、顔を上げるとヒズミが机越しに立っていた。

「その目を見る限り、俺を疑っているようですね。」

 その言葉で自分が今、自身の従者に睨みつけていたことに気づき、咄嗟に指で瞼を押した。

「違う…と言えば嘘になるか。よくわかったわね。」
「何年もお嬢様の従者として働いていますから、表情の変化で察しづきます。」

 疑われていると知っていても顔色一つ変えず、目の前の主人に敬意を表するよう右手を自身の胸に乗せた。
 シトリーはその従順な姿が本物かどうか今一度確かめるために一つ賭けをした。

「誰が犯人とか、見内で揉めていても埒が開かない。もっと手っ取り早い方法がある。」

 シトリーはヒズミに近づくと、素早く彼の腰に携えている曲刀を抜いた。

「お嬢様!?何を…!」
「手を出して、この剣を握って。」

 そう言うとシトリーは曲刀を空中で持ち替え、持ち手の部分をヒズミに突き出した。
 ヒズミは訳も分からず差し出している曲刀を手に持つと、その直後…目の前で赤い飛沫が飛び散った。

「っ…!?」

 ヒズミは驚き、曲刀から手を離して後退りした。
 その光景はあまりにも衝撃的だった、曲刀を手にした瞬間、シトリーが自分の胸に刃を突き刺した。
 痛みで少し顔を歪ませたが、彼女は突き刺した曲刀をそのままにしヒズミのもとへ歩き寄った。

「今私が刺してる部分、もうあと数センチ奥に押し込めば魔石に触れるわ。」
「気は確かですかお嬢様!そんな自殺行為の所業はやめてください!」

 焦りと激昂が混じるヒズミは、シトリーに刺さっている曲刀を急いで引き抜こうと曲刀の持ち手に力を込めて引いた。だが…

「お嬢様…手を…手を離してください!」

 シトリーは自分の胸に突き刺した刃の部分をしっかりと掴んでおり、力強く引っ張ってもびくともしない。
 人間と悪魔、自分と主人、これほどまでに力の差があることを思い知らされながらも、ヒズミは懸命に曲刀を引っ張った。
 そんな姿を見ていたシトリーは、一切力を緩めず睨みつけながらヒズミに問いた。

「私はあなたより強い、私の寝首を掻くことでもしない限り殺せない。今がチャンスだ、その剣を少しでも押して私を殺せばあなたはこの隊のトップになれる。やってみなさい。」

 その言葉を聞いたヒズミは、力強く握っていた曲刀から力が抜けていった。
 彼にはシトリーが何をしたいのか分からなかった。何故このような行為をしたのか疑問が脳内を埋め尽くされていた。
 だか、唯一感情的に動いたのは自分の主人を死なせたくないという強い思いだった。
 彼は曲刀から手を離した。

「俺がトップになる?そんなことは考えたこともありません。」

 ヒズミはシトリーをじっと見つめた。シトリーは再び彼の近くまで歩み寄り刺さった曲刀を差し出すが、ヒズミは曲刀には手を伸ばさず、目の前の主人の目を離さずに話続けた。

「たとえ姿が変わろうと、力では敵わなくとも、お嬢様であるあなたを支えると決めた以上、俺はそれを死んでも守ります。あなたが俺を疑うというのなら、俺を厄災魔獣の贄にしていただいても結構です。」

 その言葉を最後に会話が途切れた。ただ立ってシトリーの目を見続けるヒズミ、胸に刺さった曲刀を掴んだまま離さないシトリー。
 そのままの状態で数秒経つと、痺れを切らしたようにシトリーは刺さっていた曲刀から手を離した。
 支えを失った曲刀はシトリーの体から抜け落ち、ガチャンと金属音を鳴らして地面に落ちた。

「すまなかった…こうでもしないとヒズミの本心が見えなかったからな。」

 ヒズミはようやくシトリーの狂気の沙汰から抜け出したことで、疲れ切ったようにしゃがみ込んだ。

「はぁ…心臓に悪い…。」

 その様子を見たシトリーは、自分の部下に辛い思いをさせたことを反省し、疲弊しきっているヒズミに手を伸ばした。
 ヒズミがその手を取ろうと見上げると、シトリーの白いドレスに目が行った。
 曲刀が刺さった部分に穴が空き、綺麗な白が血しぶきで胴体の半分ほど紅く染まっていた。

「お嬢様…まさか俺のために…」

 シトリーは自身の服を汚されるのをとても嫌う。谷に最初に着いた時でさえ、周りの魔物達に目もくれず自分の服が汚くなると嫌そうな顔をしていた。
 傷つけるなら尚更だ、それなのに彼女は自分の服を破いてまで自分の疑いを証明しようとした。そのいき過ぎた行為にヒズミは黙ってはいられなかった。

「お嬢様…俺の疑いを証明するためとはいえ、もう二度とこんな危険な事はしないでください…。お嬢様の従者として、俺は信用出来なかったのでしょうか?」
「まさか、ヒズミは私の従者として完璧に仕事をこなしている。あなたがしくじったことなんてあまり見ないほどに。」

 シトリーはヒズミの胸に手を当て、ヒズミが行ってきた仕事を褒め称えた。そういう感謝の気持ちは今までも聞いてきたが、今回はその感謝の気持ちが少し揺らいでいるように見えた。
 その勘にシトリーは気づいたのか、上目でヒズミを見上げると何故このようなことをしたのか話続けた。

「私は思ったのはあなたがヒズミではなく、ヒズミに化けてる何者かがいると考えていた。そうでもしないと二人の間だけに話した策が外に漏れることなんてないし、あなたがこんなヘマをやらかす訳がない。」
「では…あれは俺に対する疑いを証明する訳でなく、擬態し化けていた者を炙り出すため…」

 ヒズミは直感的にシトリーが何を考えていたのか概ね把握した。
 悪魔の中には人間の姿に擬態、もっと言えば相手の姿に似させる高度な変身スキルを持っていると聞いたことがある。
 お嬢様は俺を信じていた、俺がお嬢様を裏切るようなことはしないとを。だからこそ俺の証言が嘘か本当か判別しにくかった。
 自分がお嬢様の従者として最善の対応をしてくれるか、それが俺を本物か確かめるための手段だった。

「そのためとはいえ、あなたに辛い役回りをさせてしまったのには謝る。だけどこれで確信したーー」

 軽く頭を下げヒズミに謝るシトリー、だがその目は哀しみからすぐに確信めいた鋭い目つきに変わった。

「私の隊に…外へ情報を流す裏切り者がいる。」
「裏切り…っ?」

 ヒズミが大きくその言葉を発する直前にシトリーが人差し指でその口を塞ぐと、彼に耳打ちするよう小声で話始めた。

「ヒズミもよく知っていると思うけど私は人より気配に敏感な体質で、あの時ヒズミに策を伝えた時にはあなた以外誰も気配を感じなかった。」

 ヒズミはシトリーに口を塞がれながらも、彼女が言ったことを把握しているようコクりと二回頷く。
 シトリーが言っていた通り、彼女は獣人族の優れた感知能力程とは言わないが、人より陰に動くものに敏感なのだ。
 隠れて動こうとする緊張感、相手を屠ろうと企む殺気、人に備わっている五感を超えた第六感がその心の動きを察知できるという能力が彼女の一つの武器なのである。

「おそらくバレたのは、あなたが厄災魔獣に部下を捧げるところを目撃されたことだと思う。じゃないとあんな的確に噂の内容が当たってるなんておかしい。」
「つけられていたと?ですが俺もそれに気をつけるよう注意しながら動いていました。それらしき者は…」

 シトリーと同じよう小声でヒズミが反論する。ヒズミも自慢ではないが、自身の働きにミスはないと思っていた。
 部下を攫う時も、遺跡に入る時も、厄災魔獣を目の前にした時も、つけられている者はおろか怪しまれずにと自然に行動していた。
 見落としていた?それとも自分じゃ感じとれない遠くから見られていた?だが結果的にそれは「ありえない…」とその一言で片づけられる。
 問題なくやってきた筈が小さなミスで大事になってしまった、それに責任を感じたのかヒズミの顔が少しずつ青くなっていく。
 その表情に察しづいたシトリーは、無言でヒズミに頷くと部屋の入口の方を見た。

「ええ、わかっている。さすがの完璧従者でもイレギュラーには敵わなかったってことが…ねっ!」

 シトリーは先程部下を脅すのに召喚した紅い槍を手に呼び戻す。手に貼り付く感覚を感じ、力強く握り締めると前方の入口に向かって投げつけた。

 ドガガァァァァ!

 まるで巨大な大砲を撃ち込まれたかのように入口には巨大な穴が形成された。
 そこには何もない、誰もいない。だがシトリーは何かを見透かしているようにそこに向けて大きな声で恫喝した。

「隠れて聞き耳をたててしまった自分を呪え、裏切り者か私に会いに来た者か知らないが、知ってしまったのなら殺す!」

 ザッ…!
 シトリーが話した直後、砂煙がフワッと舞い上がり、地面を蹴り上げる音が聞こえた。

「逃がすか!」

 壁に隠れて見えなかったが、自然に起こるはずのない地面と靴の摩擦音が聞こえたことにより、そこに何者かがいたという確信を得たシトリーは、翼を広げ風を切るよう高速で滑空しながら追いかけた。

「待て!」
 
角を曲がり切り返した直後、前方に人影らしき者が飛んでいるのが見えた。
全身を覆うローブを身にまとい、谷の腐敗ガスで茶色に汚れている。飛んでいるところからして翼持ち、十中八九谷にいる私の部下で間違いないだろう。

「殺す前に面を拝ませてもらおうかしら!」

シトリーが持つ槍が桃色に光だし、前方の悪魔に向けて投げつける。
すると桃色の槍が複数の小さな槍に形成され、機関銃のように襲いかかった。

「フライングランス!」

そう呼んだスキルは飛んでいる悪魔の倍の速度で追尾する、遺跡内部の狭い通路では逃げ道は前方しかない。
殺れる、そう思い込んだシトリーの目の前で悪魔が振り返った。

ガガガガガッ!
「なっ!?」

目の前で起こったことにシトリーは目を見開いて驚愕した。
ローブを纏い、顔が見えない悪魔はシトリーの《フライングランス》を素早い拳捌きで全て弾いた。
そして、その悪魔は逃げるように飛び去った。シトリーは立ち止まって逃げた悪魔を見つめながら思い返した。

「あの防ぎ方…まさか?いや…でもあいつは死んだはず…。」

悪魔が使う武器は人それぞれ、そのほとんどは魔法を主力とした攻撃が一般的だ。ましてや自分が指揮している部下達の武器は概ね把握している、その中で拳を使った者は見たことがない。
それどころか帝国中を探しても、自分の技を弾くような凄腕の拳闘士はほとんどいない。
ある一人を除いては…

「セーレ…」

報告にあがっていた今は亡き帝国幹部の名前を呟き、その正体をこの目で確かめるべく再び翼を広げ飛び出した。



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