推しがラスボスなので救いたい〜ゲーマーニートは勇者になる

ケイちゃん

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復活の厄災編

第三十六話 悪手① (sideセーレ)

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 ーー死霊の谷・岩壁エリア

 腐敗ガスが漂わない岩壁の頂上、黄ばんだガスに汚れないよう長い髪や赤いロングコートをローブに隠し、口元にはペストマスクのような尖ったマスクをつけている悪魔の少女。
 セーレの姿があった。

「効いてる効いてる…やっぱり私の考えは当たりだったみたいね。」

 悪戯気げな笑みを浮かべながら、下で内輪揉めしているシトリーの部下達を眺めていた。
 下では自分の主人が隠れて悪事を働いているという噂で持ちきりだった。
 確証もない噂でシトリーに反抗しようとする者、それを止めようとする者、自分の憶測を辺りに言いふらしてデマを大きくする者と、一部パニック状態になっている。

「これだけの人数を束ねるのも大変ねぇ、シトリーは。まぁ、これでようやくあいつらも解放されたってことね。」

 そう気楽な言葉でシトリーを貶し、見るものを見れたような満足気な表情でパンデルム遺跡へと飛んで行った。

 ーー少し前…

 セーレはクロムの協力で、厄災魔獣の復活状況を流す潜入調査を行なっていた。

「うわぁ…こんな深夜になっても働かせられてるなんて、かなりブラックな労働してるわねあいつら。」

 セーレは谷の入口からせっせと働くシトリーの部下達を様子見していた。
 死霊の谷では数百のシトリーの部下が、谷やそれら近辺の魔物を討伐するため働いている。
 間違いなく部外者が立ち寄れば、仲間を大勢引連れられ袋叩きにされることだろう。

「そりゃあ遺跡の偵察なんて無理な話ね、っていうか私も危険なことに変わりないじゃない。はぁ…面倒な仕事を引き受けちゃったわ。」

 膝を曲げて片頬を手につきながら座り込んだ、そして頭の中で悪魔を掻い潜ってパンデルム遺跡に辿り着くルートを模索した。
 雑魚が集まっても袋叩きにされることはないが、一番危険なのはセーレという存在が現れるということだ。
 ほとんどの悪魔は知るわけが無いだろうが、今は亡き悪魔がこの場に現れたとなれば大事になる。
 そしてもう一つ、今の自分には谷に入るための防具をつけていない。さすがに毒素が漂う場所に何時間もいられるほどの耐性はない。
 だが、そんな心配はすぐに消し飛んだ。なぜなら…

「お前、そこで何をしている。」

 声がする方向へチラリと目線をやると、二人の悪魔がこっちに歩み寄るのが見えた。

「サボりか?名前と所属している隊を名乗れ、これは報告案件だ。」
「でたよクソ真面目な性格が、だから皆から嫌われるんだよ。チクリ屋だって。」

 二人は世間話をしながら膝を曲げて座り込んでいる人影に近づく。月が雲に隠れ、暗い背景では全体図見えないが、背中から生える翼が見えたことで同族だと判断していた。
 だが彼らは一つ大きな誤算をしてしまった、同じ悪魔族だからってここにいるのが同胞とは限らないことを。

「ん?お前、何故防具を着ていない。」
「ああごめんなさい、ここに入るために防具がいるって知らなくて忘れてきちゃってね。」

 質問に丁寧に答えると、セーレはゆっくりと立ち上がり…そして、

「だから…貸してくれない?」

 セーレの金属質な手甲が二人の悪魔の胸を貫いた。

「かへっ…!?」
「う…あっ…。」

 二人は胸部にある魔石を貫かれ、力無く倒れていった。
 仲間だと思って近づきすぎてしまったことが彼らの死の原因だった。近接戦闘が得意なセーレにとって、たった一歩地面を蹴るだけで数メートルを素早く滑空できる。不意打ちで喰らえば防ぎようがない。

「マスクにフード付きのローブ…おっ、解毒や回復魔法用の魔石もあるじゃない。ありがたく使わせてもらうわよ。」

 心臓とも言える魔石を砕かれたことにより、二人の悪魔は体が徐々に崩壊していく。完全に消え去る前にセーレは使える物を剥ぎ取り腰のバックに入れた。

「さて…使える物は揃ったし、シトリーの思惑をこの目で確かめてこようか。」

 セーレは剥ぎ取ったローブとマスクをつけ、死霊の谷の中央に位置するパンデルム遺跡へ飛んで行った。
 視界が狭ばる夜、身内の防具を身に纏った部外者が谷を飛んでいても誰も気にもとめない。
 そのまま誰にも声をかけられず、遺跡がある場所に辿り着くと先に先客がいた。

「あれは…人間?しかもあの肩に乗ってるのって悪魔?」

 異質な光景に咄嗟にセーレは岩陰に身を隠す。その選択が正しかったのか、悪魔を担いだ人間はやけに周りを気にしながら移動している。

「おしおき…って感じじゃないわね、わざわざ遺跡に運んで何をするつもりかしら?」

 人間が遺跡に入ったのと同時にセーレも遺跡の入口に向かった。重そうな石造りの扉が人一人入れる隙間を作り出しており、セーレはこっそりとその扉越しから中を眺めた。
 遺跡の中は直方体に作られた空間に、左右に道が分かれている。部屋の壁には火の魔石が煌々と光り、中を照らしている。
 セーレは注意深く見渡しながら遺跡に入ると、その外見とは裏腹に外よりも空気が新鮮味に溢れていることにまず驚いた。マスク越しから漏れる腐敗ガス特有の臭いもなく、恐る恐るマスクを外して呼吸をすると体を蝕むような感覚が感じられない。

「外と違って呼吸がしやすい、さすがに拠点までも外と同じ環境で過ごせだなんて鬼畜なこと考えない奴で助かったわ。」

 見渡すと部屋や道に均等な間隔で並べられているスタンドに薄青色に光る魔石が入ってあった。近くに置いてあるその魔石に手を触れると、魔石が常時、解毒魔法・解毒《ピュアリー》を発動していることに気がついた。
 遺跡の中は外と違って過ごしやすい環境が作られている。だが一点、このような環境を作られていても安心など感じない情景があった。

「いない…」

 遺跡の中は誰もいなかった、遺跡内部で巣くっている魔物やシトリーの部下達も見当たらない。耳を澄ませても、風の通り道でゴォォォ…と音が鳴るだけで呻き声や話し声も聞こえはしない。

「静かすぎるわね…逆にそれはそれで不気味なのだけれど。」

 待ち伏せや警備する者がいないと判断したセーレはより深く内部へ潜入することを試みた。
 探索して、いたる所の部屋を見てきた。予想していたとおり人も魔物も誰もいない。しばらく探索すると遺跡の中心であろう部屋に到着した。その部屋には下の階層へ降りるための階段と、部屋の中央に人が入れるほどの掘られた穴があった。

「何あの穴?」

 魔物の攻撃で床に穴を空けられたのならわかる、だが探索の中で魔物が派手に暴れたような形跡は見当たらなかった。まるで人為的に空けられたような意味深な穴に、セーレは下に降りる階段に目もくれずその穴の中を覗いた。

「縄梯子がある、下に行くのが面倒だからショートカットでも作ったのね。」

 迷路のゴールを脳筋で突破するようなやり方を考えた奴に助けられた、目視で見る限り穴の下は地下4層まであると推定できる。きっとこの下には部下達やシトリーがいる、そして目的である厄災魔獣も。

「ここから潜入調査ね、透明《インビジブル》。」

 人差し指を額につけ魔法陣を展開した、するとセーレの体が徐々に薄くなり、周りの風景とほぼ一緒な色へ同化した。
 セーレが唱えたのは透過魔法《透明》。指定した体の部位を透明にする補助魔法である。
 体を透かせるイメージを実現させるため、一部だけでもかなり魔力を消費する。それをセーレは全身にかけているため、発動と持続だけでも大量に魔力を消費していた。

「さて…下はどうなっていることやら。」

 セーレは穴に飛び降りると、2層、3層を通り越し最下層に着地した。

「っ…!?入った瞬間にわかる、空気が重い…毒素が強くなってるのかしら?防具を着てても肌がビリビリしている…」

 降りた場所はとてもさっきいた場所とは思いにくいほど空気が淀んでおり、マスクをつけていても口元を覆いたくなるほど息苦しさを感じた。
 最下層は一層より灯りが少なく辺りが薄暗くなっている、そして目の前には下に続く階段が真っ直ぐ連なっていた。
 直感で感じた、この先にいる…この死の谷の作った元凶、厄災魔獣パンデモニウムが…。

「……。」

 セーレは無言のまま階段の先にある扉の前に立った、扉の隙間からは不気味に光る紫の閃光が差している。
 彼女はその扉の先にある部屋を覗く、奥行きのある長方体の部屋に照らし出された灯りが、奥にいる巨大で歪な卵のような物から発せられる紫色の煙に拡散され、辺りが薄紫色に輝いている。

 タッタッタッ…!
 そんな部屋の特徴を観察していると奥から一人の人間がこちらに向かって走ってきた。

(まずっ!バレたか!?)

 それに驚いたセーレは思わず壁際に立ち、いつでも攻撃できるよう準備をした。

 ゴドン…。
「ふぅ…よし次だ。」

 扉の隙間を潜り、急いで部屋の扉を閉めた人間。自身と同じ防毒用の装衣を身に纏った男性、ガタイもよく、腰にさした曲刀を見るにただの一般人には見えない。

(やっぱりこいつ人間だ…シトリーって人間までも部下にしてるっていうの?)

 セーレは知らなかった、シトリーとの面識がぼぼ無いため、この目の前にいる男がシトリーの右腕的存在、ヒズミだということに。
 そんな彼は透明化になっているセーレに気づかず、このフロアにあまり滞在しないよう素早く階段を駆け上がり、縄梯子を使って3層に上っていった。
 この空間の淀んだ空気によるものだろう、人より耐久力のある悪魔の体でもここに長居はすれば毒で体が侵される。私でも用事が済めばここから早く出たい気分だ。

(ともあれ…邪魔者はいなくなった、これで奴がどうなっているのかようやく観察できる。)

 ヒリヒリする体に我慢をしながら、部屋に通じる扉を開ける。薄暗い空間が紫色の光に照らされ思わず目を閉じたが、慣れるよう徐々に目を開くと、その目に映った情景にセーレは戸惑った。

(は…?何…あれ?)

 部屋の奥には先程一瞬見えた巨大で歪な形をした卵が安置されている。その卵は赤黒く妙な波目をしており、表面が滑りでつやが出ている。まるで…生物の肉を集めて固めたような気色の悪い色をしていた。
 そんな卵の前に、先程人間に担ぎ上げられていたであろう悪魔が、卵から出ている触手に足を掴まれ宙吊りにされていた。

「…えっ?嫌…何っ!?何なのこれ!」

 妙な体の感覚にその悪魔は運悪く目が覚めてしまったようだ。急な光景に頭がついていけずひたすら叫び続けていると、触手は悪魔を振り回し卵の表面に叩きつけた。
 ビジャッ、という水たまりを踏んだような音を出すと、悪魔の体がみるみるうちに卵と同化していく。

「あぁァァ!嫌ァァ!嫌ァァァァァァ!!」

 喉が潰れるような断末魔が部屋中に響く、やがて悪魔の体が卵の色と同じ赤黒く変わると、叫んでいた声がくぐもるような音になり、最後には聞こえなくなった。
 この気味の悪い一部始終を見てしまったセーレは、あの場で一体何が起こったのか理解した。

(あいつ…食ったのか?悪魔を…)

 セーレはゆっくりと扉を閉じ、今見た光景を思い返した。

(食った…何故?シトリーの目的は厄災魔獣の魔力を奪うこと、あんな餌を与えるようなことをしなくてもそれくらいは出来るはず。これじゃまるで…)

 シトリー達の思惑を気づき始めようとした時、体中に電気を走ったかのような激痛が現れ、セーレは体を縮こませた。

「痛っ!やばっ…長くここにいすぎた、ここに長居するだけでここまでダメージがくるなんて…。」

 考えてばかりで頭に意識を集め過ぎた、このフロアが地上よりもかなり毒素が強いのを思い出し、痛み走る体にムチを打つように急いで地上へと飛んで行った。
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