推しがラスボスなので救いたい〜ゲーマーニートは勇者になる

ケイちゃん

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復活の厄災編

第三十五話 悪手① (sideシトリー)

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 死霊の谷…かつて厄災魔獣パンデモニウムから放たれた強烈な毒素により、その谷にいる魔物達が死滅。その亡骸から出る腐敗ガスが漂い、生者の命を蝕む危険な場所としてその名が名づけられた。
 今ではその腐敗ガスの濃度は人が立ち入れるくらいにまで落ち着いたが、その谷で取れる特産品などもなく、その環境で生きている特殊な魔物が徘徊するため普段から立ち入りを規制している。
 その谷の内部には、隆起した岩が壁となり迷路のような構造をしているエリア。腐敗ガスに晒され草木が土色に変色しているエリア。そして谷の中央、青銅色の石造りで建てられた神殿、パンデルム遺跡があるエリアに分けられる。

 この死の谷を作った元凶たるパンデモニウムは大昔、当時の祓い魔とエルフ族により多大な犠牲を払いながらもその力を封印され、遺跡の奥深くに眠っている。
 しかし、帝国幹部シトリーの策により厄災の目覚めがそこまで迫っていた。

「はぁ…。」

 遺跡内部にある少し広めの部屋、あるのは資料が積まれている机と装飾が施された豪華な椅子。そこには一人の悪魔が不機嫌そうに腕と足を組んで座っている。
 遺跡の中は谷に漂うガスが充満しておらず、マスク無しでも行動できる。だがその代わり谷に生息する魔物よりも凶暴な魔物と対峙することになる。
 はずだったが…遺跡の中はもぬけの殻で魔物の呻き声すら聞こえない。
 逃げたことでも、隠れていることでもない…全て屠られたのだ。今不機嫌そうに座っている帝国幹部、シトリー・クリフレッドに。

「まったく…本当にイライラさせてくれる。」

 シトリーの苛立ちが加速する、任務でここに来てからというもの良いことなど何一つ起こっていない。
 死霊の谷に漂う腐敗ガスのせいで自身の白いドレスに臭いがこびりついてしまったことに。
 突然の徴収で顔も見たくないベアルに会い、舐められて帰されたことに。
 厄災魔獣の早期復活をヘラに頼まれ、隊全員を帝国から呼び出し、復活のための魔力源探しを命令したことに。あれのせい最初からここにいた部下達は、話が違うと述べながら嫌な顔をして私に背を向けた。不愉快だ。
 そして…

「シトリー様、厄災魔獣の封印を解くやり方について真実を語ってほしいとあなたに抗議を申し立てる者達が大勢いまして…。」

 シトリーがいる部屋に少し気の弱い悪魔が入って来た、彼女はシトリーが率いる隊の末端の部下であった。
 部下は怯えるように体を縮めながら目の前で嫌なオーラを放つ自身の上司に話を切り出す。シトリーにとってこれが今一番苛立ちを作っている議題だった。

「一体どれほど魔力を注ぎ込めば復活するんだあいつは、叩き起こさないと目覚めない奴なのか?」

 シトリーの口が開くと厄災魔獣の愚痴が聞こえてくる。聞こえていないのか?目を閉じているから自分がいることに気づいていないのか?
 怯えた悪魔は意を決して再びシトリーに話を切り出す。

「シトリー様…あの噂…厄災魔獣の封印を解くのに私達を…」
「あのねぇ…」

 冷たく刺すような声色で部下の言葉を塞ぐのと同時に、対峙したものを恐怖させる紅い眼光が部下に当てられた。

「察してくれない?そういう噂のせいで私がどういう立場にいるのか、私があなた達を利用している最低なリーダーに見えるかしら?」

 部下達の代弁者に任されてしまったことを後悔した、殺気立つ彼女を目の前に自分の命に危険という警告が溢れ出す。
 悪魔は恐怖で口をパクパクしながらも、少しでも危険から退けようと勢いに任せて謝罪を口にした。

「すっ、すみません!私はあなたを疑っているわけじゃありません!そんな事をしないってわかっているはずなんですが、皆が同調するように語り出すと私も不安になってきて…」

 バリィィ!!

 シトリーが腕を解くと突如として手から赤い稲光が走り、悪魔はそれに驚き肩が飛び上がった。
 シトリーが立ち上がるとその稲光の全体像が徐々見えてくる、赤い稲妻が彼女の手から物体を形成し自身の身長と同じくらいの棒を召喚した。
 槍だ…刃先が荒々しくも装飾がかけられているような綺麗な三角の形状をして紅く怪しげに光っている。

「私が好きでこんな復活方法考えていると思っている部下がいるなら連れてこい。憂さ晴らしに私と手合わせしてやる。」

 シトリーはその槍を脅すように部下の目の前に刃先をチラつかせると

「ひっ…!そっ、そう伝えてきます!」

 逃げるように悪魔はその場を離れて行った。遺跡内部の魔物を掃討したことにより中は静寂に包まれ、必死に逃げようとする悪魔の動きがはっきりと聞こえていた。

「くっ…何故私が部下達の信頼を捨ててまでこんな事をしなきゃいけない。」

 シトリーは自身の犯した罪悪感に押しつぶされ苦い表情を見せながら顔を伏せた。
 本来ならこんな役回りじゃなかった、部下達と一緒に戦場に出て、成果をあげ、誰一人欠けることなく帰って行く。それがシトリーのやり方だった。
 だが今はどうだ、厄災魔獣を復活させるという急な任務の変更により部下達に黙って行動することが増えていった。
 部下達が一生懸命に谷の魔物を狩り、魔力の源である魔石を厄災魔獣に捧げることで復活する。そういう算段だったが、予想外にも谷の魔物では魔力量が足りないとわかってしまった。
 谷の外へ出向いても腐敗ガスの影響で付近の魔物は寄り付かず、探して魔物を倒しても排出されるのは微量程度の力を持った魔石だけ、集めたところで復活という目標にはほど遠い道のりだ。
 それでもよかった、時間がかかっても最終的にゴールに辿り着ければ無事に任務を終えることができたのに…
 あの報告があがってこなければ…

 ーー少し前

「お嬢様、第4小隊から報告です。霊長の里付近で里の衛兵と冒険者が武器を持って争っているところを目撃したそうです。」

 私の一番の信頼を得ている人間の従者、ヒズミが開口一番に話した内容に耳を疑った。
 彼は私が率いる数小隊をまとめあげる大隊長と呼ぶべき位の地位に在する。よって複数の部隊からの報告はまずヒズミに入ってくる。
 彼なら受けた報告の重要視性を理解している、部下達で解決出来ること、私の判断を聞かなくても指示できるようなことなら、こちらに話があがってくることはない。

「それは…私に何を求めてほしいんだ?ヒズミ。」

 予想外だった、彼がこんな危機感のまるで感じない報告を話すということに。
 だがヒズミはふざけた表情をせず、ただ真っ直ぐと私を見て質問に答えた。

「俺もこの報告を聞いた時はただの乱闘かと思いましたが、詳しく聞くとただの冒険者相手に複数の衛兵を招集して争っていたそうです。俺が思ったのは…それほどまでに力を持った人物が里に来たということなんです。」

 力を持った人物…その言葉を聞きシトリーの中で嫌な想像が頭を巡った。

 ーー勇者が来た
 
(まさか…だがもし勇者達がルーナ城を後にしてすぐに馬車で向かおうとすれば里まで1日で辿り着ける。)

 シトリーは口元を片手で押さえ、勇者達の行動を予測した。だが想像してからすぐにそんな事できるはずないと首を横に振る。

(いや…そう考えるのはおかしい、急ぎ過ぎてる。何故そこまで急いで巫女を仲間に入れようとする。)

 ヘラ様は勇者達が巫女に接触することを危惧して厄災魔獣の復活を考えた。それは勇者に会う前に巫女を潰しておくという作戦であり、仲間集めで神巫の巫女という選択肢を消すためでもあった。
 力を持った人物…仮にその人が勇者であるなら、時間的にルーナ城でセーレを倒した後、霊長の里に向かうという目的をすぐ立てたということになる。
 あまりにも行動が急ぎ足すぎる、これは目的もなしに動いているような動きじゃない。明らかな意思、霊長の里に急いで向かわないといけない理由がある。

(考えすぎだ私!ただ暴徒を押さえるために人を集め過ぎただけだ。勇者が衛兵達と争うなどありえないだろ。)

 深く最悪な状況を考え過ぎたためか頭が痛くなった、シトリーは疲れた表情を見せ椅子の背もたれに傾れるように座り直した。

「申し訳ありませんお嬢様、俺がいらぬ報告を話したばかりに余計な心配事を増やしてしまって。」
「違う…消えないんだ。」

 シトリーはヒズミの報告の良し悪しを言わず、ただ上を向き自分が抱えている気持ちを彼に吐き出した。

「部下の報告には確証が無いことはわかる、力を持った人物が勇者であるかもしれないと心配して来たってことを。私も考えたが、里の衛兵と争っている人物が勇者であることは限りなく低いだろう。」
「ではやはり俺が…」
「ただ…」

 自分の主人を困らせたことに思い詰めるヒズミの言葉に、待ったをかけるようシトリーは話続ける。

「急遽招集を受けた時、ヘラ様にこう忠告された。セーレは何も得ずに死んだんだと。その言葉を聞いてから何もかもが疑心暗鬼になってしまった。」

 シトリーにはある不安を抱えていた。幹部のセーレがいながらも、あの隊は成果をあげるどころか全滅してしまった。
 ヘラ様が言っていたイレギュラー、もしそれがここでも起きてしまったらと考えると、同じ末路を辿ってしまうのではないかと恐れを感じた。

「消えないんだ…もしその人物が勇者だったら、もし私達の計画がバレていたらって、考え過ぎだと感じてしまうほどに私はそんなイレギュラーを恐れている。」

 シトリーは一呼吸おくと自身の手で顔を隠した。目の前が真っ暗になり、不安を渦巻く感情が予知夢のとなって映し出された。
 動かなくなったヒズミ、騒がしかった部下達が消えてる光景、厄災魔獣の復活を遂げられず何の成果もあげらなかった最悪の末路。
 勇者が…巫女が…あいつらさえ邪魔しなければ…!

「ヒズミ…私は何の成果もあげられずに部下達が無駄死にになっていく光景を見たくない。」
「お嬢様…」

 顔から手を離したシトリーの表情は、覚悟を決めてるよう鋭く前を見据えていた。

「やるわよ…そのイレギュラーに対抗する切り札を作る、例え自分の信念を捻じ曲げてでもね。」

 シトリーは勢いよく立ち上がり両手を机の上に置いて体を支えた。何度も息を吸って吐いてを繰り返し、心の準備を整えた直後、目の前にいるヒズミ向かって策を伝えた。

「ヒズミ、谷に行って部下を攫って来て。あなたが見てウチの戦力に貢献出来ない奴を厄災魔獣の贄にする。」

 苦渋の決断の末、仲間の犠牲に厄災魔獣を復活させることを選んだ。
 大勢の部下が死ぬか、数えるほどの少数の部下が死ぬか、被害を最小限にできる後者を選んだ。
 隊の中で仲間意識のない者が消えても周りの影響はない、そして仲間が消えたと言われても、谷の毒に侵されて死んだと伝えれば納得する。悪魔が死ねば体が灰となって消えてしまうからだ。
 その策を聞いたヒズミは、今まで口にしたことのない主人の考え方に少し驚き「よろしいので?」と聞き返すと、シトリーは迷いなく淡々と答えた。

「私達の目的は勇者と巫女の接触を回避すること、もしそれが叶わなくなっても奴らを倒せるよう準備はしとかないといけない。」

 私達はヘラ様の指示を受けてここにいる、奴らを倒すことを含めて厄災魔獣の復活という指示はクリアしないといけない。
 だがそこには命という名の壁がある、死ねと言われて死ぬほどに崇拝染みた仲間意識はヒズミ以外では考えられない。それだけが悩ましいことだ。

「でも私の部下はそれを許さないだろうね、死にたくないからって派手に動くかもしれない。それだけは避けなきゃいけない。」

 全員に向かって厄災魔獣の生贄になりたい者は前に出ろ、と言えばおそらく暴動が起きるだろう。
 卑怯な手は使いたくなかったが、暗殺染みたやり方で一人一人攫うしかない。こんな手が使えるのは隊の中で一人しかいない。

「分かりました…攫った者は腐敗ガスによって命を落としたと皆に知らせましょう。」

 ヒズミもシトリーと同じ考え持っていた。そして彼はすぐ策を実行しようとその場から離れて行った。

「あっ…。」

 シトリーは去って行くヒズミの背中に手を伸ばすが、思い詰めてすぐ下ろした。
 言ってしまった…もう後には引き返せない…仲間思いで部下からそう言われてきたシトリーはもうここにはいない。あるのは上から都合の良く駒を動かされているだけの無力な自分だった。

「すまない…。」

 青紫色の髪をクシャっと掴み、虚無な空間に謝罪の言葉を溢すとしばらく立ち尽くしていた。
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