推しがラスボスなので救いたい〜ゲーマーニートは勇者になる

ケイちゃん

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復活の厄災編

第三十四話 巻き付く毒蛇①

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 帝国討伐と厄災魔獣復活阻止を掲げた会議を終え、俺はモルガンと共に彼女の研究所である館へ足を運んでいた。 

「そういえば君の仲間はどうした?会議が始まる前から見当たらないが。」
「里の外で対人戦をやってるよ、次の戦いに向けて力をつけたいって励んでるさ。」
「君はいいのか?仲間に置いていかれてしまうぞ。」
「やることが多いんだ、自主練よりもまずはこっちのほうを片付けたい。」

 そうか…とモルガンは呟くとそれ以上何も話さず前を向いて歩いて行った。
 里の東側の端、人通りが少なく建っている住居も中央に比べて質素な雰囲気が建ち並ぶ。
 その通りを奥に進むと木々が生い茂る深い森が見えてくる、昼間だというのに光が入ってこず暗い影を落としている。

「ここはなんだか暗い雰囲気だな、中央の広場に比べて寂しい感じがする。」
「それはそうさ、誰もこの森には近づかない。皆ダークエルフを怖がっているからね。」

 モルガンは目の前の森を指さす。

「あの森の向こうが堕天の里、ダークエルフの住処がある場所。もちろんお互いただでは入れない、御神木の結界の力で辿り着けないようにしてあるからね。」

 俺は暗い森の向こうへ目を見る、ここのエルフとは性格も思想も全て真逆なダークエルフがこの森を挟んだ向こうにいると考えると、まるで敵対しているのではなく出てくるのを封印しているように見えた。
 この国は御神木から中心に円形状に町が作られており、御神木から南側の半円の領地が霊長の里、北側の半円の領地が堕天の里として分けられている。
 そしてその境目には、入れば迷路のような構造で出られなくなる森が存在する。フォルティアの言っていた御神木による力で生み出されたこの防護壁が、お互いの領地に足を踏み入れられない現象を作っている。

「ついたぞ、ここが私の研究所。緑土の館だ。」

 暗い雰囲気の通りを少し歩いた先に、緑の苔で周りが覆われた二階建ての建物が見えた。緑土という名前に相応しい、壁も屋根も至る外壁全てに緑の苔に埋めつくされていた。
 他は煤(すす)ぼけた建物だったり、土から生えたツタに巻きついていたりと空き家のような光景が多かったが、この建物を見た後ではそれらの建物が普通に見えてきた。

(うぇぇぇ…ゲームでも気持ち悪い家だと思っていたけど、実物見たら気持ち悪いってレベルじゃねえなこれ。絶対入りたくない…なんか病気にかかりそう…。)

 嫌悪感を抱きながら館?と呼ぶべき建物の前で立ち尽くしていると、モルガンがキョトンとした顔で俺に声をかけた。

「どうした?そんな所に突っ立って。」
「いや…明らかにこの建物だけ異質なんだけど、どうやったらこんな苔だらけになるんだよ。」

 俺の問いかけに、モルガンは腕を組み不敵な笑みを浮かべ答えた。

「知らないのかい?外壁に苔があると室内の温度上昇を押さえてくれる、しかも冬は外に室温が逃げるのを防ぐ保温効果を発揮するんだ。」
「へぇ、苔にそんな効果が…」

 さすが研究者だ、常人外れた知識の多さをここで披露するとは…。
 と思ったのも束の間、苔の話に興味を持ち建物に近づくと妙な臭いが鼻についた。
 塩素のような刺激臭がほんの少し漂う、玄関も窓も開けていないため中からの臭いではない。ではどこからか?一番怪しく感じたのはこの異常な量の苔だ。

「なぁ…なんかこの苔臭くね?何か薬品ぽい臭いがするんだけど。」
「ああこの臭いかい?苔を倍に増やす薬を作ってかけたんだ。だからあまり吸わないほうがいいぞ、毒だから。」
「早く言えっ!!」

 しれっと恐ろしいことを口にしたモルガンに向かって俺は怒鳴り声をあげた。
 それでもモルガンは反省の色を見せず高笑いをあげながら玄関を開けて中へ入った。

「遠慮せず入りなよ、もちろん中の空気は綺麗だから毒になることなんてないよ。」

 明らかにこうなる事がわかっていたかのような仕草に、俺の中で呆れと怒りが同時に顔に出た。
 こういう人柄じゃなかったらこの里の住人達に慕われていただろう。そう口に出そうになったが、そんなこと言っても彼女の心には響かないだろう。

「ぐぅ…!はぁ…。」

 俺は溜まった感情をため息として全部吐き出し、言うのを諦めた顔つきで建物の中に入った。

「お邪魔しますよ…ってマジか。」

 ゲームでも同じ反応をしたが、実際見てみるとそのギャップに言葉を失って立ち尽くした。
 苔の建物の中は、研究者特有の書類や薬だらけの汚い空間ではなく、綺麗に清掃され埃一つないリビングとダイニングがあった。
 装飾もなくただ天井のランプが木製の壁を明るく照らし、静かな空間を作り出している。外から見た気持ち悪い建物の中が、実は居心地の良い空間だと誰が思うだろうか、と常々思う。

「起きろニーナ、勇者君が座れないだろう?」

 モルガンがリビングにあるソファを蹴ると、背もたれの陰からニーナがむくりと起き上がるのが見えた。
 半袖のインナー1枚しか身に纏っていないため体の輪郭がよく見える、桃色の綺麗でまっすぐな髪も寝起きでぐしゃぐしゃになって顔に垂れている。

「ッ…!?」

そんな状態で眠たそうな目をこちらに見やると、今の姿を見られ恥ずかしくなったのか凄い勢いで飛び起き2階へ上がって行った。

「座っていてくれ、今お茶を出そう。」

 ニーナの慌てぶりに目もくれず、モルガンはキッチンに行きお茶を作る準備をしていた。
 俺はモルガンの言う通りゆっくりしようとリビングにあるソファに座った。柔らかい素材で出来たソファが俺の背中を沈み込む、とても居心地がいい。
 と、思った矢先…

「痛って!」
「来るなら来るって言ってよ、プライベートを見られるとか恥ずかしいんだけど。」

 頭を叩かれ反射的に振り向くと身だしなみを整えたニーナがそこにいた。
あの無垢で可愛い姿はどこにいったのやら、黒い魔物の鱗で出来たベストにグレーの長袖インナー、下は黒いスパッツを着用しており暗い雰囲気を醸し出している。
さらにはニーナの顔には外出先でも見たドクロのお面をつけており、彼女の声がお面越しにくぐもって聞こえた。

「身だしなみ速っ!っていうかここでもそのお面被るのかよ。別にもうお前の素顔なんて何度も見たんだから隠さなくてもいいだろ。」
「はぁ…乙女心がわかっていないね。女の素は他人に見られちゃいけないの、だから女は綺麗に顔を整えて素を隠しながら人に出会うのよ。」
「それって化粧の話?お面で顔を隠すことの話?」

 その質問に少しだけ顔を下に向けた、お面がついていて表情が読み取れないがおそらく答えに困っているのだろう。

「…わかんない。」
「わかんねぇのかよ。」

 呆れた笑いで返すとそこからは会話が嘘のように途切れた。
 ニーナは俺の隣に座り、俺から顔逸らして動かなくなった。俺もニーナに話すことがなくこのままじっとしてるのも嫌だったのでリビングの内装を眺めていた。
 まだ他人なのだ、お互いの素性がわからないのなら会話が続かないのはおかしくない。
 そう思いながらダイニングの向こう側に目を向けると、モルガンがお盆にお茶をのせて運んできた。

「何だい二人揃って、もう少し楽しんだらどうだい?」

 モルガンはソファの前にあるテーブルにそのお茶を置くと、そのまま反対側にあるソファにゆったりと体を沈め俺とニーナの関係に口をした。

「何話したらいいかわからない、別に用があるのはモルガン先生のほうだから私は聞くだけでいい。」
 
 ニーナがそう言うと、お面を少し上げ桜色の口にお茶を流し込んだ。
 俺もそれを見てお茶をいただく、ガラスの容器にはお茶の粉が混ざりきっておらず中で滞留している。見た目からしてまるで青汁のような色合いをしていた。

(さすがに毒入りなことはないよな、ニーナも疑わずに飲んでいたし。っていうか!お客人に出すなら緑茶みたいな薄緑だろ、見た目で飲もうって気になれねぇぞ!)

 明らかに苦そうな見た目をしていて飲む気にはなれなかったが、一度コップを手にして飲まずにそのまま戻すのは失礼だと感じ、意を決して口の中にお茶を流し込んだ。

「……甘い。」

 口に入れた瞬間頭の中で驚きの感想が浮かび上がった、緑茶特有のさっぱりして飲みやすい喉ごしと蜂蜜の甘みがうまく混ざり合い、スゥーと舌に甘みを残したまま消えていく。
 一口、また一口とその甘い余韻に浸りたいがために何度もお茶を啜っているといつの間にかコップの中にあったお茶を飲み干してしまった。

「随分と夢中で飲んでいたみたいだね、気に入ってもらえて嬉しいよ。」

 モルガンはこちらに笑みを浮かべている、普段から怪しげな笑みを浮かべているためか普通に喜んでいるのか何かを企んでいるのかわからない。

「おっ…おう、めっちゃ美味しいよ。」

 俺はわかりやすい動揺を見せて返事した、それを隣で見ていたニーナは俺の肩を叩いてモルガンの笑みの意味を答えた。

「別にモルガン先生は何も企んでないよ、このお茶を出すってことは先生は君の話をちゃんと聞いてくれるってことだから。」
「お茶でそんなことがわかるのかよ。」
「先生はお茶で客の対応を決めるの、話を早く済ませて帰らせる人には苦いお茶を出して口を回らなくさせる。逆に話を深掘りさせるために帰らせない人には甘いお茶を出して上機嫌にさせるの。」

 ニーナの話どおりだとすると俺はどうもすぐに話を終える形ではなさそうだ。
 ただ帰らせないという単語が少し引っかかる。モルガンのことだ、話だけで終わるとは思いにくい、絶対に何かある。

「そんな深掘りするほどの話はないぞ、俺はただ…」
「話というのは君が一方的に質問をすることじゃない、私だって君と話をしたいんだ。だから…」

 対抗薬の件に関して話をするだけだと言うつもりだったのだが、モルガンに話を遮れてしまった。
 彼女はゆったりとソファの背もたれに寝かせた体を起こし、こちらに体を向けると糸状の細い目が開き翡翠色をした蛇のような瞳孔が姿を見せた。

「逃げないでよ?」

 静かな脅しをくらうよう強烈な眼光に気圧され体から嫌な汗が流れる。
 生きてきた中で目つきが嫌いだという感情はあったが怖いという感情は無かった。だからこそなのだろう、あの目を見るのは生理的に受け付けず咄嗟に目を逸らした。

「……。」

 目を逸らした先にはドクロのお面越しにこちらを見つめるニーナがいた。
 妙な緊張からか、ドクロの真っ黒な目の空洞からニーナの桃色の目が見開いた状態で見ているのが微かに見えた。
 檻に閉じ込められ、二人の猛獣を相手にされているような状況に俺は逃げ場がないと確信し、お手上げするよう両手を軽く上げた。

「わかったから…二人揃ってこっちを見ないでくれよ、なんか怖いからさ。」
「そう。」

 二人の視線が離れ、俺の中で感じていた威圧感と緊張感が消えた。
 人が嫌な動物を模した目と暗闇から覗く眼光、ある意味人を恐怖させることに関しては天才だと思う。

「ふふっ、まぁ君が話したいのが何なのか概ね予想できる。前に言っていた対抗薬に関してだろう?が…その前に聞かせてくれるか。」

 モルガンは両手を顎に乗せ、先程までのニヤけた顔から一瞬で真剣な見た目に移し替え話続けた。

「あの会議で言った作戦の成功率はどれくらいになる?」
「五分五分ってところだな、こっちの能力的な強さが悪魔を超えるか超えないかで勝負は決まる。っていうかこの質問皆から同じこと聞かされてるんだけど。」
「何度も同じ質問を吹きかけてやっぱり自信がないって解答をするのを待っているんだろう。だがその自信が揺るがないということは、相当自信があるようだな。」
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