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復活の厄災編
第二十八話 どん底で見る夢②
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タッタッタッ!
走った…無我夢中で走り続けた…頭が真っ白になるように、すべてを忘れてしまうくらいに。
「はぁ…はぁ…。」
辿り着いたのは遊具もなく周りにベンチが置かれているだけの簡素な広場だった。アルノアはちょうど疲労で足が動きづらくなり、その広場に座り込んだ。
「なんでだよ…なんで…!なんでなれないんだよ!終わるっていうのか?私の夢が…。」
自分の中にある悲痛な感情を、荒い呼吸と混じりながら叫びをあげた。こんな時に人がいなくて助かった、じゃなかったらこんな気持ちをさらけ出せそうに無かったからだ。
だがそれで何かが変わるわけでもない、どんなに自分の気持ちを叫んでも帰ってくるのは残酷な現実だけだった。
「そんなの嫌だ!嫌だ嫌だぁ!私は魔法使いになって大賢者のように魔法を、私だけの魔法を作るんだ!こんなことで終わりたくない…終わりたくねぇよ…!」
「そうだよ、諦めちゃ駄目だよ。」
「っ…!?」
誰もいない広場に自分の叫びを返事する者がいた、自分の話を聞かれたと感じ慌てて周りを見渡すと、後方に立つ木に寄りかかっている女性を見かけた。
赤色の長いストレートヘアを両側に垂らした女性で、マリアナと似た紫と黒のしま模様のローブを着ているが彼女ほど派手さやオーラがなく着慣れていない。
だがその見た目だけでわかる、彼女は魔法使いだ。
「魔法使いなんて、普通じゃ叶わないから燃えるんじゃない。」
「誰だお前…?」
「ああごめんなさい、あなたの話が聞こえたから普通に割って入っちゃった。」
彼女はベアトリスと名乗り、王国の魔法研究者魔導部門所属だと話した。
魔法研究者という肩書きを紹介され、アルノアは驚きながらもなぜ自分に構うのか戸惑っていた。
「魔法研究者ってそんなすごい人が私に何の用だよ、言っておくが慰めなんていらないからな!もう現実を突きつけられるのは御免だ!」
「そう怒鳴らないでよ、私は困っている人がいたら手を差し伸べたくなっちゃう人でね、余計なお世話だって言われるけどそれが…ってちょっと!?」
ベアトリスが話をしている途中でアルノアは彼女に気にも掛けず離れようとした。
「何が手を差し伸べるだ、こっちとしては迷惑なんだ、さっさとどっか行けよ。今私は腹の虫が治らなくて気がたっているんだ。」
「それって、自分が本当は無力な一般人だったって思っちゃったから?」
「うるさいなお前は!何なんだよ!?私のことを笑いに来たってわけか!?」
挑発のような口調に感化され、ベアトリスに近づき殴りかかろうとしたが…
「ブリザド《氷結》。」
パキィィィィン!
アルノアの拳がベアトリスに届く前に氷の壁に遮られた、そうして彼女の拳は勢いよく振りかぶったせいでブレーキが効かず硬い氷に激突した。
「痛っ…!あぁぁぁ!!」
痛がるアルノアの目の前には、手を後ろに組みながら余裕の笑みを浮かべているベアトリスの姿があった。
一般人と魔法使い、どちらが優位なのかわからせられているようだったが、ベアトリスの口から放たれた言葉にその関係は崩された。
「私ならできるよ?私なら君を立派な魔法使いにさせてあげれるけど…興味ある?」
「は?何だよそれ。そんな胡散臭い話聞くわけないだろ。」
「はぁ…心までポッキリ折られちゃったんだね。ほんと辛辣だよね、マニュアル通りな言葉で魔法使いになれないって話してくる人。」
「っ…!」
何故だが胡散臭さがたちのぼる彼女の言葉を無視出来なかった。魔法…その単語が自分の中で警戒という柵を崩していった。
「君のような人は多く見てきた、魔法使いになれない人は皆決まってこう言う…何で自分には才能がないんだろうって。そうやって嘆いたって魔力が生まれるわけがないのに、そこから頑張ったって何も変わるわけないのに。でも皆諦めようとしないんだ、魔法というロマンにあてられてしまったらね。」
アルノアはふとその原点を思い出した。
馬車に揺られながら、外からこちらに襲いかかる魔物達を迎撃している光景を。
皆不安がっていた、襲われるという恐怖から魔物へ目を向けずに祈るように俯いていた。
だが私はその光景に目を奪われた、魔物を難なくねじ伏せる強烈な光、自分が今まで見てきた自然物が人の手によって操られる奇術、人間には不可能なことを平然とやってのけるその姿に私は憧れた。
「ぐっ…!うぅっ…!」
だがそんな憧れは無慈悲に絶たれた、好きだった魔法に拒まれてしまったことに絶望して無意識に涙を流してしまった。
悔しい…ただその感情が自分をここまで追い込んだ、そんな報われない悲しみに共感するようにベアトリスはアルノアに優しく接した。
「そういう人達を見てると哀しくなってくる、人より努力してきた自分がどうして報われないんだろうって。だから私は、そういう苦しみを抱えている人を助けたくて魔法の研究をしているんだよ。」
そう言うとベアトリスは握りこぶしを開き、指先ほどの小さい魔石を取り出した。それをアルノアの前で転がしながら話の続きを話した。
「例えば…外付けの魔力器官である魔石を、もし自分の体の中で育てることが出来たら魔力を持った人間、つまりは魔法使いになれるのではないかって。」
「魔石を体内に入れるだって!?馬鹿言うなよ、そんな結末私でもよく知っている。人は魔力を過剰に摂取すると人には戻れなくなる、魔力に精神が焼かれて魔物になるって、そういった事故は魔法使いの中で有名な話だ。」
「そう、でも過剰に摂取したらの話でしょう?私の説はこうだよ。」
ベアトリスはその研究でどのような結果を出したのか詳しく教えてくれた。
どうやら人間には少なからず魔力に耐性があるということらしい。魔力を過剰に摂取してしまうと魔物に変異する原因として、人間の体内には魔力を蓄える器が未発達だからだと説明した。
その器を成長させる、もとい魔力に強い耐性を持つように体を慣れさせていけば、いつか魔力を自身の中でコントールできるようになるという。
魔法使いになれる…そんな嬉しい話が目の前に飛び込んできたというのに、アルノアは素直に喜ぶことが出来なかった。
「信じられない…じゃあなんで他の奴らは魔法使いなれなかった?過去にも私と同じ経験をした奴はかなりいたはずだろ?」
「最初に言ってたでしょ、私はあなたのような人間を見たくなくてこの研究を始めたって。それでも大賢者様はこの研究を嫌がっていたけどね。」
「大賢者様が?」
ベアトリスの笑みが消え、まるでマリアナを敵視するかのようにムッとした表情を表した。
「夢は時に自分を壊す狂気にもなるからね。魔法使いの夢は大抵みんな同じこと、大賢者のような強い魔法使いを目指したい。そういったいつかは叶う夢を追いかけていると見えなくなるんだよ、魔法というのがどれほどまでに危険な存在なのか。」
その言葉はマリアナが言っていた言葉とそっくりだった、だがベアトリスが話した内容は魔法使いになりたい人ではなく、魔法使いになった人の話だった。
「毎年毎年…自分の魔法が暴発して大怪我を負ってしまう魔法使いが後をたたない。それは自身の魔力と唱える魔法の力に大きな差ができてしまうからなんだ。だから大賢者はそれを危惧してただの一般人に魔法を扱わせないよう色々な対策をだした。そのうちの一つに私の研究が入ってしまった。」
「あっ…。」
アルノアは何故マリアナがあんなに冷たく対応したのか、夢を追う者に何故諦めろとすぐ言えるのかわかってしまった。
マリアナは魔法使いとしての素質を否定したわけじゃない、安易に魔法の世界に入ってきた凡人達を怪我させたくないからだ。
それをわかってしまったことで、アルノアはようやく現実を受け入れた。
「ああ…そういうことかよ。結局魔法使いってやつは天才でしかなれない…凡人には無理な話、夢物語でしかないってことかよ!だったら何で最初から言わなかったんだ!私達のような夢を追いかけようとしていた時間は無駄だったってことじゃねえか!」
どうすればいいかわからず叫び散らすアルノア、怒りと虚無感から自暴自棄になりそうな危険な状況にあるにも関わらず…
「だったら…君が天才になればいいじゃない。」
狂乱のアルノアに向かって、ベアトリスは筋の通っていない滅茶苦茶な解答を話した。
「どういう意味だよ!」
そんな言葉に反応しベアトリスに向かってキレ気味で言い返すと、彼女は淡々とその真意を話した。
「私の説は一般人を魔法使いにさせることはできるけど最強になんてできない、強くなりたいのなら自分で頑張るしかない。これは魔法使い以外にも当てはまるでしょ。」
ベアトリスは震えるアルノアの手を掴み、手のひらの上に小さな魔石を置いて握らせた。
「別に一般人が魔法使いになったら罪に問われるってことはない、なるかならないかは自分次第。でも魔法使い採用試験は来年もある、あなたの夢はまだ終われないっていうならやってみたらいいと思うよ。」
「私の夢…」
不思議とさっきまで怒り狂っていた感情が消えていた。どん底に叩き潰され、残酷な現実を突きつけられてもどこかで踏み止まれる気持ちがあったことに気づいた。
夢…子供の頃から追いかけた気持ちは簡単には諦めきれなかった。
「…ただいま。」
色々な事があり、疲弊からか重い足取りで家路に着いた。誰もいない部屋に向かって帰ってきた挨拶をするが、今日はいつも以上にその声に覇気がなかった。
「昨日の私は…こんなことになってるなんて分からなかったんだろうな…。」
被っていた黒いとんがり帽子を外し、しばらくの間それを眺め続けた。
いつか大賢者になると意気込んでいたあの頃…自分の力で自然を操るような神秘を手に入れられるとワクワクしていたあの頃…この帽子を被って冒険に出る夢を見ていたあの頃…。
純粋無垢だっだ過去の自分を思い返し、目尻から涙を流した。こんなはずじゃなかったのに…そう口に溢した後、自分の過去を見るのが辛くなり帽子を投げ捨てた。
「くそっ!」
投げた帽子が床に落ちると、帽子の中からベアトリスに渡された小さな魔石が転がり現れた。
それを目にしたアルノアはあの広場で起こった話を振り返る。
「また来年…これからどんなに頑張っても魔力は身についてこない。これでしか…この道はこれしか…。」
魔法使いになれる、一度諦めた夢が手を伸ばせばまた掴める、だが魔石を拾おうとする手がそれを拒むかのように震え始めた。
怖い…もしアレを植え付けたらどうなるのか。
「何怖気付いてるんだ…私は。」
怖い…もし魔法使いになっても弱いままだったら。
「マリアナみたいな魔法使いになるってそんな簡単なものじゃないだろ…!」
怖い…どこかで自分の夢を否定している、諦めている私がいることに。
「覚悟を決めろ私…ここまで努力してきたことをなかったことにする気か?このままやっておけばよかったって後悔を引きずりながら生き続けるのか?」
嫌だ…諦めたくない…夢を夢で終わらせたくない…
私は…私は…!
「なってやる!私は魔法使いになるんだ!」
拾い上げた魔石を机に置き、勢いよく手のひらで叩きつけた。
グジャ!
「ぐっ…!あぁぁ…!」
尖った部分が手の肉に突き刺さり激しい痛みが走った。手のひらを見ると血で真っ赤に染まった魔石が肉に食い込んでいた、まだ体内に入っていない、アルノアはこれから起こる激痛を覚悟し魔石を奥まで押し込もうとした。だが…
グチャ…ズブブブ…
「なっ!魔石が…!?」
アルノアは恐怖した、触れてもいないのに魔石が生き物ように自分の手の中に入り込もうとしている。
咄嗟に魔石を引き抜こうするが血が滑ってうまく掴めず逆に押し込んでしまった。
そして…
「はっ、入っちまった…私の中に魔石が…。」
痛みと驚きで我に返ったアルノアは自分が何をしてしまったのか恐ろしくなった、魔力を帯びた物が体内に入ってしまえばどうなってしまうのか。
「はぁ…はぁ…!」
動悸が激しくなる、体中が熱くなるような感覚を感じた。
魔物になってしまう…その恐怖にアルノアは体を丸め息を止めた。自分に変化が表れないようにするための必死な抵抗だった。
「…はぁぁっ!はぁ…はぁ…えっ…。」
苦しくなって体が酸素を求めるように大きく空気を吸い込んだ、頭に酸素が入り込み冷静さを取り戻したアルノアは、自分に起こった体の具合を確かめるべく鏡に向かった。
「何も…起こってない?」
鏡の向こう側の自分は顔色が悪いがいつもの自分と変わらない姿だった。
息切れも動悸も、体中が熱くなったのも自分が変わってしまうという恐れから生まれた気持ちだった。
「変わってない…変わってないぞ!」
私は笑っていた、魔物になるかもしれないというのにそんな恐れはどこかに消えていった。むしろベアトリスの言っていた説が立証されたと感じ嬉しくなっていたのだ。
「ベアトリスの言う通りだったんだ!これで魔力を高めていけば私も…」
心からこんなに嬉しいことはない、魔法使いになれる…一度諦めた夢をまた目指せる…その気持ちを表すようにアルノアは無邪気にはしゃいでいた。
私は…自分ではわからないほどに魔法という存在に狂わされていたのだ。
走った…無我夢中で走り続けた…頭が真っ白になるように、すべてを忘れてしまうくらいに。
「はぁ…はぁ…。」
辿り着いたのは遊具もなく周りにベンチが置かれているだけの簡素な広場だった。アルノアはちょうど疲労で足が動きづらくなり、その広場に座り込んだ。
「なんでだよ…なんで…!なんでなれないんだよ!終わるっていうのか?私の夢が…。」
自分の中にある悲痛な感情を、荒い呼吸と混じりながら叫びをあげた。こんな時に人がいなくて助かった、じゃなかったらこんな気持ちをさらけ出せそうに無かったからだ。
だがそれで何かが変わるわけでもない、どんなに自分の気持ちを叫んでも帰ってくるのは残酷な現実だけだった。
「そんなの嫌だ!嫌だ嫌だぁ!私は魔法使いになって大賢者のように魔法を、私だけの魔法を作るんだ!こんなことで終わりたくない…終わりたくねぇよ…!」
「そうだよ、諦めちゃ駄目だよ。」
「っ…!?」
誰もいない広場に自分の叫びを返事する者がいた、自分の話を聞かれたと感じ慌てて周りを見渡すと、後方に立つ木に寄りかかっている女性を見かけた。
赤色の長いストレートヘアを両側に垂らした女性で、マリアナと似た紫と黒のしま模様のローブを着ているが彼女ほど派手さやオーラがなく着慣れていない。
だがその見た目だけでわかる、彼女は魔法使いだ。
「魔法使いなんて、普通じゃ叶わないから燃えるんじゃない。」
「誰だお前…?」
「ああごめんなさい、あなたの話が聞こえたから普通に割って入っちゃった。」
彼女はベアトリスと名乗り、王国の魔法研究者魔導部門所属だと話した。
魔法研究者という肩書きを紹介され、アルノアは驚きながらもなぜ自分に構うのか戸惑っていた。
「魔法研究者ってそんなすごい人が私に何の用だよ、言っておくが慰めなんていらないからな!もう現実を突きつけられるのは御免だ!」
「そう怒鳴らないでよ、私は困っている人がいたら手を差し伸べたくなっちゃう人でね、余計なお世話だって言われるけどそれが…ってちょっと!?」
ベアトリスが話をしている途中でアルノアは彼女に気にも掛けず離れようとした。
「何が手を差し伸べるだ、こっちとしては迷惑なんだ、さっさとどっか行けよ。今私は腹の虫が治らなくて気がたっているんだ。」
「それって、自分が本当は無力な一般人だったって思っちゃったから?」
「うるさいなお前は!何なんだよ!?私のことを笑いに来たってわけか!?」
挑発のような口調に感化され、ベアトリスに近づき殴りかかろうとしたが…
「ブリザド《氷結》。」
パキィィィィン!
アルノアの拳がベアトリスに届く前に氷の壁に遮られた、そうして彼女の拳は勢いよく振りかぶったせいでブレーキが効かず硬い氷に激突した。
「痛っ…!あぁぁぁ!!」
痛がるアルノアの目の前には、手を後ろに組みながら余裕の笑みを浮かべているベアトリスの姿があった。
一般人と魔法使い、どちらが優位なのかわからせられているようだったが、ベアトリスの口から放たれた言葉にその関係は崩された。
「私ならできるよ?私なら君を立派な魔法使いにさせてあげれるけど…興味ある?」
「は?何だよそれ。そんな胡散臭い話聞くわけないだろ。」
「はぁ…心までポッキリ折られちゃったんだね。ほんと辛辣だよね、マニュアル通りな言葉で魔法使いになれないって話してくる人。」
「っ…!」
何故だが胡散臭さがたちのぼる彼女の言葉を無視出来なかった。魔法…その単語が自分の中で警戒という柵を崩していった。
「君のような人は多く見てきた、魔法使いになれない人は皆決まってこう言う…何で自分には才能がないんだろうって。そうやって嘆いたって魔力が生まれるわけがないのに、そこから頑張ったって何も変わるわけないのに。でも皆諦めようとしないんだ、魔法というロマンにあてられてしまったらね。」
アルノアはふとその原点を思い出した。
馬車に揺られながら、外からこちらに襲いかかる魔物達を迎撃している光景を。
皆不安がっていた、襲われるという恐怖から魔物へ目を向けずに祈るように俯いていた。
だが私はその光景に目を奪われた、魔物を難なくねじ伏せる強烈な光、自分が今まで見てきた自然物が人の手によって操られる奇術、人間には不可能なことを平然とやってのけるその姿に私は憧れた。
「ぐっ…!うぅっ…!」
だがそんな憧れは無慈悲に絶たれた、好きだった魔法に拒まれてしまったことに絶望して無意識に涙を流してしまった。
悔しい…ただその感情が自分をここまで追い込んだ、そんな報われない悲しみに共感するようにベアトリスはアルノアに優しく接した。
「そういう人達を見てると哀しくなってくる、人より努力してきた自分がどうして報われないんだろうって。だから私は、そういう苦しみを抱えている人を助けたくて魔法の研究をしているんだよ。」
そう言うとベアトリスは握りこぶしを開き、指先ほどの小さい魔石を取り出した。それをアルノアの前で転がしながら話の続きを話した。
「例えば…外付けの魔力器官である魔石を、もし自分の体の中で育てることが出来たら魔力を持った人間、つまりは魔法使いになれるのではないかって。」
「魔石を体内に入れるだって!?馬鹿言うなよ、そんな結末私でもよく知っている。人は魔力を過剰に摂取すると人には戻れなくなる、魔力に精神が焼かれて魔物になるって、そういった事故は魔法使いの中で有名な話だ。」
「そう、でも過剰に摂取したらの話でしょう?私の説はこうだよ。」
ベアトリスはその研究でどのような結果を出したのか詳しく教えてくれた。
どうやら人間には少なからず魔力に耐性があるということらしい。魔力を過剰に摂取してしまうと魔物に変異する原因として、人間の体内には魔力を蓄える器が未発達だからだと説明した。
その器を成長させる、もとい魔力に強い耐性を持つように体を慣れさせていけば、いつか魔力を自身の中でコントールできるようになるという。
魔法使いになれる…そんな嬉しい話が目の前に飛び込んできたというのに、アルノアは素直に喜ぶことが出来なかった。
「信じられない…じゃあなんで他の奴らは魔法使いなれなかった?過去にも私と同じ経験をした奴はかなりいたはずだろ?」
「最初に言ってたでしょ、私はあなたのような人間を見たくなくてこの研究を始めたって。それでも大賢者様はこの研究を嫌がっていたけどね。」
「大賢者様が?」
ベアトリスの笑みが消え、まるでマリアナを敵視するかのようにムッとした表情を表した。
「夢は時に自分を壊す狂気にもなるからね。魔法使いの夢は大抵みんな同じこと、大賢者のような強い魔法使いを目指したい。そういったいつかは叶う夢を追いかけていると見えなくなるんだよ、魔法というのがどれほどまでに危険な存在なのか。」
その言葉はマリアナが言っていた言葉とそっくりだった、だがベアトリスが話した内容は魔法使いになりたい人ではなく、魔法使いになった人の話だった。
「毎年毎年…自分の魔法が暴発して大怪我を負ってしまう魔法使いが後をたたない。それは自身の魔力と唱える魔法の力に大きな差ができてしまうからなんだ。だから大賢者はそれを危惧してただの一般人に魔法を扱わせないよう色々な対策をだした。そのうちの一つに私の研究が入ってしまった。」
「あっ…。」
アルノアは何故マリアナがあんなに冷たく対応したのか、夢を追う者に何故諦めろとすぐ言えるのかわかってしまった。
マリアナは魔法使いとしての素質を否定したわけじゃない、安易に魔法の世界に入ってきた凡人達を怪我させたくないからだ。
それをわかってしまったことで、アルノアはようやく現実を受け入れた。
「ああ…そういうことかよ。結局魔法使いってやつは天才でしかなれない…凡人には無理な話、夢物語でしかないってことかよ!だったら何で最初から言わなかったんだ!私達のような夢を追いかけようとしていた時間は無駄だったってことじゃねえか!」
どうすればいいかわからず叫び散らすアルノア、怒りと虚無感から自暴自棄になりそうな危険な状況にあるにも関わらず…
「だったら…君が天才になればいいじゃない。」
狂乱のアルノアに向かって、ベアトリスは筋の通っていない滅茶苦茶な解答を話した。
「どういう意味だよ!」
そんな言葉に反応しベアトリスに向かってキレ気味で言い返すと、彼女は淡々とその真意を話した。
「私の説は一般人を魔法使いにさせることはできるけど最強になんてできない、強くなりたいのなら自分で頑張るしかない。これは魔法使い以外にも当てはまるでしょ。」
ベアトリスは震えるアルノアの手を掴み、手のひらの上に小さな魔石を置いて握らせた。
「別に一般人が魔法使いになったら罪に問われるってことはない、なるかならないかは自分次第。でも魔法使い採用試験は来年もある、あなたの夢はまだ終われないっていうならやってみたらいいと思うよ。」
「私の夢…」
不思議とさっきまで怒り狂っていた感情が消えていた。どん底に叩き潰され、残酷な現実を突きつけられてもどこかで踏み止まれる気持ちがあったことに気づいた。
夢…子供の頃から追いかけた気持ちは簡単には諦めきれなかった。
「…ただいま。」
色々な事があり、疲弊からか重い足取りで家路に着いた。誰もいない部屋に向かって帰ってきた挨拶をするが、今日はいつも以上にその声に覇気がなかった。
「昨日の私は…こんなことになってるなんて分からなかったんだろうな…。」
被っていた黒いとんがり帽子を外し、しばらくの間それを眺め続けた。
いつか大賢者になると意気込んでいたあの頃…自分の力で自然を操るような神秘を手に入れられるとワクワクしていたあの頃…この帽子を被って冒険に出る夢を見ていたあの頃…。
純粋無垢だっだ過去の自分を思い返し、目尻から涙を流した。こんなはずじゃなかったのに…そう口に溢した後、自分の過去を見るのが辛くなり帽子を投げ捨てた。
「くそっ!」
投げた帽子が床に落ちると、帽子の中からベアトリスに渡された小さな魔石が転がり現れた。
それを目にしたアルノアはあの広場で起こった話を振り返る。
「また来年…これからどんなに頑張っても魔力は身についてこない。これでしか…この道はこれしか…。」
魔法使いになれる、一度諦めた夢が手を伸ばせばまた掴める、だが魔石を拾おうとする手がそれを拒むかのように震え始めた。
怖い…もしアレを植え付けたらどうなるのか。
「何怖気付いてるんだ…私は。」
怖い…もし魔法使いになっても弱いままだったら。
「マリアナみたいな魔法使いになるってそんな簡単なものじゃないだろ…!」
怖い…どこかで自分の夢を否定している、諦めている私がいることに。
「覚悟を決めろ私…ここまで努力してきたことをなかったことにする気か?このままやっておけばよかったって後悔を引きずりながら生き続けるのか?」
嫌だ…諦めたくない…夢を夢で終わらせたくない…
私は…私は…!
「なってやる!私は魔法使いになるんだ!」
拾い上げた魔石を机に置き、勢いよく手のひらで叩きつけた。
グジャ!
「ぐっ…!あぁぁ…!」
尖った部分が手の肉に突き刺さり激しい痛みが走った。手のひらを見ると血で真っ赤に染まった魔石が肉に食い込んでいた、まだ体内に入っていない、アルノアはこれから起こる激痛を覚悟し魔石を奥まで押し込もうとした。だが…
グチャ…ズブブブ…
「なっ!魔石が…!?」
アルノアは恐怖した、触れてもいないのに魔石が生き物ように自分の手の中に入り込もうとしている。
咄嗟に魔石を引き抜こうするが血が滑ってうまく掴めず逆に押し込んでしまった。
そして…
「はっ、入っちまった…私の中に魔石が…。」
痛みと驚きで我に返ったアルノアは自分が何をしてしまったのか恐ろしくなった、魔力を帯びた物が体内に入ってしまえばどうなってしまうのか。
「はぁ…はぁ…!」
動悸が激しくなる、体中が熱くなるような感覚を感じた。
魔物になってしまう…その恐怖にアルノアは体を丸め息を止めた。自分に変化が表れないようにするための必死な抵抗だった。
「…はぁぁっ!はぁ…はぁ…えっ…。」
苦しくなって体が酸素を求めるように大きく空気を吸い込んだ、頭に酸素が入り込み冷静さを取り戻したアルノアは、自分に起こった体の具合を確かめるべく鏡に向かった。
「何も…起こってない?」
鏡の向こう側の自分は顔色が悪いがいつもの自分と変わらない姿だった。
息切れも動悸も、体中が熱くなったのも自分が変わってしまうという恐れから生まれた気持ちだった。
「変わってない…変わってないぞ!」
私は笑っていた、魔物になるかもしれないというのにそんな恐れはどこかに消えていった。むしろベアトリスの言っていた説が立証されたと感じ嬉しくなっていたのだ。
「ベアトリスの言う通りだったんだ!これで魔力を高めていけば私も…」
心からこんなに嬉しいことはない、魔法使いになれる…一度諦めた夢をまた目指せる…その気持ちを表すようにアルノアは無邪気にはしゃいでいた。
私は…自分ではわからないほどに魔法という存在に狂わされていたのだ。
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