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悪魔の絆編
第二十五話 真逆②
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一方その頃…
クロム達の帰りを待つ2台目の馬車の乗客達は魔物に襲われていた。
いや、襲われていたという表現には語弊があった。なぜなら…
「ヒュゥゥ…」
ズガガガガガガガッ!
モルガンの仲間であるニーナが襲いかかる魔物達を掃討しているからだ。
「スゥゥゥ…」
ズバァァァ!
不気味なドクロのお面から呼吸音が流れ、それに合わせるようにもの凄い速さで魔物達の首を落としていく。
そんな別次元な戦いを間近で見せられている冒険者は手も足を出せずその場に立ち尽くしていた。
「あのお面の奴、めちゃくちゃ強ぇ…俺達が率先して戦わなくてもあいつがほとんど蹴散らしてやがる。」
「あの学者みたいな奴といいこいつといい、あいつら絶対ただの冒険者じゃねえぞ。」
二人の冒険者は目の前の結果に苛立ちを隠しきれなかった。今まで力と努力でのし上がってきた自分達の威厳を、今日たった二人の人間に軽くあしらわれてしまったことに。
「ちっ、このままあいつに面子を潰されてたまるか!俺達が必死にここまで力をつけてきたのが無駄だったみたいに見せびらかしやがって!」
「同感だ!武器を持ってるのにただ立ってるだけの姿なんてそんな赤っ恥を他の奴らに見せられるか!」
そう意気込んだ瞬間、川を超えた森の中で木々が薙ぎ倒される音が聞こえた。何かこちらに向かってくる、そう予感した二人は音がした方向に駆け出した。
「おい、あっちから何か聞こえてくるぞ。」
「よぉし!俺達も負けてらんねぇ、行くぞ!」
男二人が武器を片手に膝上ほどしかない浅い川を走って向かうと、その先にある森の中からバキバキと木が折れる音をたてて巨大な影がうごめいた。
シャァァァ!
「うわぁぁぁ!蛇だぁぁぁ!」
身の丈より巨大な蛇が木々の間から素早く顔を出したことで、男達は驚いて腰を抜かした。
赤く鋭い眼光がこちらを睨みつける中、男達はふとどこかでその大蛇に妙な親近感が湧いた。なぜだかこの大蛇に見覚えがあったからだ。
「あぁぁ…!あ、あれ?この大蛇って…。」
少し前に、このような大蛇の出現に驚いた事があった。その特徴的な皮膚の色合いと、背筋が凍りつく爬虫類特有の巨大な目が脳に焼きついた事があった。
これがもしそうなら、使役している人物にも自分達に心当たりがあった。
「おや、君達じゃないか。馬車と客の護衛ご苦労だったな。」
「あっ、あんたは…。」
大蛇の背から、自分達を叱咤した学者が顔を出した。それに続いて数メートルはある巨体に引きずられ、床と車輪だけになった荷車のような形をした馬車が負傷者を連れてやって来た。
「皆!待たせたな!全員無事だ!全員無事だぞ!」
コハクに背負われながら2台目の馬車に乗っている乗客に向けて手を振って伝えた。
その仕草が伝わったのか、馬車の中は歓喜と拍手に埋め尽くされた。
「帰ってきた…!乗客達は?早く確認しないと!」
2台目の馬車のガイドであるメルトルは、窓から帰還したクロムの姿を見て1台目の乗客がどうなったのか確認しようと動いた。
バンッ!
メルトルが扉に手をかけようとしたその時、先に扉が勢いよく開かれ外で魔物を倒していたニーナがそこに立っていた。
「全部…倒した。」
「ありがとうございますニーナさん、それと帰って来た人達から乗客がどうなったのか聞きに行ってくれませんか?」
「わかった。」
そう言うとその場で地面を強く蹴りだし、もの凄い速さでモルガン達がいる場所へたどり着いた。
「モルガン先生。」
「ニーナ、乗客は全員無事だ。2台目の馬車に怪我人を乗せるからそう伝えてくれ。」
そこからの対応は早かった、まず馬車の中に重傷者を運び入れ、荷車の上には軽い負傷者と俺達が乗せられた。乗客は重傷者がいる馬車に空いている場所に押し込められ、冒険者のような動ける者達はここから歩きで護衛となった。
「よし、これで2台分は引っ張ることが出来る。」
1台目の馬車がアッシュバードに持って行かれた際、馬を残しその場に取り残された運転手がここに辿り着き、2台目の馬車に馬をつけた。
「それにしても無事でよかった、よくここまで戻ってこれたな。」
「こいつらの脚力舐めるなよ、魔物なんかに追いつけるわけがねえ。まあでも、無我夢中で走ってたせいで迷子になったけどな。」
二人の運転手は肩を組んで再会を喜んだ、どうやらここで魔物と戦闘している音に気づき、賭ける思いでここに来たそうだ。
「馬車と荷車を連結した、いつでも出発出来るぞ。」
動ける者達で協力し、乗客を乗せた馬車と荷車は霊長の里へ再び進み出した。
馬車に揺られること数十分、川と森のエリアを抜け出し緑豊かな高原へと進んだ。
太陽はもう真上まで上がりもう昼過ぎに時間になっていた、なんの問題もなければ今頃目的地である霊長の里で昼飯でも食べていただろう。
そう頭をよぎりながら、俺は突発的に起こったあのハプニングの事で少し不安がっていた。
「しかしまぁ…つくづく思いどおりな旅にならないもんだな。こんな突発イベントが立て続けに起きたら、いつか道端でボスと鉢合わせなんかが起きそうだ。」
ゲームのストーリーを知っていたから先を読んで行動するということが使えないと今回の事件で思い知らされた。
まるで新規のストーリーをプレイしている時ように先の読めないドキドキ感を感じている気分だ、ただ一つ違うのは負けてコンティニューなどできるかわからない事だ。
一応ゲームでは戦闘不能になれば蘇生アイテムや呪文で生き返るというシステムがあるが、ルーナ城やゼルビアでそのような蘇生アイテムを見つける事が出来なかった。
それはすなわち、この世界も俺達の世界と同様死んだら終わりだということを俺は予想した。
「ううっ…それだけは勘弁して欲しいな。この世界で死んだらどうなるのかわからないのに負けイベたなんて。」
嫌な想像をして体が少し震えた。辺りを見渡せば他の皆は疲労でぐっすりと眠っている、さすがにこんな意味深な言葉を聞かれたら言い訳するのも難しいと考え、聞かれていないことにほっと胸を撫で下ろした。
「……。」
そう彼女と目が合うまでは…
「せっ、セーレ?」
セーレは横に丸まった状態でこちらをじっと見続けていた。何かを言いたそうな目をしていたためこちらの話が聞かれたのか焦りを感じた。
「なぁ…もしかして俺の独り言とか聞いてたりとか聞かなかったりとか…。」
「何言ってるのかわかんないんだけど、要はお前がカッコつけようと黄昏ていたところを見たのかってこと?」
「誇張すんな!余計に恥ずかしいだろ!」
少し顔を赤らめ気取った表情をしていないと焦りながら伝えた。
「残念だけど、何を言ってたのかは聞き取れなかったわ。その表情を見る限りよほど知られたくない話だったのね。聞けていたら言いふらそうと思ったのに残念だわ。」
「よくわかったよ、今度から周りを見てから独り言を言うわ。」
俺は口を尖らせ、セーレとは違う方向に顔をそむけた。
そこから会話は途切れ無言が続いた、ゆったりと馬車が動きいつまでも変わらない景色を目に落ち着かなくなり、ふとセーレがいる場所に顔を向けた。
セーレは未だ俺を黙って見続けていた、視線がすぐあったのでおそらくずっと俺を見ていたのだろう。
(なんかめっちゃこっち見てくるな…俺からまた話しかけた方がいいか?いやそれだとまたいじられるだけだよな。)
セーレが何故俺を見続けているのか知りたいが、またいじられることに妙な抵抗を感じたのか、口元を少し動かすだけのもどかしい状況が続く。
「……。」
そんな状況が続く中、突如セーレがムクっと起き上がった。突然の行動に俺はビクリと体をすくませてしまう。
「えっ…なに…?」
「……。」
セーレは俺の隣に座るとチラチラとこっちを見続けていた、何か嫌な感じがして引くような質問をしてしまった。
(うっ…もしかして、あの戦いで言っていたことまだ根に持ってるのか?でも俺ほんとにあの時の記憶ないし、もしあったとしたらパンツを見られた以上に険悪な関係になりそう…。)
俺は顔を背けて嫌な想像をした、あの時はルミールが狂化薬の話をして場を流したが、未だセーレとのいざこざは解決していない。
覚えてないことを貫き通せば話が平行線になり、つかみ合いや喧嘩になってしまうだろう。さすがに皆が疲れて寝てる中でそんな邪魔はさせたくない。
「ちょっとクロム。」
「うへっ!」
急にセーレが話をふりだし、驚いて変な声をあげてしまった。
「何その返事、ふざけているの?」
「いや…ビビっただけ。」
「あっそ」と口にするとセーレは顔を背け、たどたどしく話を進めた。
「えっと…その…ちょっと聞きたいんだけど、お前から見て私達の戦いはどう見えてる?お前のやりたい戦い方って何?」
「えっ…?」
初めて彼女が俺達の戦闘について話しを切り出した、今まで一匹狼のような存在だった彼女の心情の変化に、俺は一瞬呆然として彼女の質問にどう答えるか聞き返した。
「えっと…それって今後の戦いの編成について聞きたいってことか?それともお前の戦い方について俺の意見を聞きたいって…」
「前者のほう。」
セーレは顔を背けたまま、俺が話を言い終わる前に答えた。口出しされるような弱い戦いはしていないと、その短い言葉に込められているようだった。
「そうだな…物理攻撃力の高いお前と魔法攻撃力の高いアルノアを主軸として戦うとなれば、俺やコハクはそれをアシストする立場になるだろ。だったら俺は何も特別な状況じゃない限り仲間の得意な武器を使って戦わせたい。あとは臨機応変ってやつだ、仲間の不得意な部分や欠点を補いながら戦う、相手が強かったら撤退する、なるべく被害を抑える、これが俺の思い描いた戦い方ってやつかな。」
「ふーん…」
セーレはふと、ゴブリン達の中に突き放したクロムの姿を思い出した。
ーー悪いがここから先、お前の活躍には期待しない。
ーー自分の状況はわかってると思うが、今のお前は麻痺が何重にもかけられて身動き一つすら出来ない。お前の回復なんて待ってられるか、急いでるから奴らの視線をこっちに引き寄せるデコイにでもなれ。
違う…今のクロムとあの時のクロムには人柄と呼べるものじゃない、明らかな別人のような姿だった。
もし今のクロムがあの時にいたら、間違いなく私を連れてどこかに身を隠す提案をしただろう。
それでもあの時、あの非人道的な戦略をしていなかったらゴブリン達を一掃出来なかったのかもしれない、レズリィ様を助けられなかったかもしれない。
真逆の性格…真逆の育成…たとえ薬のせいでおかしくなってもここまでの差が生まれるのだろうか?
(もしあれが狂気で作られたクロムの闇の部分なら、本能がそれを求めているというのなら、今のこいつは…感情でそれを抑えているってことになるのかしら?)
セーレはチラリとクロムの顔を見た、未だ仲間達とどう戦うか考えながら話続けていた。このような他人思いの人物が偽物なのかと思った瞬間、少しゾッとした。
「たくっ…本当に恐ろしい奴は一番身近にいるじゃない?」
「何か言ったか?」
つい言葉が走ってしまった、小さく呟いたとはいえさっきの言葉の意味を聞かれるとまずい。私は咄嗟に…
「たっ、ただの独り言よ。」
早口でそう伝えた。
完全にやらかした、こんなの何か隠しているような雰囲気ダダ漏れだとそう感じたが…
「なんだよお前も独り言か?聞けなかったのが残念だったな。」
「チッ…。」
私が言ったことをそっくりそのままお返しされたことに苛立ち舌打ちをした。
だがクロムは別に狙っていじったわけでもなく、それ以上掘り返すこともなく、ただ次に何を話すべきか悩んでいた。その姿を見て、睨んで半目になっていた私の目は普通に戻っていた。
「まぁ…それとさセーレ、あんまり記憶にないんだけど勝つためとはいえお前に酷い事をして悪かった。」
「はぁ?お前が私をゴブリン達の餌にさせたことは許せないけど、それ以外は事実だったじゃない。ってそれも覚えていないか…。」
突然の謝罪で少し唖然としたが、何故だか今のクロムにあのことを話しても別に苦にならないような気がした。
「私が未熟だった…自分の力だけを信じ続けた結果、自分の今の限界に目を背けて戦いの基礎を忘れてしまっていた。相手の力、その場の戦況を見誤る、戦いにおいてそれは死に直結する。」
セーレは荷車の床に拳を軽く叩き、クロムをライバル視するよう睨みつけた。
「私はあの時どん底まで叩きつけられた、だから私は成長して這い上がる、本当の頂にまで登り詰めやる。お前なんてすぐ追い抜かしてやるわ。」
「ははっ、だったら俺はお前より倍強くなってみせる。」
「ふん、やれるもんならやってみなさい。」
俺とセーレは互いの心情が知れたことで少し笑みを浮かんでいた。俺はついおもむろに彼女に手を差し伸べた、これまでの事は忘れてもう一度やり直そうという気持ちをこれで伝えたかった。
セーレは俺の手を見つめると、無言のまま後ろから右手を差し出し俺の手を握った。
ギュゥゥゥゥ!
「痛だだだだだ!」
「ははっ、その様子じゃ私よりも強くなるなんて夢のまた夢ね。」
セーレの武器である籠手から伝わる硬い金属が俺の手を食い込む、俺は咄嗟に空いている左手で右手を引き剥がそうとした。
そんな必死になってる俺の姿を見て、セーレはせせら笑っていた。
「お前っ…変わったなと思ったら根っこは変わってねえのかよ!」
「これは私をひよこ呼ばわりした罰よ、私は優しいから今回はこれくらいにしてあげるわ。まぁ今のお前にはわからないでしょうけど。」
「それ今の俺にとってただのとばっちりじゃねえか!ていうか俺お前にそんなこと言ってたかよ。」
「そうよ、私傷ついて泣いちゃったんだからね。シクシク…」
セーレは俺の片手を強く握りながら、哀しい表情を浮かべた。涙も出でないのに擬音を口にするあたり、俺をいじることは変わらないのだと思い知らされた。
「くそっ!逆だろ普通、お前にやられてきた事を数えれば泣きたいのはこっちのほうだ!」
少しセーレの手が緩み、俺は勢いよく手を離した。右手がズキズキと痛み、手をブラブラしながら痛みを紛らわせる。
「次は握り返せるまでに強くなっておくのね、悔しくて泣くだけじゃ強くなんてなれないわよ。」
「この野郎…!」
セーレは半目でニヤニヤした笑みを浮かべ、クロムは逆襲に燃えるように力強く彼女を見つめ笑った。
(まぁ…正直に言うと、いざという時に潰せるように強くなるのが目的だけどね。)
彼女は表面上の笑顔を見せているが、内心クロムのことを警戒していた。
ゼルビアで聞いた質問に対する謎の答え、予知魔法とかいうこれから先の未来を見る魔法、そして本心の見えぬ素顔。
この世界ではあまり見ない異端、正体不明という謎が彼女の好奇心を刺激した。
(暴いてやるわクロム、お前の正体と目的。もし私達と相対するならその時は…。)
セーレはクロムの反対方向へ振り向き遠くの景色を眺めた、その顔は決心を固めた真剣な表情をしており、クロムからはその顔は見えなかった。
クロム達の帰りを待つ2台目の馬車の乗客達は魔物に襲われていた。
いや、襲われていたという表現には語弊があった。なぜなら…
「ヒュゥゥ…」
ズガガガガガガガッ!
モルガンの仲間であるニーナが襲いかかる魔物達を掃討しているからだ。
「スゥゥゥ…」
ズバァァァ!
不気味なドクロのお面から呼吸音が流れ、それに合わせるようにもの凄い速さで魔物達の首を落としていく。
そんな別次元な戦いを間近で見せられている冒険者は手も足を出せずその場に立ち尽くしていた。
「あのお面の奴、めちゃくちゃ強ぇ…俺達が率先して戦わなくてもあいつがほとんど蹴散らしてやがる。」
「あの学者みたいな奴といいこいつといい、あいつら絶対ただの冒険者じゃねえぞ。」
二人の冒険者は目の前の結果に苛立ちを隠しきれなかった。今まで力と努力でのし上がってきた自分達の威厳を、今日たった二人の人間に軽くあしらわれてしまったことに。
「ちっ、このままあいつに面子を潰されてたまるか!俺達が必死にここまで力をつけてきたのが無駄だったみたいに見せびらかしやがって!」
「同感だ!武器を持ってるのにただ立ってるだけの姿なんてそんな赤っ恥を他の奴らに見せられるか!」
そう意気込んだ瞬間、川を超えた森の中で木々が薙ぎ倒される音が聞こえた。何かこちらに向かってくる、そう予感した二人は音がした方向に駆け出した。
「おい、あっちから何か聞こえてくるぞ。」
「よぉし!俺達も負けてらんねぇ、行くぞ!」
男二人が武器を片手に膝上ほどしかない浅い川を走って向かうと、その先にある森の中からバキバキと木が折れる音をたてて巨大な影がうごめいた。
シャァァァ!
「うわぁぁぁ!蛇だぁぁぁ!」
身の丈より巨大な蛇が木々の間から素早く顔を出したことで、男達は驚いて腰を抜かした。
赤く鋭い眼光がこちらを睨みつける中、男達はふとどこかでその大蛇に妙な親近感が湧いた。なぜだかこの大蛇に見覚えがあったからだ。
「あぁぁ…!あ、あれ?この大蛇って…。」
少し前に、このような大蛇の出現に驚いた事があった。その特徴的な皮膚の色合いと、背筋が凍りつく爬虫類特有の巨大な目が脳に焼きついた事があった。
これがもしそうなら、使役している人物にも自分達に心当たりがあった。
「おや、君達じゃないか。馬車と客の護衛ご苦労だったな。」
「あっ、あんたは…。」
大蛇の背から、自分達を叱咤した学者が顔を出した。それに続いて数メートルはある巨体に引きずられ、床と車輪だけになった荷車のような形をした馬車が負傷者を連れてやって来た。
「皆!待たせたな!全員無事だ!全員無事だぞ!」
コハクに背負われながら2台目の馬車に乗っている乗客に向けて手を振って伝えた。
その仕草が伝わったのか、馬車の中は歓喜と拍手に埋め尽くされた。
「帰ってきた…!乗客達は?早く確認しないと!」
2台目の馬車のガイドであるメルトルは、窓から帰還したクロムの姿を見て1台目の乗客がどうなったのか確認しようと動いた。
バンッ!
メルトルが扉に手をかけようとしたその時、先に扉が勢いよく開かれ外で魔物を倒していたニーナがそこに立っていた。
「全部…倒した。」
「ありがとうございますニーナさん、それと帰って来た人達から乗客がどうなったのか聞きに行ってくれませんか?」
「わかった。」
そう言うとその場で地面を強く蹴りだし、もの凄い速さでモルガン達がいる場所へたどり着いた。
「モルガン先生。」
「ニーナ、乗客は全員無事だ。2台目の馬車に怪我人を乗せるからそう伝えてくれ。」
そこからの対応は早かった、まず馬車の中に重傷者を運び入れ、荷車の上には軽い負傷者と俺達が乗せられた。乗客は重傷者がいる馬車に空いている場所に押し込められ、冒険者のような動ける者達はここから歩きで護衛となった。
「よし、これで2台分は引っ張ることが出来る。」
1台目の馬車がアッシュバードに持って行かれた際、馬を残しその場に取り残された運転手がここに辿り着き、2台目の馬車に馬をつけた。
「それにしても無事でよかった、よくここまで戻ってこれたな。」
「こいつらの脚力舐めるなよ、魔物なんかに追いつけるわけがねえ。まあでも、無我夢中で走ってたせいで迷子になったけどな。」
二人の運転手は肩を組んで再会を喜んだ、どうやらここで魔物と戦闘している音に気づき、賭ける思いでここに来たそうだ。
「馬車と荷車を連結した、いつでも出発出来るぞ。」
動ける者達で協力し、乗客を乗せた馬車と荷車は霊長の里へ再び進み出した。
馬車に揺られること数十分、川と森のエリアを抜け出し緑豊かな高原へと進んだ。
太陽はもう真上まで上がりもう昼過ぎに時間になっていた、なんの問題もなければ今頃目的地である霊長の里で昼飯でも食べていただろう。
そう頭をよぎりながら、俺は突発的に起こったあのハプニングの事で少し不安がっていた。
「しかしまぁ…つくづく思いどおりな旅にならないもんだな。こんな突発イベントが立て続けに起きたら、いつか道端でボスと鉢合わせなんかが起きそうだ。」
ゲームのストーリーを知っていたから先を読んで行動するということが使えないと今回の事件で思い知らされた。
まるで新規のストーリーをプレイしている時ように先の読めないドキドキ感を感じている気分だ、ただ一つ違うのは負けてコンティニューなどできるかわからない事だ。
一応ゲームでは戦闘不能になれば蘇生アイテムや呪文で生き返るというシステムがあるが、ルーナ城やゼルビアでそのような蘇生アイテムを見つける事が出来なかった。
それはすなわち、この世界も俺達の世界と同様死んだら終わりだということを俺は予想した。
「ううっ…それだけは勘弁して欲しいな。この世界で死んだらどうなるのかわからないのに負けイベたなんて。」
嫌な想像をして体が少し震えた。辺りを見渡せば他の皆は疲労でぐっすりと眠っている、さすがにこんな意味深な言葉を聞かれたら言い訳するのも難しいと考え、聞かれていないことにほっと胸を撫で下ろした。
「……。」
そう彼女と目が合うまでは…
「せっ、セーレ?」
セーレは横に丸まった状態でこちらをじっと見続けていた。何かを言いたそうな目をしていたためこちらの話が聞かれたのか焦りを感じた。
「なぁ…もしかして俺の独り言とか聞いてたりとか聞かなかったりとか…。」
「何言ってるのかわかんないんだけど、要はお前がカッコつけようと黄昏ていたところを見たのかってこと?」
「誇張すんな!余計に恥ずかしいだろ!」
少し顔を赤らめ気取った表情をしていないと焦りながら伝えた。
「残念だけど、何を言ってたのかは聞き取れなかったわ。その表情を見る限りよほど知られたくない話だったのね。聞けていたら言いふらそうと思ったのに残念だわ。」
「よくわかったよ、今度から周りを見てから独り言を言うわ。」
俺は口を尖らせ、セーレとは違う方向に顔をそむけた。
そこから会話は途切れ無言が続いた、ゆったりと馬車が動きいつまでも変わらない景色を目に落ち着かなくなり、ふとセーレがいる場所に顔を向けた。
セーレは未だ俺を黙って見続けていた、視線がすぐあったのでおそらくずっと俺を見ていたのだろう。
(なんかめっちゃこっち見てくるな…俺からまた話しかけた方がいいか?いやそれだとまたいじられるだけだよな。)
セーレが何故俺を見続けているのか知りたいが、またいじられることに妙な抵抗を感じたのか、口元を少し動かすだけのもどかしい状況が続く。
「……。」
そんな状況が続く中、突如セーレがムクっと起き上がった。突然の行動に俺はビクリと体をすくませてしまう。
「えっ…なに…?」
「……。」
セーレは俺の隣に座るとチラチラとこっちを見続けていた、何か嫌な感じがして引くような質問をしてしまった。
(うっ…もしかして、あの戦いで言っていたことまだ根に持ってるのか?でも俺ほんとにあの時の記憶ないし、もしあったとしたらパンツを見られた以上に険悪な関係になりそう…。)
俺は顔を背けて嫌な想像をした、あの時はルミールが狂化薬の話をして場を流したが、未だセーレとのいざこざは解決していない。
覚えてないことを貫き通せば話が平行線になり、つかみ合いや喧嘩になってしまうだろう。さすがに皆が疲れて寝てる中でそんな邪魔はさせたくない。
「ちょっとクロム。」
「うへっ!」
急にセーレが話をふりだし、驚いて変な声をあげてしまった。
「何その返事、ふざけているの?」
「いや…ビビっただけ。」
「あっそ」と口にするとセーレは顔を背け、たどたどしく話を進めた。
「えっと…その…ちょっと聞きたいんだけど、お前から見て私達の戦いはどう見えてる?お前のやりたい戦い方って何?」
「えっ…?」
初めて彼女が俺達の戦闘について話しを切り出した、今まで一匹狼のような存在だった彼女の心情の変化に、俺は一瞬呆然として彼女の質問にどう答えるか聞き返した。
「えっと…それって今後の戦いの編成について聞きたいってことか?それともお前の戦い方について俺の意見を聞きたいって…」
「前者のほう。」
セーレは顔を背けたまま、俺が話を言い終わる前に答えた。口出しされるような弱い戦いはしていないと、その短い言葉に込められているようだった。
「そうだな…物理攻撃力の高いお前と魔法攻撃力の高いアルノアを主軸として戦うとなれば、俺やコハクはそれをアシストする立場になるだろ。だったら俺は何も特別な状況じゃない限り仲間の得意な武器を使って戦わせたい。あとは臨機応変ってやつだ、仲間の不得意な部分や欠点を補いながら戦う、相手が強かったら撤退する、なるべく被害を抑える、これが俺の思い描いた戦い方ってやつかな。」
「ふーん…」
セーレはふと、ゴブリン達の中に突き放したクロムの姿を思い出した。
ーー悪いがここから先、お前の活躍には期待しない。
ーー自分の状況はわかってると思うが、今のお前は麻痺が何重にもかけられて身動き一つすら出来ない。お前の回復なんて待ってられるか、急いでるから奴らの視線をこっちに引き寄せるデコイにでもなれ。
違う…今のクロムとあの時のクロムには人柄と呼べるものじゃない、明らかな別人のような姿だった。
もし今のクロムがあの時にいたら、間違いなく私を連れてどこかに身を隠す提案をしただろう。
それでもあの時、あの非人道的な戦略をしていなかったらゴブリン達を一掃出来なかったのかもしれない、レズリィ様を助けられなかったかもしれない。
真逆の性格…真逆の育成…たとえ薬のせいでおかしくなってもここまでの差が生まれるのだろうか?
(もしあれが狂気で作られたクロムの闇の部分なら、本能がそれを求めているというのなら、今のこいつは…感情でそれを抑えているってことになるのかしら?)
セーレはチラリとクロムの顔を見た、未だ仲間達とどう戦うか考えながら話続けていた。このような他人思いの人物が偽物なのかと思った瞬間、少しゾッとした。
「たくっ…本当に恐ろしい奴は一番身近にいるじゃない?」
「何か言ったか?」
つい言葉が走ってしまった、小さく呟いたとはいえさっきの言葉の意味を聞かれるとまずい。私は咄嗟に…
「たっ、ただの独り言よ。」
早口でそう伝えた。
完全にやらかした、こんなの何か隠しているような雰囲気ダダ漏れだとそう感じたが…
「なんだよお前も独り言か?聞けなかったのが残念だったな。」
「チッ…。」
私が言ったことをそっくりそのままお返しされたことに苛立ち舌打ちをした。
だがクロムは別に狙っていじったわけでもなく、それ以上掘り返すこともなく、ただ次に何を話すべきか悩んでいた。その姿を見て、睨んで半目になっていた私の目は普通に戻っていた。
「まぁ…それとさセーレ、あんまり記憶にないんだけど勝つためとはいえお前に酷い事をして悪かった。」
「はぁ?お前が私をゴブリン達の餌にさせたことは許せないけど、それ以外は事実だったじゃない。ってそれも覚えていないか…。」
突然の謝罪で少し唖然としたが、何故だか今のクロムにあのことを話しても別に苦にならないような気がした。
「私が未熟だった…自分の力だけを信じ続けた結果、自分の今の限界に目を背けて戦いの基礎を忘れてしまっていた。相手の力、その場の戦況を見誤る、戦いにおいてそれは死に直結する。」
セーレは荷車の床に拳を軽く叩き、クロムをライバル視するよう睨みつけた。
「私はあの時どん底まで叩きつけられた、だから私は成長して這い上がる、本当の頂にまで登り詰めやる。お前なんてすぐ追い抜かしてやるわ。」
「ははっ、だったら俺はお前より倍強くなってみせる。」
「ふん、やれるもんならやってみなさい。」
俺とセーレは互いの心情が知れたことで少し笑みを浮かんでいた。俺はついおもむろに彼女に手を差し伸べた、これまでの事は忘れてもう一度やり直そうという気持ちをこれで伝えたかった。
セーレは俺の手を見つめると、無言のまま後ろから右手を差し出し俺の手を握った。
ギュゥゥゥゥ!
「痛だだだだだ!」
「ははっ、その様子じゃ私よりも強くなるなんて夢のまた夢ね。」
セーレの武器である籠手から伝わる硬い金属が俺の手を食い込む、俺は咄嗟に空いている左手で右手を引き剥がそうとした。
そんな必死になってる俺の姿を見て、セーレはせせら笑っていた。
「お前っ…変わったなと思ったら根っこは変わってねえのかよ!」
「これは私をひよこ呼ばわりした罰よ、私は優しいから今回はこれくらいにしてあげるわ。まぁ今のお前にはわからないでしょうけど。」
「それ今の俺にとってただのとばっちりじゃねえか!ていうか俺お前にそんなこと言ってたかよ。」
「そうよ、私傷ついて泣いちゃったんだからね。シクシク…」
セーレは俺の片手を強く握りながら、哀しい表情を浮かべた。涙も出でないのに擬音を口にするあたり、俺をいじることは変わらないのだと思い知らされた。
「くそっ!逆だろ普通、お前にやられてきた事を数えれば泣きたいのはこっちのほうだ!」
少しセーレの手が緩み、俺は勢いよく手を離した。右手がズキズキと痛み、手をブラブラしながら痛みを紛らわせる。
「次は握り返せるまでに強くなっておくのね、悔しくて泣くだけじゃ強くなんてなれないわよ。」
「この野郎…!」
セーレは半目でニヤニヤした笑みを浮かべ、クロムは逆襲に燃えるように力強く彼女を見つめ笑った。
(まぁ…正直に言うと、いざという時に潰せるように強くなるのが目的だけどね。)
彼女は表面上の笑顔を見せているが、内心クロムのことを警戒していた。
ゼルビアで聞いた質問に対する謎の答え、予知魔法とかいうこれから先の未来を見る魔法、そして本心の見えぬ素顔。
この世界ではあまり見ない異端、正体不明という謎が彼女の好奇心を刺激した。
(暴いてやるわクロム、お前の正体と目的。もし私達と相対するならその時は…。)
セーレはクロムの反対方向へ振り向き遠くの景色を眺めた、その顔は決心を固めた真剣な表情をしており、クロムからはその顔は見えなかった。
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メインをはれない私は、普通に令嬢やってます
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ヒロインが引き取られてきたことで、自分がラノベの悪役令嬢だったことに気が付いたシルヴェール
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だから、この世界での普通の令嬢になります!
↑本文と大分テンションの違う説明になってます・・・
30代社畜の私が1ヶ月後に異世界転生するらしい。
ひさまま
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前世で搾取されまくりだった私。
魂の休養のため、地球に転生したが、地球でも今世も搾取されまくりのため魂の消滅の危機らしい。
とある理由から元の世界に戻るように言われ、マジックバックを自称神様から頂いたよ。
これで地球で買ったものを持ち込めるとのこと。やっぱり夢ではないらしい。
取り敢えず、明日は退職届けを出そう。
目指せ、快適異世界生活。
ぽちぽち更新します。
作者、うっかりなのでこれも買わないと!というのがあれば教えて下さい。
脳内の空想を、つらつら書いているのでお目汚しな際はごめんなさい。
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我が家に子犬がやって来た!
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【あらすじ】ラテール伯爵家の令嬢フィリアナは、仕事で帰宅できない父の状況に不満を抱きながら、自身の6歳の誕生日を迎えていた。すると、遅くに帰宅した父が白黒でフワフワな毛をした足の太い子犬を連れ帰る。子犬の飼い主はある高貴な人物らしいが、訳あってラテール家で面倒を見る事になったそうだ。その子犬を自身の誕生日プレゼントだと勘違いしたフィリアナは、兄ロアルドと取り合いながら、可愛がり始める。子犬はすでに名前が決まっており『アルス』といった。
アルスは当初かなり周囲の人間を警戒していたのだが、フィリアナとロアルドが甲斐甲斐しく世話をする事で、すぐに二人と打ち解ける。
だがそんな子犬のアルスには、ある重大な秘密があって……。
この話は、子犬と戯れながら巻き込まれ成長をしていく兄妹の物語。
※全102話で完結済。
★『小説家になろう』でも読めます★
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元ゲーマーのオタクが悪役令嬢? ごめん、そのゲーム全然知らない。とりま異世界ライフは普通に楽しめそうなので、設定無視して自分らしく生きます
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前世で死んだ自分は、どうやらやったこともないゲームの悪役令嬢に転生させられたようです。
女子力皆無の私が令嬢なんてそもそもが無理だから、設定無視して自分らしく生きますね。
勝手に転生させたどっかの神さま、ヒロインいじめとか勇者とか物語の盛り上げ役とかほんっと心底どうでも良いんで、そんなことよりチート能力もっとよこしてください。
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【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
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12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
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