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悪魔の絆編
第二十三話 ひよこ②
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ーー少し前
コハクの姿が見えなくなったのを確認した後、こっちも動き始めるため奥で体を回復しているセーレに近づいた。
「それじゃあ…手荒にいくがこっちも動くぞ、時間がないんだ。」
「ぐっ…何すんのよお前!離せ!」
俺は身動きひとつ出来ないセーレの体を掴み外へと運んだ。外は魔法弾が直撃したことによって今にも崩れそうな建物と、その建物の陰から現れる大量ゴブリンの姿があった。
そんな危険な場所だとわかっているはずなのに、クロムはセーレをその建物が並ぶ中心に置いた。
「悪いがここから先、お前の活躍には期待しない。」
「はぁ?」
「自分の状況はわかってると思うが、今のお前は麻痺が何重にもかけられて身動き一つすら出来ない。お前の回復なんて待ってられるか、急いでるから奴らの視線をこっちに引き寄せるデコイにでもなれ。」
「お前…本気で言ってるの?私を餌にして目的を果たそうってつもり?」
クロムの思わぬ発言に仰天しつつも、やがて憤怒へと変わり殺気混じりに見上げた。
だがクロムはそんなセーレの表情を見ずに背中を向けて歩いた、その先は建物の間にできた人が一人入れる狭く日の光が当たらない路地だった。
「だってそうだろ?お前はずっと一人で戦ってきた。誰の指示も聞かず、誰の手助けも求めず、自分の選択だけを第一に優先してきた。俺はお前の意見に尊重する、だからそんな状態になってでも一人で頑張っていればいい。その代わり…」
振り向いたクロムの顔はセーレが出会ってから見たことない表情をしていた。信頼、鼓舞、相手に与える前向きな感情は一切ない、ただ相手を失望させる見下した目つきだった。
「俺達の邪魔はするなよ…ひよこ悪魔。」
「っ!?」
冷ややかな言葉を言い放ち、クロムは路地の奥へと走っていった。
それを見たセーレは歯をギリギリ鳴らしながらクロムの行動に激怒した。当然の反応だ、自分より格下の相手を罵って使っていた言葉をそのまま自分に向かって使われたのだから。
「誰に向かって…ひよこだって…!あの時まで私にボコボコにされてた雑魚勇者がっ!」
体の麻痺がようやく切れ始めほんの少しばかり動けるようになった、今すぐにでもクロムを追いかけてなぶり殺しにしたいと感情的になるが、そうさせないとゴブリン達がセーレに向かって襲いかかってきた。
「お前達に用はないのよ!氷撃《フロズレイ》!」
地面に氷結魔法を放ち半径4メートルほどの氷面を作った、そこにいたゴブリン達は全員足が氷漬けになり動けなくなっていた。
そこから追いうちをかけようと雷魔法を撃とうとしたが、足止めされたゴブリンの上から次から次へとセーレになだれ込んできた。
「くっ!魔法の変更が出来ない!」
魔法を放つより先に何体のもゴブリンに埋もれたセーレ。だが何体もの手が彼女の体に触れた瞬間、体から青色の稲光が走った。
「特殊詠唱、雷撃波《ボルティクウェーブ》!」
先程の雷魔法を撃たずに手から放たられた雷球を圧縮させ地面に撃ち込んだ、その反発により大きな衝撃波を生み出した。
強烈な衝撃により何体のもゴブリンが吹き飛ばされ、セーレの周りには誰もいなくなった。
「来るならきなさいよ、今は機嫌が悪いから手加減なんてできそうにないわ…!」
よろめきながら立ち上がりゴブリン達を睨みつけるセーレ、その表情に感化されたゴブリン達は再び一斉に飛びかかる。
「これ以上の詠唱は限界で体が硬直する…だったら拳で吹き飛ばしてやるっ!」
目の前のゴブリンに向かって勢いよく拳を振るった、だが…
「がっ…また麻痺が!あいつら余計な事を…!」
崖上にいるゴブリンシャーマン達は再びセーレに麻痺の状態異常魔法をかけた。
先程の回復で少しばかり麻痺には耐性ができ、完全に動けないということはないが、痺れが運動機能を阻害させておりいつもの力が発揮できていない。
「くそっ!」
殴っても薙ぎ払っても片手で数える程度しか倒せない。そうこうしてる間にじりじりとゴブリン達は近づいてくる。
「くそっぉぉ!」
それでも拳を振るった、自分を馬鹿にしたクロムへその力を見せつけるために。
「くそっぉぉぉ!」
それでも拳を振るった、私をあざ笑うゴブリン達への苛立ちを爆発させたいがために。
「くっそォォォォ!」
それでも拳を振るった…捕らわれているレズリィを助けたいために。
だがそんな行動は大量のゴブリンの山に阻まれてしまった。身につけている赤いコートや翼、長く伸ばした黒髪、ゴブリンの力強い手がそれらを掴み引っ張り上げる。
「触るな!触るな小鬼共!吹き飛ばしてやる!特殊詠唱、雷撃波《ボルティクウェーブ》!」
再び雷球を地面に撃ち込もうとするが、両腕に何体のもゴブリンが絡みつきそれを防ごうとしていた。
「ぐっ、ああああああああ!!」
セーレは目を血走らせ、喉が裂けるような叫び声をあげながら抵抗した。
今の今までこんな叫びをあげたことはあるだろうか?何故私はこんな雑魚魔物にここまで苦戦しなければならないのか?問答するたびセーレの中である文字がひしひしと浮かび上がる。
敗北…強敵でもなく、自分の力を出し切ったわけでもなく、ただ無様に格下の魔物にいいように叩かれて終わる。自分の力に誇りを持っていた彼女にとってそれは死よりも恐れる屈辱だった。
「嫌だ…!嫌だ…!こんな惨めに終わるなんて!私は悪魔族なのよ!こんな奴らなんかに…!」
苦痛に歪んだ表情をゴブリン達に見せないよう顔を下に向けていたが、ゴブリン達はセーレの髪を引っ張り無理矢理顔を上に向けさせられた。
大勢のゴブリンに顔を見られると覚悟した彼女が見た光景は別の絶望だった。
「は…?」
少し体の大きいゴブリン…ホブゴブリンが木の棍棒を片手に建物の屋根からこちらに向かって飛び降りてきた。
バギギガガッ!
まるで太い幹が折れるような木の特有な音を発しながら木の棍棒がセーレの頭に直撃した。
棍棒は破裂し細かい木片となって飛び散り、セーレの額からは赤い血が流れ出てきた。
「っぁ…?っぇ…?」
視界が眩みはじめ、魔力を込めた魔法が途切れる。完全に脳がやられ、踏ん張っていた体に力が入らなくなり後ろに倒れ始める。
(ああ…くそっ。もう力が出ない…痛い…こんな所で…まだ私は…負け…)
終わったんだ…綺麗さっぱりと無くなった。それを証明するよう世界は真っ白に漂白され、溜め込んだ言葉がこだまするように響く。
ーー…ばれ…。
ふと耳を澄ますと自分の声とは違う何かが小さく響いていたことに気づく。セーレは夢見心地な感覚でその声を元を探した。
ーー…レ…んばれ…。
それは声だけではない、白い世界だった景色に色が戻っていく。まるで白い絵の具に塗り潰された絵が徐々に元に戻っていくように、目の前が色彩に溢れた。
(…なに?この景色は…。)
緑の丘…一本の木…それに沿ってできた道…その木の下には真っ黒な二人の人物が手を振っている。
私は走る…走って…走って…手を伸ばして…黒く塗りつぶされた人物に近づいて…そして…。
ーー…セーレ…がんばれ…。
自分の息が上がる声と心臓の鼓動が邪魔してあまり聞こえなかった、それでもかすかに聞こえたソレは…
どこか懐かしさを感じた。
「かはっ!」
夢見心地な白昼夢から抜け出し、野蛮な小鬼が蔓延る世界に戻ってきた。
「ぐはっ!?」
一体どれくらい気絶していたのかわからない、セーレは腹部に強い痛みを感じ強制的に現実に引き戻されていた。
「この…!汚い足で私を踏んでんじゃ…ガハッ!」
ホブゴブリンが笑い声を上げながら何度もセーレの腹部を踏みつける。その重い体重がそのままダイレクトに伝わり彼女は嗚咽を撒き散らす。
ギャハハ!ギャハハハハ!
それを見て周りのゴブリン達は腹を抱えて笑っている。見下し、馬鹿にして、自分達より下だと認識している。
(悔しい…!なんで!なんで私がこんな目に…!)
もう彼女には今までのような強気な表情ではいられなかった。目尻に涙を浮かべ、口元には吹き続ける唾、女性として気品さなど微塵も感じられなかった。
「もう…嫌!!」
掠れた声でそう叫ぶと、最後の力を振り絞ってゴブリン達の拘束を解き、翼を羽ばたかせ飛び上がった。
「はぁ…はぁ…!逃げなきゃ…逃げ…」
ズダダダッ!
「痛っ…!?」
突然背中に鋭い痛みが何度も走った、何かに背中を押し出される衝撃によって飛行が不安定になり地面に叩きつけられた。
セーレは自身の背中を触れた、彼女の背中は焦げついており魔法による攻撃でやられてしまったのだと絶望した。
ギヒヒ…ギギャ。
崖上にいるゴブリンシャーマン達はこれを待っていた、周りのゴブリンに囲まれセーレの体が見えなかったため魔法を撃たなかったのだ。
そしてシャーマンはすでに魔法をチャージし終えていた、人間と違い魔法の構造を頭で考えずに詠唱するため、どうしても詠唱に時間がかかってしまう。
つまり、周りのゴブリンを倒そうが逃げようがセーレの周りにゴブリンが捌けた瞬間がシャーマンにとっての攻撃の合図なのだ。
「ああっ!あぁぁ!あぅァァ!」
言葉にもならない嗚咽ような悲鳴を発しながらゆっくりと這いずる。ただ早くこの場から抜け出したい、その必死な気持ちが今のセーレの原動力だった。
「えっ…あっ…?」
セーレは自身の目を見開た、彼女の目線の先には背中を向けて佇むクロムの姿があった。
「あっ…あぁ…た…た…。」
その言葉を言ってしまえは今までの自分を否定することになってしまう。
じゃあ何故あそこまでムキになっていたのだろうか、何故私はたったあの一言を言わずに躊躇っていたのだろうか…。
理由なんてそんなもの決まっている、私はただ負けたくなかったのだ。
だが…今となってはそんなものは敗北者の言い訳だ。私は…強くなんてなかったのだ。
「たす…けて…助けて…!クロム!」
自分の恥や後悔なんてどうでもよかった、ただ死にたくなかった…その気持ちを伝えるために悲痛な叫びと共にクロムがいる場所に手を伸ばす。
それに気がついたのかクロムはセーレがいる場所を振り返る。だが不思議だ…その姿と、相手を失望させる見下した目つきはあの時と一緒だった。
「えっ…。」
「お前はずっと一人で戦ってきた。誰の指示も聞かず、誰の手助けも求めず、自分の選択だけを第一に優先してきた。俺はお前の意見に尊重する、だからそんな状態になってでも一人で頑張っていればいい…。」
セーレの頭の中で聞いた事のある台詞が響いた、それと同時に目の前に立っていたクロムは消えていた。いや…そもそもそこには誰もいなかった。
それはセーレが見た幻覚だった。
ギャァ!ギャァ!
逃げだしたセーレを追いかけて大勢のゴブリンが後ろから土煙を上げて追いかけてくる。
ーー殴られる…踏まれる…喰われる…死ぬ…!
あらゆる負の感情が脳内を駆け巡り、無意識のうちに体を動かす。だがどんなに速く這いずろうともゴブリンとの距離が離れることはない、一歩…また一歩と絶望が近づいてくる。
「助け…助けてよ…怖いよ…死にたくない…誰でもいいから…助けてよーーっ!!」
ゴブリン達の目の前でセーレの絶叫が響いた。それと同時に激しい爆発音も集落中に響き渡った。
ドガァァァァァァ!!
ゴブリン達はその爆発音に驚き立ち止まった、周りを見てみると道の横に並ぶ高床式の建物の屋根から炎が上がっていた。
それも一つだけじゃない、この爆破を皮切りに隣の建物、またその隣の建物から爆発と同時に炎が上がり、瞬く間に集落は炎の中に包まれた。
ギイギャ!?ギャギャ!!
突然の火災にゴブリン達は慌てふためき、火が出ている建物から離れるため道に沿って走り出した。
「ダブルスラッシュ!」
セーレは聞き覚えのある声を耳にし、急いで体動かし振り返った。
そしてその目に映ったのは、建物を支えている柱が崩れ道に倒れていく光景だった。
さらには崩れた建物の反対側では支えている柱を斬る人影が現れ、その建物も道に沿って倒れていった。
ズガガガガァァ!
二つの建物が中央の道に崩れ落ち完全に塞がれてしまった。
「あれは…あいつは」
燃えるガレキの先には、白髪の男性が背を向けて立っている。炎の熱によってできた陽炎によりその男は細かく揺れており、また夢なんじゃないかと錯覚させられる。
「クロ…ム?」
疑心暗鬼なセーレがその存在を口にしたその時、夢ではない確信を彼自身が証明した。
「出てこいよゴブリンロード!お前が築き上げた集落はもうすぐ崩壊する!運が悪かったなぁ!俺達に出会っちまったことがお前の王国人生最後になるなんてよぉ!」
セーレは自分の耳を疑った、出会ってからまだ日は浅いがクロムの声には明らかな変化が起きていることに気がついた。
まるで野蛮な盗賊のように狂った声と喋り方、一瞬目の前に立っているのがクロムなのか疑うレベルになっていた。
「どうなって…あれは…誰?」
クロムの豹変模様が気になったセーレは、傷ついた体を引きずりながらクロムの方へ向かう。だがその途中で揺らめく陽炎の景色の先から黒いゴブリンが小さく見えたのに気づいた。
「へへっ…二度目の登場だな?ゴブリンロード!」
「人間…風情ガ!」
強気な笑みをしているクロムとは裏腹に、ゴブリンロードは拳を力強く握りしめ歯を鳴らして激怒していた。
そしてその拳は目の前に広げられゴブリンロードは周りにいるゴブリンに指示を出す。
「殺セ!ソノ人間ヲ肉塊スルマデ殺シ続ケロ!!」
ゴブリン達は威嚇するような声をあげてこちらに向かって襲いかかってきた。
「あっ!ああ…!」
セーレは自分が襲われそうになった時の記憶と重なり尻もちをついた。だが反対にクロムは顔を手で押さえながら余裕の笑い声をあげた。
「ハハハッ!丁度いいや、お前を狩るためにまずはレベルアップといこうか!」
クロムは両手を広げてゴブリン達を誘い込んだ、その光景はまるで強者の挑発に乗らされる弱者達を見ているようだった。
おそらくこの状況を待っていたのだろう、戦って戦って強くなるのがこの世界のルールなのなら、これは彼にとって最高のボーナスチャンスなのだから。
「来いよゴブリン共!俺にもっと喰わせろ!お前らの経験値をな!」
コハクの姿が見えなくなったのを確認した後、こっちも動き始めるため奥で体を回復しているセーレに近づいた。
「それじゃあ…手荒にいくがこっちも動くぞ、時間がないんだ。」
「ぐっ…何すんのよお前!離せ!」
俺は身動きひとつ出来ないセーレの体を掴み外へと運んだ。外は魔法弾が直撃したことによって今にも崩れそうな建物と、その建物の陰から現れる大量ゴブリンの姿があった。
そんな危険な場所だとわかっているはずなのに、クロムはセーレをその建物が並ぶ中心に置いた。
「悪いがここから先、お前の活躍には期待しない。」
「はぁ?」
「自分の状況はわかってると思うが、今のお前は麻痺が何重にもかけられて身動き一つすら出来ない。お前の回復なんて待ってられるか、急いでるから奴らの視線をこっちに引き寄せるデコイにでもなれ。」
「お前…本気で言ってるの?私を餌にして目的を果たそうってつもり?」
クロムの思わぬ発言に仰天しつつも、やがて憤怒へと変わり殺気混じりに見上げた。
だがクロムはそんなセーレの表情を見ずに背中を向けて歩いた、その先は建物の間にできた人が一人入れる狭く日の光が当たらない路地だった。
「だってそうだろ?お前はずっと一人で戦ってきた。誰の指示も聞かず、誰の手助けも求めず、自分の選択だけを第一に優先してきた。俺はお前の意見に尊重する、だからそんな状態になってでも一人で頑張っていればいい。その代わり…」
振り向いたクロムの顔はセーレが出会ってから見たことない表情をしていた。信頼、鼓舞、相手に与える前向きな感情は一切ない、ただ相手を失望させる見下した目つきだった。
「俺達の邪魔はするなよ…ひよこ悪魔。」
「っ!?」
冷ややかな言葉を言い放ち、クロムは路地の奥へと走っていった。
それを見たセーレは歯をギリギリ鳴らしながらクロムの行動に激怒した。当然の反応だ、自分より格下の相手を罵って使っていた言葉をそのまま自分に向かって使われたのだから。
「誰に向かって…ひよこだって…!あの時まで私にボコボコにされてた雑魚勇者がっ!」
体の麻痺がようやく切れ始めほんの少しばかり動けるようになった、今すぐにでもクロムを追いかけてなぶり殺しにしたいと感情的になるが、そうさせないとゴブリン達がセーレに向かって襲いかかってきた。
「お前達に用はないのよ!氷撃《フロズレイ》!」
地面に氷結魔法を放ち半径4メートルほどの氷面を作った、そこにいたゴブリン達は全員足が氷漬けになり動けなくなっていた。
そこから追いうちをかけようと雷魔法を撃とうとしたが、足止めされたゴブリンの上から次から次へとセーレになだれ込んできた。
「くっ!魔法の変更が出来ない!」
魔法を放つより先に何体のもゴブリンに埋もれたセーレ。だが何体もの手が彼女の体に触れた瞬間、体から青色の稲光が走った。
「特殊詠唱、雷撃波《ボルティクウェーブ》!」
先程の雷魔法を撃たずに手から放たられた雷球を圧縮させ地面に撃ち込んだ、その反発により大きな衝撃波を生み出した。
強烈な衝撃により何体のもゴブリンが吹き飛ばされ、セーレの周りには誰もいなくなった。
「来るならきなさいよ、今は機嫌が悪いから手加減なんてできそうにないわ…!」
よろめきながら立ち上がりゴブリン達を睨みつけるセーレ、その表情に感化されたゴブリン達は再び一斉に飛びかかる。
「これ以上の詠唱は限界で体が硬直する…だったら拳で吹き飛ばしてやるっ!」
目の前のゴブリンに向かって勢いよく拳を振るった、だが…
「がっ…また麻痺が!あいつら余計な事を…!」
崖上にいるゴブリンシャーマン達は再びセーレに麻痺の状態異常魔法をかけた。
先程の回復で少しばかり麻痺には耐性ができ、完全に動けないということはないが、痺れが運動機能を阻害させておりいつもの力が発揮できていない。
「くそっ!」
殴っても薙ぎ払っても片手で数える程度しか倒せない。そうこうしてる間にじりじりとゴブリン達は近づいてくる。
「くそっぉぉ!」
それでも拳を振るった、自分を馬鹿にしたクロムへその力を見せつけるために。
「くそっぉぉぉ!」
それでも拳を振るった、私をあざ笑うゴブリン達への苛立ちを爆発させたいがために。
「くっそォォォォ!」
それでも拳を振るった…捕らわれているレズリィを助けたいために。
だがそんな行動は大量のゴブリンの山に阻まれてしまった。身につけている赤いコートや翼、長く伸ばした黒髪、ゴブリンの力強い手がそれらを掴み引っ張り上げる。
「触るな!触るな小鬼共!吹き飛ばしてやる!特殊詠唱、雷撃波《ボルティクウェーブ》!」
再び雷球を地面に撃ち込もうとするが、両腕に何体のもゴブリンが絡みつきそれを防ごうとしていた。
「ぐっ、ああああああああ!!」
セーレは目を血走らせ、喉が裂けるような叫び声をあげながら抵抗した。
今の今までこんな叫びをあげたことはあるだろうか?何故私はこんな雑魚魔物にここまで苦戦しなければならないのか?問答するたびセーレの中である文字がひしひしと浮かび上がる。
敗北…強敵でもなく、自分の力を出し切ったわけでもなく、ただ無様に格下の魔物にいいように叩かれて終わる。自分の力に誇りを持っていた彼女にとってそれは死よりも恐れる屈辱だった。
「嫌だ…!嫌だ…!こんな惨めに終わるなんて!私は悪魔族なのよ!こんな奴らなんかに…!」
苦痛に歪んだ表情をゴブリン達に見せないよう顔を下に向けていたが、ゴブリン達はセーレの髪を引っ張り無理矢理顔を上に向けさせられた。
大勢のゴブリンに顔を見られると覚悟した彼女が見た光景は別の絶望だった。
「は…?」
少し体の大きいゴブリン…ホブゴブリンが木の棍棒を片手に建物の屋根からこちらに向かって飛び降りてきた。
バギギガガッ!
まるで太い幹が折れるような木の特有な音を発しながら木の棍棒がセーレの頭に直撃した。
棍棒は破裂し細かい木片となって飛び散り、セーレの額からは赤い血が流れ出てきた。
「っぁ…?っぇ…?」
視界が眩みはじめ、魔力を込めた魔法が途切れる。完全に脳がやられ、踏ん張っていた体に力が入らなくなり後ろに倒れ始める。
(ああ…くそっ。もう力が出ない…痛い…こんな所で…まだ私は…負け…)
終わったんだ…綺麗さっぱりと無くなった。それを証明するよう世界は真っ白に漂白され、溜め込んだ言葉がこだまするように響く。
ーー…ばれ…。
ふと耳を澄ますと自分の声とは違う何かが小さく響いていたことに気づく。セーレは夢見心地な感覚でその声を元を探した。
ーー…レ…んばれ…。
それは声だけではない、白い世界だった景色に色が戻っていく。まるで白い絵の具に塗り潰された絵が徐々に元に戻っていくように、目の前が色彩に溢れた。
(…なに?この景色は…。)
緑の丘…一本の木…それに沿ってできた道…その木の下には真っ黒な二人の人物が手を振っている。
私は走る…走って…走って…手を伸ばして…黒く塗りつぶされた人物に近づいて…そして…。
ーー…セーレ…がんばれ…。
自分の息が上がる声と心臓の鼓動が邪魔してあまり聞こえなかった、それでもかすかに聞こえたソレは…
どこか懐かしさを感じた。
「かはっ!」
夢見心地な白昼夢から抜け出し、野蛮な小鬼が蔓延る世界に戻ってきた。
「ぐはっ!?」
一体どれくらい気絶していたのかわからない、セーレは腹部に強い痛みを感じ強制的に現実に引き戻されていた。
「この…!汚い足で私を踏んでんじゃ…ガハッ!」
ホブゴブリンが笑い声を上げながら何度もセーレの腹部を踏みつける。その重い体重がそのままダイレクトに伝わり彼女は嗚咽を撒き散らす。
ギャハハ!ギャハハハハ!
それを見て周りのゴブリン達は腹を抱えて笑っている。見下し、馬鹿にして、自分達より下だと認識している。
(悔しい…!なんで!なんで私がこんな目に…!)
もう彼女には今までのような強気な表情ではいられなかった。目尻に涙を浮かべ、口元には吹き続ける唾、女性として気品さなど微塵も感じられなかった。
「もう…嫌!!」
掠れた声でそう叫ぶと、最後の力を振り絞ってゴブリン達の拘束を解き、翼を羽ばたかせ飛び上がった。
「はぁ…はぁ…!逃げなきゃ…逃げ…」
ズダダダッ!
「痛っ…!?」
突然背中に鋭い痛みが何度も走った、何かに背中を押し出される衝撃によって飛行が不安定になり地面に叩きつけられた。
セーレは自身の背中を触れた、彼女の背中は焦げついており魔法による攻撃でやられてしまったのだと絶望した。
ギヒヒ…ギギャ。
崖上にいるゴブリンシャーマン達はこれを待っていた、周りのゴブリンに囲まれセーレの体が見えなかったため魔法を撃たなかったのだ。
そしてシャーマンはすでに魔法をチャージし終えていた、人間と違い魔法の構造を頭で考えずに詠唱するため、どうしても詠唱に時間がかかってしまう。
つまり、周りのゴブリンを倒そうが逃げようがセーレの周りにゴブリンが捌けた瞬間がシャーマンにとっての攻撃の合図なのだ。
「ああっ!あぁぁ!あぅァァ!」
言葉にもならない嗚咽ような悲鳴を発しながらゆっくりと這いずる。ただ早くこの場から抜け出したい、その必死な気持ちが今のセーレの原動力だった。
「えっ…あっ…?」
セーレは自身の目を見開た、彼女の目線の先には背中を向けて佇むクロムの姿があった。
「あっ…あぁ…た…た…。」
その言葉を言ってしまえは今までの自分を否定することになってしまう。
じゃあ何故あそこまでムキになっていたのだろうか、何故私はたったあの一言を言わずに躊躇っていたのだろうか…。
理由なんてそんなもの決まっている、私はただ負けたくなかったのだ。
だが…今となってはそんなものは敗北者の言い訳だ。私は…強くなんてなかったのだ。
「たす…けて…助けて…!クロム!」
自分の恥や後悔なんてどうでもよかった、ただ死にたくなかった…その気持ちを伝えるために悲痛な叫びと共にクロムがいる場所に手を伸ばす。
それに気がついたのかクロムはセーレがいる場所を振り返る。だが不思議だ…その姿と、相手を失望させる見下した目つきはあの時と一緒だった。
「えっ…。」
「お前はずっと一人で戦ってきた。誰の指示も聞かず、誰の手助けも求めず、自分の選択だけを第一に優先してきた。俺はお前の意見に尊重する、だからそんな状態になってでも一人で頑張っていればいい…。」
セーレの頭の中で聞いた事のある台詞が響いた、それと同時に目の前に立っていたクロムは消えていた。いや…そもそもそこには誰もいなかった。
それはセーレが見た幻覚だった。
ギャァ!ギャァ!
逃げだしたセーレを追いかけて大勢のゴブリンが後ろから土煙を上げて追いかけてくる。
ーー殴られる…踏まれる…喰われる…死ぬ…!
あらゆる負の感情が脳内を駆け巡り、無意識のうちに体を動かす。だがどんなに速く這いずろうともゴブリンとの距離が離れることはない、一歩…また一歩と絶望が近づいてくる。
「助け…助けてよ…怖いよ…死にたくない…誰でもいいから…助けてよーーっ!!」
ゴブリン達の目の前でセーレの絶叫が響いた。それと同時に激しい爆発音も集落中に響き渡った。
ドガァァァァァァ!!
ゴブリン達はその爆発音に驚き立ち止まった、周りを見てみると道の横に並ぶ高床式の建物の屋根から炎が上がっていた。
それも一つだけじゃない、この爆破を皮切りに隣の建物、またその隣の建物から爆発と同時に炎が上がり、瞬く間に集落は炎の中に包まれた。
ギイギャ!?ギャギャ!!
突然の火災にゴブリン達は慌てふためき、火が出ている建物から離れるため道に沿って走り出した。
「ダブルスラッシュ!」
セーレは聞き覚えのある声を耳にし、急いで体動かし振り返った。
そしてその目に映ったのは、建物を支えている柱が崩れ道に倒れていく光景だった。
さらには崩れた建物の反対側では支えている柱を斬る人影が現れ、その建物も道に沿って倒れていった。
ズガガガガァァ!
二つの建物が中央の道に崩れ落ち完全に塞がれてしまった。
「あれは…あいつは」
燃えるガレキの先には、白髪の男性が背を向けて立っている。炎の熱によってできた陽炎によりその男は細かく揺れており、また夢なんじゃないかと錯覚させられる。
「クロ…ム?」
疑心暗鬼なセーレがその存在を口にしたその時、夢ではない確信を彼自身が証明した。
「出てこいよゴブリンロード!お前が築き上げた集落はもうすぐ崩壊する!運が悪かったなぁ!俺達に出会っちまったことがお前の王国人生最後になるなんてよぉ!」
セーレは自分の耳を疑った、出会ってからまだ日は浅いがクロムの声には明らかな変化が起きていることに気がついた。
まるで野蛮な盗賊のように狂った声と喋り方、一瞬目の前に立っているのがクロムなのか疑うレベルになっていた。
「どうなって…あれは…誰?」
クロムの豹変模様が気になったセーレは、傷ついた体を引きずりながらクロムの方へ向かう。だがその途中で揺らめく陽炎の景色の先から黒いゴブリンが小さく見えたのに気づいた。
「へへっ…二度目の登場だな?ゴブリンロード!」
「人間…風情ガ!」
強気な笑みをしているクロムとは裏腹に、ゴブリンロードは拳を力強く握りしめ歯を鳴らして激怒していた。
そしてその拳は目の前に広げられゴブリンロードは周りにいるゴブリンに指示を出す。
「殺セ!ソノ人間ヲ肉塊スルマデ殺シ続ケロ!!」
ゴブリン達は威嚇するような声をあげてこちらに向かって襲いかかってきた。
「あっ!ああ…!」
セーレは自分が襲われそうになった時の記憶と重なり尻もちをついた。だが反対にクロムは顔を手で押さえながら余裕の笑い声をあげた。
「ハハハッ!丁度いいや、お前を狩るためにまずはレベルアップといこうか!」
クロムは両手を広げてゴブリン達を誘い込んだ、その光景はまるで強者の挑発に乗らされる弱者達を見ているようだった。
おそらくこの状況を待っていたのだろう、戦って戦って強くなるのがこの世界のルールなのなら、これは彼にとって最高のボーナスチャンスなのだから。
「来いよゴブリン共!俺にもっと喰わせろ!お前らの経験値をな!」
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原産地が同じでも結果が違ったお話
よもぎ
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とある国の貴族が通うための学園で、女生徒一人と男子生徒十数人がとある罪により捕縛されることとなった。女生徒は何の罪かも分からず牢で悶々と過ごしていたが、そこにさる貴族家の夫人が訪ねてきて……。
視点が途中で切り替わります。基本的に一人称視点で話が進みます。
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メインをはれない私は、普通に令嬢やってます
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ヒロインが引き取られてきたことで、自分がラノベの悪役令嬢だったことに気が付いたシルヴェール
けど、メインをはれるだけの実力はないや・・・
だから、この世界での普通の令嬢になります!
↑本文と大分テンションの違う説明になってます・・・
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【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
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12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く
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悪役貴族に転生したから破滅しないように努力するけど上手くいかない!~努力が足りない?なら足りるまで努力する~
蜂谷
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社畜の俺は気が付いたら知らない男の子になっていた。
情報をまとめるとどうやら子供の頃に見たアニメ、ロイヤルヒーローの序盤で出てきた悪役、レオス・ヴィダールの幼少期に転生してしまったようだ。
アニメ自体は子供の頃だったのでよく覚えていないが、なぜかこいつのことはよく覚えている。
物語の序盤で悪魔を召喚させ、学園をめちゃくちゃにする。
それを主人公たちが倒し、レオスは学園を追放される。
その後領地で幽閉に近い謹慎を受けていたのだが、悪魔教に目を付けられ攫われる。
そしてその体を魔改造されて終盤のボスとして主人公に立ちふさがる。
それもヒロインの聖魔法によって倒され、彼の人生の幕は閉じる。
これが、悪役転生ってことか。
特に描写はなかったけど、こいつも怠惰で堕落した生活を送っていたに違いない。
あの肥満体だ、運動もろくにしていないだろう。
これは努力すれば眠れる才能が開花し、死亡フラグを回避できるのでは?
そう考えた俺は執事のカモールに頼み込み訓練を開始する。
偏った考えで領地を無駄に統治してる親を説得し、健全で善人な人生を歩もう。
一つ一つ努力していけば、きっと開かれる未来は輝いているに違いない。
そう思っていたんだけど、俺、弱くない?
希少属性である闇魔法に目覚めたのはよかったけど、攻撃力に乏しい。
剣術もそこそこ程度、全然達人のようにうまくならない。
おまけに俺はなにもしてないのに悪魔が召喚がされている!?
俺の前途多難な転生人生が始まったのだった。
※カクヨム、なろうでも掲載しています。
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婚約破棄され、平民落ちしましたが、学校追放はまた別問題らしいです
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とある乙女ゲームのノベライズ版悪役令嬢に転生いたしました。
強制力込みの人生を歩み、冤罪ですが断罪・婚約破棄・勘当・平民落ちのクアドラプルコンボを食らったのが昨日のこと。
これからどうしようかと途方に暮れていた私に話しかけてきたのは、学校で歴史を教えてるおじいちゃん先生!?
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