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悪魔の絆編
第二十話 凸凹パーティー②
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出発地であるゼルビアを出ると木々が生い茂る森に入る。左右どこを見ても同じ景色が広がり、たまに魔物が横切るか吠えている姿が見られる。
とどのつまり、冒険者達はこの見慣れた景色に飽きて寝るか持参した本を読む程度のつまらない区間なのである。
「皆さま、霊長の里行きの馬車にご乗車いただきありがとうございます。私はこの先の旅路をガイドするメルトルといいます。」
そんなつまらない区間を賑やかにさせるのが馬車専属のガイドなのである。
森を初めて見る旅行者などにはきっちりと景色や生息する魔物を紹介し、暇をしている冒険者にはユーモアやギャグなどで場を楽しくさせる、どちらも完璧にこなすその仕事ぶりはまさしくプロの職だろう。
(今日のお客さんは冒険者が半分、旅行者が半分ってとこか。ここはユーモアを持たせながら景色の紹介をしょう。この僕、ユニークガイドと言われたメルトルにかかればどんなお客さんだって満足するんだから。)
そう自分に言い聞かせた時、メルトルの目線に岩を背負った四足歩行の魔物を見かける。よく見るとその背負っている岩に青く輝く鉱石が出ていた。
これはガイドのネタが飛び込んできたとチャンスに思い、すかさずあの魔物の存在を口にした。
「見てくださいあの…」
ダダダン!ダダダン!
後方から地団駄を踏む音が響き、女性の力強い声がメルトルのガイドを遮った。
「ああもう!なんでお前と乗らなきゃいけないのよ!昨日あんな敵対してた奴と一緒に旅しようですって?一気にテンションダダ下がりだわ。」
「じゃんけんで負けたあなたが悪いんでしょ、今更うだうだ言わないで。」
「お前も負けてるじゃん!私はあんたが嫌だって言ってるのよこのツンデレボイス!」
「ツンデっ…何ですって!?」
セーレとニーナはお互いを睨み合い喧嘩する声が長々と続いた。
他のお客は冷ややかな目で彼女達を睨む嫌な空気が広がり、メルトルはその空気を和まそうと話を無理矢理戻した。
「あはは、元気な方がいるようで何よりです。私も堅苦しい言葉はここまでにして、皆さんで楽しい旅になるようガイドを務めていくのでよろしくお願いしまーす!」(あぁ、せっかくのレアなネタだったのにあの子達の喧嘩のせいで言う機会を失った。でもまだ始まったばかりだし、ここから挽回していくぞ。)
そう心に決心して他のネタを皆に伝えようとしたが、彼女達の喧嘩声に負けてうまく演説が出来ず森を抜け出した。
森を抜けだすと大きな川が流れる区間に入った、流れる川の隣にある道を馬車は進み続ける。
本来ならこの川の説明やどういう魔物がいるのかの生態をガイド役の彼から聞けるはずなのだが…
「はぁ?お前なんて片手でも勝てるわ!」
「へぇ?脇腹に風穴空けられそうになった人が随分と強気な姿勢でくるのね。まぁあなたの攻撃なんて私の槍には届かないでしょうけど。」
「馬鹿ね!こんな狭い所槍なんて振れないのよ、だから私の方が圧倒的に優勢。」
「あなたこそ馬鹿でしょ、こんな場所で戦うとかどうかしてるわ。」
「まぁまぁ…そんな喧嘩しないで、ほら見てください、あの巨大な魔物達が戦う姿。こんな大自然な風景が見れるなんて大興奮ですよね。あっ、心配しないでください、この馬車は透過魔法で姿を消しているので…。」
メルトルは今起きている状況をユーモアを交えながらお客に伝え、ふと様子を伺うため少し顔をそっちに顔を向けた。
前方のお客は彼の話を聞いて窓から魔物の戦闘を眺めていた、その隣にいる冒険者なのだろうか頭を抑えながら膝の辺りを細かく揺らし続けていた、その原因である後方の二人の喧嘩に頭を悩ませているのだろう。
だがメルトルの目線はそんな人達には向かなかった。後方の二人、口を半開きしながら眠っている男性を横に何やら怪しそうな薬を彼の首に打ち込もうとしている女性に目が行き、ガイドどころではなくなった。
「ちょ、ちょっと!何やってるんですかあなた!?」
メルトルは急いで後方にいる二人の元に駆け寄った、見間違いではない、そこにはモルガンが寝ているクロムに向けて見るからに怪しい色をした薬を注射器で注入しようとしている場面だった。
「何って…人体実験だけど?」
「何サラッととんでもない事言ってるんですか!怖いんですけどこの人!」
「今ね、人間をどこまで深い睡眠に陥れさせることができるか実験して…」
「そんな事聞いてないです!今すぐにやめてほしいって言ってるんですよ!」
メルトルはその行為を止めるためモルガンが持ってる注射器を没収しようと手を差し出した、モルガンは「やれやれ…」と呟き持っていた注射器をメルトルに渡した。
「とりあえずこれは没収します、それとあなたの荷物も目的地に着くまで預からせてもらいます!」
モルガンは軽く返事すると足元に置いてあるバッグをメルトルに渡した、彼がそれを受け取ろうとするとモルガンは彼に近づき小声で耳打ちした。
「ちなみに言っておくけど、バッグの中身は極秘だから中を確認なんてしたらわかってるよな?」
「っ…!?」
さっきまで話していた人物と違う声が耳から聞こえ、メルトルは一瞬背筋が凍る感覚を味わった。
何が起きたのか分からずその場で立ちすくんでいると、いつの間にかモルガンは座って彼に口元に人差し指をつけて静かにするポーズをとっていた。
「えっ…あ、わかりました…。」
メルトルはさっきまでの威勢は無くなり、しおらしい態度で元の場所に戻った。そして預かったバッグを置いた直後、今までの不満を爆発するように頭の中で叫び声をあげた。
(最悪のメンバーだこの人達ーー!何なの?何であの二人はずっと口喧嘩できるの?もう1時間以上は経ってるよ、どれだけ言えば気が済むんだよ!止めようとしても皆知らん顔だし、お前に至ってはキレてるなら注意してもいいんだよ!?まぁでも暴力沙汰はダメだけど!)
お客の立場から見ると、メルトルは背を丸くした状態で座りっぱなしという、今までの彼とは違う雰囲気をかもし出しており、それを心配した一人のお客が彼に近づき声をかけた。
「あの…どうかされましたか?」
(それに何なのあの人?僕の人生の中で関わっちゃいけない人間トップ3に間違いなく入ってるよあの人!やばいよ~もう関わりたくないよ~殺されたくないよ~。)
「あの!メルトルさん!」
「うわぁぁ!すみません!すみません!」
メルトルは驚いて飛び上がり、勢いでお客の前で謝り続けた。その以上な行動にお客の大半はメルトルの方に顔を向けた。
「あっ…申し訳ありません!取り乱してしまいました。」
「ならいいんですけど…メルトルさんは頑張っていると思いますよ。あの喧嘩している人達、私達じゃ止められない威圧感出しているみたいですし…。」
(しまった…僕としたことが逆にお客さんに不安感を与えてしまった…!皆同じ気持ちなのだから、僕だけが苦しんでいるわけじゃない!なんとかこの殺伐とした空気をなんとかしないと…!)
メルトルは頭を掻きながら不甲斐ない自分を責めた。自分のガイドとしての責務、それはお客さんが楽しく旅ができるよう案内すること。
そのを教訓を果たすため、彼は勇気を振り絞って喧嘩をしている彼女達のもとに歩み寄り、仲裁の言葉を口にした。
「申し訳ありませんお二人方、周りのお客さんに迷惑がかかるので…」
パリーン!
メルトルの話は突如響いたガラスの割れた音に遮られた。そのガラスは魔物が壊して入ってくる事がないよう防御魔法が組み込まれているはずなのだが、セーレの拳がそれを貫き外に突き出していた。
「何なら今ここで勝負をつけましょうか?今のお前ならこんな狭い空間でも勝てそうだわ。」
「嫌に決まってるでしょ、うるさくする事しか脳のない人に勝っても嬉しくないから。」
「何勝った気でいるのよ、もしかして負けるのが怖いから逃げてんじゃないの?」
「カチンときたわ、速攻で潰す!」
ついに二人は立ち上がり武器まで手にした、殺伐とした空気が一気に緊張感が増し、もうメルトルの声では止める事はできなくなった。
「うぁぁぁ!もううるせぇぇぇ!」
「おいあんた達!喧嘩なら外でやれよ、うるさくてたまったもんじゃない!」
「ちょっと待っ…皆さん落ち着いて!」
この空気に感化されたのか今まで我慢してきた冒険者達も怒りで立ち上がった。それに気づいたセーレは全部の責任を隣にいるニーナになすりつけるよう親指で彼女を指した。
「何なのよあんたら、私達の話に口を挟まないでくれる?それに冒険者なら歩いて冒険しろって隣のお面野郎が言っていたし。」
「はぁ!?だったらこの人はイライラしてるからかかってこいって言ってました!」
「上等だ!女だろうともう関係ねえ!力づくで黙らせてやる!」
「ああ皆さん落ち着いて!うわぁぁもう最悪だぁぁ!」
彼らの一触即発の状態から逃げるよう、メルトルは旅行者のお客を連れて馬車の端まで避難した。
それと同時に冒険者達は勢い任せの拳をセーレ達に向けて振りかぶった。
だがその拳はセーレに近づく度に徐々に下へと落ちていった。いや、落ちていったのは拳だけではない、体がセーレ達に向かって倒れてきているのだ。
「は…えっ?何が起きて…。」
突然殴り掛かろうとしていた冒険者達が急に倒れる姿を見て唖然としたセーレだが、この現象が一体何なのか身をもって知ることになった。
「それじゃあ君達も大人しくしてようか。」
セーレの背後から突然モルガンの声が聞こえ振り返ろうとした瞬間首筋にチクッと痛みが走った。
「痛っ…ちょっとお前…」
何をしたのかと背後にいるモルガンに問いただそうとした瞬間、グラッと体が傾き目の前の景色が歪み始めた。
頭の中が霞がかかったかのように何も考える事が出来なくなり、セーレはニヤけたモルガンの姿を睨みつけた後意識を手放し倒れこんだ。
「睡眠針《スリープニードル》、この子に効くかどうか見れて良かったわ。これなら魔物の捕獲も楽に出来そうだ。」
「モルガン先生、まさかこの黒髪にそれを打たせるためにわざとこうなるよう仕向けたんですか!?」
「さぁ?どうだろうね。」
モルガンはニーナの問いに怪しく含み笑いをして流した。そして寝ている冒険者を踏まないようにメルトル達の所まで歩み寄り、全員に謝罪の言葉を口にした。
「皆さん申し訳ない、あの子達に関してはあとで叱っておくから今は旅を楽しみましょう。ね?」
微笑みながらまるで眠らせた彼女の保護者のような立ち振る舞いを見せるモルガンの姿に、メルトルは恐怖を感じかすれた声を発した。
「あの…もう無理です。」
2台目の一悶着が起きる少し前、1台目の馬車の中ではルミールがモルガンについて語っていた。
「へぇ、モルガンさんってそんなに偉大だったんですね。」
「はい、僕も魔法の研究者としてあの人に近づきたくて日々勉強してるんです。ちょっと性格はアレですけど、魔法に関しては私達エルフ族でも見習うほど力はあるんですよ。」
ルミールの言うモルガンの肖像はルカラン王国の魔法研究者という肩書きが大きく出ている、その肩書きがどれほど偉い地位に属しているのか魔法に精通しているアルノアとレズリィにはよくわかっていた。
「アルノアさん、ルカラン王国の魔法研究者って他の魔法使いの人達と何か違うんですか?」
魔法に疎いコハクは、二人の驚き具合が気になりアルノアにその研究者について聞き出した。
「例えるなら希少な鉱物を見つけて武器に加工する人達を研究者、その武器を使う人達を私達魔法使いって言ったところか。魔術の進化で昔より魔法の使い幅が増えたのも、敵が使う魔法の対処もその研究者達の努力の賜物なんだ。」
「すごい…。」
「そうだ、あの人達は私達のような魔法使いとは住む世界が違う。私がなろうとしても脳みそが足りなさすぎるくらいのな。」
常に先を行き、後に続く人達のために心血を注ぐ研究者達のあり方に、アルノアも尊敬せざるを得ないほどに話が止まらない。
話が進むにつれモルガンという人物がどれほど凄い人物なのか明白になった、だが逆にコハクの中で一つ疑問が浮かび上がった。
「そういえば…クロムさんはモルガンさんのことを魔法研究者の人だったって言ってましたけど、まさか辞意したんですか?」
「あいつあんな事言ったのか?そんな事あるわけないだろ、ただの言い間違えだ。」
「いや…それが…えっと…なんて言えば…。」
ルミールは答えづらい何かを抱えているみたいに途切れ途切れで話していた。さっきまでのような尊敬の眼差しで見ていた顔は少しばかり困っている表情をしており、とても純粋な憧れという言葉には似つかわしくない何かを感じた。
「ルミール?」
ガタッ!
アルノアはルミールが抱え込んでいる気持ちを聞こうとしたその瞬間、コハクが椅子から勢いよく立ちがった。
「どうしたコハク、急に飛び上がって。」
何事かと思ったのかアルノア達も含め他のお客もコハクの方を向いた。彼女は真っ直ぐ遠くを見つめ、何かに驚いて硬直しているようにその場に立ち尽くしている。
「何か…嫌な予感がします。」
そう乾いた声で呟いた直後、馬車の先頭で人の叫び声があがった。先頭では馬を運転している人がいるため外の状況が把握できる、そんな人がたった一言、中にいる全員に声をかけた。
「皆逃げろ!でかい鳥だ!」
そう言った直後、甲高い魔物の声が馬車の中を響き渡り、激しい揺れと共に中にいたお客は謎の浮遊感を感じた。
その正体が何なのかお客の誰もが知ることになる、窓ガラスの向こうには飛び上がった際に見える空とそれを持ち上げて羽ばたいている鳥型の大きな魔物の姿があった。
とどのつまり、冒険者達はこの見慣れた景色に飽きて寝るか持参した本を読む程度のつまらない区間なのである。
「皆さま、霊長の里行きの馬車にご乗車いただきありがとうございます。私はこの先の旅路をガイドするメルトルといいます。」
そんなつまらない区間を賑やかにさせるのが馬車専属のガイドなのである。
森を初めて見る旅行者などにはきっちりと景色や生息する魔物を紹介し、暇をしている冒険者にはユーモアやギャグなどで場を楽しくさせる、どちらも完璧にこなすその仕事ぶりはまさしくプロの職だろう。
(今日のお客さんは冒険者が半分、旅行者が半分ってとこか。ここはユーモアを持たせながら景色の紹介をしょう。この僕、ユニークガイドと言われたメルトルにかかればどんなお客さんだって満足するんだから。)
そう自分に言い聞かせた時、メルトルの目線に岩を背負った四足歩行の魔物を見かける。よく見るとその背負っている岩に青く輝く鉱石が出ていた。
これはガイドのネタが飛び込んできたとチャンスに思い、すかさずあの魔物の存在を口にした。
「見てくださいあの…」
ダダダン!ダダダン!
後方から地団駄を踏む音が響き、女性の力強い声がメルトルのガイドを遮った。
「ああもう!なんでお前と乗らなきゃいけないのよ!昨日あんな敵対してた奴と一緒に旅しようですって?一気にテンションダダ下がりだわ。」
「じゃんけんで負けたあなたが悪いんでしょ、今更うだうだ言わないで。」
「お前も負けてるじゃん!私はあんたが嫌だって言ってるのよこのツンデレボイス!」
「ツンデっ…何ですって!?」
セーレとニーナはお互いを睨み合い喧嘩する声が長々と続いた。
他のお客は冷ややかな目で彼女達を睨む嫌な空気が広がり、メルトルはその空気を和まそうと話を無理矢理戻した。
「あはは、元気な方がいるようで何よりです。私も堅苦しい言葉はここまでにして、皆さんで楽しい旅になるようガイドを務めていくのでよろしくお願いしまーす!」(あぁ、せっかくのレアなネタだったのにあの子達の喧嘩のせいで言う機会を失った。でもまだ始まったばかりだし、ここから挽回していくぞ。)
そう心に決心して他のネタを皆に伝えようとしたが、彼女達の喧嘩声に負けてうまく演説が出来ず森を抜け出した。
森を抜けだすと大きな川が流れる区間に入った、流れる川の隣にある道を馬車は進み続ける。
本来ならこの川の説明やどういう魔物がいるのかの生態をガイド役の彼から聞けるはずなのだが…
「はぁ?お前なんて片手でも勝てるわ!」
「へぇ?脇腹に風穴空けられそうになった人が随分と強気な姿勢でくるのね。まぁあなたの攻撃なんて私の槍には届かないでしょうけど。」
「馬鹿ね!こんな狭い所槍なんて振れないのよ、だから私の方が圧倒的に優勢。」
「あなたこそ馬鹿でしょ、こんな場所で戦うとかどうかしてるわ。」
「まぁまぁ…そんな喧嘩しないで、ほら見てください、あの巨大な魔物達が戦う姿。こんな大自然な風景が見れるなんて大興奮ですよね。あっ、心配しないでください、この馬車は透過魔法で姿を消しているので…。」
メルトルは今起きている状況をユーモアを交えながらお客に伝え、ふと様子を伺うため少し顔をそっちに顔を向けた。
前方のお客は彼の話を聞いて窓から魔物の戦闘を眺めていた、その隣にいる冒険者なのだろうか頭を抑えながら膝の辺りを細かく揺らし続けていた、その原因である後方の二人の喧嘩に頭を悩ませているのだろう。
だがメルトルの目線はそんな人達には向かなかった。後方の二人、口を半開きしながら眠っている男性を横に何やら怪しそうな薬を彼の首に打ち込もうとしている女性に目が行き、ガイドどころではなくなった。
「ちょ、ちょっと!何やってるんですかあなた!?」
メルトルは急いで後方にいる二人の元に駆け寄った、見間違いではない、そこにはモルガンが寝ているクロムに向けて見るからに怪しい色をした薬を注射器で注入しようとしている場面だった。
「何って…人体実験だけど?」
「何サラッととんでもない事言ってるんですか!怖いんですけどこの人!」
「今ね、人間をどこまで深い睡眠に陥れさせることができるか実験して…」
「そんな事聞いてないです!今すぐにやめてほしいって言ってるんですよ!」
メルトルはその行為を止めるためモルガンが持ってる注射器を没収しようと手を差し出した、モルガンは「やれやれ…」と呟き持っていた注射器をメルトルに渡した。
「とりあえずこれは没収します、それとあなたの荷物も目的地に着くまで預からせてもらいます!」
モルガンは軽く返事すると足元に置いてあるバッグをメルトルに渡した、彼がそれを受け取ろうとするとモルガンは彼に近づき小声で耳打ちした。
「ちなみに言っておくけど、バッグの中身は極秘だから中を確認なんてしたらわかってるよな?」
「っ…!?」
さっきまで話していた人物と違う声が耳から聞こえ、メルトルは一瞬背筋が凍る感覚を味わった。
何が起きたのか分からずその場で立ちすくんでいると、いつの間にかモルガンは座って彼に口元に人差し指をつけて静かにするポーズをとっていた。
「えっ…あ、わかりました…。」
メルトルはさっきまでの威勢は無くなり、しおらしい態度で元の場所に戻った。そして預かったバッグを置いた直後、今までの不満を爆発するように頭の中で叫び声をあげた。
(最悪のメンバーだこの人達ーー!何なの?何であの二人はずっと口喧嘩できるの?もう1時間以上は経ってるよ、どれだけ言えば気が済むんだよ!止めようとしても皆知らん顔だし、お前に至ってはキレてるなら注意してもいいんだよ!?まぁでも暴力沙汰はダメだけど!)
お客の立場から見ると、メルトルは背を丸くした状態で座りっぱなしという、今までの彼とは違う雰囲気をかもし出しており、それを心配した一人のお客が彼に近づき声をかけた。
「あの…どうかされましたか?」
(それに何なのあの人?僕の人生の中で関わっちゃいけない人間トップ3に間違いなく入ってるよあの人!やばいよ~もう関わりたくないよ~殺されたくないよ~。)
「あの!メルトルさん!」
「うわぁぁ!すみません!すみません!」
メルトルは驚いて飛び上がり、勢いでお客の前で謝り続けた。その以上な行動にお客の大半はメルトルの方に顔を向けた。
「あっ…申し訳ありません!取り乱してしまいました。」
「ならいいんですけど…メルトルさんは頑張っていると思いますよ。あの喧嘩している人達、私達じゃ止められない威圧感出しているみたいですし…。」
(しまった…僕としたことが逆にお客さんに不安感を与えてしまった…!皆同じ気持ちなのだから、僕だけが苦しんでいるわけじゃない!なんとかこの殺伐とした空気をなんとかしないと…!)
メルトルは頭を掻きながら不甲斐ない自分を責めた。自分のガイドとしての責務、それはお客さんが楽しく旅ができるよう案内すること。
そのを教訓を果たすため、彼は勇気を振り絞って喧嘩をしている彼女達のもとに歩み寄り、仲裁の言葉を口にした。
「申し訳ありませんお二人方、周りのお客さんに迷惑がかかるので…」
パリーン!
メルトルの話は突如響いたガラスの割れた音に遮られた。そのガラスは魔物が壊して入ってくる事がないよう防御魔法が組み込まれているはずなのだが、セーレの拳がそれを貫き外に突き出していた。
「何なら今ここで勝負をつけましょうか?今のお前ならこんな狭い空間でも勝てそうだわ。」
「嫌に決まってるでしょ、うるさくする事しか脳のない人に勝っても嬉しくないから。」
「何勝った気でいるのよ、もしかして負けるのが怖いから逃げてんじゃないの?」
「カチンときたわ、速攻で潰す!」
ついに二人は立ち上がり武器まで手にした、殺伐とした空気が一気に緊張感が増し、もうメルトルの声では止める事はできなくなった。
「うぁぁぁ!もううるせぇぇぇ!」
「おいあんた達!喧嘩なら外でやれよ、うるさくてたまったもんじゃない!」
「ちょっと待っ…皆さん落ち着いて!」
この空気に感化されたのか今まで我慢してきた冒険者達も怒りで立ち上がった。それに気づいたセーレは全部の責任を隣にいるニーナになすりつけるよう親指で彼女を指した。
「何なのよあんたら、私達の話に口を挟まないでくれる?それに冒険者なら歩いて冒険しろって隣のお面野郎が言っていたし。」
「はぁ!?だったらこの人はイライラしてるからかかってこいって言ってました!」
「上等だ!女だろうともう関係ねえ!力づくで黙らせてやる!」
「ああ皆さん落ち着いて!うわぁぁもう最悪だぁぁ!」
彼らの一触即発の状態から逃げるよう、メルトルは旅行者のお客を連れて馬車の端まで避難した。
それと同時に冒険者達は勢い任せの拳をセーレ達に向けて振りかぶった。
だがその拳はセーレに近づく度に徐々に下へと落ちていった。いや、落ちていったのは拳だけではない、体がセーレ達に向かって倒れてきているのだ。
「は…えっ?何が起きて…。」
突然殴り掛かろうとしていた冒険者達が急に倒れる姿を見て唖然としたセーレだが、この現象が一体何なのか身をもって知ることになった。
「それじゃあ君達も大人しくしてようか。」
セーレの背後から突然モルガンの声が聞こえ振り返ろうとした瞬間首筋にチクッと痛みが走った。
「痛っ…ちょっとお前…」
何をしたのかと背後にいるモルガンに問いただそうとした瞬間、グラッと体が傾き目の前の景色が歪み始めた。
頭の中が霞がかかったかのように何も考える事が出来なくなり、セーレはニヤけたモルガンの姿を睨みつけた後意識を手放し倒れこんだ。
「睡眠針《スリープニードル》、この子に効くかどうか見れて良かったわ。これなら魔物の捕獲も楽に出来そうだ。」
「モルガン先生、まさかこの黒髪にそれを打たせるためにわざとこうなるよう仕向けたんですか!?」
「さぁ?どうだろうね。」
モルガンはニーナの問いに怪しく含み笑いをして流した。そして寝ている冒険者を踏まないようにメルトル達の所まで歩み寄り、全員に謝罪の言葉を口にした。
「皆さん申し訳ない、あの子達に関してはあとで叱っておくから今は旅を楽しみましょう。ね?」
微笑みながらまるで眠らせた彼女の保護者のような立ち振る舞いを見せるモルガンの姿に、メルトルは恐怖を感じかすれた声を発した。
「あの…もう無理です。」
2台目の一悶着が起きる少し前、1台目の馬車の中ではルミールがモルガンについて語っていた。
「へぇ、モルガンさんってそんなに偉大だったんですね。」
「はい、僕も魔法の研究者としてあの人に近づきたくて日々勉強してるんです。ちょっと性格はアレですけど、魔法に関しては私達エルフ族でも見習うほど力はあるんですよ。」
ルミールの言うモルガンの肖像はルカラン王国の魔法研究者という肩書きが大きく出ている、その肩書きがどれほど偉い地位に属しているのか魔法に精通しているアルノアとレズリィにはよくわかっていた。
「アルノアさん、ルカラン王国の魔法研究者って他の魔法使いの人達と何か違うんですか?」
魔法に疎いコハクは、二人の驚き具合が気になりアルノアにその研究者について聞き出した。
「例えるなら希少な鉱物を見つけて武器に加工する人達を研究者、その武器を使う人達を私達魔法使いって言ったところか。魔術の進化で昔より魔法の使い幅が増えたのも、敵が使う魔法の対処もその研究者達の努力の賜物なんだ。」
「すごい…。」
「そうだ、あの人達は私達のような魔法使いとは住む世界が違う。私がなろうとしても脳みそが足りなさすぎるくらいのな。」
常に先を行き、後に続く人達のために心血を注ぐ研究者達のあり方に、アルノアも尊敬せざるを得ないほどに話が止まらない。
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「そういえば…クロムさんはモルガンさんのことを魔法研究者の人だったって言ってましたけど、まさか辞意したんですか?」
「あいつあんな事言ったのか?そんな事あるわけないだろ、ただの言い間違えだ。」
「いや…それが…えっと…なんて言えば…。」
ルミールは答えづらい何かを抱えているみたいに途切れ途切れで話していた。さっきまでのような尊敬の眼差しで見ていた顔は少しばかり困っている表情をしており、とても純粋な憧れという言葉には似つかわしくない何かを感じた。
「ルミール?」
ガタッ!
アルノアはルミールが抱え込んでいる気持ちを聞こうとしたその瞬間、コハクが椅子から勢いよく立ちがった。
「どうしたコハク、急に飛び上がって。」
何事かと思ったのかアルノア達も含め他のお客もコハクの方を向いた。彼女は真っ直ぐ遠くを見つめ、何かに驚いて硬直しているようにその場に立ち尽くしている。
「何か…嫌な予感がします。」
そう乾いた声で呟いた直後、馬車の先頭で人の叫び声があがった。先頭では馬を運転している人がいるため外の状況が把握できる、そんな人がたった一言、中にいる全員に声をかけた。
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そう言った直後、甲高い魔物の声が馬車の中を響き渡り、激しい揺れと共に中にいたお客は謎の浮遊感を感じた。
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【あらすじ】ラテール伯爵家の令嬢フィリアナは、仕事で帰宅できない父の状況に不満を抱きながら、自身の6歳の誕生日を迎えていた。すると、遅くに帰宅した父が白黒でフワフワな毛をした足の太い子犬を連れ帰る。子犬の飼い主はある高貴な人物らしいが、訳あってラテール家で面倒を見る事になったそうだ。その子犬を自身の誕生日プレゼントだと勘違いしたフィリアナは、兄ロアルドと取り合いながら、可愛がり始める。子犬はすでに名前が決まっており『アルス』といった。
アルスは当初かなり周囲の人間を警戒していたのだが、フィリアナとロアルドが甲斐甲斐しく世話をする事で、すぐに二人と打ち解ける。
だがそんな子犬のアルスには、ある重大な秘密があって……。
この話は、子犬と戯れながら巻き込まれ成長をしていく兄妹の物語。
※全102話で完結済。
★『小説家になろう』でも読めます★
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
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