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悪魔の絆編
第十六話 クロムとセーレ②
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ゼルビアの夜は物静かな世界に一変する。
旅先の休憩場所として建てられたこの町は娯楽が一切なく、夜になれば冒険者のほとんどは眠りにつく。
当然夜に外に出て魔物を倒す人はそういない、見通しも悪く、夜になると凶暴な魔物も徘徊するのでより危険度が増すのだ。
俺はそんな静かな夜の町をぶらぶらと散歩し、近くに大きな広場があるのを見かけ、一休みとしてその広場のベンチに座った。
「静かだな…。」
あれだけ賑わっていた町が夜になれば誰一人として歩いている人を見かけなくなるこの物静かな町に不気味さを覚えたが、のちにこの先の展開について考え始めた事により、感じていた不気味さは消えていった。
「道中の戦闘はゲームで戦うよりもずっと簡単だった、一番戦闘力の高いセーレを主軸に他をサポートする戦術、これならこの辺りの魔物は大体狩れるが…」
俺はステータスのパネルを開き、ここまでの戦闘を思い出しながら独り言を言い続けた。
「でも、それはセーレがいたからの話、頼りっぱなしじゃいざという時に力を発揮できない。」
俺が危惧しているのは今の戦闘編成についてだ、仲間が増え、しかもそれがかなりの強者といったらその人を頼りに戦闘を運ぶだろう。
だがその強者が悪魔となれば話は別、戦闘の場面を見られたりして大きな語弊を生んでしまうことだけは避けたい。
冒険者ならまだしも、帝国の奴等に見られたりなんてすればすぐに俺達を始末しようと行動に移すだろう。
それにセーレに頼りきっりのままでは自分達の成長に繋がらない、パーティーの経験不足も否めない展開に頭を悩ませた。
「彼女を入れての戦闘は駄目、彼女抜きの戦闘は駄目か…。もし彼女抜きで話を進めるなら彼女をどうするべきか。」
セーレはレズリィから頑なに離れようとはしない、何か事情がなければ離れる事はしないだろう。それもレズリィ自身の言葉で、セーレが俺の言うことを聞いてくれそうにはないからだ。
「事情…セーレが単独でしかできない事…。」
そう思い詰めて夜空を見上げていると、遠くから誰かの足音が聞こえてくる。
ザッ…ザッ…ザッ…
物静かな町の影響で音に敏感になっており、地面を擦るように歩く音が徐々に大きくなって聞こえてくるのがわかった。
「誰か来る?」
俺は音がする方向に顔を向け、誰が来るのかその目で確認した。
街灯に照らし出され暗闇からその姿を現したのは、フードを被りこっちに視線を向けているセーレだった。
彼女は何も言わず俺が座っているベンチの端に座った。俺は彼女がここに来た理由をいつもの会話口調で問いただした。
「ようセーレ、どうした?」
「お前と話をしに来た、宿屋にいなかったのが幸いだったわ。」
「なんだよ、皆が見えないところで俺をいじめるつもりか?それとも夕方の件で俺に八つ当たりでもしに来たのか?」
「それって私がお前に手を上げる前提で話を進めるって事でいいのかしら?」
セーレは拳を握り、その手を俺に見せつけてくる。だが彼女の表情を見る限りそんな攻撃的な意思は見えなかった、ただの冗談混じりの文句なのだろう。
「なぁセーレ、そんなに俺の事嫌いか?」
「当たり前でしょ、誰が人の下着を盗み見る奴を好きになるもんか。」
「お前まだ根に持ってんのかよ…そもそも尻丸出しで木にぶら下がってる時点でお前にも非があるだろ。」
「うるさい!私の辞書にはセクハラであってもじゃなくても、男は加害者、女は被害者って決まってるのよ!」
「なにその自分勝手な辞書は!?」
俺を嫌う理由に呆れた口調で反論すると彼女は、俺に指を指して自己中心的な態度でマウントを取ってきた。
さすがにこのままツッコミ続けてもらちが空かないので、俺は面倒な態度を残したまま彼女に本題に入るよう促した。
「はぁ…それで話って何?」
すると彼女はさっきまでの態度とは打って変わって真剣に内容を話し出した。
「聞いた話じゃ、勇者は先の未来を見通す力があるって、それで私との戦いや別な事件を解決したって話していたけど…それって本当なの?」
「…まぁ、解決したの本当だけどそこまで先の未来は…。」
ズキン…
突然俺の体の中で心臓が跳ね上がる感覚を感じた。俺は咄嗟に胸を手で掴み、状態を確認しようとしたが、掴んでいた手がゆっくりと力なく落ちていってしまった。
「あっ…!?がっ!」
何が起きたのか分からず喋ろうとするが言葉がうまく発せない。
俺はまだ機能している頭の中で状況を分析した、いや…分析しなくてもわかる、こういう嫌がらせをやるのは彼女しかいない。
「お前…何した…!?」
「警戒が緩みすぎじゃない?忘れちゃったの私の能力。」
「うっ…まさか…!」
セーレの能力《スレイブボイス》だ、発動条件が彼女の質問だということをすっかり忘れていた。いや、忘れていたというよりも慢心していたのかもしれない、仲間となって使われることはないだろうと過信してしまった。
「くそっ…く…そ…。」
俺はその場から離れようと立ち上がったが、眠気に襲われる感覚にのまれ前に倒れそうになった。
ドサっ…
「よっと…お前に怪我されちゃレズリィ様にまた叱られるでしょ。大人しく座ってなさい。」
セーレは俺の体を掴み再びベンチに座らせた。俺の体は眠っているように動かなくなり、暴れる危険性が無くなったのを見てセーレは俺の隣に座り込んだ。
「まぁ、面倒くさく質問するより私の能力で喋らせた方が早いし、正直な答えが得られるからね。」
セーレはルーナ城で起きた事件でどうしても腑に落ちない事があった、それはクロムが持つ未来予知という能力についてだった。
そんな能力をどこで発現したのか、どういう力なのか、普通の対話では正直に答えないだろうと判断したセーレは、クロムを一時的に奴隷にする事で確実にそして正直に聞けるように施した。
(こいつの事を衛兵から聞いたが、ルーナ城の一件を先の未来で体験したかのような鋭い考察で解決したと。未来予知…そんなスキルを持ってるこの人間は絶対只者じゃないはず。)
セーレはまずクロムがどういう人物なのか命令するように問いただした。
「私の質問に答えなさいクロム、お前一体何者なの?」
クロムはゆっくりと口を開き、セーレの質問に答えた。
「会社を辞めて…家で引きこもって…ゲームしてるニートです。」
「…はぁ?」
途切れ途切れで話した内容は何一つ分からず、予想外な返答にセーレは変な声をあげた。
「言い方を間違えたかしら?まぁ自分の正体を一から説明しろってなったら聞いてもない話をしてもおかしくないか…。」
セーレは質問の仕方に不備があると思い、もっとわかりやすく内容が限定されている質問に切り替えた。
「じゃあお前が持ってる未来予知のスキル、あれは一体どういう仕組みなの?」
「ファンタジークライシスの…ストーリーが再現されてるから…それを思い出してる。」
「……。」
またもや意味不明な単語が並べられた話を聞かされ、こらえがきかなくなったセーレはクロムの胸ぐらを掴み感情に任せた怒りを露わにした。
「ちょっと!さっきからなんなのよお前!意味不明な事ばかり喋って!ふざけてるつもりなら本気で殴るわよ!」
体を揺らしクロムを力づくで脅そうとしたが、彼の異変に気づき小さく驚きの声をあげた。
「えっ…!?」
焦点が合わない目つき、無気力に項垂れる頭、セーレの能力が効いて従順になっている証が見られた。
「私のスキルが効いてる…一時的とはいえ奴隷になった者は私の話を正直に答えていた。衛兵だってそうだ、だからこいつの未来予知を探る事が出来たんだ。」
セーレはクロムの存在に不気味さを覚えた。命令は厳守、その正直な答えが彼女に芽生えた予感を確信に変えた。
「あれが…あれが答えだったっていうのか?」
彼女にとってふざけて聞こえた意味不明の話、それこそが探し求めていた答えだと知った時、驚きのあまり後退りしてベンチの端に座り込んだ。
「…はっ!俺は!あれ?俺は今!」
能力の効果が消え我に返ったクロムは、状況を確認するよう辺りを見渡した。
意識を失う前の風景と何も変わらないと安堵したその時、ベンチの端で天を見上げながら座るセーレが目に入った。
「おいセーレ!さっきは…」
「悪かったわよ勝手にスキル使って、でもお前からは何も有益な情報は得られなかった、これは本当よ。」
セーレに何をされたのか問いただそうとしたが、彼女は素直に謝り自分がした事を口にした。覇気がない表情を見る限り、彼女の言っている事は本当の事だとすぐわかった。
「何でそんな事したんだ?質問するだけなら普通に話してくれればちゃんと答えるのに。」
俺の些細な疑問にセーレは首だけをこっちに傾けては話してきた。
「じゃあ聞くけど…お前ってもしかして…」
ーーこの世界の人間じゃないのか?
突然言い放った言葉に俺は何も言い返せず沈黙の時間が流れた。
夜風が吹く音だけが耳元に聞こえ、彼女が何を言ったのか一瞬忘れそうになるほど固まってしまっていた。
自分が何者であるか?あまり言われたくない質問で、本来なら何か言い分をつけて逃れたかったが、セーレの話を聞く限り俺は本音を喋ってしまったのだろう。
彼女が理解出来ないのも無理ない、俺の話は全部あっちで起きた事なのだから。
「…ぁ。」
俺は何を喋るか分からず、ただ口から出た言葉を話そうと声を出したその時…
ドカっ!
俺の隣に見知らぬ女性が座り込んできた。その距離はまるで恋人と一緒に座るかのような近距離で、俺は驚きのあまり声を出した。
「えっ?誰…」
横幅が長く並んで座れば十人は座れそうなベンチで、何故初対面な俺の隣に悠々と座っているのか?考えただけでも怖くなりその場から離れようとしたが…。
「逃げなくてもいいじゃないか勇者君、私は別に怪しい者じゃないんだよ?」
その女性は離れようとした俺の手を掴み、ここにいるよう告げた。
その姿は30代のお姉さんと言ったところか、ウェーブがかかった濃い緑色の長い髪をしており、目を閉じてそうなその糸目はどのような感情なのか読み取りにくい。
そしてその格好はとても冒険者とは思いにくい黒と緑を基調としたロングワンピースを着ていた。
「挨拶する時はもう少し段階踏んでくれませんかね?急に隣に座られたら誰だってびっくりするでしょうよ。」
「おっと失礼…友好的な関係を築くというのは苦手な分野でね。」
「うわっ!」
そう言うとその女性は俺を勢いよく引っ張り再びベンチに座らせた。
俺の体はその勢いに女性の体に着地し、慌ててすぐ離れた。それでも彼女は嫌な顔一つせず微笑みながら俺に向かって自己紹介した。
「初めまして勇者君、私はモルガン・アングイス。モルガンって呼んでよ。」
「モルガン…モルガンって…。」
俺は小さく彼女の名前を呟き、その名前と姿をゲームの中の記憶を振り返って探した。
数回だけ…彼女の名前と今の姿と合致した記憶があった。それはルカラン王国の魔法研究者のトップ、大賢者マリアナの証言に出てきたものだ。
彼女、モルガン・アングイスは…ルカラン王国の魔法研究者の一人であったが、研究サンプルを盗んだ事で王国から追放された人物だ。
…そして、ストーリー中盤で霊長の里に反乱を起こし敵として戦うボスの名前でもあった。
旅先の休憩場所として建てられたこの町は娯楽が一切なく、夜になれば冒険者のほとんどは眠りにつく。
当然夜に外に出て魔物を倒す人はそういない、見通しも悪く、夜になると凶暴な魔物も徘徊するのでより危険度が増すのだ。
俺はそんな静かな夜の町をぶらぶらと散歩し、近くに大きな広場があるのを見かけ、一休みとしてその広場のベンチに座った。
「静かだな…。」
あれだけ賑わっていた町が夜になれば誰一人として歩いている人を見かけなくなるこの物静かな町に不気味さを覚えたが、のちにこの先の展開について考え始めた事により、感じていた不気味さは消えていった。
「道中の戦闘はゲームで戦うよりもずっと簡単だった、一番戦闘力の高いセーレを主軸に他をサポートする戦術、これならこの辺りの魔物は大体狩れるが…」
俺はステータスのパネルを開き、ここまでの戦闘を思い出しながら独り言を言い続けた。
「でも、それはセーレがいたからの話、頼りっぱなしじゃいざという時に力を発揮できない。」
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冒険者ならまだしも、帝国の奴等に見られたりなんてすればすぐに俺達を始末しようと行動に移すだろう。
それにセーレに頼りきっりのままでは自分達の成長に繋がらない、パーティーの経験不足も否めない展開に頭を悩ませた。
「彼女を入れての戦闘は駄目、彼女抜きの戦闘は駄目か…。もし彼女抜きで話を進めるなら彼女をどうするべきか。」
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「事情…セーレが単独でしかできない事…。」
そう思い詰めて夜空を見上げていると、遠くから誰かの足音が聞こえてくる。
ザッ…ザッ…ザッ…
物静かな町の影響で音に敏感になっており、地面を擦るように歩く音が徐々に大きくなって聞こえてくるのがわかった。
「誰か来る?」
俺は音がする方向に顔を向け、誰が来るのかその目で確認した。
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彼女は何も言わず俺が座っているベンチの端に座った。俺は彼女がここに来た理由をいつもの会話口調で問いただした。
「ようセーレ、どうした?」
「お前と話をしに来た、宿屋にいなかったのが幸いだったわ。」
「なんだよ、皆が見えないところで俺をいじめるつもりか?それとも夕方の件で俺に八つ当たりでもしに来たのか?」
「それって私がお前に手を上げる前提で話を進めるって事でいいのかしら?」
セーレは拳を握り、その手を俺に見せつけてくる。だが彼女の表情を見る限りそんな攻撃的な意思は見えなかった、ただの冗談混じりの文句なのだろう。
「なぁセーレ、そんなに俺の事嫌いか?」
「当たり前でしょ、誰が人の下着を盗み見る奴を好きになるもんか。」
「お前まだ根に持ってんのかよ…そもそも尻丸出しで木にぶら下がってる時点でお前にも非があるだろ。」
「うるさい!私の辞書にはセクハラであってもじゃなくても、男は加害者、女は被害者って決まってるのよ!」
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俺を嫌う理由に呆れた口調で反論すると彼女は、俺に指を指して自己中心的な態度でマウントを取ってきた。
さすがにこのままツッコミ続けてもらちが空かないので、俺は面倒な態度を残したまま彼女に本題に入るよう促した。
「はぁ…それで話って何?」
すると彼女はさっきまでの態度とは打って変わって真剣に内容を話し出した。
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「…まぁ、解決したの本当だけどそこまで先の未来は…。」
ズキン…
突然俺の体の中で心臓が跳ね上がる感覚を感じた。俺は咄嗟に胸を手で掴み、状態を確認しようとしたが、掴んでいた手がゆっくりと力なく落ちていってしまった。
「あっ…!?がっ!」
何が起きたのか分からず喋ろうとするが言葉がうまく発せない。
俺はまだ機能している頭の中で状況を分析した、いや…分析しなくてもわかる、こういう嫌がらせをやるのは彼女しかいない。
「お前…何した…!?」
「警戒が緩みすぎじゃない?忘れちゃったの私の能力。」
「うっ…まさか…!」
セーレの能力《スレイブボイス》だ、発動条件が彼女の質問だということをすっかり忘れていた。いや、忘れていたというよりも慢心していたのかもしれない、仲間となって使われることはないだろうと過信してしまった。
「くそっ…く…そ…。」
俺はその場から離れようと立ち上がったが、眠気に襲われる感覚にのまれ前に倒れそうになった。
ドサっ…
「よっと…お前に怪我されちゃレズリィ様にまた叱られるでしょ。大人しく座ってなさい。」
セーレは俺の体を掴み再びベンチに座らせた。俺の体は眠っているように動かなくなり、暴れる危険性が無くなったのを見てセーレは俺の隣に座り込んだ。
「まぁ、面倒くさく質問するより私の能力で喋らせた方が早いし、正直な答えが得られるからね。」
セーレはルーナ城で起きた事件でどうしても腑に落ちない事があった、それはクロムが持つ未来予知という能力についてだった。
そんな能力をどこで発現したのか、どういう力なのか、普通の対話では正直に答えないだろうと判断したセーレは、クロムを一時的に奴隷にする事で確実にそして正直に聞けるように施した。
(こいつの事を衛兵から聞いたが、ルーナ城の一件を先の未来で体験したかのような鋭い考察で解決したと。未来予知…そんなスキルを持ってるこの人間は絶対只者じゃないはず。)
セーレはまずクロムがどういう人物なのか命令するように問いただした。
「私の質問に答えなさいクロム、お前一体何者なの?」
クロムはゆっくりと口を開き、セーレの質問に答えた。
「会社を辞めて…家で引きこもって…ゲームしてるニートです。」
「…はぁ?」
途切れ途切れで話した内容は何一つ分からず、予想外な返答にセーレは変な声をあげた。
「言い方を間違えたかしら?まぁ自分の正体を一から説明しろってなったら聞いてもない話をしてもおかしくないか…。」
セーレは質問の仕方に不備があると思い、もっとわかりやすく内容が限定されている質問に切り替えた。
「じゃあお前が持ってる未来予知のスキル、あれは一体どういう仕組みなの?」
「ファンタジークライシスの…ストーリーが再現されてるから…それを思い出してる。」
「……。」
またもや意味不明な単語が並べられた話を聞かされ、こらえがきかなくなったセーレはクロムの胸ぐらを掴み感情に任せた怒りを露わにした。
「ちょっと!さっきからなんなのよお前!意味不明な事ばかり喋って!ふざけてるつもりなら本気で殴るわよ!」
体を揺らしクロムを力づくで脅そうとしたが、彼の異変に気づき小さく驚きの声をあげた。
「えっ…!?」
焦点が合わない目つき、無気力に項垂れる頭、セーレの能力が効いて従順になっている証が見られた。
「私のスキルが効いてる…一時的とはいえ奴隷になった者は私の話を正直に答えていた。衛兵だってそうだ、だからこいつの未来予知を探る事が出来たんだ。」
セーレはクロムの存在に不気味さを覚えた。命令は厳守、その正直な答えが彼女に芽生えた予感を確信に変えた。
「あれが…あれが答えだったっていうのか?」
彼女にとってふざけて聞こえた意味不明の話、それこそが探し求めていた答えだと知った時、驚きのあまり後退りしてベンチの端に座り込んだ。
「…はっ!俺は!あれ?俺は今!」
能力の効果が消え我に返ったクロムは、状況を確認するよう辺りを見渡した。
意識を失う前の風景と何も変わらないと安堵したその時、ベンチの端で天を見上げながら座るセーレが目に入った。
「おいセーレ!さっきは…」
「悪かったわよ勝手にスキル使って、でもお前からは何も有益な情報は得られなかった、これは本当よ。」
セーレに何をされたのか問いただそうとしたが、彼女は素直に謝り自分がした事を口にした。覇気がない表情を見る限り、彼女の言っている事は本当の事だとすぐわかった。
「何でそんな事したんだ?質問するだけなら普通に話してくれればちゃんと答えるのに。」
俺の些細な疑問にセーレは首だけをこっちに傾けては話してきた。
「じゃあ聞くけど…お前ってもしかして…」
ーーこの世界の人間じゃないのか?
突然言い放った言葉に俺は何も言い返せず沈黙の時間が流れた。
夜風が吹く音だけが耳元に聞こえ、彼女が何を言ったのか一瞬忘れそうになるほど固まってしまっていた。
自分が何者であるか?あまり言われたくない質問で、本来なら何か言い分をつけて逃れたかったが、セーレの話を聞く限り俺は本音を喋ってしまったのだろう。
彼女が理解出来ないのも無理ない、俺の話は全部あっちで起きた事なのだから。
「…ぁ。」
俺は何を喋るか分からず、ただ口から出た言葉を話そうと声を出したその時…
ドカっ!
俺の隣に見知らぬ女性が座り込んできた。その距離はまるで恋人と一緒に座るかのような近距離で、俺は驚きのあまり声を出した。
「えっ?誰…」
横幅が長く並んで座れば十人は座れそうなベンチで、何故初対面な俺の隣に悠々と座っているのか?考えただけでも怖くなりその場から離れようとしたが…。
「逃げなくてもいいじゃないか勇者君、私は別に怪しい者じゃないんだよ?」
その女性は離れようとした俺の手を掴み、ここにいるよう告げた。
その姿は30代のお姉さんと言ったところか、ウェーブがかかった濃い緑色の長い髪をしており、目を閉じてそうなその糸目はどのような感情なのか読み取りにくい。
そしてその格好はとても冒険者とは思いにくい黒と緑を基調としたロングワンピースを着ていた。
「挨拶する時はもう少し段階踏んでくれませんかね?急に隣に座られたら誰だってびっくりするでしょうよ。」
「おっと失礼…友好的な関係を築くというのは苦手な分野でね。」
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そう言うとその女性は俺を勢いよく引っ張り再びベンチに座らせた。
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俺は小さく彼女の名前を呟き、その名前と姿をゲームの中の記憶を振り返って探した。
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