推しがラスボスなので救いたい〜ゲーマーニートは勇者になる

ケイちゃん

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悪魔の絆編

第十八話 危険な取引①

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 ゲームの中ではモルガンの情報はあまりにも少ない、強いて言うならほとんどの情報が大賢者マリアナからルカラン王国で魔法研究者として働いていた話を聞かされただけだ。
 だからボスとして登場する彼女と今の彼女では姿がまるで違うので名前を聞くまでは分からなかった。
 それは付き添いであるニーナも同じこと、ストーリーでは登場しなかったので彼女のことは何も知らない。
 ただ一つだけ言えるとするなら…

(こんなギャップ萌えのキャラなんで出さなかったんだよ製作者!)

 俺は心の中でそう叫びながら、地面を何度も拳で叩いた。

「信じられない…もう許さないわ!乙女の顔を傷つけた報いとして、あなたの顔もズタズタに削いでやる!」

 ニーナの可愛い声とは裏腹に、その物騒な言葉と漂う殺意をむき出しているのは確かだ。

「ちっ、喋るようになった途端にギアを上げてくるなんて。正直ここは逃げたほうが懸命だけど、あいつがそんな簡単に逃してくれるとは思えないわね。」

 セーレは刺された脇腹を抑えながら、ここから離れる逃走経路を頭で練っていた。
 だがニーナと正面から戦った彼女だからこそ、それがどれだけ困難なのか把握していた。
 たとえ体が万全な状態でも、ニーナの人間離れした力の前では背を向けて逃げることはできない。
 そんな事を考えていると、ニーナは持っている槍を回転させながら険しい顔でこちらに歩みよって来た。
 いや、こちらというよりかはクロムの前で立ち止まった。

「でもその前に…まずはあなたからよ!」
「へっ?はぁぁぁ!?」

 急に俺に名指しされたことで、驚いて拍子抜けな表情をした。
 さらには持っている槍をこちらに向けられたことで、俺は恐怖のあまり飛び上がり尻もちをつきながら後退りした。
 完全に怒りの矛先がこちらに向けられてしまっている。

「あなたが邪魔さえしなければあの人を捕える事もできて殴られる事なんてなかった!だから今ここであなたの⚪︎⚪︎切り落とす!」
「ちょっ!マジで言ってるの!?そんな可愛い声してなんて卑猥な事言ってんのこの人!」
「可愛っ…私の声を馬鹿にしないで!」

 ニーナは頬を赤らめながら、持っている槍を大きく頭上に振りかぶり勢いよく振り下ろした。

 ドガァァァ!
「危ねぇぇ!まじで切り落とす気かお前ぇぇ!」

 横に体を転げて彼女の攻撃を回避した、振り向くとさっきまでいた場所には地面を抉っている槍の存在が恐ろしく物語っていた。

「ちょっと落ち着け!俺はただあいつを助けたくて仕方なく…」

 俺はセーレがいる方向に指を指してニーナをなんとか落ち着かせようとしたが、指を指した方向を横目に見て驚いた。
 そこにセーレはいなかったのだ。

「あの野郎…!逃げやがったなぁぁ!」

 俺は殺気充分の視線を虚空に向け拳を力強く握った。
 最悪だ…俺を囮にした挙句、ニーナを激怒させたまま逃げた。これはもう何を弁論してもニーナの怒りが治まることはなくなってしまった。

 ドガッ!
 再びニーナの方向に顔を向けるのと、彼女の足が俺の体を踏みつけ地面に倒れた。
 そしてその槍の矛先は真っ直ぐ俺の⚪︎⚪︎に目掛けて振り下ろそうとした。

「うわぁぁ!マジで勘弁してくれぇぇぇ!」

 もう駄目だと感じ目を固く瞑りながら歯を食いしばった。だがいつまで経っても俺が想像していた痛みがやってくる事はなかった。

「やめるんだニーナ、私が命じたのはあの悪魔の捕獲。勇者君の⚪︎⚪︎を削ぎ落とせなんて言っていないだろう。」
「せっ…先生。」

 モルガンの声が聞こえゆっくり目を開けると、ニーナの腕を押さえた彼女の姿があった。

「ううっ…ごめんなさいモルガン先生、サンプルを逃してしまって。」
「構わない、また次の機会がある。」

 悲痛な表情でうつむきながらモルガンの腕に抱き抱えられるニーナ、それを慰めようとモルガンはニーナの頭を撫でた。

「勇者君、突然悪かったね。ニーナは感情的になると目先に構わず暴れてしまう癖があるんだ。それと、君の仲間を奪おうとしたことも。だがこれは、君のためでもあるんだよ。」
「俺のため?」
「この先、あの悪魔と肩を並べて戦うのなら覚悟した方がいい。世の中の人間のほとんどは悪魔族を嫌悪している、私のように正体がバレて妙な争いに巻き込まれたくないのなら手を引いた方がいいと私は思う。」
「妙な争いだってこと自覚してるしてるんだな。」

 モルガンの声にはさっきまでのような気楽な話し方とは違い、まるで経験してきたかのような思い詰めた表情でその理由を淡々と話した。

「モルガンの忠告は分かった、俺もパーティーのリーダーとしてあいつとのやりとりを考えてみる。」

 これで丸く収まった、妙な出会いから始まったセーレ争奪戦は終わりだと思っていた。
 だが俺の中である可能性が頭をよぎった、モルガンとの敵対関係をなかったことにできるのではと。

(待てよ…もしここで、モルガンとの関係性に変化があればこの先敵対することはないんじゃないか?セーレとの戦いがいい例だ、これはゲームの世界じゃない、自分でストーリーを作っていけるのなら結末だって変えられるはずだ。)

 危険だが、今の彼女が霊長の里を反逆するという感じには見られない。うまくこちらに誘い込む事ができれば戦力にもなってくれる。
 そして、今の俺にはモルガンを自然に誘い込める理由を持っていた。
 
「な…なぁモルガン、一つ聞きたいことがあるんだけどいいか?」
「なんだい?」

 今まで彼女とは反抗心を見せながら対話していたからか、変な緊張感で話が唐突になってしまった。
 それでも俺は彼女がどういう人物なのか改めて知るべく、彼女の生業について問いただした。

「魔物の生体を研究するってことは、それに対抗する術を考えるのは得意か?例えば、魔物の毒をうち消す解毒薬を作るとか。」
「ふふっ…愚問だね、そこらの現地人が考えた対抗薬より私の方が遥かに効果がある薬を作れる。」

 得意気な表情で自分の力を評価した、そして俺が聞きたかった言葉も同時に話した。
 薬が作れる、俺は直感的に彼女が適任だと感じた。彼女となら厄災魔獣をリスク無しで戦える鍵になると。

「だったらモルガン、その力を見込んで頼みがある。俺達と一緒に厄災魔獣を静めるのに協力してくれないか?」
「なんだと!?」
「俺達は、パンデルム遺跡で暗躍する帝国を止めるために旅をしている。おそらく経過を考えると、このまま急いで行ってもパンデモニウムの復活は避けられないかもしれない。もしアレと対峙するのなら普通の対抗薬じゃ戦えない、だからモルガンに作って欲しいんだ、どんな毒でも無効に出来るような薬を。」

 俺は頭を下げてモルガンに頼みこんだ。さっきまで敵対していたことなんて関係なく、ただ研究者モルガンの力を貸してほしいと願った。

「頼む!不可能だっていうのは承知の上だ、でも俺としてはパーティーの皆を安心させたい、誰一人欠ける事なく厄災魔獣を倒したい!だから頼む!」

 手を力強く握り、懇願するような勢いで声をあげて彼女にその意思を告げた。
 だがモルガンはそんな誠意の姿には目もくれず、長い髪の毛をいじりながら自分の考えを主張した。

「ふーむ…一言で言うなら馬鹿げた話だと思うね。君の話の信憑性もあるけど、今ここで出会って、あわよくば君の仲間を奪おうとした人に助けを求めるなんて怪しいすぎる。」

 当然の答えだ…今日出会った人に、しかも襲ってきた人に助けて欲しいと頼むなんて馬鹿な考えだと思う。
 俺は内心諦めている状態で頭を上げ、彼女の話を聞いた。

「私はね、そこら辺の頭の軽い冒険者とは違う。君の帝国討伐の冒険に私の頭脳とニーナの戦力を加えようとするなら諦めた方がいい。利害が一致しない者と共に旅をしても協力性が芽生えることはない、無駄な争いが増えるだけだ。」

 それを体現するかのようニーナとセーレの戦いを思い浮かべた、協力性に欠けたセーレがどういう結果を生んだのかその目で見た以上、正論突いた言葉に共感された。

「私にも仕事を選ぶ権利がある。もし君の言う事件が本当でも、ルカラン王国に行けば対応してくれる研究者ならいくらでもいるだろう。それこそあのマリアナに頼べば万事解決してくれる、なにも私じゃなくたって構わないんじゃないのか。」

 モルガンは終始俺を見ず、髪をいじりながらつまらない表情をしていた。
 まるで面倒事を押し付けるなと言わんばかりに突き放しているように見えた。

「そうか…それもそうだったな。」

 俺は苦笑しながら、これ以上の追及はやめようと考えた。
 お願いしているのはこっちの方だから、こっちがとやかく言う立場ではない。むしろ悪化してこの人を怒らせたらニーナに三枚におされてしまうだろう。

(はぁ…やっぱり無理か。さすがに行き急ぎすぎて逆に不信感を与えちまったな。)

 ゲームに捉われすぎてしまった、彼女が敵として霊長の里に反逆しに行くのは中盤辺り、まだ修正が効く段階ならこの出会いで何か変われたのかもしれない。
 そう思いながら、彼女と別れの話を切り出した。

「悪いな急に変な話して、確かにモルガンに頼むには今の関係性じゃ無理があるよな。モルガンの言う通りマリアナに聞いてみるとするよ。」

 俺は手を振ってその場を後にし、歩きながらこれからの道順を考えだした。

(大賢者マリアナか…ルカラン王国に帰るならせっかく覚えた転移魔法を使ってみるか。)
「でもまた説明するの面倒くさいなぁ…面識もあまりないし、今度は対価としてパンデモニウムの一部を渡すって言えば協力してくれるかな?」

 頭の中で語りかけていたつもりがいつの間にか口に出して喋っていた。
 後ろの二人が聞いているかもしれないというのに恥ずかしい、俺は足早にその場を去ろうとしたが…

「それを最初に言って欲しいな~勇者君。」
「えっ…?」

 突如としてモルガンは、媚びたような声と共に俺の両肩にポンと手を置いた。
 まるで蛇に睨まれた蛙のように、背筋が凍るようなおぞましさが体中を駆け巡る感じがした。

「私は冒険には同行しないと言ったが、対抗薬を作れないとは言っていないだろう。なぁ…勇者君~?」

 恐る恐る振り返ると、モルガンがニヤニヤと不気味に微笑んでいた。街灯だけの薄暗い背景のせいでその不気味さはより際立っていた。

「なっ…なんだよいきなり、さっき自分からこんな怪しい話にはのらないって…。」
「仕事を選ぶ権利はあると言っただろう、それに私ならそこらの現地人が考えた対抗薬より遥かに効果がある薬を作れると言ったじゃないか。」

 明らかにさっきまでと態度がおかしい、俺が独り言を言った辺りから急変した?そう思い自分が言った言葉を振り返るとある単語が浮かんできた。

「なぁ…まさかとは思うけど、パンデモニウムの素材に興味を持ったって訳じゃないよな?もしかしてパンデモニウムの素材を使ってこれから何かしでかそうと…。」
「睡眠《スリープ》。」

 モルガンは俺の肩から背中に手を回し睡眠魔法を放った。俺は何が起こったのか分からず一瞬で視界が暗転し膝から崩れ落ちるように倒れた。

「まったく…これだから勘のいい子は。」
「モルガン先生、この人に協力するんですか?」
「まずは勇者君からちゃんとした事情を聞いてからだ。ニーナ、彼を宿に運んでくれ。」
「わかった。」

 ニーナは軽々と俺の体を持ち上げ、モルガンと共に暗い路地に歩いて行った。
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