推しがラスボスなので救いたい〜ゲーマーニートは勇者になる

ケイちゃん

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旅立ち編

第十三話 幹部集結

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 匂いが変わった。
 瘴気が漂う谷に在る遺跡にいたからか、鼻が敏感になりその変化に彼女は勢いよく目を見開いた。

「ここは…」

 壁にかけられた蛍光石により、全体が薄青い光に照らし出された広いドーム状部屋に、彼女は立っていた。

「邪帝の間…私今パンデルム遺跡にいたはず…」

 邪帝の間、それはグラン帝国城の中にあるヘラグランデが在位する場所であり、普通の悪魔でさえ立ち入る事は許されない。
 そう…彼女は普通の悪魔ではない、帝国に存在する力と統率を兼ね備えた選ばれた上位種、帝国幹部のシトリーである。
 白を基調とした膝上までスカートが伸びる動きやすいドレスに、装備している籠手もブーツも同色。
 少し青みかかる紫色のショートヘアは膨らんだ形をして耳元を隠している。
 側から見ればその雪のように白い存在感に目を奪われ惹かれるだろう、背中に生えた肩幅まで伸びる悪魔の翼が無ければ。

「あら?一番乗りはあなただったのね。」

 一人だと思っていた場所に突如響く別の声、彼女はその声の主に気づいたのか不機嫌そうな顔を作り振り向いた。

「昨日の式以来ね、シトリー。」
「ベアル…」

 微笑みを浮かべながらこちらに向かってくる幹部の一人、ベアル。
 彼女の見た目は顔立ちや髪、装備している戦闘服までもベリスと瓜二つであり、まったく見分けがつかない。
 だがベリスと違うのは、その何を考えてるのか読めない天然な笑みと自分以外の命を軽視する言動と行動であり、仲間達からもあまりの狂人ぶりに不満や文句が後を絶たない。
 故にシトリーもベアルのこれまでの行動に嫌悪感を抱いていた。

「そう睨まないでよ、私達は同じ仲間でしょう?突然呼び出されたから誰かやられちゃったんじゃないかって心配したんだよ。」
「同じ仲間?心配ですって?そんな思ってもいない事を軽く言ってんじゃないわよ!以前もあなたは私の部下を唆して…!」

 シトリーはベアルに過去に起こした出来事を自分の不満をぶつけるよう声を荒げながら話すが、ベアルはそれを軽くあしらうよう片手を上下に振りながら応えた。

「はいはい、異形な姿に変わったから謝れって話でしょ多分。でもさ、強くなりたいって相談されたから私はちょっと背中を押しただし、全部私に非があるっていうのはおかしいと思わない?」
「ベアル!!」

 反省の色もないベアルに堪忍袋の緒が切れたのか、シトリーは手元から刀身が赤く輝く槍を召喚した。

「っ…!?重い…!」

 だがその槍はベアルに向けられる事なく地面に突き刺さった。いや、槍に重力魔法がかかっており、その重さに耐え切れずシトリーは槍を手放したのだ。

「うるさいぞ、来て早々何問題起こしてるんだ。」
「ザレオス…」

 声がした方向に顔を向けると、魔法陣を展開しながら二人に歩み寄る幹部の一人、ザレオスがいた。
 全身を黒い鎧で覆われており仲間達からは黒騎士と名有されている。
 顔は伺えず性別が不明である、歳は中年層だろうかヘルム(兜)の中から聞こえるこごもった声では判別しにくい。

「シトリー…そいつに構わず、まずは何故我々がここに呼ばれたのか考えるべきだ。お前も仲間を置いて急に呼ばれた事に戸惑っているのだろう。」
「ははっ…ひどい♪」

 ベアルはわざとらしく二人を責め、ヘラヘラと笑った。
 二人はそんな彼女を無視し、幹部が集められた理由を語った。

「私達が呼ばれた理由?何か心あたりがあるのザレオス。」
「集められたのは帝国の中で指折りの実力者を誇る帝国幹部のみ、それも決起会で全員集合した昨日ではなく今集まらなければならない理由…」
「そんなもの決まってるでしょう、幹部の誰かがやられたか、計画の変更か。まぁベリスがいないって事はあいつがやられたに決定ね。」

 二人の会話に入り込むように、ベアルは集められた理由を淡々と述べた。
 その瞬間、三人の声とはまた違う重く緊迫した声が耳に入った。

「ベリスならついさっき急用で任務に行かせたわ。」

 一瞬で場の空気が一変した、三人はその声が誰なのかなんて聞かなくてもわかるくらいに体に教えられていた。
 いる…ヘラ様が…気配もなく玉座に座っている…

「「ヘラ様…!」」
「やっほーヘラ様。」

 シトリーとザレオスは振り向き、ヘラに向けて敬意を持って跪く。ベアルは片手で手を振って挨拶した後、二人と同じように跪いた。

「すまないな、昨日と今日で呼び出して。今回集まってもらったのはこれからの計画についてだ。」
「やっぱりー!私の思った通り!」
「静かにしろベアル、ヘラ様の話を遮るな。」

 ベアルは指を鳴らして自身の予想が当たった事に喜んでいる、反対に二人はヘラの話を遮った事に緊張感を覚えた。
 ヘラの表情に余裕の二文字がない、憤りを抑えている今の彼女を刺激すれば無事では済まされないからだ。
 するとヘラは三人に緊張感なく話を設けられるよう集め出した理由を軽く、そして危機感を感じさせるよう述べた。

「いいよ、どうせ騒ぎになる話だ。なにせ…帝国幹部が一人やられたんだからね。」

 帝国幹部がやられた、その話に三人は少し驚き、この場にいない彼女を問いた。

「幹部…今ここにいないのは、セーレか?」
「あーあ…セーレの奴やられちゃったか。」
「セーレはルーナ城の魔導兵器の強奪を任務としていた、それほど難しくない任務のはずだ。そんな彼女が…人間共に遅れをとったっていうんですか?」

 ヘラは右手を掲げ空を握りしめた、その右腕にはセーレの使役権の証だろう黒い糸が巻き付いていたが、徐々にほつれて消えようとしていた。
 ヘラはセーレを失った損失感よりも、彼女を倒した人物について危機感を抱いた。
 その気持ちを言い表すよう部下達の疑問等を冷ややか表情で返答した。

「昨日の夜、突如としてセーレの支配権が消えた。私もあいつがルーナ城の戦力ごときにやられる奴じゃないと思っている。なら理由は一つだ、そのルーナ城で何かイレギュラーな事があったに違いない。」
「イレギュラーですか…ルーナ城はルカラン王国と手を組んでる、考えずとも奴がまた動き出したに違いません。」

 ザレオスの状況だけの仮説により、シトリーとベアルはそのイレギュラーの正体について口にした。

「ちっ…ルカラン王国の勇者か…」
「ええ…あのクソ勇者と戦うの?」

 シトリーは舌打ちしながら不機嫌な表情を作り、ベアルはつまらなそうな表情をしながら勇者について話し出した。
 語るくらいに、ベアルの中にある勇者の記憶が不快なほどに鮮明に覚えていた。

「クロノスの脅威が消えて平和になったと思ったのに、また忙しくてなるのね。」
「新たな希望という奴か…その勇者がセーレを倒したとなれば、相当な実力と思える。」

 ベアルの言う通り、勇者が私達と同じように動き出したとなれば計画にも支障が生まれる。
 ヘラは頭の中でチェスをするように、軍をどのようにぶつけて対応するか考えた。

「よし、予定変更だ。」

 ヘラの口からただの会話のように重要な事をサラッと三人に伝えられた。
 その言葉に幹部の三人はすぐさまヘラの話に耳を傾けた。

「ベアルは引き続き同族集めを、ザレオスも魔力の源の調達に励め。そしてシトリー…」

 自分の名前が指名され、どんな内容がくるのか覚悟したが、ヘラの話に自身の覚悟は薄氷のように脆いものだと感じた。

「お前は厄災魔獣の魔力奪取から解放に変更、病魔パンデモニウムを復活させろ。」
「なっ…!?復活…ですか?」

 鳩が豆鉄砲で打たれたように、シトリーは突然のことに驚いてヘラの話が本気なのか再度確認してしまった。
 病魔パンデモニウム、解き放たれれば強い毒素を撒き散らし周辺の土地を枯らせる凄まじい魔物だが。
 解放条件は大量の魔力をその魔物に捧げなければならない。自分達が強くなるための魔力を、奪う対象だった魔物に与えなければならないということに納得ができなかった。

「勇者はこの先、私達を討伐するため仲間集めに尽力するだろう。そうなると厄介な奴がその先に現れる、それだけは避けなければならない。」
「あー…あいつね。たしかにあいつを倒せるのは厄災級の魔物しかいないわ。シトリー、これは大役だよ。」
「大役だと?」

 ベアルはヘラがの言う厄介な相手の正体を把握し、シトリーにわかるよう説明した。

「パンデモニウムがいるダンジョン、パンデルム遺跡の近くにね、霊長の里っていう神巫の巫女の住処があんの。ヘラ様はその周辺の地域を壊すことで、巫女とそこに向かおうとする勇者達を同時に叩こうって考えてるんだよ。」
「神巫の巫女…あの20年前の戦争で勇者と共に私達を潰しに出た一人。」
「まぁ、妥当な判断だよね。シトリーのお仲間が何人束ようがあんな奴敵うわけないし。」
「なんだと…?」

ベアルが軽口で話した内容がシトリーの癇に触れた。

「怒らないでよ、ヘラ様が言ったことを私がわかりやすく説明してあげただけじゃん。」

 シトリーはベアルが話した内容に納得できず、ヘラの目に訴えかけるよう仲間の力を表した。

「ヘラ様!神巫の巫女ごとき私達で倒せます!あいつはもう前のような強さ出せない老いた人間、パンデモニウムの力を奪えれば奴もひとたまりもない…」
「シトリー…お前は神巫の巫女を知っているのか?」

 シトリーの話に待ったをかけるようヘラは彼女に神巫の巫女の強大さについて問いた。
 ヘラの質問に心が動揺しシトリーは口を噤んだ、存在と逸話程度、そんな解答では話にならないとヘラの言葉の意味が重くのしかかる。

「舐めてかかれば何も得ずにただ損害だけ残して帰ってくるだけだ、今のようにな。」

 セーレの損失は幹部が一人欠けたという軽い意味ではない、率いる戦力、あちらで手に入れた情報などすべて失ったという意味になる。

「ふっ、復活させるための準備は…」
「早急にだ、早いことに越したことはない。なんならお前の仲間を使って復活させればいい、数も多いし手っ取り早いだろう。」

 犠牲を出してでも結果を残せ、それがヘラに告げられた任務であり、部下を大切に思っているシトリーにとって苦しい任務となった。

「私の…仲間を…」
「何か問題でも?」

 大勢の仲間を犠牲にしたくない、言えばヘラは別な作戦を用意してくれるだろうか?だがそう思うにもシトリーの口からその言葉を出す勇気がなかった。
 言わずともわかるヘラがそれを認めることは ない。

「まぁ…気を落とさないでよ、可哀想だから失った分は私が生き返らせてあげるよ。生き返る肉体があれはだけどね?」

 ベアルはシトリーに近づき満面の笑みでそう口にした瞬間、シトリーは目にも止まらぬ速さでベアルの左腕を切り落とし、首元を掴みにかかった。

「シトリー!」

 ザレオスはシトリーを引き剥がそうと再び重力魔法をかけようとするが、ベアルを馬乗りにして首を絞めている状況を見て、魔法による仲裁を断念した。

「よせシトリー!ヘラ様の前だぞ!無礼な揉み合いはやめろ!」
「喋るな…お前が私の仲間を語るな!何が可哀想だ、お前が仲間のために自分の血を流したことはあるか!?」

 溜め込んでいた怒りと苦しみが爆発し、力を込めてベアルを絞め殺そうとするシトリー。
 だがベアルはそんな絞め落としをものともせず、茶番を見せられているかのよう笑ってシトリーに語りかけた。

「へぇ…まさかまだ自分の行いが全部理性的なものだと思ってないよね?」

 シトリーは聞く耳を持たず血走った目でベアルを睨みながら手に力を込めた。

「シトリーはいつもそうだよね、目の前にいる敵をいかに死傷者を出さないか考えてる。なんで効率を求めないの?なんで確実に仕留められる武器を使わないの?鍵はあなたが持ってるのに。」

 力を込め続けてもベアルは話すをやめない、苦しむどころかむしろおぞましい笑みに変わっていく。

「ああ…むしろ従順すぎるのね、あなたが死ねって言えば部下は躊躇いなく命を投げ捨てる。あなたがお気に入りのあの人間も…」
「黙れ!!」
「ハッ、可哀想なシトリー。言葉よりも反応の方が正直みたいね、あなたの目も手もそんな事言ってないわよ。」
「仲間殺しが出来ないとでも?端から私はお前の事なんて仲間なんて思った事はない!」

 シトリーの手元から魔法陣が展開され、本気でベアルの頭を吹き飛ばそうとした瞬間ーー

 グジャァァァァ!

 ヘラの背後からトカゲの頭をした首の長い触手が伸び、シトリーの胴体に食らいつた。

「がぁ!アアアアァァ!」

 メキメキとトカゲの口がシトリーの胴体に牙を突き立て彼女の白いドレスを赤く染めた、その耐えがたい痛みに彼女は断末魔の叫びをあげた。

「度が過ぎるぞ…シトリー・クリフレッド。お前は私の考えに批判するのか?」
「っ…!」

 シトリーをくわえた触手がヘラの近くに引き寄せる、ヘラは冷ややかな態度でシトリーの顔を片手で掴み言い聞かせた。

「お前は何百の部下を束ねて行動してるようだが、こっちは世界を変えるために全員を動かしているんだ。無血で世界が獲れるか?セーレは何も得ずに死んだんだぞ。」

 シトリーより長い時を戦地で生きたヘラの言葉には重みを感じた。

「私の駒に…いや、この先の帝国のために命を捧げてみろ。」
「っ…わかり…ました。」

 ヘラの威圧と自身の痛みに負け、観念した表情で頭を下げた。
 その誠意を感じたヘラはシトリーを咥えた触手を戻し、傷ついた体を治癒魔法で癒した。

「ベアル、お前も同罪だ。罰としてお前も魔力の源を探す任務を追加する。」
「ひぇぇ、仕事が増えるのは嫌ですよぉぉ。」

 反省の色はなく、ただ仕事が増えた事に面倒な声をあげるベアル。
 これ以上話をしても何も変わらないと感じたヘラはため息を小さく吐き、手から魔法陣を展開した。

「話は以上だ、元の場所で自身の仕事に専念しろ。」

 その魔法陣は幹部の三人の周りに広がり、光と共に一瞬で消えた。転移魔法《トラベル》を使ったようだ。

 匂いが変わった。 
 先程まで邪帝の間にいたからか、鼻を覆いたくなる腐敗臭が彼女の脳を刺激し勢いよく目を見開いた。

「っ…!パンデルム遺跡…戻されたか…。」

 遺跡の入り口に倒れていたのか、白いドレスが土で汚れていた。今までの彼女なら服が汚れた事に不満を垂れ流すが、今はそんな事を気にする暇もなかった。

「馬鹿に…馬鹿にしやがって!」

 ヘラに下された命令とベアルの侮辱な発言で、シトリーは言い表せない怒りを覚えていた。
 自身のドレスの裾を握りしめ、ギリギリと歯を鳴らす。だがその怒りもヘラが命令した言葉が頭をよぎり徐々に霧散した。

(私の駒に…いや、この先の帝国のために命を捧げてみろ。)

 ヘラの命令に背く事は出来ない、それは子供が親に逆うことが出来ないような恐怖と力の支配による表れだ。
 命令は絶対…その体に刷り込まれた縛りがシトリーの感情を歪ませた。

「くそっ!これが戒めってやつか…まるで機械的に働かされてるアリじゃないか!」

 徐々にヘラの命令に行動を移そうと考えている自身の心に不快感を覚え、空を見上げ叫んだ。

「それでも私は…逆らえないのか…!」

 シトリーの視界が涙で揺らいだ、零してしまおうかと目を瞑ろうとしたその時…

「お嬢様!ここにいらしたんですね!」

 すぐ近くでシトリーにとって聞き覚えのある声が耳に届き、彼女はすぐ涙を拭いた。

「どうなされたんですかお嬢様!?服がこんなに汚れて!何者かに襲われたんですか!?」
「慌てるなヒズミ、たかが服を痛めただけだ。」

 慌てながらシトリーの状態を心配する人間の男性、彼女は彼をヒズミと呼んだ。
 荒々しい白髪の髪型に常に相手を睨むような細目をしている、そして彼の姿は海賊をモデルとしたような黒いコートとシャツを身にまとい、鞘に収めた曲刀を腰に下げている。側から見れば荒くれ者にしか見えないが、彼はそんな野蛮な事はせず誠心誠意に主に支える右腕の存在だ。

「今すぐ戻します、修復光《リペアライト》。」

 ヒズミの手から緑色の光が広がり、シトリーの全身を包んだ。ヘラに牙を突き立てられ穴が空いた箇所や自身の血や泥で汚れた部分が、その光によって何もなかったかのように綺麗な状態に戻った。

「すまないヒズミ、私の不在で迷惑をかけた。して…私を呼ぶという事は何か問題が起こったってことでいいか?」

 百を超える悪魔族を有してるシトリーの軍隊、たった一人で全てを管理する事が不可能なこの多種多様な悪魔達をまとめているのは、編成された者達の自由な戦闘にある。
 数と連携による戦闘で魔物や冒険者達を狩るが、それでも敵わない敵が現れた場合、シトリーを呼び出すよう命令している。
 そのような自由な戦いと協力的な対応に隊のほとんどは彼女に信頼を得ている。なので部下の慌てようでシトリーは大体の危険度を推測出来るのだ。

「はい、第2小隊がこの谷にいる特殊な魔物に苦戦し被害が甚大だそうで、お嬢様の力を貸して欲しいとのことで…。」

 ヒズミは徐々に言葉を失った、彼の視線には彼女が遠くを眺めながら一筋の涙を流していたのが見えたからだ。

「お嬢様…?」
「はぁ…涙の馬鹿…もう変えられないって分かってることじゃないか…。」

 シトリーはヒズミに聞こえないくらいに小さく呟き、再び涙を拭いた。
 そして、覚悟を決めたような真剣な眼差しでヒズミの方を向き彼にこれからの作戦行動を伝えた。

「ヘラ様から直々の命令が下った…計画変更だ。」
「ヘラ様から!?」
「皆に伝えろ、これから私達は…病魔パンデモニウムを復活させる。」

 朝焼けの光が二人の姿を赤く照らす、瘴気が谷の下部に漂い雲海ような姿を見せる神秘的な背景に目もくれず、彼女達はただ上る朝日を見ていた。
 もう戻る事が出来ず、ただ進み続ける事しか出来ない事をその太陽は暗示していた。

 街の外から鐘の音が響き、部屋のカーテンが開かれる。中に差し込む日の光がクロムの顔を照らす。
 当てられた光に俺は寝苦しそうに唸り、重たい瞼を開く。

「知らない天井…」
「クロムさん?」

 俺の呟き声に反応したレズリィが俺の元に駆け寄る。

「よかった…目が覚めたんですね。」
「レズリィ…あれ?俺なんで寝てて…」

 重たい身体を起こし、自身に起こった出来事を思い出す。
 帝国幹部のセーレとの契約決闘で激しい戦いに勝利して…いや、戦いでは負けたけどペナルティで不戦勝を狙って…それからーー。

「そうだ…!あれからどうなった?セーレから何か聞き出せたのか?コハク達は…」
「落ち着いてくださいクロムさん、あなたはあの戦いの後、緊張が解けたように倒れてしまったんです。それからの事ですが…」

 レズリィに質問を何個もぶつけながら這い寄る俺を、彼女が落ち着かせながらゆっくりとその後の出来事を語り始めた。

 セーレとの契約決闘勝利後ーー

「クロムさん!?しっかり!」

 セーレとレズリィの主従関係の契りを終えた後、クロムは事切れたようにレズリィにもたれかかった。
 レズリィはクロムを横に寝かせ状態を確認した。
 治癒魔法で傷を治し、呼吸と心臓の鼓動は正常か胸に手を起いた。人が睡眠時に発する規則的な動きを見て、クロムは極度の疲労で気絶したとレズリィは把握し安堵のため息を吐いた。

「いやはや…素晴らしい勝利でしたよ。まさか悪魔を出し抜くなんて。」

 クロムの安否を確認していたレズリィは、背後から近づいてきた商人達と雇い兵達に気づかなかった。
 レズリィはその話し声に気づき振り向くと拍手した彼らに称賛されていた。
 だがレズリィは彼らの顔を見て理解した。

 (この人達は心から称賛などしていない、人を品定めするような目でこっちを見ている…?)

 レズリィの体から嫌な汗が流れる、横にしたクロムの体を片手で無意識に揺らしながらじっと彼等を見ていた。
 その表情を見ていた商人の一人がニヤリと笑みを浮かべ口を開いた。

「それで…私達はあなたに頼み事があるですよ神官さん。」

 そう言うと彼は、気絶して倒れているセーレに指を指した。

「そこで寝ている悪魔、譲ってくれないか?」
「えっ…」

 突然の事でレズリィは呆気にとられた顔になる。商人達が悪魔を欲しがっている?とその疑問を考えていると、他の商人達もそれに乗っかり話続けてきた。

「うちらは悪魔を奴隷に出来ると聞いたもので、ここまで足を運んだんですよ。そして今、あなた達は聞いた通り悪魔を手駒にした。」
「だが悪魔となっちゃあなた達の敵、奴隷にしたところであなた達はそれを使う事は周りからの目も気になる事でしょう。」
「だからどうですか?うちらに差し出してくれれば良い値で買取ましょう。この先あなた達には資金が必要でしょう?」

 彼等はそう言うと、我こそはと言わんばかりに手を挙げて金額を提示してきた。
 …10000エルカ!…20000エルカ!と飛び回るお金の声に、レズリィは顔を青ざめながら震えた口で彼等に質問した。

「あなた達…この悪魔をどうするつもりなんですか?」

 すると彼等は、当然だと話すような口調でその問いに答えた。

「どうするも何も…売れば金になるからだろ?」
「奴隷とはいえ危険な魔物を他国に渡す訳にはいかない。なら、こいつを解剖して使える部位を売り捌けばいい。」
「こいつの翼、目、血、魔法使いにとって魔物の素材は喉から手が出るほど欲しいブツだ。良い値で買えば私達の懐も潤うし、こいつの素材で魔法使いが強くなれば大きな戦力になる。」

 売買…解剖…利益…人の口からそう簡単に出ることはない単語が出てきてレズリィは後悔した。
 クロムから聞かされていた奴隷商人の裏の顔、自身の利益のために獣人族などを攫ってお金にしている。
 人とも呼べぬ狂人だという事に気付かされ、レズリィは吐き気を催す気分に陥った。

「何青ざめた顔してるんだよ、あんたらだって魔物の魔石を利用して魔法を使った事くらいあるだろ?これは私達人間にとって大きな一歩になるんだよ!」
 
 あっ…とレズリィはふと気付かされた。
 自分達がやってきている事は、魔物の命を使った私欲の行為だという事に。
 そこには食事で言う(いただきます)と同じように、いただいた命への感謝がある事に。
 彼等の話を聞くたびに、レズリィはセーレに対する感情がもう一つ付け加えられた。
 可哀想…と。

「あなた達…可哀想だと思わないんですか…?」

 ーー言ってしまえば人としておかしいと罵倒されるかもしれない。

「たしかに魔物は私達に危害を与えます、そういう罪人は処せば報いとして受け入れるでしょう。」

 ーーでも、見ていられない。

「ですがあなた達がやろうとしている事は、生きた者を自身の欲のために傷つけようとしてる!死よりも苦痛を与える惨い事をあなた達は平然と行おうとしている!」

 ーー私達は人間だ、悪魔じゃない!

「いつから…いつから私達はこれほどまでに残酷に…生殺与奪の権を行使出来るほど偉くなったんですか!?」

 声をあげて叫んだ事で息が荒くなる、無意識に涙した目で彼等を睨んだ。
 彼等の顔はどれも同じような顔でレズリィを見ていた。
 失望…罪人を見るような呆れた目…そんな顔をしながらさっきとは違う声色でレズリィに話し出した。

「そうか…あんたは神官だ。生きる者に救いを与える人だった。ならあんたは、あの悪魔を助けようと言うのか?」
「えっ…」
「あんたが言っているのはそういう事だろう?魔物であっても生きている者に惨い事はさせられない。だがそいつらは私達人間を何人も屠ってきた害悪そのものだ!」
「そういう奴らは生かしちゃいけないんだよ、そしてそれを守ろうとする人間もあいつらと同じ悪魔だ!」

 商人は合図をすると、何人もの雇い兵が舞台に上がり始めた。

「嫌っ!離して!」

 レズリィは複数の兵に拘束され、地面に叩き伏せられた。
 その目線には、両手両足に拘束具をつけられ彼等に引きずられながら運ばれているセーレの姿があった。

「待って!彼女を解放し…むぐぅ…!」

 兵の一人が布でレズリィの口を覆った、鼻と口を押さえられているため徐々に息苦しくなってくる。

「そいつも捕えろ、こいつは悪魔の味方をした罪人だ。他国に売り捌いて奴隷としての生活を味合わせてやる。」

 商人の命令に、兵はレズリィの両手に拘束具をつけようとしたその時…

「そこまでですあなた達、すぐに兵を呼び戻してください。」

 商人の周りに銀色の槍達が一斉に向けられた、それは観客に紛れた衛兵達だった。

「その槍…何故城の衛兵がこんな所に?そうか…あいつが悪魔を仕留め損ねた時に迎撃できるよう集められたのか。」
「今はそんな事で武器を向けているわけではありません。これは私達の仕事、あなた達にあの人達を捕える権利などありません。」

 だが商人は一歩も引かず、衛兵達にこう述べた。

「捕まえる権利などいらぬだろう、この神官は悪魔を庇った、これは立派な人間への裏切り行為だ!」
「許すわけにはいかない!悪魔だろうと人間だろうと悪は悪、この世界に蔓延る悪は根絶やしにする、それが俺達人間の使命だろ!?」

 商人達の暴言に近い言葉で周りの衛兵に動揺が広がる。
 衛兵も具体的な事は知らされていない、何故クロムとセーレが戦わなくてはならないのか。
 目的も知らぬ衛兵達は徐々に疑心暗鬼になり、衛兵達の中で議論が生まれ始めた。

(ククッ…自分じゃ動けない指示待ち人間が。今この場でどちらが正しいのかなんてわかる奴はいるわけがない…。)

 商人達の心の中で狂気な笑みを浮かべる自分の表情が現れた。

 (お前等はただ周りに流されて仕事している平民に過ぎない、そういう奴らから富を奪って商売をしてるんだこっちは、物言いで勝てるとでも思うなよ。)

 人間の心情を利用し、衛兵達を攻撃意識を失わせた商人。
 残酷に誰一人として舞台にいるレズリィやセーレを救出する者は現れず、ただ拘束されて運ばれていく光景が広がっていた。

「ほう…悪を根絶やしにするか。」

 パキィィィィィン!
 突然、舞台に上がっていた雇い兵達の足が凍った。

「あっ…足が…!誰だこんな事を!?」

 うろたえる兵達は自分の足元を見ると、凍った足から根を這うように一本の氷が舞台外に続けていた。まるで狙った相手を逃さないようにロープで引っ張られてるように。

「お前達は言ったな?捕まえる権利などいらないと、確かにそれは的を得ている、もとよりそういう権利が大きくなったのが衛兵なのだから。」

 氷の道の先から威圧感のある声が響く、そして舞台に上がった時、それが誰であるか闘技場にいた人間は明らかとなった。

「だが、最終的な判断を下すのは私の仕事だ。まさかそれを奪おうとする訳じゃないだろうな。」

 不敵な笑みを浮かべたこの城の主、テレサ女王が現れ、一気に場を制圧した。





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とある乙女ゲームのノベライズ版悪役令嬢に転生いたしました。 強制力込みの人生を歩み、冤罪ですが断罪・婚約破棄・勘当・平民落ちのクアドラプルコンボを食らったのが昨日のこと。 これからどうしようかと途方に暮れていた私に話しかけてきたのは、学校で歴史を教えてるおじいちゃん先生!?

「魔道具の燃料でしかない」と言われた聖女が追い出されたので、結界は消えます

七辻ゆゆ
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聖女ミュゼの仕事は魔道具に力を注ぐだけだ。そうして国を覆う大結界が発動している。 「ルーチェは魔道具に力を注げる上、癒やしの力まで持っている、まさに聖女だ。燃料でしかない平民のおまえとは比べようもない」 そう言われて、ミュゼは城を追い出された。 しかし城から出たことのなかったミュゼが外の世界に恐怖した結果、自力で結界を張れるようになっていた。 そしてミュゼが力を注がなくなった大結界は力を失い……

過程をすっ飛ばすことにしました

こうやさい
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 ある日、前世の乙女ゲームの中に悪役令嬢として転生したことに気づいたけど、ここどう考えても生活しづらい。  どうせざまぁされて追放されるわけだし、過程すっ飛ばしてもよくね?  そのいろいろが重要なんだろうと思いつつそれもすっ飛ばしました(爆)。  深く考えないでください。

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