推しがラスボスなので救いたい〜ゲーマーニートは勇者になる

ケイちゃん

文字の大きさ
上 下
12 / 87
旅立ち編

第十二話 契約決闘 決着

しおりを挟む
 契約決闘、セーレの不意打ちから始まったこの戦いは開始から10分が経った。
 戦況はセーレの攻撃に防戦一方な状態が続いている、遠くに離れれば魔法で攻撃され、近くにいれば一撃の重い技が繰り出される。よってクロムはその二つの脅威に逃げ続けてガス欠寸前だった。

「それにしても、見る価値もありませんね。ルカラン王国の勇者がどんな強さなのか興味がありましたが、あれじゃただのど素人ですね。」

 商人の雇い兵は退屈そうな表情でクロムを見ていた、その話に賛同するかのように商人もため息をこぼしながら話し出した。

「つまらぬな…悪魔を倒せる力があるからこの戦いを望んだというのにこの体たらく…悪魔の奴隷というのはどういうものなのか見てみたかったが。」

 つまらないと呟き席を立とうするところに、隣に座る頬に湿布を貼った商人が口を開いた。

「まぁそう言わずに最後まで見ていったらいい、どうせ結果は分かりきってる。だったらあいつが最後にどんな悲観な叫びをあげるか気にならないか?」

 商人は不気味な笑みを見せてクロムの戦う姿を目で追った。

「素人が…私をこんな姿にさせた恨み、きっちりその悪魔に叩き込んでもらえ!」

 闘技場の中は観客がクロムに声援を送るので一杯だ、「頑張れー!」、「負けるなー!」など声をあげているが、その声には気持ちがこもっていない。
 誰もがクロムは勝てないと思っている、実力差で負けている者を応援するほど人は早く諦めがついてしまうのだ。

「はぁ…はぁ…」

 俺は剣を支えに片膝を折った、走り回って攻撃を回避したせいで疲労が足に蓄積している、勇者の体じゃなかったら2分も持たないだろう。

 ポタッ…ポタポタッ…

 再び起き上がろうと体に力を入れたその時、地面に赤い水滴が滴った。
 俺の血だ。額の傷から血が流れて落ちていた。

「あらあらどうしたの?血が出てるわよ。」

 心配という感情もなく、自身がつけた傷の痛みを知らしめるようにセーレは俺の体の状態を告げた。

「ちっ…」

 俺は軽く舌打ちをし、勢いをつけて体を起こした。急に立ち上がったせいで頭に血が登らず立ちくらみが起こる。

「そろそろ飽きてきたわ、ただ逃げるだけがお前の策ならとんだ茶番ね!」

 セーレは両手に黒いオーラを包み、俺に飛びかかってきた。
 彼女の戦い方はゲームでも同じだ、自身の手から繰り出す素手スキル、そこに闇魔法を重ね威力を上げる黒腕《こくわん》状態で戦うのが主流。
 だが今とゲームで違うのはその攻略法、本来ならこの黒腕状態な姿で戦わせないために衛兵達が拘束魔法で動けなくさせるというのがこのセーレ戦のイベント。
 だが今はそれがない、一発一発が致命傷な黒い腕が鞭のように襲いかかる。

「ほら!ほら!!ほら!!私に勝つんでしょう?やってみなさいよ!」

 繰り出されるコンボを剣で弾いていくが捌ききれず、隙をつかれ彼女の左手がまっすぐ俺の胸に目掛けて突っ込んできた。
 俺は必死に体を傾けようとしたが間に合わず、左胸に彼女の指が刺さってしまった。グサッ!と肉を抉るような嫌な音が耳に入り、俺は顔を歪ませた。

「うぉぉぉぁぁぁぁ!」

 俺は突き刺された腕を掴み、右手に持った剣で彼女に向かって右下から斬り上げた。
 だが彼女の黒腕がそれを阻止した、ミシッという人体からでない音を出して、腕で俺の剣を受け止めたのだ。

「二度も同じ手をくらうか!」

 そういうと彼女は力強く俺を蹴り出した。その衝撃で後ろによろめいた隙を狙い、彼女は左手に力を込めその拳を突き出した。

「ダークインパクト!」
 ギャィィィィン!

 俺は咄嗟に持っていた剣で受け止めたが、激しい金属音と共に俺は吹き飛ばされた。
 俺の体は観客席に飛ばされる事なく防御結界に叩きつけられた。
 セーレは体勢を立て直す前に追撃しようと、俺の上に飛び込んできた。

「知ってるかしら?格闘試合はね、壁際に追い込まれたら負けなよ。」
「へぇ、そうかい。俺はてっきり熱烈なアプローチかと思ったよ。見えてるぞスカートの隙間から、お前のパンーー。」

 ドガァァ!

 俺の話が言い終わる前に彼女の拳がそれを塞いだ。咄嗟に剣で防御したが彼女の繰り出す技が止まらない。俺は剣を端で持ち彼女の攻撃を何度も受け止めた。

「ちょ!ばかばか打つな!折れるだろうが!」

 この戦いで何度も剣で技を受け止めてきた、ゲームでは武器防具の耐久値などはなく永久に使えるが、あの大量のスライム戦で焼かれた防具を見るにこの世界では耐久値が存在する。
 剣が折れてしまえば、もう俺になす術は残っていない。

 (一か八か…やってやるよ!)

 俺は一瞬の隙を狙って彼女の首元に剣を振った、だがそれをわかっていたかのように彼女は右腕で防御した。
 闇魔法で武装しているからダメージはない、そう彼女は思っていたが、その剣は斬るというより当てきたのだ。
 力を抜いた状態で振った剣は俺の手からすり抜け、呆気としてる彼女の首元に俺は左手を伸ばした。

「がっ…!」

 ガシッとしっかり首を掴み、その手の中から魔法陣を展開した。

 (まさかお前…!)
「二度目だぜ、零距離火球《ファイア》!」

 セーレは爆破の衝撃で吹き飛ばされ、背中から倒れた。
 観客はそれを見て一気に希望があるような歓声をあげた。人間が契約決闘で悪魔に勝つ、そのような番狂わせが起きると。
 だがその歓声はセーレが飛び上がるの同時に止まった。
 立ち上がったセーレをよく見ると、首元には腕と同じよう黒く変色していた。

「言ったでしょ…二度も同じ手はくらわないって。」

 そう言う彼女でも息を荒上げていた、それほど危機的状況だったのだろう。

「たくっ…そう簡単にはいかないか。」

 俺は防御結界に手をつきながら立ち上がり、まだ戦えると強気な姿勢を彼女に見せた。
 セーレは「はぁ?」というため息混じりの言葉を呟きながら俺を睨んだ。

 (何だ?まだ戦う意志を見せるだけであんな面倒な表情をするか?)

 俺はその目に違和感を持った、戦闘で優勢なセーレが睨むほど追い込まれてる?いや、そんな都合のいい事はあるわけがない。
 俺はこんな疲労困憊な状態でもそんなことを考える体力に…

 体力…

 そういえば…痛みが感じない…

 人間が体力的にも精神的にも疲労が蓄積しやすいのは痛みだ、痛みを感じる度に人間はストレスを抱える。
 俺は一番ダメージを負ってる刺された左胸に目線を向けると、傷跡には緑色の光が弱々しく光っていた。

「っ…!やめろ!」

 俺はこの光の正体に勘づき、大声で制止を告げた。
 観客の誰もがその叫びにざわつき始める。その中で一人、驚いた表情で俺を見ている者がいた。
 俺の背後で座っていたレズリィだ。

「回復はしなくていい…気持ちだけで十分だ!」
「えっ…でも!」
「そのまま見ててくれ、こいつは俺だけで倒す!」

 俺は後ろを振り返ずただセーレを睨み続けた。彼女も先程の睨んだ表情から少し呆気にとられるような表情に変わっていた。

「驚いたわ、回復を拒むなんて。私の顔色を伺わなくても契約書には戦闘中の乱入は駄目とは書かれてないから別にいいわよ。」
「ご指摘どうもな、だがそんな手には乗らないぞ。」

 そう、契約上第三者からの支援は禁止されてない、なんなら周りの人がセーレに目掛けて魔法を撃ってもペナルティとして敗北にならない。
 だがそこには契約に書かれていない落とし穴が存在する。

「乱入有りとは言ったが、回復ばかりされていたらお前はそっちを対処するだろ。契約書には対処者外の死亡はペナルティにされてないんだからな。」

 その言葉にレズリィはクロムがどうしてここまで一人で背負い込むのか気づいた。

「誰も犠牲にさせたくないから…自分のやった事に誰かを巻き込ませたくないからなんですか?…でも、そんなのただの自己犠牲じゃないですか!」
「自己犠牲…か。」
「私に手伝わせてください!クロムさんの覚悟は伝わりましたから!このままじゃクロムさん死んじゃいますよ!」

 俺の背後で、涙混じりのレズリィの絶叫が響く。それでも俺は手を横に伸ばし「絶対に手を出すな」と忠告した。

「美しい友情ね、でも戦闘にそんな感情を持つ者は弱い奴と決まっでるのよ。」

 セーレは相手を馬鹿にするようゆっくり拍手しながら笑みをこぼした。

「群がり、足を引っ張り合い、傷を舐め合う事しか出来ない。挙句相方を殺せばそれに激怒する始末、そんなものは負け犬の遠吠えと同じよ。」
「お前は…何を言ってるんだ?」
「親切に言ってるのよ、本物の強さっていうのは自身で磨き上げる事でその真価が発揮される。」
 
 セーレは話の途中で俺に攻撃を繰り出した、セーレは間髪入れずに拳を叩き込み、俺はその拳を剣で弾いていた。
 疲労が蓄積しているせいか、徐々に拳が重くなっていき、一歩…また一歩と後ずさる。

「お前達が!どんなに仲間を束ようとも!自身の成長には繋がらない!死ぬなら弱いまま死んでいけ!惨めに自分の弱さを悔やみながら死ねぇぇ!」

 セーレの強い叫びと同時に、黒いオーラに包まれた左手を振りかぶり、相手を横一振りに叩く「ダークスラッシュ」が俺の左腕にヒットし、メキメキと中から嫌な音が流れた。
 それでも俺は右手に持った剣を空いてる胴体にめがけて振るったが、彼女の背中に生えた翼が守るように体を覆い隠し俺の斬撃を防いだ。

 (くそっ…!叩かれすぎて刃が丸くなっちまってる!)

 セーレは両腕を広げ、俺の体を表にさらした。そして彼女は素早く俺の首を掴みあげた。

「ぐっ…!」
「ようやくわかったわ、この戦いの違和感が。」

 セーレは俺の首を気絶させない程度に締め上げ、淡々とこの戦いの真意を口にした。

「何故無謀な戦いに一人で挑むのか、何故仲間の支援を頼らず無様に醜態を晒すのか。お前が狙っているのは私に勝つ事じゃない、私にペナルティを負わせるためでしょう?」
「うっ…!?」

 見破られて驚いたのか俺の目が少し見開いたのを見てセーレは確信を持った。

「最初は身代わりを使った対象者以外の奴隷化、そして今やろうとしてるのは、相手を死亡させるペナルティを私にさせようとしている。たとえ死んでもルーナ城の魔法技術ならなんとか出来るでしょうね、蘇生魔法で生き返っても契約上なんの問題もない。お前の勝ちが決まる。」

 最初から勝つために戦っていなかった事、それが敵に見破られてしまった事に俺の中で不安が徐々に募っていく。

「まぁでも、弱いなりによく考えこまれた作戦だったわ。狂気の沙汰ほど予想を遥かに上回る思考にたどり着くのだから。野蛮な部下達とは大違いだわ、お前のような頭を使う奴がいてくれたらもっと楽だったのに。」

 楽だった…その言葉に俺は反応し、首を締めている手を離そうと踏ん張りながら話をした。

「楽だった…?そんな言い方はないんじゃないのか…?」
「は…?」
「お前の話じゃ…まるで一人でもこの国を堕とせるみたいな言い方じゃないか…だったら…何で仲間なんて連れてきた?」

 セーレは動揺もせずに自分が思っていた事を口にだした。

「仲間?それは同等のレベルの者と共闘する時に言うのよ。あれはチェスでいう駒、王を討つための手段の道具でしかないわ。何も悲しい事じゃない、皆自身の国のために死ねるなら本望でしょう。」
「本望…だと…!?」
「ほらその目よ。仲間の事で、ましてや敵の仲間まで気遣うその精神。弱い癖に吠えるだけの威勢だけは一人前だけど、負け犬を通り越して無様ね。」
「無様…?負け犬…?それはお前もだろ?」
「なんだと?」
「ルーナ城の襲撃に失敗して、仲間が大勢死んで、何の成果も挙げられず捕まってしまって、俺との戦いに勝利しても得られる情報がそうでもない物だったら?」

 俺はセーレを哀れな目で見ながらニタニタと笑い話し続けた。

「負けて死んだ方が名誉として逝けたのに、手ぶらで帝国に帰ったら皆どんな風に思うだろうな?そういうの…負け犬って言うんじゃないのか。」

 話が終わるのと同時にセーレはより一層首を絞める力を強めた。彼女の指が食い込み、本気で絞め殺そうとする勢いだ。

「言いたい事はそれだけかしら?いいわ…決めた、お前を奴隷にして情報だけもらったら、人間かすらわからないほどに肉塊してやるわ!」

 彼女の右手から赤色の光が怪しく光だし、それを思いっきり俺の腹に叩き込んだ。

「がぁぁぁぁぁ!」

 腹部が焼けるように熱く、まるで焼き印をつけられている感覚に悶え苦しんだ。もがこうにも魔物の力に抵抗出来ず、そのまま悪魔の所有物の証である烙印が押された。

「世界の命運を背よった勇者もこれで終わりね、20年平和が続いたせいで、勇者の格が落ちちゃったんじゃないの?」

 そう言うとセーレは俺の体を軽々と投げ、地面に叩き伏せた。
 喉が焼けるような掠れた呼吸をしながら再び立とうとしたが、全身に走る強烈な痛みで立ち上がる事が出来ず、力尽きうつ伏せに倒れた。
 そんな姿を不気味な笑い声をあげながらこちらに近づいてきたセーレは、苦痛に体を震わせている俺に向けて何度も踏みつけてきた。

「無様!無様!無様!!人間達の敗北決定!アハハハハ!」

 クロムの苦痛な喘ぎ声と高らかに笑うセーレの声が闘技場を響かせる、それはまさに人間が悪魔に抗った先の末路を示唆しているようだった。

「クロムさん…!」

 決闘が決着した事で防御結界が閉じられ、レズリィが悲鳴混じりの声をあげながら俺のもとに駆けつけ、その身を挺して庇った。

「お前、こいつの仲間のようね。これでわかったでしょう?人間は悪魔に勝つ事なんて出来やしないのよ。わかったのならお前もさっさと頭を地面に擦り付けて降伏しなさい!」
「うぐっ!」

 セーレはクロムと同様にレズリィの背中を踏みつけ、舞台の上で一人高笑いしながら勝利の愉悦を感じていた。
 敗北…この戦いの結末に誰もが悔しさと諦めついた感情に呑まれ、負の沈黙が流れていた。

「っぐ…!治癒《ヒール》…。」

 ささやくような声でレズリィは静かに俺の治療をし始めた。
 それを見たセーレは笑い声を漏らしながらレズリィの治療に口出しした。

「あらあら、まだそいつに情を持ってるの?もう無駄だよ、そいつはもう私の言いなり、命令すればお前を滅多刺しにする事だって…」

 セーレは何かを思いついたかのように不気味な笑みを浮かべ、レズリィに指を指し命令した。

「ああそうだわ…勇者、自分の仲間をその手で殺しなさい。見せ物の舞台に最高のフィナーレを飾ってやるのよ!」

 その命令を聞いたクロムは、不気味な笑い声をあげながら徐々に体を起こしていった。
 それを間近で見ていたレズリィは、聞いた事もないクロムの声に恐怖でその場から動けずに、ただ笑い続けるクロムの表情を見る事しか出来なかった。

「ハハ…アハハハハ…アハハハハッ!」

 だが、その笑う表情はどこか面白い何かを見ているかのような感情であり、闇を抱えているような負の笑みではなかった。皆がそれに気づく中、ようやく笑い声が収まり、俺は息を荒上げながらその理由を口にした。

「ああ…最高のフィナーレだよ…。まさか本当にうまく出来るとはな…!」
「うまく出来る?何を言ってるのよ?」

 セーレは得体の知れない何が体に纏わりつくような感覚を感じた。
 彼女の直感が脳内に囁く、なにかやばい…と。

「ジャスト30分…しっかり時間は稼いだぞ…!二人共…!」

 そう意味の分からない事を話した瞬間、セーレは電流が走ったかのように体が硬直し、その場に膝を折って座り込んでしまった。

「えっ…」

 糸で操られていた人形が役目を終えて力無く倒れるように、セーレの体は不思議な事に指一本も動かず、呆気にとられた表情で何が起きたか状況を確認した。

 (動けない…拘束魔法?第一なんで今?私に情報を聞かせないようにするため?いやそもそもこいつはなんで私の許可なく自由に話せる?)

 勇者を奴隷にした、あの烙印の模様がある以上自由な事は出来ない。そう意気込んでいたが彼女だが俺の姿に驚愕した。

「奴隷の刻印がついてない…!?何故…!」

 俺の腹部にはセーレに押されたはずの刻印が付いておらず、そこには回復魔法で綺麗に治った素肌だけが表れていた。

「ペナルティだ、お前は契約違反で敗北したんだよ。お前がそうやって動けないのも、奴隷による自由を奪われた証拠。お前達は何度も見てきただろ?」
「ペナルティだと!?そんなはずない!たしかにお前の体に刻印を入れた、それで勝負はついただろう!なのに何故!?何故お前は奴隷になってない!?」
「じゃあ教えてやるよ、お前が何に違反して負けたのか。」

 俺は指を鳴らすと最初に二人で契約した紙が現れた、それをセーレが見える位置に置き、彼女は一文一句目を通した。

 ・この契約決闘でお互いが賭けるもの《自身の魂》
 ・勝利条件《相手の体に奴隷の刻印を打ち込む事》
 ・敗北(ペナルティ)条件《相手を死亡させる、対象者外の奴隷化、決闘者の逃亡または投降》
 ・この契約は血の交じりを行った瞬間に効果は発揮され、以降勝負の決着がつくまで継続される
 決闘者名 ・レズリィ・ホワイト
      ・セーレ・アルガルト

 セーレはレズリィという名前に少し違和感を持つ。
 たしかこの僧侶はこいつの事をクロムと言っていたはず、じゃあここに書いてあるのは誰だ?そもそもこいつはどうやって自身の名前をすり替えた?

「どういう事だ?まさか戦っていたのはお前じゃなかったっていうのか!?」
「そうだ、ここに書いてある名前は俺じゃない、こいつの名前だ。」

 俺は隣にへたれて座り込んでるレズリィを起こし、彼女の名前を紹介した。

「血の契約は自身の血がその証明になる、だから俺は別な血を用意した。あの時ナイフで切ったのは俺の手じゃない、レズリィの血が入った小さい袋さ。」

 ーーセーレに出会う少し前…

「ええっ!?私がその決闘に参加するんですか?」

 俺はレズリィに悪魔と契約決闘をする流れを説明していた。そこに自分の名前が出てきて、彼女は動揺していた。

「いや、名前だけ貸してもらいたいんだ、そうでもしないとこの決闘は勝てない。」
「どういう事ですか?」
「なんで契約決闘で、人間は悪魔に敵わないのか知っているか?」

 レズリィは首を横に振った、名前を貸すということもその流れも彼女にはわからない事だらけだった。
 俺は近くにあった紙とペンを持ち、わかりやすいよう絵で説明した。

「本当は人間は悪魔に敵わないんじゃない、普通に戦えばこっちが強い事だってある。それが許せないんだろうな、悪魔はこの決闘にある秘策を隠し入れた。」
「秘策ですか?」
「《試合放棄》、いわゆる参加した事を無かった事にする。決闘中に悪魔がこれを言えば100%こっちが負ける、悪魔らしい最低最悪の手段さ。」

 そうこの契約決闘、敗北条件に契約者の逃亡または投降と書いているが、それは大きな落とし穴なのである。
 契約者が試合を放棄すると告げれば、契約書に書かれたその名前が除名される。いわば契約決闘から無関係な立ち位置になってしまうということだ。
 放棄というのは逃亡や投降とは意味が少し違う、持っている権利を捨てるという意味になる。
 するとどうなるか、契約決闘の勝利条件が《相手の体に奴隷の刻印を打ち込む事》なので相手がいなければそれが出来ず投降という形でペナルティがかされ敗北してしまう。

「では…どうやって勝つと言うんですか?」
「おそらくセーレは、乱入ありな条件をたたき出してくる。そうなれば、契約者がレズリィでも乱入ありの条件で俺が戦えるって事だ。あとはあいつがペナルティで敗北するよう仕向ければ俺達の勝利になる。」
「そんなのわからないですよ、もし乱入なしだったらどうするんですか!?」
「大丈夫、俺が相手って知っただけでそんな慎重な考えはとらない。だって俺は…」

 ーー今に至る…

「お前の敗因を教えてやるよ、俺の名前を聞かなかったことでも、契約書に条件を記載しなかったことでもない。お前は俺が弱いと認識していた事だ。」
「はぁ?」
「俺には分かる、お前は強い、武具の装備がないハンデをもらっても勝つどころかお前に致命傷すら与えられなかった。」

 俺はセーレの本来の姿をゲームで目にしている、彼女は近接戦でその力が発揮できるよう腕と脚には装甲レベルの強固な武具が装備されていた。
 だが今は、捕らわれた事でそんな危険な装備は外されている。彼女はずっと薄手の指抜きの手袋に一般靴のまま戦闘していたのだ。
 もし武具が装備されていたのなら状況はかなり変わっているだろう、下手すれば10分も持たないかもしれない。
 だがそんな強い武器があるからこそ忘れてしまう、自身の強さに慢心して相手の力量を見誤ってしまうことに。

「負けない…こんな奴に負けるはずがない、そんなプライドのせいで本来の戦い方を見失ってしまった。せこい戦いなんてしたら俺に劣ってしまったって思っちまうからな。」
「ぐぅ…!」

 砂を噛むように悔しさの声が滲むセーレの表れに、観客の喝采は大いに盛り上がる。
 悪魔族を下し、今まで誰一人成し得る事が出来なかった契約決闘の勝利に誰が不満をあげようか。
 だがその悔しさの声は、徐々に薄笑いの声に変わっていき、突如放った言葉に観客の歓声を止めさせた。

「何自分は勝った気でいるのよ、悪いけどまだ勝負は終わってないわ!」

 セーレが顔を上げると、まるで今までが茶番だったかのように余裕な笑みに戻っていた。

「試合放棄!私の参加を無かった事にする!」

 試合放棄、その言葉に観客もレズリィも一瞬硬直する。まだ試合は終わっていない…そんな緊迫感が再び訪れようとしていた。
 はずだった…

「えっ…あれ?」

 試合放棄と叫んで数秒、周りで変化した形跡もなく、セーレも力無く座り込んだままだった。
 契約決闘は悪魔族が作り出した遊戯、負ける事ないよう抜け道を作っていた事に安心していたのかもしれない。何も変化しないという結果に、セーレは生まれて初めて恐怖を覚え、呼吸が苦しくなった。

「なっ…なんで…?なんでよ!試合放棄の無効は条件に組み込んでないのに!」

 俺はため息を吐きながら、焦るセーレの前に座り、契約書の文章を指でなぞるように見せた。

「はぁ…ちゃんと契約書を読んだのか?ここに《この契約は血の交じりを行った瞬間に効果は発揮され、以降勝負の決着がつくまで継続される》って書いてあるだろ。試合は決着したのに放棄なんてしても意味ないだろが。」

「ああっ!」とその事実にセーレは絶叫した。自身が書いた条件に足元をすくわれ墓穴を掘ってしまった事に、敗北という文字を味合わされた。

「さて、勝者も決まった事だし、あいつに主従の契りをしてやれレズリィ。」
「まっ…待って!言う!言うから!私達の情報は全て話すから!だからヘラ様との繋がりだけは消さないで!もうあの頃には戻りたくない!」

 酷く怯え、涙目になりながら自身が奴隷になる事を拒むセーレだが、俺は心がこもっていない声で彼女が行ってきた事を思い出すよう言葉に表した。

「駄目にきまってるだろ、なんで悪魔が命乞いなんてしてるんだ?それが人間の立場だったらお前達は許してくれたか?」

 数々の人間を騙し、否定と悲哀の懇願が呻いた場面を一番近く見ていた彼女だから分かる。
 私達はそんな表情が一番興奮するんだ、だから当然…

「あっ…あははは…」

 もう全てを諦めたかのようにセーレの感情が壊れてしまい、涙をこぼしながら無気力に笑い続けた。
 そんな彼女に変化が表れた、胸部が赤く光り出しその光の中から糸が伸び出す。その糸はレズリィの腕に絡みついた。

「糸を引けレズリィ、奴の魂を手に入れるんだ。」
「はっ…はい!」

 レズリィが糸が絡みついた腕を引っ張ると、セーレの糸がついた胸部から、赤黒く輝く光の玉が現出していく。
 サイズはピンポン球程度だが、その中には凄まじいほどの魔力が蓄えられている。
 これこそがセーレ・アルガルトたらしめる根源、彼女の魂だった。

「嫌だ…いやだいやだいやだァァァァーー!」

 空中で禍々しく輝く自らの魂を涙混じりに泣き叫びながら、返してほしいと訴える目で眺め続けるセーレ。
 そんな彼女の魂は突如歪な形に変形し、卵にヒビが入って中から雛が飛び出すよう、赤黒い形をした中から真っ白に輝く球体が現れた。

「あれが彼女の本当の魂、ヘラグランデの契りに蝕まれていたんだな。」

 ヘラグランデとの使役者としての契りが破壊されたことで、セーレは糸が切れたように倒れ込む。
 そしてレズリィの腕から突如青い光が放たれ、その光は繋がれた糸に伝わり、セーレの魂を青く染めていく。
 所有者は私だと証明するよう、青白く輝く魂に変化しセーレの体に戻っていく。
 これで主従関係の契りが終わった。それを見届けたレズリィは、肩の荷が下りたのかその場に座り込んだ。

「クロムさん…私…。」
「レズリィ…こういう場面は苦手か?あんな顔をした悪魔に手を下すことは。」
「ごめんなさいクロムさん…頭ではわかっているんです、この人のせいで何人もの人間が苦しめられた悪魔だって事は…」

 レズリィは手を胸に当て、顔をうつむきながら涙を流した。

「それでも私…限界まで追い詰められた人に手を下して仲間にしようだなんて…これは…勝利って言えるんですか?」

 俺はうつむいたレズリィの肩に手を置き、「すまない…」と何度も謝罪した。
 悪魔が作り出した契約決闘、その目的は奴隷の確保と悪魔の快楽を得るための遊戯。
 泣き叫びながら懇願する人を手に入れるという快楽がわからない俺達にとって、この結末は気持ちが晴れなかった。


しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

1001部隊 ~幻の最強部隊、異世界にて~

鮪鱚鰈
ファンタジー
昭和22年 ロサンゼルス沖合 戦艦大和の艦上にて日本とアメリカの講和がなる 事実上勝利した日本はハワイ自治権・グアム・ミッドウエー統治権・ラバウル直轄権利を得て事実上太平洋の覇者となる その戦争を日本の勝利に導いた男と男が率いる小隊は1001部隊 中国戦線で無類の活躍を見せ、1001小隊の参戦が噂されるだけで敵が逃げ出すほどであった。 終戦時1001小隊に参加して最後まで生き残った兵は11人 小隊長である男『瀬能勝則』含めると12人の男達である 劣戦の戦場でその男達が現れると瞬く間に戦局が逆転し気が付けば日本軍が勝っていた。 しかし日本陸軍上層部はその男達を快くは思っていなかった。 上官の命令には従わず自由気ままに戦場を行き来する男達。 ゆえに彼らは最前線に配備された しかし、彼等は死なず、最前線においても無類の戦火を上げていった。 しかし、彼らがもたらした日本の勝利は彼らが望んだ日本を作り上げたわけではなかった。 瀬能が死を迎えるとき とある世界の神が彼と彼の部下を新天地へと導くのであった

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

原産地が同じでも結果が違ったお話

よもぎ
ファンタジー
とある国の貴族が通うための学園で、女生徒一人と男子生徒十数人がとある罪により捕縛されることとなった。女生徒は何の罪かも分からず牢で悶々と過ごしていたが、そこにさる貴族家の夫人が訪ねてきて……。 視点が途中で切り替わります。基本的に一人称視点で話が進みます。

メインをはれない私は、普通に令嬢やってます

かぜかおる
ファンタジー
ヒロインが引き取られてきたことで、自分がラノベの悪役令嬢だったことに気が付いたシルヴェール けど、メインをはれるだけの実力はないや・・・ だから、この世界での普通の令嬢になります! ↑本文と大分テンションの違う説明になってます・・・

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

知識スキルで異世界らいふ

チョッキリ
ファンタジー
他の異世界の神様のやらかしで死んだ俺は、その神様の紹介で別の異世界に転生する事になった。地球の神様からもらった知識スキルを駆使して、異世界ライフ

悪役貴族に転生したから破滅しないように努力するけど上手くいかない!~努力が足りない?なら足りるまで努力する~

蜂谷
ファンタジー
社畜の俺は気が付いたら知らない男の子になっていた。 情報をまとめるとどうやら子供の頃に見たアニメ、ロイヤルヒーローの序盤で出てきた悪役、レオス・ヴィダールの幼少期に転生してしまったようだ。 アニメ自体は子供の頃だったのでよく覚えていないが、なぜかこいつのことはよく覚えている。 物語の序盤で悪魔を召喚させ、学園をめちゃくちゃにする。 それを主人公たちが倒し、レオスは学園を追放される。 その後領地で幽閉に近い謹慎を受けていたのだが、悪魔教に目を付けられ攫われる。 そしてその体を魔改造されて終盤のボスとして主人公に立ちふさがる。 それもヒロインの聖魔法によって倒され、彼の人生の幕は閉じる。 これが、悪役転生ってことか。 特に描写はなかったけど、こいつも怠惰で堕落した生活を送っていたに違いない。 あの肥満体だ、運動もろくにしていないだろう。 これは努力すれば眠れる才能が開花し、死亡フラグを回避できるのでは? そう考えた俺は執事のカモールに頼み込み訓練を開始する。 偏った考えで領地を無駄に統治してる親を説得し、健全で善人な人生を歩もう。 一つ一つ努力していけば、きっと開かれる未来は輝いているに違いない。 そう思っていたんだけど、俺、弱くない? 希少属性である闇魔法に目覚めたのはよかったけど、攻撃力に乏しい。 剣術もそこそこ程度、全然達人のようにうまくならない。 おまけに俺はなにもしてないのに悪魔が召喚がされている!? 俺の前途多難な転生人生が始まったのだった。 ※カクヨム、なろうでも掲載しています。

婚約破棄され、平民落ちしましたが、学校追放はまた別問題らしいです

かぜかおる
ファンタジー
とある乙女ゲームのノベライズ版悪役令嬢に転生いたしました。 強制力込みの人生を歩み、冤罪ですが断罪・婚約破棄・勘当・平民落ちのクアドラプルコンボを食らったのが昨日のこと。 これからどうしようかと途方に暮れていた私に話しかけてきたのは、学校で歴史を教えてるおじいちゃん先生!?

処理中です...