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旅立ち編
第七話 信用
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クロムがルーナ城に向かった同時期、コハクはアルノア達を探して街を駆け回っていた。もう日の入りの時刻、周りの風景が街灯を照らす薄暗い街並みが広がり、人を探すほどの視野が無くなっていた。
「はぁ…はぁ…こんなに暗くなっちゃあの人達を見つける事なんて出来ない…硝煙やガレキ特有の匂いのせいで鼻も効かない。どうすれば…」
私は辺りを見渡すと通りを歩いている衛兵を見つけ、話を聞こうと建物から飛び降りた。
「衛兵さん!聞きたい事があるですけど!」
「びっくりした…急に現れないでくれ…」
「すみません、フードを被った魔法使いと、僧侶さんの二人を見かけませんでした?」
衛兵は手を顎にのせ、うーんと声を呟きながら考えた後、何かを思い出したのかコハクにその問いに答えた。
「君の言っていた魔法使いなのかわからないが、それに似た人なら見た事ある。」
「本当ですか!どこで見ました?」
「なんだか顔もよく見えない姿だったから私達に取り調べされていたような…向こうの通りだったよ。」
「とっ、取り調べですか?」
私は衛兵が指を指した方向に向かいアルノアと思われる人物を捜索した。
「確かにアルノアさんは見た目は少し怖いですけど、取り調べするほどの事じゃ…」
私は思い違いであってほしいと考えながら走っていると、道の隅でそれらしい人を見つけ立ち止まった。
その人は衛兵の体を小道に引きずり寄せて外から見えないように隠した。そしてやる事を終えたのか、手をはたきながらため息をついた。
「はぁ…重かったこいつ。」
「ななっ、何やってるんですか!?アルノアさん!」
私は驚いた表情でアルノアのもとに駆け寄った、アルノアは驚いた素振りを見せず声がした方向へ振り返った。
「おうコハク、いやこいつがな、私にべたべた触ってくるから少しお灸をすいてやったんだ。」
「べたべた触ってくるってそれは取り調べです!あなたの格好が怪しいから調べようとしてたんですよ!」
「そんな事言われてもなぁ…もう伸びちゃってるし、起こしたらまた面倒になるだろ?だからこうして人目がつかない所に隠してやりすごそうと…」
「いやそっちの方が問題になります!普通に応じてくれればそれで良かったのに…」
アルノアにひたすら事の問題を話すがまるで話が合わない、結果良ければ良しという考えだ。私はもう少し話を切り出そうとした時、彼女は突然声色を変えて喋りだした。
「コハク…世の中には知ってはいけないものは色々あるんだ、まぁとりあえずお前に出来る事は…」
アルノアは私に近づき両肩に手を乗せた、外が暗い事により彼女のフードの中はより一層暗闇が広がった。
「この事について内緒にしろ、わかったな?」
「はっ…はい。」
急に寄い詰められて思わず返事をしてしまった。彼女の事はあまり怖くない印象だったが、今日でそれが覆された気分だった。
「アルノアさん!あっ、コハクさんもいたんですね。もう!急にどこかに行っちゃうんですから心配しましたよ!」
向こうでレズリィがアルノアの帰りを待っていたのだろう、片頬を膨らませた表情でこちらに歩み寄ってきた。
私はさっきのやりとりがあったためか少し顔が引きつったような表情をしながらレズリィに手を振った、アルノアは何もなかったかのように悪いと手を上げ謝罪したが、レズリィは許さないと言わんばかりにアルノアに何度もポカポカと叩いた。
「あっ…!そうでした!大変なんですよ皆さん!」
彼女達のやりとりになんだかほっこりするような気分に包まれたが、私は本来の目的を思い出し急に血相を変えて彼女達に自分が見てきた事を話した。
「何ですって!捕まった!?一体どうして…」
「何やらかしたんだあいつ、ついに変態にでも目覚めたか?」
「それが…うまく言えないんですけど…手負いの帝国幹部を私達が見つけて、それをクロムさんが帝国の内部情報を聞きだすために生かしたみたいで…」
ドガッ!
コハクが言い終わるのと同時にアルノアは壁に拳を叩きつけた。フードの中は暗くよく見えないが、息を荒げながら自分の怒気を吐いてることからかなりキレている。
「あっ、アルノアさん…?」
「何やってんだあいつは…これなら変態で捕まったほうがまだ許せるぞ。」
さっきまでとは違う明らかな殺意を持った怒り、クロムが裏切った訳でもないのにその怒りが異常な訳をレズリィに質問した。
「きっ、急にどうしたんですかアルノアさんは?」
「アルノアさんがあんなに怒りを表すのは悪魔絡みだからです、過去に何かあったのかは教えてくれませんが、あの人は誰よりも悪魔を嫌悪する魔法使いだと聞いた事があります。」
アルノアはその怒りをその身に宿したまま二人がいる場所とは反対方向に歩きだした。コハクは何か嫌な予感がしてアルノアに近づいた。
「アルノアさん?どこへ…」
「コハク、あいつは城に行ったんだな?」
「はっ…はい。女王に会いに行くと言っていたので。」
「私達も会いに行くぞ、あいつがやってる事は危険極まりない事だ、ボコボコにしてでも止めてやらないと!」
アルノアは力強く手を握りしめ歩きだした、その怒りをクロムにくらわせるかのように作り出した拳は城に辿り着くまで開く事はなかった。
ルーナ城の地下には犯罪者などを幽閉する牢獄がある、中央の十字路から伸びる道に罪人を投獄させる部屋が幾つもあるが、今は使われていないのだろうかほとんど部屋が空で埃や蜘蛛の巣が集っている。
そんな牢獄の奥にある部屋で、一人あぐらをかいて座っているクロムの姿があった。顔を下に向け目を閉じながら時間が経つのを待っているよう彼はその場から動かなかった。
タッ…タッタッ…タッタッタッ…。
突然無音の空間から多数の人が走ってくる足音が響いてくる、それは徐々に息づかいも聞こえて彼がいる部屋の前でその忙しい物音は聞こえなくなった。代わりに聞き覚えのある優しく哀しい声が牢獄中に響き渡った。
「クロムさん!」
「あんまり大声出すなよ…ちゃんと聞こえてるから、レズリィ…」
俺はゆっくり目を開き、後ろで拘束された状態ながらも苦戦しながら立った。顔を上げると目の前には怒りと困惑が混じった表情のレズリィと、心配そうな顔で俺を見上げるコハクの姿があった。
「大声も出します!一体どういうつもりなんですか!?悪魔を生かすなんて。」
「その言い方じゃ俺が善意で助けてるように聞こえるだろ。俺はあいつの持っている情報が欲しいから生かしたんだ、生死を問うのはその後でもいいだろ。」
「情報って、一体何を聞きだすんですか?」
俺は彼女達の目を見ながら自分なりに丁寧に説明した。
「例えば帝国の動向を知る事ができれば、標的にされている国をいち早く把握する事が出来る。それにその動向の理由、目的、内容を知る事が出来るなら俺があいつを生かした事にも意味が出来るってことだ。」
「なると思ってるのか?」
俺の説明に水を差すよう凍りついた声が響いた。レズリィ達が走って来た方向からコツコツとこちらに向かって歩きながらアルノアは話の続きをした。
「どこまで甘いんじゃないのか、悪魔族がそんなお人好しのように簡単に教えてくれると思うか?あいつが嘘をついてガセ情報を掴ませられたらどうする?」
「そうはならない、あいつが正直に話すように出来る策を俺は…」
バンッ!
牢屋の鉄格子を勢いよく叩き、俺の話を遮った。俺の目の前にはギリギリと音がしそうなほど歯を噛み締める口元がフードの中から見えた。
「いい加減にしろよ…お前は私達がどういう状況に立たせられているのかわからないからそんな事言えるんだ!」
アルノアは鉄格子の間から手を伸ばし、俺の胸ぐらをぐっと掴んで引き寄せた。痛てっと呟くのと同時に鉄格子の間にメリメリと顔が食い込んだ。そんな状態でアルノアは話を続けた。
「いいか!お前が今やろうとしているのはな…殺人未遂なんだよ!」
「殺人…未遂…?」
「大げさに言っていると思うけどな、私達の仲間を危険な目に合わせようと誘導してるんだよ。分かるか?私達は国の未来を背よってるんだ、面倒な事で自滅なんてしてられないんだよ!」
アルノアは勢いよく俺を突き飛ばした、その力強さに俺は盛大に後ろに倒れてしまった。
起き上がる際に見える彼女達の表情は悲痛で、俺はその目を背けるようにしながら立ち上がった。
「ずっと気になっていた事があるんだ、何度もはぐらかされたが今度は正直に答えてもらうぞ!お前は誰だ!?」
誰…まさかこんな序盤でそんな言葉を聞くとは思わなかった、でも駄目だ…こんな状況で話すのは最悪すぎる、今じゃない…。
俺は顔色で悟られないように真っ直ぐ彼女達の顔見て自分の正体を隠すよう話した。
「誰って?クロムに決まってるだろ、ルカラン王国の勇者だ。」
「いや、私はお前が勇者だとは思えない。旅が始まってからおかしいと思ってたんだ、勇者とは思えない弱さ、妙な事々をうやむやにさせる、何かやましい事があるんじゃないかってずっと感じていた。」
「まさか…アルノアさんが言いたいことって…」
「こいつは、クロムの形をした偽物だ!」
色んな憶測で人を判断するなとよく言うが、完全にその通りで内心ギョっと心臓が跳ね上がった。
「どうなんだクロム!隠している事全部話せ!隠しているままじゃ私達はお前を信用出来ないんだからな!」
アルノアと俺との間に数秒の沈黙が流れる、その無音の空間を裂くよう彼女達の後ろから足音が聞こえた。
少し時は遡り、ルーナ城女王の間…
魔法を撃たれてよろめきながら立つクロムと、彼の記憶の異常なまでの情報量に警戒するテレサ女王。二人の息づかいしか聞こえない沈黙の中、ただずっと互いの顔を睨み合っていたが、その沈黙を女王が最初に破った。
「まず聞きたい…お前のあの記憶は一体何だ?随分先の事を見据えている、まるで実際に起こるかのような予知を見ているようだった。」
警戒するかのよう女王の片手から氷結魔法で作った短刀が伸びる。俺は二度女王の攻撃をくらったからわかる、今までは痛みつけるだけの氷塊だったのが鋭く鋭利な物になった、次は確実に殺られる。
「テレサ女王、全てを話しますが少し場所を変えませんか?」
俺の話は誰かには聞かれたくないのと、少しでも女王の有利な場所で話をしたい。下手に俺が自由になると女王の魔法が俺を貫く。
「ここでは人目が多すぎます、後ろの扉から聞いているんでしょう?もし女王がピンチだったら駆けつけられるように。」
「周りの目が気になるか…わかった、ついてこい。今のお前と話せるいい場所があるんだ。」
女王の手から氷の短剣が消え、部屋を出るため扉を開けた。廊下には四人の衛兵が一列に並んで立っていた。おそらく俺を拘束するために集めさせられたのだろう。
「お前達、ここから先はついて来なくていい。他の奴にもそう伝えておけ。」
「しかし…!国の危険人物と女王様を二人にしておくわけには…」
「私の強さは知っているだろう?こんなヒヨコ勇者程度に遅れはとらない。わかったのならさっさと行動に移れ。」
わかりましたと呟き、衛兵達は壁際に並んだ。俺は振り返らずに歩く女王の後ろをついて行った。廊下を歩きホールに辿り着くと、セーレが運ばれた別な道を歩き続ける。
「ここだ、さっさと入れ。」
女王が案内した場所は、城の地下に安置されている牢獄だった。薄暗く壁に設置されているランプだけが周りをぼんやりと照らすうす気味悪い場所だ。
「牢屋ですか…確かに罪人と喋れるならうってつけですけど…これ、入ってそのまま放置とかないですよね?」
「察しがいいな、すぐとは言わない、お前の話に利益が無ければそのまま捕まってもらうつもりだ。」
「マジかよ…」
それでも女王に殺られるよりマシかと心の中で呟く、途中女王が心を読める事を思い出し、あっ…!と重要口に出してしまうが、女王が手を下す前に急いで牢屋の中に入った。
案の定、女王の片手にはあの氷の短剣が握りしめられていた。
「なんだ…あともうちょっとだったのに。」
「そう凶器をちらつかせないでくださいよ、緊張して話したい事も話せないです。」
俺は少し一安心したような表情で女王に武器を消すよう指摘した。
「ふん…クソガキが。」
冗談混じりの笑みを浮かべた後、壁際に置いてあった木箱に腰掛け空を見るかのように天井を眺めながら俺に問いただした。
「さぁ聞かせてもらおうか、お前が何者であるのか。」
さて…ここからが本題だ、どこから話せばいいだろか。ただ単に俺が別世界から来た人間だと説明すればややこしくなるし話も難しくなる。
俺もこの世界にどうして飛ばされて来たのかもわからない、余計な事は言わない方が良さそうだ。
「テレサ女王は、こことは別な世界が存在すると言ったら信じますか?」
「別な世界?」
「その別世界ではこの世界で起こる未来が載っているゲー…書物があるんです。俺はその未来を知った状態でこの世界にやってきました、勇者であるクロムの姿となって。」
「話が見えない、なぜ私達の未来を知る書物がある?なぜ勇者の体でなきゃならないんだ?」
「わからないです、なぜ俺が勇者となってここに飛ばされて来たのか、それを見つけるためでもこの世界を旅する理由になります。」
「わからないか、それでは話にならないな。信憑性もない妄言に私は付き合ってられない。」
「ありえないから信憑性がないと言うんですか?」
女王は腰掛けた木箱から立ちあがろうとしたが、俺の話にひきつけられたのかまた座り直した。
「物事を可能にする魔法、長寿の魔物、そんなありえないものがあるのなら未来を見る事が出来る書物があったってありえない話ではないはずです。」
「信憑性がないと言っているだけだ、そこまで言うならその書物の内容を話せるのだろう?この世界で起こる未来の出来事を証拠として出して貰おう。」
俺はスゥーと息を吸い、これから近い未来で起こる最悪の事件を話した。女王は眉をひそめながらその話に耳をかたむけていた。
「それを信じろと?帝国ならやりかねないがそんな事になればその国一帯は人が住めなくなる。」
「でも、これを避けられる方法があります。そのためにはあの悪魔の情報が必要なんです。そして同時にこのルーナ城の歪みを変えられる、女王としてもこの国としてもメリットになります。」
「メリットだと?お前…その国の一大事と私の国に起きているという何かを同時に解決出来るというのか?」
普通ならありえない話、未来を見えるという話だけで怪しいのに、起こりうる事件を全部解決しようと言う思考。そんな話に乗るほど私は馬鹿じゃない…だが…
女王はそう考えると自身の右眼を紅く染めた、脳内を透視する魔法を使ったようだ。
見る限りこいつが言っていた話に嘘はない…この目に映るものは自身の本心のようなもの、心まで欺くことは出来ないはずだが…
女王の興味はますます大きくなっていた、もし未来を見える書物が実際にあるとするならば…こいつがそれを見てこの世界で実現させられるのなら…
それは、この世界を思うままに変える事が出来きてしまう、帝国以上の危険人物なのではないのか?
そう考えていると牢獄の入口から走ってくる衛兵の姿が横目で見えた。
「テレサ女王!城の入口で勇者パーティーの方々が女王に会いたいとおっしゃっておりますがどういたしましょう?」
「大方こいつに会いに来たのだろう、罪人の名前を出せばより入城する事は困難になるから私の名前を使った訳だ。」
女王は不服な表情を浮かべた、もっとこいつの事を知りたい、未来という今まで触れてこなかった情報をこいつから聞き出したい。
だが仲間がここに来ればその話は途切れる、入城を否定して勇者を幽閉してると妙な報告をルカラン王国にされても困る。
はぁ…仕方ないと小さく呟き、女王はクロムにある提案をした。
「勇者…お前一芝居うてるか?」
「芝居ですか?」
「いや…あまり言うと不自然になるな…そのままでいい、思いつきの発言は得意だろう?」
決めつけるよう一方的に話しを進め、女王は衛兵と共に牢獄を立ち去った。
俺はため息をつきながら、得意じゃねえよ…と呟き顔をうつむきながらその場に座った。
やがて、パーティーの三人とここで再会し、アルノアに怒号を浴びせられる。
女王が言っていた一芝居という意味が分からず、ただ俺の目的を告げたら一番最悪な状況になってしまった。
どうすりゃよかったんだと心に思いながら、アルノア達を無表情で見ていると、三人の後ろから足音が聞こえてきた。遠くから誰かが歩いて来るがランプの灯りではよく見えない、だがコハクだけはいち早くその正体に気がついた。
「テッ…テレサ女王!?」
コハクのがそう言うとアルノアとレズリィも振り返った。女王はこちらに気づくとかすかな笑みを浮かべながら言った。
「お前達が思っているような奴じゃないぞこの勇者は。」
「テレサ女王どうしてここに!?というかさっきの話…」
「お前達が来る前に大体の事情は私と話をした、こいつは本物の勇者クロムだ。」
「どうしてそう言い切れるんですか?」
「こいつはまだ解明されていない予知魔法という新魔法を習得していた。お前達に知らせなかったのは、この魔法の存在を公に晒したくないからだそうだ。」
予知魔法、そんなものはゲームでも存在しない、女王が作り出した嘘魔法だ。俺はその話を聞いていると女王は目配りするように俺に目線を向けた時だけ顔が少し上に動く、まるでこちらの話に合わせろと訴えている感じだった。
レズリィもその予知魔法という感覚を経験したような覚えがあると思い過去を振り返った。
「予知魔法…たしかクロムさん、あの大量のスライムが出る直前まで道を変えようと提案し続けていた。その理由もなんだか言葉に表すのを躊躇っていたような感じでした…。」
「そんな事が?でもそれなら言いたくても言い出せなかったのは事実になります。」
「だけどこいつ弱さはどうなんだ?勇者なのにこんな弱い奴はいないだろ?」
三人が予知魔法に関して話し合っている、自分の説明がうやむやだったのが吉になり彼女達の中で俺がそういう魔法を所持しているという信憑性が出てきた。
「なるほどな…一芝居ってこういう事か。あいつらは記憶を透視できる女王なら嘘偽りなく話せると認識している。そして女王は俺のゲームストーリーの記憶を透視したからそれらしい言葉で話を作った。」
だったらこっちのものだ、俺は頭をフル回転しながら予知魔法と俺の弱さをどう合わせるか考えた。
昔から言い訳は得意だった、現実世界でも失敗して怒られたくなくて、少しでも罪の重さから避けるように口を動かしていた。
そのせいで皆からは口うるさい奴だとか認めようとしない奴だとか悪い評判が流れた。
だってそうなんだから、俺も悪いけど…俺も心に不安というものを乗せたくないからやってる事なんだ。これは人間が持てる自己防衛の武器じゃないか?
「魔法の代償だよ、予知魔法を習得した時、自分が持ってる過去の記憶がかなり消えちまったんだ。だから過去に培った戦闘経験がほとんどない状態になってる。」
「魔法の代償って…。」
考えついた結論は魔法の代償という単語だ、このルーナ城の王は魔法の記憶が漏れ出るという副作用がある。だったら俺も作ればいい、予知魔法は存在しない魔法、誰も知らないのなら副作用だってでっち上げても何も言われない。
俺は顔をうつむき、皆に謝罪するよう伝えた。
「皆に黙ってて悪かったと思ってる、こんな弱さじゃ勇者と呼べる強さじゃない。でも俺は変えたいと思ったんだ、これから起こる最悪の結末を未然に防ぐために、俺はこの力を求めた。」
目頭が熱くなり涙が溢れた、顔を下に向けているから涙模様は見られないと思ったが、いつもの声が少し震えていた。
「こんな俺だが、もう一度信じてくれ…!お前達の力が必要なんだ!」
必死に自分の気持ちを伝えた、その答えはすぐには返ってこず少しばかりの沈黙が流れた。俺は頭を下げ続けた、沈黙の間が続いていくにつれどんどん吐き気がするほど気分が悪くなっていく。
やっぱり駄目なのか…そう思い始めたその時、小さな呟き声が聞こえた。
「話だけ…」
「えっ…?」
「話だけ聞いてやるって言ったんだ!お前が言う最悪な結末なんて経験したくないからな!」
最初に口を開いたのはアルノアだった、自分が強くあたってしまったことに罪悪感を感じたのか、まだ俺の事を信用していないのか、どっちつかずの感情で俺にあたってきた。
「もうアルノアさん!少しはクロムさんを心配してください!」
そんなアルノアの態度にレズリィは声を上げて注意した。
彼女も最初は俺を疑いの目で見てしまったことと、俺の苦しさを慈悲するかのよう少し涙目な悲しい表情を見せた。
「クロムさん、確かに私達にそれを黙っていたのは悲しい事です、でもあなたが苦しんでいるのなら私達に相談くらいしてほしかったです。」
レズリィは手を伸ばして俺の頬をさすった、彼女の手は温かく今にも自分の本心を打ち明けそうなくらい気持ちが揺らいだ。優しい…ただそれだけの感情を持っていた。
「これから共に旅する仲間に心が淀んだ状態で行かせたくないんです。仲間と楽しく旅…したいんですよね?」
遺跡帰りで言った俺の言葉、ただコハクが仲間に入った事で少し良い気分になっていただけかもしれない、これからの旅路で頼れる仲間が欲しかっただけなのかもしれない。ただ仲間と楽しく旅がしたい、あの時はあまり考えずに言った言葉だったが、今の俺には深く突き刺さった。
「すまない…本当にすまない…。」
俺は涙を流し続けた、皆を騙していた事ではない、芝居で作った演技でもない、改めて仲間の大事さに触れて自分の情けなさに涙が止まらなかった。
その涙がレズリィの手を濡らしていく、彼女も同じように涙を流し俺が泣き終えるまで手を離さなかった。
その後、俺はパーティー全員に詳しい内容を話すために一度釈放させると女王から告げられ、彼女達は衛兵と共に牢獄から去った。
彼女達が見えなくなったのを見計らって、女王は不敵な笑みを浮かべ横目で俺を見ながら話をした。
「素晴らしい名演技だな、これであいつらはお前が予知魔法で先々を知ってるよう認識されただろう。」
「急に現実に戻さないでくれます?涙が吹っ飛びましたよ。」
俺は感情的な表情から一気真顔に戻った、我ながら表情が豊かすぎて引くレベルだ。
「しかしながら…魔法の代償とはよくそのような単語が出たものだ。」
「女王も予知魔法だなんて存在しない魔法を顔色変えずによく話せましたね、おかげでそこからヒントを得たわけですが。」
お互いに探りを入れるような会話が続く、前のような睨み合いではなくなり対等に話を出来るような関係に少なからずなっている。
「信用というのは、使い方にしては嘘という武器になる。私も、お前も、あいつらも、信用という形があるからこうして騙せたのさ。」
「じゃあ女王が、俺が別の世界から来たという話をしなかったのも、その信用という類に含まれていたからですか…?」
女王は口元に手を隠し考える表情を作った。そうだな…と小さく呟いたのを聞こえて、俺は女王にとって俺が別世界から来た住人だということはあまり意識してないような感じがとれた。
「お前の話に少し興味が沸いただけだ、それにまだこちらの話は終わっていないからな。」
そう言うと女王は檻の鍵を開けて外から出るよう指示した、続き聞かせろと言わんばかりに俺を掴みながら歩き出した。俺は後ろに手を縛られた状況だから女王に合わせて歩くのに難儀した。
「さっさと行くぞ、別室で彼女達が待機している。続きはそちらに着いてからだ。」
「ちょっ…女王!あまり引っ張らないでくだ…!歩きづらいです!」
二人の言い合いの声が牢獄に響きあう、やがてそれが聞こえなくなり無音の空間が牢獄中に広がるとどこからか鎖の音が小さく響く。
クロムがいた場所とは違う部屋、クロムもパーティー全員もそこに彼女がいた事には気づかなかった。
「何…どこよここ…。」
「はぁ…はぁ…こんなに暗くなっちゃあの人達を見つける事なんて出来ない…硝煙やガレキ特有の匂いのせいで鼻も効かない。どうすれば…」
私は辺りを見渡すと通りを歩いている衛兵を見つけ、話を聞こうと建物から飛び降りた。
「衛兵さん!聞きたい事があるですけど!」
「びっくりした…急に現れないでくれ…」
「すみません、フードを被った魔法使いと、僧侶さんの二人を見かけませんでした?」
衛兵は手を顎にのせ、うーんと声を呟きながら考えた後、何かを思い出したのかコハクにその問いに答えた。
「君の言っていた魔法使いなのかわからないが、それに似た人なら見た事ある。」
「本当ですか!どこで見ました?」
「なんだか顔もよく見えない姿だったから私達に取り調べされていたような…向こうの通りだったよ。」
「とっ、取り調べですか?」
私は衛兵が指を指した方向に向かいアルノアと思われる人物を捜索した。
「確かにアルノアさんは見た目は少し怖いですけど、取り調べするほどの事じゃ…」
私は思い違いであってほしいと考えながら走っていると、道の隅でそれらしい人を見つけ立ち止まった。
その人は衛兵の体を小道に引きずり寄せて外から見えないように隠した。そしてやる事を終えたのか、手をはたきながらため息をついた。
「はぁ…重かったこいつ。」
「ななっ、何やってるんですか!?アルノアさん!」
私は驚いた表情でアルノアのもとに駆け寄った、アルノアは驚いた素振りを見せず声がした方向へ振り返った。
「おうコハク、いやこいつがな、私にべたべた触ってくるから少しお灸をすいてやったんだ。」
「べたべた触ってくるってそれは取り調べです!あなたの格好が怪しいから調べようとしてたんですよ!」
「そんな事言われてもなぁ…もう伸びちゃってるし、起こしたらまた面倒になるだろ?だからこうして人目がつかない所に隠してやりすごそうと…」
「いやそっちの方が問題になります!普通に応じてくれればそれで良かったのに…」
アルノアにひたすら事の問題を話すがまるで話が合わない、結果良ければ良しという考えだ。私はもう少し話を切り出そうとした時、彼女は突然声色を変えて喋りだした。
「コハク…世の中には知ってはいけないものは色々あるんだ、まぁとりあえずお前に出来る事は…」
アルノアは私に近づき両肩に手を乗せた、外が暗い事により彼女のフードの中はより一層暗闇が広がった。
「この事について内緒にしろ、わかったな?」
「はっ…はい。」
急に寄い詰められて思わず返事をしてしまった。彼女の事はあまり怖くない印象だったが、今日でそれが覆された気分だった。
「アルノアさん!あっ、コハクさんもいたんですね。もう!急にどこかに行っちゃうんですから心配しましたよ!」
向こうでレズリィがアルノアの帰りを待っていたのだろう、片頬を膨らませた表情でこちらに歩み寄ってきた。
私はさっきのやりとりがあったためか少し顔が引きつったような表情をしながらレズリィに手を振った、アルノアは何もなかったかのように悪いと手を上げ謝罪したが、レズリィは許さないと言わんばかりにアルノアに何度もポカポカと叩いた。
「あっ…!そうでした!大変なんですよ皆さん!」
彼女達のやりとりになんだかほっこりするような気分に包まれたが、私は本来の目的を思い出し急に血相を変えて彼女達に自分が見てきた事を話した。
「何ですって!捕まった!?一体どうして…」
「何やらかしたんだあいつ、ついに変態にでも目覚めたか?」
「それが…うまく言えないんですけど…手負いの帝国幹部を私達が見つけて、それをクロムさんが帝国の内部情報を聞きだすために生かしたみたいで…」
ドガッ!
コハクが言い終わるのと同時にアルノアは壁に拳を叩きつけた。フードの中は暗くよく見えないが、息を荒げながら自分の怒気を吐いてることからかなりキレている。
「あっ、アルノアさん…?」
「何やってんだあいつは…これなら変態で捕まったほうがまだ許せるぞ。」
さっきまでとは違う明らかな殺意を持った怒り、クロムが裏切った訳でもないのにその怒りが異常な訳をレズリィに質問した。
「きっ、急にどうしたんですかアルノアさんは?」
「アルノアさんがあんなに怒りを表すのは悪魔絡みだからです、過去に何かあったのかは教えてくれませんが、あの人は誰よりも悪魔を嫌悪する魔法使いだと聞いた事があります。」
アルノアはその怒りをその身に宿したまま二人がいる場所とは反対方向に歩きだした。コハクは何か嫌な予感がしてアルノアに近づいた。
「アルノアさん?どこへ…」
「コハク、あいつは城に行ったんだな?」
「はっ…はい。女王に会いに行くと言っていたので。」
「私達も会いに行くぞ、あいつがやってる事は危険極まりない事だ、ボコボコにしてでも止めてやらないと!」
アルノアは力強く手を握りしめ歩きだした、その怒りをクロムにくらわせるかのように作り出した拳は城に辿り着くまで開く事はなかった。
ルーナ城の地下には犯罪者などを幽閉する牢獄がある、中央の十字路から伸びる道に罪人を投獄させる部屋が幾つもあるが、今は使われていないのだろうかほとんど部屋が空で埃や蜘蛛の巣が集っている。
そんな牢獄の奥にある部屋で、一人あぐらをかいて座っているクロムの姿があった。顔を下に向け目を閉じながら時間が経つのを待っているよう彼はその場から動かなかった。
タッ…タッタッ…タッタッタッ…。
突然無音の空間から多数の人が走ってくる足音が響いてくる、それは徐々に息づかいも聞こえて彼がいる部屋の前でその忙しい物音は聞こえなくなった。代わりに聞き覚えのある優しく哀しい声が牢獄中に響き渡った。
「クロムさん!」
「あんまり大声出すなよ…ちゃんと聞こえてるから、レズリィ…」
俺はゆっくり目を開き、後ろで拘束された状態ながらも苦戦しながら立った。顔を上げると目の前には怒りと困惑が混じった表情のレズリィと、心配そうな顔で俺を見上げるコハクの姿があった。
「大声も出します!一体どういうつもりなんですか!?悪魔を生かすなんて。」
「その言い方じゃ俺が善意で助けてるように聞こえるだろ。俺はあいつの持っている情報が欲しいから生かしたんだ、生死を問うのはその後でもいいだろ。」
「情報って、一体何を聞きだすんですか?」
俺は彼女達の目を見ながら自分なりに丁寧に説明した。
「例えば帝国の動向を知る事ができれば、標的にされている国をいち早く把握する事が出来る。それにその動向の理由、目的、内容を知る事が出来るなら俺があいつを生かした事にも意味が出来るってことだ。」
「なると思ってるのか?」
俺の説明に水を差すよう凍りついた声が響いた。レズリィ達が走って来た方向からコツコツとこちらに向かって歩きながらアルノアは話の続きをした。
「どこまで甘いんじゃないのか、悪魔族がそんなお人好しのように簡単に教えてくれると思うか?あいつが嘘をついてガセ情報を掴ませられたらどうする?」
「そうはならない、あいつが正直に話すように出来る策を俺は…」
バンッ!
牢屋の鉄格子を勢いよく叩き、俺の話を遮った。俺の目の前にはギリギリと音がしそうなほど歯を噛み締める口元がフードの中から見えた。
「いい加減にしろよ…お前は私達がどういう状況に立たせられているのかわからないからそんな事言えるんだ!」
アルノアは鉄格子の間から手を伸ばし、俺の胸ぐらをぐっと掴んで引き寄せた。痛てっと呟くのと同時に鉄格子の間にメリメリと顔が食い込んだ。そんな状態でアルノアは話を続けた。
「いいか!お前が今やろうとしているのはな…殺人未遂なんだよ!」
「殺人…未遂…?」
「大げさに言っていると思うけどな、私達の仲間を危険な目に合わせようと誘導してるんだよ。分かるか?私達は国の未来を背よってるんだ、面倒な事で自滅なんてしてられないんだよ!」
アルノアは勢いよく俺を突き飛ばした、その力強さに俺は盛大に後ろに倒れてしまった。
起き上がる際に見える彼女達の表情は悲痛で、俺はその目を背けるようにしながら立ち上がった。
「ずっと気になっていた事があるんだ、何度もはぐらかされたが今度は正直に答えてもらうぞ!お前は誰だ!?」
誰…まさかこんな序盤でそんな言葉を聞くとは思わなかった、でも駄目だ…こんな状況で話すのは最悪すぎる、今じゃない…。
俺は顔色で悟られないように真っ直ぐ彼女達の顔見て自分の正体を隠すよう話した。
「誰って?クロムに決まってるだろ、ルカラン王国の勇者だ。」
「いや、私はお前が勇者だとは思えない。旅が始まってからおかしいと思ってたんだ、勇者とは思えない弱さ、妙な事々をうやむやにさせる、何かやましい事があるんじゃないかってずっと感じていた。」
「まさか…アルノアさんが言いたいことって…」
「こいつは、クロムの形をした偽物だ!」
色んな憶測で人を判断するなとよく言うが、完全にその通りで内心ギョっと心臓が跳ね上がった。
「どうなんだクロム!隠している事全部話せ!隠しているままじゃ私達はお前を信用出来ないんだからな!」
アルノアと俺との間に数秒の沈黙が流れる、その無音の空間を裂くよう彼女達の後ろから足音が聞こえた。
少し時は遡り、ルーナ城女王の間…
魔法を撃たれてよろめきながら立つクロムと、彼の記憶の異常なまでの情報量に警戒するテレサ女王。二人の息づかいしか聞こえない沈黙の中、ただずっと互いの顔を睨み合っていたが、その沈黙を女王が最初に破った。
「まず聞きたい…お前のあの記憶は一体何だ?随分先の事を見据えている、まるで実際に起こるかのような予知を見ているようだった。」
警戒するかのよう女王の片手から氷結魔法で作った短刀が伸びる。俺は二度女王の攻撃をくらったからわかる、今までは痛みつけるだけの氷塊だったのが鋭く鋭利な物になった、次は確実に殺られる。
「テレサ女王、全てを話しますが少し場所を変えませんか?」
俺の話は誰かには聞かれたくないのと、少しでも女王の有利な場所で話をしたい。下手に俺が自由になると女王の魔法が俺を貫く。
「ここでは人目が多すぎます、後ろの扉から聞いているんでしょう?もし女王がピンチだったら駆けつけられるように。」
「周りの目が気になるか…わかった、ついてこい。今のお前と話せるいい場所があるんだ。」
女王の手から氷の短剣が消え、部屋を出るため扉を開けた。廊下には四人の衛兵が一列に並んで立っていた。おそらく俺を拘束するために集めさせられたのだろう。
「お前達、ここから先はついて来なくていい。他の奴にもそう伝えておけ。」
「しかし…!国の危険人物と女王様を二人にしておくわけには…」
「私の強さは知っているだろう?こんなヒヨコ勇者程度に遅れはとらない。わかったのならさっさと行動に移れ。」
わかりましたと呟き、衛兵達は壁際に並んだ。俺は振り返らずに歩く女王の後ろをついて行った。廊下を歩きホールに辿り着くと、セーレが運ばれた別な道を歩き続ける。
「ここだ、さっさと入れ。」
女王が案内した場所は、城の地下に安置されている牢獄だった。薄暗く壁に設置されているランプだけが周りをぼんやりと照らすうす気味悪い場所だ。
「牢屋ですか…確かに罪人と喋れるならうってつけですけど…これ、入ってそのまま放置とかないですよね?」
「察しがいいな、すぐとは言わない、お前の話に利益が無ければそのまま捕まってもらうつもりだ。」
「マジかよ…」
それでも女王に殺られるよりマシかと心の中で呟く、途中女王が心を読める事を思い出し、あっ…!と重要口に出してしまうが、女王が手を下す前に急いで牢屋の中に入った。
案の定、女王の片手にはあの氷の短剣が握りしめられていた。
「なんだ…あともうちょっとだったのに。」
「そう凶器をちらつかせないでくださいよ、緊張して話したい事も話せないです。」
俺は少し一安心したような表情で女王に武器を消すよう指摘した。
「ふん…クソガキが。」
冗談混じりの笑みを浮かべた後、壁際に置いてあった木箱に腰掛け空を見るかのように天井を眺めながら俺に問いただした。
「さぁ聞かせてもらおうか、お前が何者であるのか。」
さて…ここからが本題だ、どこから話せばいいだろか。ただ単に俺が別世界から来た人間だと説明すればややこしくなるし話も難しくなる。
俺もこの世界にどうして飛ばされて来たのかもわからない、余計な事は言わない方が良さそうだ。
「テレサ女王は、こことは別な世界が存在すると言ったら信じますか?」
「別な世界?」
「その別世界ではこの世界で起こる未来が載っているゲー…書物があるんです。俺はその未来を知った状態でこの世界にやってきました、勇者であるクロムの姿となって。」
「話が見えない、なぜ私達の未来を知る書物がある?なぜ勇者の体でなきゃならないんだ?」
「わからないです、なぜ俺が勇者となってここに飛ばされて来たのか、それを見つけるためでもこの世界を旅する理由になります。」
「わからないか、それでは話にならないな。信憑性もない妄言に私は付き合ってられない。」
「ありえないから信憑性がないと言うんですか?」
女王は腰掛けた木箱から立ちあがろうとしたが、俺の話にひきつけられたのかまた座り直した。
「物事を可能にする魔法、長寿の魔物、そんなありえないものがあるのなら未来を見る事が出来る書物があったってありえない話ではないはずです。」
「信憑性がないと言っているだけだ、そこまで言うならその書物の内容を話せるのだろう?この世界で起こる未来の出来事を証拠として出して貰おう。」
俺はスゥーと息を吸い、これから近い未来で起こる最悪の事件を話した。女王は眉をひそめながらその話に耳をかたむけていた。
「それを信じろと?帝国ならやりかねないがそんな事になればその国一帯は人が住めなくなる。」
「でも、これを避けられる方法があります。そのためにはあの悪魔の情報が必要なんです。そして同時にこのルーナ城の歪みを変えられる、女王としてもこの国としてもメリットになります。」
「メリットだと?お前…その国の一大事と私の国に起きているという何かを同時に解決出来るというのか?」
普通ならありえない話、未来を見えるという話だけで怪しいのに、起こりうる事件を全部解決しようと言う思考。そんな話に乗るほど私は馬鹿じゃない…だが…
女王はそう考えると自身の右眼を紅く染めた、脳内を透視する魔法を使ったようだ。
見る限りこいつが言っていた話に嘘はない…この目に映るものは自身の本心のようなもの、心まで欺くことは出来ないはずだが…
女王の興味はますます大きくなっていた、もし未来を見える書物が実際にあるとするならば…こいつがそれを見てこの世界で実現させられるのなら…
それは、この世界を思うままに変える事が出来きてしまう、帝国以上の危険人物なのではないのか?
そう考えていると牢獄の入口から走ってくる衛兵の姿が横目で見えた。
「テレサ女王!城の入口で勇者パーティーの方々が女王に会いたいとおっしゃっておりますがどういたしましょう?」
「大方こいつに会いに来たのだろう、罪人の名前を出せばより入城する事は困難になるから私の名前を使った訳だ。」
女王は不服な表情を浮かべた、もっとこいつの事を知りたい、未来という今まで触れてこなかった情報をこいつから聞き出したい。
だが仲間がここに来ればその話は途切れる、入城を否定して勇者を幽閉してると妙な報告をルカラン王国にされても困る。
はぁ…仕方ないと小さく呟き、女王はクロムにある提案をした。
「勇者…お前一芝居うてるか?」
「芝居ですか?」
「いや…あまり言うと不自然になるな…そのままでいい、思いつきの発言は得意だろう?」
決めつけるよう一方的に話しを進め、女王は衛兵と共に牢獄を立ち去った。
俺はため息をつきながら、得意じゃねえよ…と呟き顔をうつむきながらその場に座った。
やがて、パーティーの三人とここで再会し、アルノアに怒号を浴びせられる。
女王が言っていた一芝居という意味が分からず、ただ俺の目的を告げたら一番最悪な状況になってしまった。
どうすりゃよかったんだと心に思いながら、アルノア達を無表情で見ていると、三人の後ろから足音が聞こえてきた。遠くから誰かが歩いて来るがランプの灯りではよく見えない、だがコハクだけはいち早くその正体に気がついた。
「テッ…テレサ女王!?」
コハクのがそう言うとアルノアとレズリィも振り返った。女王はこちらに気づくとかすかな笑みを浮かべながら言った。
「お前達が思っているような奴じゃないぞこの勇者は。」
「テレサ女王どうしてここに!?というかさっきの話…」
「お前達が来る前に大体の事情は私と話をした、こいつは本物の勇者クロムだ。」
「どうしてそう言い切れるんですか?」
「こいつはまだ解明されていない予知魔法という新魔法を習得していた。お前達に知らせなかったのは、この魔法の存在を公に晒したくないからだそうだ。」
予知魔法、そんなものはゲームでも存在しない、女王が作り出した嘘魔法だ。俺はその話を聞いていると女王は目配りするように俺に目線を向けた時だけ顔が少し上に動く、まるでこちらの話に合わせろと訴えている感じだった。
レズリィもその予知魔法という感覚を経験したような覚えがあると思い過去を振り返った。
「予知魔法…たしかクロムさん、あの大量のスライムが出る直前まで道を変えようと提案し続けていた。その理由もなんだか言葉に表すのを躊躇っていたような感じでした…。」
「そんな事が?でもそれなら言いたくても言い出せなかったのは事実になります。」
「だけどこいつ弱さはどうなんだ?勇者なのにこんな弱い奴はいないだろ?」
三人が予知魔法に関して話し合っている、自分の説明がうやむやだったのが吉になり彼女達の中で俺がそういう魔法を所持しているという信憑性が出てきた。
「なるほどな…一芝居ってこういう事か。あいつらは記憶を透視できる女王なら嘘偽りなく話せると認識している。そして女王は俺のゲームストーリーの記憶を透視したからそれらしい言葉で話を作った。」
だったらこっちのものだ、俺は頭をフル回転しながら予知魔法と俺の弱さをどう合わせるか考えた。
昔から言い訳は得意だった、現実世界でも失敗して怒られたくなくて、少しでも罪の重さから避けるように口を動かしていた。
そのせいで皆からは口うるさい奴だとか認めようとしない奴だとか悪い評判が流れた。
だってそうなんだから、俺も悪いけど…俺も心に不安というものを乗せたくないからやってる事なんだ。これは人間が持てる自己防衛の武器じゃないか?
「魔法の代償だよ、予知魔法を習得した時、自分が持ってる過去の記憶がかなり消えちまったんだ。だから過去に培った戦闘経験がほとんどない状態になってる。」
「魔法の代償って…。」
考えついた結論は魔法の代償という単語だ、このルーナ城の王は魔法の記憶が漏れ出るという副作用がある。だったら俺も作ればいい、予知魔法は存在しない魔法、誰も知らないのなら副作用だってでっち上げても何も言われない。
俺は顔をうつむき、皆に謝罪するよう伝えた。
「皆に黙ってて悪かったと思ってる、こんな弱さじゃ勇者と呼べる強さじゃない。でも俺は変えたいと思ったんだ、これから起こる最悪の結末を未然に防ぐために、俺はこの力を求めた。」
目頭が熱くなり涙が溢れた、顔を下に向けているから涙模様は見られないと思ったが、いつもの声が少し震えていた。
「こんな俺だが、もう一度信じてくれ…!お前達の力が必要なんだ!」
必死に自分の気持ちを伝えた、その答えはすぐには返ってこず少しばかりの沈黙が流れた。俺は頭を下げ続けた、沈黙の間が続いていくにつれどんどん吐き気がするほど気分が悪くなっていく。
やっぱり駄目なのか…そう思い始めたその時、小さな呟き声が聞こえた。
「話だけ…」
「えっ…?」
「話だけ聞いてやるって言ったんだ!お前が言う最悪な結末なんて経験したくないからな!」
最初に口を開いたのはアルノアだった、自分が強くあたってしまったことに罪悪感を感じたのか、まだ俺の事を信用していないのか、どっちつかずの感情で俺にあたってきた。
「もうアルノアさん!少しはクロムさんを心配してください!」
そんなアルノアの態度にレズリィは声を上げて注意した。
彼女も最初は俺を疑いの目で見てしまったことと、俺の苦しさを慈悲するかのよう少し涙目な悲しい表情を見せた。
「クロムさん、確かに私達にそれを黙っていたのは悲しい事です、でもあなたが苦しんでいるのなら私達に相談くらいしてほしかったです。」
レズリィは手を伸ばして俺の頬をさすった、彼女の手は温かく今にも自分の本心を打ち明けそうなくらい気持ちが揺らいだ。優しい…ただそれだけの感情を持っていた。
「これから共に旅する仲間に心が淀んだ状態で行かせたくないんです。仲間と楽しく旅…したいんですよね?」
遺跡帰りで言った俺の言葉、ただコハクが仲間に入った事で少し良い気分になっていただけかもしれない、これからの旅路で頼れる仲間が欲しかっただけなのかもしれない。ただ仲間と楽しく旅がしたい、あの時はあまり考えずに言った言葉だったが、今の俺には深く突き刺さった。
「すまない…本当にすまない…。」
俺は涙を流し続けた、皆を騙していた事ではない、芝居で作った演技でもない、改めて仲間の大事さに触れて自分の情けなさに涙が止まらなかった。
その涙がレズリィの手を濡らしていく、彼女も同じように涙を流し俺が泣き終えるまで手を離さなかった。
その後、俺はパーティー全員に詳しい内容を話すために一度釈放させると女王から告げられ、彼女達は衛兵と共に牢獄から去った。
彼女達が見えなくなったのを見計らって、女王は不敵な笑みを浮かべ横目で俺を見ながら話をした。
「素晴らしい名演技だな、これであいつらはお前が予知魔法で先々を知ってるよう認識されただろう。」
「急に現実に戻さないでくれます?涙が吹っ飛びましたよ。」
俺は感情的な表情から一気真顔に戻った、我ながら表情が豊かすぎて引くレベルだ。
「しかしながら…魔法の代償とはよくそのような単語が出たものだ。」
「女王も予知魔法だなんて存在しない魔法を顔色変えずによく話せましたね、おかげでそこからヒントを得たわけですが。」
お互いに探りを入れるような会話が続く、前のような睨み合いではなくなり対等に話を出来るような関係に少なからずなっている。
「信用というのは、使い方にしては嘘という武器になる。私も、お前も、あいつらも、信用という形があるからこうして騙せたのさ。」
「じゃあ女王が、俺が別の世界から来たという話をしなかったのも、その信用という類に含まれていたからですか…?」
女王は口元に手を隠し考える表情を作った。そうだな…と小さく呟いたのを聞こえて、俺は女王にとって俺が別世界から来た住人だということはあまり意識してないような感じがとれた。
「お前の話に少し興味が沸いただけだ、それにまだこちらの話は終わっていないからな。」
そう言うと女王は檻の鍵を開けて外から出るよう指示した、続き聞かせろと言わんばかりに俺を掴みながら歩き出した。俺は後ろに手を縛られた状況だから女王に合わせて歩くのに難儀した。
「さっさと行くぞ、別室で彼女達が待機している。続きはそちらに着いてからだ。」
「ちょっ…女王!あまり引っ張らないでくだ…!歩きづらいです!」
二人の言い合いの声が牢獄に響きあう、やがてそれが聞こえなくなり無音の空間が牢獄中に広がるとどこからか鎖の音が小さく響く。
クロムがいた場所とは違う部屋、クロムもパーティー全員もそこに彼女がいた事には気づかなかった。
「何…どこよここ…。」
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