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旅立ち編
第二話 スライム
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ルカラン王国から旅立ち、広大なニブル平原を歩く勇者御一行。その中で1人浮かない顔で歩いている者がいた。
「はぁ…どうしたものか…パーティーが1人欠けた状態とか流石にキツい。」
クロムはこの先の冒険をどのように突破しようか悩んでいた。いくらゲームと同じシナリオであっても今の勇者は中身がニートであるため、剣を持った事がないどころか、運動もしていない本当の経験値レベル1なのである。
ガサッ…ガサッ!
考えながら歩いていると道中の草むらからスライムが飛び出してきた。
「敵だクロム!」
「わっ、分かった!」
すかさずクロムとアルノアは戦闘準備をした。
クロムは持っていた剣を握り、すかさずスライムの頭上に刃を振り下ろした。
「うぉぉぉ!スラッシュ!」
ドガガッ!
スライムは振り下ろした剣を難なく回避しクロムの腹に体当たりをした。
バシッ!
「痛ってぇぇ!」
クロムが攻撃を喰らっている隙に、すかさずアルノアは魔法を詠唱した。彼女が手をかざすと青い魔法陣が展開され、魔力が込められた魔弾が射出された。
「逃がすか!火球《ファイア》!」
アルノアの火炎魔法が体当たりしたスライムとクロムに命中した。
ゴォォォ!
「ギャァァ熱っちィィィィ!」
クロムの断末魔とは対照的に、スライムは体が溶けて消滅した。
「よし、魔物はいなくなったな!」
ガッツポーズを決め、満面の笑みでクロムに近づくが、クロムはすぐに立ち上がりアルノアに怒った。
「よし、じゃねぇよ!おもいっきり当たってるんだよ俺に!」
「あんな火球くらい避けられるだろ?それに勇者は旅に出る前にかなり訓練されてたって聞いたし、体は頑丈にできてるだろ?」
「ええ…」
茶化されてしまい、俺は思わず変な顔をしてしまった。これ以上言ってもただの事故だと言い納められてしまうのを予想し、この一件を不問にし俺はレズリィに回復を頼んだ。
「大丈夫ですか?クロムさん…」
「まさかこんな序盤でフレンドリーファイアをくらうとは思わなかった…」
「ふ…フレ?」
「あぁ…大丈夫こっちの話だから、今度はちゃんと倒してみせるよ。」
俺はレズリィに心配をかけないよう笑ってパーティーの先頭を歩き出した。
ガサッ…ガサッ!
ほどなくしてまた草むらからスライムが現れた。俺はさっきの失敗を教訓に今度は遠距離で仕留めようとした。
「近接はだめだ遠距離で倒してやる、火球《ファイア》!」
クロムの手から魔法陣が広がり、炎の塊がスライムに向かって放たれた。
スカッ…シュバっ!
クロムの火炎魔法はスライムの横を過ぎ去り、スライムはその好機にクロムの腹に体当たりをした。
バシッ!
「痛ってぇぇ!」
クロムが攻撃を喰らっている隙に、すかさずアルノアは魔法陣を形成した。
「逃がすか!火球《ファイア》!」
「ちょ待て!俺がいるっ…ってギャァァ熱っちィィィィ!」
またしてもアルノアの火炎魔法が体当たりしたスライムとクロムに命中した。
「おいおいクロム、そんなに黒焦げになりたいのか?」
「まず一緒に焼こうという発想やめない?死人が出るぞ。」
哀笑したアルノアと眉をしかめながら笑うクロム、二人がぶつかりそうな状況を防ぐため、二人の間にレズリィが割って入ってきた。
「喧嘩はやめてください!そもそもアルノアさん、クロムさんを巻き込んでの攻撃魔法は駄目です!死んでしまいますよ!」
「大丈夫だって、見た感じ元気ピンピンだろあいつ。」
「それでも駄目です!次やったら私が許しませんからね!」
俺が言おうとした事を全部言ってくれたレズリィに、自然と笑みが溢れた。
「ああ…レズリィ…お前だけだよ俺の気持ちをわかってくれるのは…」
だがその感激の笑みはアルノアの一言で消えてしまう。
「っていうかクロム、レベルが低いから弱いのは分かるけどさぁ…お前弱くね!?」
「二度も言うな!」
「それでもお前命中率低すぎだろ、スライムなんて雑魚中の雑魚だぞ。お前、本当に勇者として選ばれたのか?」
一番知られたくない奴に核心を突かれ、一気に血の気が引いた感じがした。
「ヤバい!俺が本当の勇者じゃないってバレる!」
もし勇者ではないと知れたら、俺の冒険はおそらくここまでだろう。だからといって正直に話そうにも異世界から来たニートの魂が勇者に乗り移っているなんて誰が信じる?どっちにしたところで俺はこの真実をこの先ずっと隠し通さないとリリスに会うことは不可能になる。
何か言い訳を考えていたその時、レズリィがアルノアに反論をした。
「言い過ぎですよアルノアさん、私達だってクロムさんと同じレベルじゃないですか。いいですか、男というのは数日目を離すと別人のように大きくなるようなものですよ。」
「いや大きくなってないんだけど、むしろ退化してる感じがするんだけど。」
「おっしゃる通りだな…はい…」
心の中で論破されたことを認め、自分の戦闘技術の無さに自問自答した。
「くそっ、今までだったらコマンド入力でなんとかなってたのに…実際戦うとこんなにキツイなんて…」
そもそも現実世界では剣を使って戦うというのは日常ではない、剣道であっても基本の姿勢と打ち込みだけで、魔物退治には活かせないだろう。
「でも幸いなのはこの体が勇者だということだな、スタミナもタフさも現実の俺とは大違いだ。これなら多少の無茶な動きでもバテずにすむ。」
やるしかないと諦めつくように一息ため息をつく、剣はこの先独学で学び剣術スキルのアシストを駆使して戦っていくしかないと覚悟しまた再び歩み出す。
「とにかくバレないように、次はスムーズに倒さねぇと…」
次にやって来る魔物の対処を考えてると岩陰から2体のスライムが勢いよく現れた。
シュバッ!
「危ねえレズリィ!」
1体がレズリィに体当たりを仕掛けてきたが、アルノアが彼女を庇った事で間一髪で回避した。
「ありがとうございますアルノアさん。」
「まずいな、今度は2体に挟みうちされた。」
アルノアはすぐに体勢を立て直し、クロムは剣を抜き臨戦体勢をとった。
「アルノア、後ろのスライムを頼む、俺は前のスライムを倒す。」
「やれやれ、私の支援なしで本当に大丈夫か?」
馬鹿にするようにクロムに煽るが、クロムはこっちに顔を向かず逆に煽った。
「そっちこそ、動かないよう俺が抑えとかなくても大丈夫か?」
二人は小馬鹿にするように鼻で笑い、息を合わせたかのように同じ言葉を発した。
「「ふん、うるせえよ!」」
アルノアは魔法陣を展開し、スライムに向けて氷結魔法を放った。
「氷結《ブリザド》!」
冷気がスライムを包み、徐々に氷がスライムを凍らせ身動きを封じた。抜け出そうにも足と氷が引っ付き逃げる事が出来ない為、体の半身を伸び縮みしながら暴れ始める。
「そんなに動いても中の魔石は動いてないぞ!雷光《サンダー》!」
凍った体の半身に魔物の弱点である魔石があり、そこに雷魔法が命中した。
ピシャーン!
グチャビチャ!
スライムの魔石が壊れ、粘液質の体が爆散した。
一方その頃、クロムはスライムの動きに悪戦苦闘していた。
「くっ、闇雲に剣を振っても当たらない!だからといって魔法を撃ってもアルノアみたいに正確に撃てない…」
「クロムさん、敵も生きています!回避する事を見越して的確に攻撃してください!」
レズリィの助言でクロムの頭の中である作戦を思いつく。
「わかった!こいつの倒し方!」
クロムはスライムに剣を向ける事をやめ、無防備に胴体を晒した。まるでそこを狙ってくれと言わんばかりにクロムはスライムが攻撃してくるよう挑発した。
「当ててみろよ、ほら…ここだぞ!」
シュバッ!
挑発に乗ったスライムはクロムの腹に目掛けて体当たりをしかけた。しかしクロムはそれを見逃さず、スライムの体を両手で掴み被弾を阻止した。
「捕まえられればこっちのもんだ!雷光《サンダー》!」
クロムの手から電撃魔法が炸裂し、スライムは中にある魔石と共に爆散した。
「うわぁ!目に入った!」
飛び散ったスライムの体液で悶絶した後、ネバネバな体液を落とし二人の元へ駆け寄った。
「どうだ見たか!俺だってやれば出来るだろ!」
「その台詞は強敵に討ち勝った時に使うものだろ?スライムなんてどこにでも湧く雑魚だぞ。」
アルノアは苦笑しながら俺が戦った魔物がどんなものか伝えていたがそんな事はどうでも良かった。自分の力で初めてリアルな魔物を倒したこの爽快感を味わいたかったからだ。でもこれを成せたのは俺だけじゃない…
「それと、ありがとなレズリィ。お前の助言で助かったよ。」
クロムの感謝の言葉にレズリィは微笑んで自分の役割を吐露した。
「感謝される事はしてません、私はあなた達のサポートしか出来ませんから。だからお互い焦らず、一緒に強くなっていきましょう。私もあなた達を守れるよう努力しますから。」
今の弱い自分に向けて救世主のように手を伸ばしてくれた彼女にクロムは感涙した。
「かぁぁ…お前って奴はどれだけ優しいんだ!どこぞのローブ野郎とは大違いだ。」
ゴォォォォ!
「ぎゃぁぁぁぁ!」
突然クロムの背中が燃えて悶絶し始めた。アルノアがクロムに向けて火炎魔法を撃っていたのだ。
「何してるんですかアルノアさん!?」
「いやなんかコケにされたような気がして。」
真顔だった彼女だが、クロムが悶絶する姿を見てスッキリしたのか魔法を放った手を下ろした。
後に、彼女はレズリィから魔法で仲間を撃はたないように釘を刺された。
「はぁ…こんなんで大丈夫か?ここに来るまでかなりボロボロじゃねえか?」
「ほとんどお前の魔法が原因だけどな。」
「あれはただの事故だ、ノーカンだ。」
「故意的に背中を燃やしたのもノーカンに例えるのかお前は?」
冗談混じりの会話をしながら、道中の魔物を倒しつつクロム達はニブル平原をぬける橋にたどり着く。
ふと、クロムの頭の中で原作の突発イベントの記憶が流れてきた。
「この橋…たしかストーリーでは大量のスライムが現れて強制戦闘のイベントだったはず…。今の欠けたパーティーや俺の技量不足じゃここは危険すぎる。」
そう決心し、橋を渡る手前で俺は別な道を歩き始めたがアルノアに呼び止められてしまった。
「おい、どこ行くんだ?」
「こっちの道に行こう、ここの道は危ない。」
俺は遠くにあるもう一つの橋を指す。それはここの橋よりも寂れており、人が通った形跡もない古い橋だ。
「この道が危ないってなんで分かるんだ?あっちの方がよっぽど危ないだろ。」
「それは…」
2秒程時が止まったかのようにクロムの顔が固まり、訳を思いついたのか口を開いた。
「勘」
「勘かよ!?そんな面倒な事しなくても森に入れるだろ、さっさと行くぞ。」
二人が歩み出し橋の中央に着こうとした時、クロムが二人の前に立ち塞がった。
「駄目だ!とにかくあっちの道だ!それでも通りたいのなら俺を倒してからにし…ってギャァァァ!」
アルノアの火炎魔法がクロムに炸裂した。
「何してるんですかアルノアさん!」
「いい加減にしろよ、なんでこの橋を渡っちゃだめなんだ?そんな勘に付き合ってやれるか!」
「おっ…お前…ほんとにやるやつあるかぁぁぁぁ!」
「ええっ!言うとこそこですか!?」
「お前がやれって言ったんだろうがぁぁぁぁ!」
「アルノアさんまで乗らないでください!というか人に魔法撃っちゃ駄目って言ったじゃないですか!」
意見の合わない二人が揉み合いになってるのをよそに流れる川から突然大量のスライムが現れた。
グニュ…グジャァァ!
スライム達は一斉に飛びかかり、クロムとアルノアに体当たりをしてきた。
バシャ!ドカッ!
「うわぁぁぁぁ!」
巨大な波にのまれるような力で二人は橋から突き落とされてしまった。
「クロムさん!アルノアさん!」
一人取り残されたレズリィは二人の名前を呼び続けるが、それを呼び止めるよう大量のスライムが襲いかかってきた。
「きゃぁ!来ないで!」
落ちた橋から二十数メートル流れ着いた場所に、疲弊した二人が陸に上がってきた。
「ゲホッゲホッ!溺れ死ぬところだった…。おいアルノア!しっかりしろ!」
「ゲホッ…ゲホッ!」
「お前魔法使いで体力ないのにそんな厚着のローブ着るなよ、重くて運びづらかったぞ。」
「お前なぁ…女の子に重いは禁句だぞ。」
「うるせぇ!女の子なのかもわからないほど厚着しやがって!」
言い争いが終わり、クロムは辺りを確認する。
レズリィがいない…
「レズリィはどうした?落ちた瞬間わからなかったが、まさかまだあの場所にいるのか?」
「おい…あのスライムの塊、まだあの橋にいるぞ!」
アルノアが指を指す方向にはさっきまでいた橋に大量のスライムが蔓延っていた。
あまりの多さに橋から溢れて二、三体川にに落ちてしまうほどにその脅威を物語っている。
「急ごう!あの量の中にいなければいいが…!」
危機感が体全身に巡り、二人は急いでスライムのいる橋の方に向かう。
一方、レズリィはスライムに囲まれ身動きが取れない状態にあった。
「うぅ…クロムさん…アルノアさん…助けて…」
弱々しく二人の名前を呼ぶが状況が変わる訳もなく、スライムがレズリィの服の中に侵入してきた。
「やっ…どこに入って!?」
もがけばもがくほどスライムは数を増やしレズリィの体にまとわりつく。
「弱々ヒロインと大量のスライム…何も起きない訳もなく…。何かとは言わないがやはりこうなってしまうのか。」
近くの岩陰に身を潜め、突撃のタイミングを狙っている二人がいた。クロムは状況を確認しようとレズリィの様子を眺めていた。
「くっ…この世界にカメラがあれば!スライム達グッジョブ…!」
「顔が引きつってるぞクロム、お前まさか…!」
「んなわけないだろ!策を考えていたんだ。」
「策なんて必要ない、あいつら全部倒せばいいだけだろ。」
「それが出来るなら俺だって行動してる。」
クロムはアルノアに今の状況を説明する為、レズリィの方向に指を指す。
「よく見てみろ、ほとんどのスライムはレズリィの周りで群がってる。お前の魔法は正確でも、当たればレズリィにも巻き込まれる可能性がある。もちろん俺の剣も魔法もそうだ、無闇に倒すのは得策じゃない。」
「そんなヘマはしない、もらい事故を起こすのはお前だけって決めてんだ。」
「お前やっぱわざとなんじゃねぇか!」
唐突なカミングアウトに衝動的にアルノアの頭を叩いた。
「って…こんな事やってる場合じゃない!こうしよう、俺がスライムを払ってレズリィを引きずりだす。残りをアルノアが片付ければいい。」
「駄目だ、引きずりだす役は私がやる。」
「なんで?」
「そんな顔じゃ信用出来ないからだよ!」
クロムは頬を赤らみ、顔がニヤける一歩手前まで引きつっていた。
「もう…駄目…押しつぶされる…。」
スライムがレズリィを押しつぶして倒そうと、大量のスライム達が彼女にのしかかってきた。スライムは水分を含んだ魔物であり、重なって巨大化すれば人間もひとたまりもないだろう。押しつぶされ息が苦しくなってきたその時、クロムがレズリィのもとに駆け寄って来た。
「うぉぉぉレズリィーーー!」
グジャビチャ!
クロムはレズリィにのしかかっているスライム達をどかし、彼女を引きずり出した。
「もう大丈夫だレズリィ!あとは俺達に任せろ!」
クロムは彼女を安全な場所まで運ぼうとするが、スライム達はそれを阻止しようとクロムに攻撃し始めた。
バシッ!バシッ!ドカッ!
「痛ってえ!お前ら俺だと態度急変するのかよ!」
スライム達を指摘するが、聞く耳も立たずクロムの背中に貼り付きそのままのしかかった。
「うぐっ!」
「駄目ですクロムさん!このままだと二人共ペシャンコです!」
レズリィの心配をよそに、クロムは腹に力を込め大きく叫んだ。
「アルノアーー!今だーー!」
「そのまま踏ん張ってろ!変な事したら一緒に焼き払うぞ!」
待機していたアルノアは、クロムの合図ともに魔法陣を展開し火炎魔法が飛び出した。
ゴォォォォォ!
ビチャビチャ!
燃え盛る炎がスライム達を焼き尽くし、一体また一体と爆散して消えていく。だがその魔法の余波が彼の背中を燃やしていく。
「熱っ!あいつマジで見境ないな!」
「クロムさん、アルノアさんはまた…!」
「今日は許してやれ、俺が相手だからああやって遠慮なく撃てるんだ!」
自信があるような誇った顔でレズリィにこの状況を説明した。
「この大量のスライム、一掃するならアルノアの魔法が効果的だ。だけどレズリィに巻き込まれるから安易に撃てなかった。」
ゴォォォォォ!
バシャ!
クロムの隣で焼かれて爆散したスライムが飛び散る。液体が熱せられ熱湯となったスライムの一部がクロムにかかる。それでもクロムはレズリィに当たらないよう踏ん張り説明し続けた。
「熱っ!ーーだけど…俺相手なら撃てる、なんの躊躇もなく俺に魔法が撃てるあいつなら…遠慮なく本気が出せるって言うもんだ!」
「でもそんな事すればクロムさんが!」
「ああ無事じゃねえよ!ていうかなんで1日にあいつの魔法を3回も喰らわなきゃいけないんだよ!」
ゴォォォォォ!
ジュゥゥ!
「ぐっ…!」
クロムの背中にのしかかっていたスライム達に火炎魔法が命中し、その魔法の余波と熱湯レベルのスライムの体液がクロムの防具にダメージを与えた。
クロムの体力も限界が近づき、徐々に体を支えていた腕の力が無くなり、レズリィの上に傾れ込むよう倒れてしまった。
「クロムさん!ぐっ…背中に火傷のダメージが…」
倒れたクロムを抱き抱えながら、レズリィは彼の背中に治癒魔法をかける。
「治癒《ヒール》!」
パァァ…
緑色の光が広がった火傷を覆っていき徐々に健康体の状態へ治していく。苦痛に歪んだ彼の顔も安らかに見えたことでレズリィは安堵のため息を出した。
だがスライムの襲撃はとどまることなく続いており、アルノアの魔法攻撃に危機感を覚えたのかスライム達は一ヶ所に集まり出した。
グジュグジュ…ドプン!
スライムは数を重ねて巨大なスライムへと融合した。2メートル程の大きさになり、もし近くにいるクロム達を押し潰したらひとたまりもないだろう。
「はぁ…はぁ…あの塊、魔法で溶かすのは面倒だ。3~4発撃てれば仕留められるが、もうそんな猶予がない。」
アルノアは魔法の連発により魔力切れに近い状態になってしまい、巨大スライムを仕留める魔力がもう残っていなかった。
もうクロムを起こして撤退するしかないと、声をかけようとしたその時…
グジャ!キュィィィィン!
クロムが飛び起き、巨大スライムの中に手を突っ込んだ。そして、最初に戦った時と同様内部から魔法を撃ち込もうと魔法陣を展開した。
「ラストだ!いけぇ!アルノア!火球《ファイア》!」
ブシャァァァァ!
内部で魔法が炸裂し、巨大スライムの半身が爆散した。スライムは元に戻ろうとするが、爆散した後では先程よりも小さくなってしまった。
「ナイスサポート!あの小ささなら貫ける!雷光《サンダー》!」
アルノアの雷魔法がスライムの魔石を貫き崩壊する。それと同時に魔力の動力源を失った体はドロドロに溶けて下の川に流れ散っていった。
辺りはスライムの体液だらけになっており、バテて大の字に倒れたクロムにアルノアが歩み寄り手を差し伸べた。
「言っただろクロム、お前は頑丈だから大丈夫だって。」
「ざけんな、こんなところで死んでられるか…!」
クロムは固くアルノアの手を握りしめ、レズリィに支えてもらいながら起き上がった。
彼らの物語は始まったばかりだが、三人の表情はやり遂げたような達成感が溢れる笑顔が広がった。
森の中、誰かが残したキャンプ跡地で彼らは旅の休息をとっていた。
「あちゃ…防具が丸焦げだ、これじゃあ防御の意味が無くなっちまうな…」
「ははっ!裸の勇者ってか!あははは!」
「お前なぁ…」
先程のスライム達の戦いによりクロムの防具の耐久値が限界を迎えていた。この先の戦いで胴の防具を失ったことで、裸の勇者と例えられアルノアに馬鹿にされてしまった。
「とにかくここは英気を養いましょう。まだ目的地のルーナ城までは距離がありますし。」
「おっ、何作ってるんだレズリィ?」
レズリィは荷物の中から調理道具を取り出し、事前に採取していた食材を使って調理をしていた。
「この森は以前私も来たことがあって、ここの特産品とか結構詳しいんですよ。」
彼女はそう言うと調理し終えた料理をよそい皆に分けた。
「出来ました、マジックキノコとガッツ豆のスープです。キノコには魔力回復を、豆には体力増強の効果があります。」
わずか5分で仕上げたスープ、普通に一から作ろうとするなら数十分はかかるであろう。だがこのスープは鼻腔を刺激するような芳醇な香りが広がっている。俺はたまらず一口スープを啜った。
「どうなってるんだ…うめぇ!なんで短時間でこんな上手く作れるんだ?」
「お前料理作った事ないのか?マジックナイフを使えば食材に必要な下処理を全部一瞬で仕上げてくれるだぞ。真水の中にナイフを回すだけで出汁だって作れるんだ。」
そんな便利な道具があるのかと驚きながら俺はスープをきれいに平らげ、食欲を満たした充実感に浸った。
「ご馳走さんレズリィ、めちゃくちゃ美味かったよ。」
「どういたしまして。」
三人は食事を終え、休息がてら談笑を交えた。こう話していると本当に異世界に来たのかと疑問に感じるくらい普通の会話だった。もっとわかりづらい専門用語だらけで話に入れず置いていかれると思っていたが、どうやらここで孤独に苛まれる事は無さそうだ。
そう思っていたが…
「そういえば聞いてもいいか?なんでお前はあの橋が危険だって分かったんだ。」
突然切り出した話題に、俺は内心ギョッとした。答えづらい質問に俺はどう説明したらいいかわからなかったからだ。大量のスライムが出るのを分かっていたから遠回りしたかったなんて言えば、何故もっと早くに言わなかったと言われ。慌てて止めに行った事で何かあそこであったんじゃないのかと疑われてしまう。だから俺は、曖昧な理由をつけるしかこの場を凌ぐ方法が無かった。
「あの時はなんというか…そうしなきゃいけないって…強いイメージがなんというか…」
「なんだそれ、わかんないんじゃ逆に怖いな、勇者特有のスキルかなんかか?」
「それは…」
また言葉が詰まりそうになった時、木陰から誰かが歩いているのが見えた。それは全身に鎧をまとい槍を携えた者が二人、この森では場違いな風貌にクロムは皆に伝えた。
「皆…あれ見てみろよ。」
クロムが指を指す方向に二人は振り向き、歩いている者達を観察した。
「あそこいるのは…ルーナ城の衛兵でしょか?」
「はぁ…どうしたものか…パーティーが1人欠けた状態とか流石にキツい。」
クロムはこの先の冒険をどのように突破しようか悩んでいた。いくらゲームと同じシナリオであっても今の勇者は中身がニートであるため、剣を持った事がないどころか、運動もしていない本当の経験値レベル1なのである。
ガサッ…ガサッ!
考えながら歩いていると道中の草むらからスライムが飛び出してきた。
「敵だクロム!」
「わっ、分かった!」
すかさずクロムとアルノアは戦闘準備をした。
クロムは持っていた剣を握り、すかさずスライムの頭上に刃を振り下ろした。
「うぉぉぉ!スラッシュ!」
ドガガッ!
スライムは振り下ろした剣を難なく回避しクロムの腹に体当たりをした。
バシッ!
「痛ってぇぇ!」
クロムが攻撃を喰らっている隙に、すかさずアルノアは魔法を詠唱した。彼女が手をかざすと青い魔法陣が展開され、魔力が込められた魔弾が射出された。
「逃がすか!火球《ファイア》!」
アルノアの火炎魔法が体当たりしたスライムとクロムに命中した。
ゴォォォ!
「ギャァァ熱っちィィィィ!」
クロムの断末魔とは対照的に、スライムは体が溶けて消滅した。
「よし、魔物はいなくなったな!」
ガッツポーズを決め、満面の笑みでクロムに近づくが、クロムはすぐに立ち上がりアルノアに怒った。
「よし、じゃねぇよ!おもいっきり当たってるんだよ俺に!」
「あんな火球くらい避けられるだろ?それに勇者は旅に出る前にかなり訓練されてたって聞いたし、体は頑丈にできてるだろ?」
「ええ…」
茶化されてしまい、俺は思わず変な顔をしてしまった。これ以上言ってもただの事故だと言い納められてしまうのを予想し、この一件を不問にし俺はレズリィに回復を頼んだ。
「大丈夫ですか?クロムさん…」
「まさかこんな序盤でフレンドリーファイアをくらうとは思わなかった…」
「ふ…フレ?」
「あぁ…大丈夫こっちの話だから、今度はちゃんと倒してみせるよ。」
俺はレズリィに心配をかけないよう笑ってパーティーの先頭を歩き出した。
ガサッ…ガサッ!
ほどなくしてまた草むらからスライムが現れた。俺はさっきの失敗を教訓に今度は遠距離で仕留めようとした。
「近接はだめだ遠距離で倒してやる、火球《ファイア》!」
クロムの手から魔法陣が広がり、炎の塊がスライムに向かって放たれた。
スカッ…シュバっ!
クロムの火炎魔法はスライムの横を過ぎ去り、スライムはその好機にクロムの腹に体当たりをした。
バシッ!
「痛ってぇぇ!」
クロムが攻撃を喰らっている隙に、すかさずアルノアは魔法陣を形成した。
「逃がすか!火球《ファイア》!」
「ちょ待て!俺がいるっ…ってギャァァ熱っちィィィィ!」
またしてもアルノアの火炎魔法が体当たりしたスライムとクロムに命中した。
「おいおいクロム、そんなに黒焦げになりたいのか?」
「まず一緒に焼こうという発想やめない?死人が出るぞ。」
哀笑したアルノアと眉をしかめながら笑うクロム、二人がぶつかりそうな状況を防ぐため、二人の間にレズリィが割って入ってきた。
「喧嘩はやめてください!そもそもアルノアさん、クロムさんを巻き込んでの攻撃魔法は駄目です!死んでしまいますよ!」
「大丈夫だって、見た感じ元気ピンピンだろあいつ。」
「それでも駄目です!次やったら私が許しませんからね!」
俺が言おうとした事を全部言ってくれたレズリィに、自然と笑みが溢れた。
「ああ…レズリィ…お前だけだよ俺の気持ちをわかってくれるのは…」
だがその感激の笑みはアルノアの一言で消えてしまう。
「っていうかクロム、レベルが低いから弱いのは分かるけどさぁ…お前弱くね!?」
「二度も言うな!」
「それでもお前命中率低すぎだろ、スライムなんて雑魚中の雑魚だぞ。お前、本当に勇者として選ばれたのか?」
一番知られたくない奴に核心を突かれ、一気に血の気が引いた感じがした。
「ヤバい!俺が本当の勇者じゃないってバレる!」
もし勇者ではないと知れたら、俺の冒険はおそらくここまでだろう。だからといって正直に話そうにも異世界から来たニートの魂が勇者に乗り移っているなんて誰が信じる?どっちにしたところで俺はこの真実をこの先ずっと隠し通さないとリリスに会うことは不可能になる。
何か言い訳を考えていたその時、レズリィがアルノアに反論をした。
「言い過ぎですよアルノアさん、私達だってクロムさんと同じレベルじゃないですか。いいですか、男というのは数日目を離すと別人のように大きくなるようなものですよ。」
「いや大きくなってないんだけど、むしろ退化してる感じがするんだけど。」
「おっしゃる通りだな…はい…」
心の中で論破されたことを認め、自分の戦闘技術の無さに自問自答した。
「くそっ、今までだったらコマンド入力でなんとかなってたのに…実際戦うとこんなにキツイなんて…」
そもそも現実世界では剣を使って戦うというのは日常ではない、剣道であっても基本の姿勢と打ち込みだけで、魔物退治には活かせないだろう。
「でも幸いなのはこの体が勇者だということだな、スタミナもタフさも現実の俺とは大違いだ。これなら多少の無茶な動きでもバテずにすむ。」
やるしかないと諦めつくように一息ため息をつく、剣はこの先独学で学び剣術スキルのアシストを駆使して戦っていくしかないと覚悟しまた再び歩み出す。
「とにかくバレないように、次はスムーズに倒さねぇと…」
次にやって来る魔物の対処を考えてると岩陰から2体のスライムが勢いよく現れた。
シュバッ!
「危ねえレズリィ!」
1体がレズリィに体当たりを仕掛けてきたが、アルノアが彼女を庇った事で間一髪で回避した。
「ありがとうございますアルノアさん。」
「まずいな、今度は2体に挟みうちされた。」
アルノアはすぐに体勢を立て直し、クロムは剣を抜き臨戦体勢をとった。
「アルノア、後ろのスライムを頼む、俺は前のスライムを倒す。」
「やれやれ、私の支援なしで本当に大丈夫か?」
馬鹿にするようにクロムに煽るが、クロムはこっちに顔を向かず逆に煽った。
「そっちこそ、動かないよう俺が抑えとかなくても大丈夫か?」
二人は小馬鹿にするように鼻で笑い、息を合わせたかのように同じ言葉を発した。
「「ふん、うるせえよ!」」
アルノアは魔法陣を展開し、スライムに向けて氷結魔法を放った。
「氷結《ブリザド》!」
冷気がスライムを包み、徐々に氷がスライムを凍らせ身動きを封じた。抜け出そうにも足と氷が引っ付き逃げる事が出来ない為、体の半身を伸び縮みしながら暴れ始める。
「そんなに動いても中の魔石は動いてないぞ!雷光《サンダー》!」
凍った体の半身に魔物の弱点である魔石があり、そこに雷魔法が命中した。
ピシャーン!
グチャビチャ!
スライムの魔石が壊れ、粘液質の体が爆散した。
一方その頃、クロムはスライムの動きに悪戦苦闘していた。
「くっ、闇雲に剣を振っても当たらない!だからといって魔法を撃ってもアルノアみたいに正確に撃てない…」
「クロムさん、敵も生きています!回避する事を見越して的確に攻撃してください!」
レズリィの助言でクロムの頭の中である作戦を思いつく。
「わかった!こいつの倒し方!」
クロムはスライムに剣を向ける事をやめ、無防備に胴体を晒した。まるでそこを狙ってくれと言わんばかりにクロムはスライムが攻撃してくるよう挑発した。
「当ててみろよ、ほら…ここだぞ!」
シュバッ!
挑発に乗ったスライムはクロムの腹に目掛けて体当たりをしかけた。しかしクロムはそれを見逃さず、スライムの体を両手で掴み被弾を阻止した。
「捕まえられればこっちのもんだ!雷光《サンダー》!」
クロムの手から電撃魔法が炸裂し、スライムは中にある魔石と共に爆散した。
「うわぁ!目に入った!」
飛び散ったスライムの体液で悶絶した後、ネバネバな体液を落とし二人の元へ駆け寄った。
「どうだ見たか!俺だってやれば出来るだろ!」
「その台詞は強敵に討ち勝った時に使うものだろ?スライムなんてどこにでも湧く雑魚だぞ。」
アルノアは苦笑しながら俺が戦った魔物がどんなものか伝えていたがそんな事はどうでも良かった。自分の力で初めてリアルな魔物を倒したこの爽快感を味わいたかったからだ。でもこれを成せたのは俺だけじゃない…
「それと、ありがとなレズリィ。お前の助言で助かったよ。」
クロムの感謝の言葉にレズリィは微笑んで自分の役割を吐露した。
「感謝される事はしてません、私はあなた達のサポートしか出来ませんから。だからお互い焦らず、一緒に強くなっていきましょう。私もあなた達を守れるよう努力しますから。」
今の弱い自分に向けて救世主のように手を伸ばしてくれた彼女にクロムは感涙した。
「かぁぁ…お前って奴はどれだけ優しいんだ!どこぞのローブ野郎とは大違いだ。」
ゴォォォォ!
「ぎゃぁぁぁぁ!」
突然クロムの背中が燃えて悶絶し始めた。アルノアがクロムに向けて火炎魔法を撃っていたのだ。
「何してるんですかアルノアさん!?」
「いやなんかコケにされたような気がして。」
真顔だった彼女だが、クロムが悶絶する姿を見てスッキリしたのか魔法を放った手を下ろした。
後に、彼女はレズリィから魔法で仲間を撃はたないように釘を刺された。
「はぁ…こんなんで大丈夫か?ここに来るまでかなりボロボロじゃねえか?」
「ほとんどお前の魔法が原因だけどな。」
「あれはただの事故だ、ノーカンだ。」
「故意的に背中を燃やしたのもノーカンに例えるのかお前は?」
冗談混じりの会話をしながら、道中の魔物を倒しつつクロム達はニブル平原をぬける橋にたどり着く。
ふと、クロムの頭の中で原作の突発イベントの記憶が流れてきた。
「この橋…たしかストーリーでは大量のスライムが現れて強制戦闘のイベントだったはず…。今の欠けたパーティーや俺の技量不足じゃここは危険すぎる。」
そう決心し、橋を渡る手前で俺は別な道を歩き始めたがアルノアに呼び止められてしまった。
「おい、どこ行くんだ?」
「こっちの道に行こう、ここの道は危ない。」
俺は遠くにあるもう一つの橋を指す。それはここの橋よりも寂れており、人が通った形跡もない古い橋だ。
「この道が危ないってなんで分かるんだ?あっちの方がよっぽど危ないだろ。」
「それは…」
2秒程時が止まったかのようにクロムの顔が固まり、訳を思いついたのか口を開いた。
「勘」
「勘かよ!?そんな面倒な事しなくても森に入れるだろ、さっさと行くぞ。」
二人が歩み出し橋の中央に着こうとした時、クロムが二人の前に立ち塞がった。
「駄目だ!とにかくあっちの道だ!それでも通りたいのなら俺を倒してからにし…ってギャァァァ!」
アルノアの火炎魔法がクロムに炸裂した。
「何してるんですかアルノアさん!」
「いい加減にしろよ、なんでこの橋を渡っちゃだめなんだ?そんな勘に付き合ってやれるか!」
「おっ…お前…ほんとにやるやつあるかぁぁぁぁ!」
「ええっ!言うとこそこですか!?」
「お前がやれって言ったんだろうがぁぁぁぁ!」
「アルノアさんまで乗らないでください!というか人に魔法撃っちゃ駄目って言ったじゃないですか!」
意見の合わない二人が揉み合いになってるのをよそに流れる川から突然大量のスライムが現れた。
グニュ…グジャァァ!
スライム達は一斉に飛びかかり、クロムとアルノアに体当たりをしてきた。
バシャ!ドカッ!
「うわぁぁぁぁ!」
巨大な波にのまれるような力で二人は橋から突き落とされてしまった。
「クロムさん!アルノアさん!」
一人取り残されたレズリィは二人の名前を呼び続けるが、それを呼び止めるよう大量のスライムが襲いかかってきた。
「きゃぁ!来ないで!」
落ちた橋から二十数メートル流れ着いた場所に、疲弊した二人が陸に上がってきた。
「ゲホッゲホッ!溺れ死ぬところだった…。おいアルノア!しっかりしろ!」
「ゲホッ…ゲホッ!」
「お前魔法使いで体力ないのにそんな厚着のローブ着るなよ、重くて運びづらかったぞ。」
「お前なぁ…女の子に重いは禁句だぞ。」
「うるせぇ!女の子なのかもわからないほど厚着しやがって!」
言い争いが終わり、クロムは辺りを確認する。
レズリィがいない…
「レズリィはどうした?落ちた瞬間わからなかったが、まさかまだあの場所にいるのか?」
「おい…あのスライムの塊、まだあの橋にいるぞ!」
アルノアが指を指す方向にはさっきまでいた橋に大量のスライムが蔓延っていた。
あまりの多さに橋から溢れて二、三体川にに落ちてしまうほどにその脅威を物語っている。
「急ごう!あの量の中にいなければいいが…!」
危機感が体全身に巡り、二人は急いでスライムのいる橋の方に向かう。
一方、レズリィはスライムに囲まれ身動きが取れない状態にあった。
「うぅ…クロムさん…アルノアさん…助けて…」
弱々しく二人の名前を呼ぶが状況が変わる訳もなく、スライムがレズリィの服の中に侵入してきた。
「やっ…どこに入って!?」
もがけばもがくほどスライムは数を増やしレズリィの体にまとわりつく。
「弱々ヒロインと大量のスライム…何も起きない訳もなく…。何かとは言わないがやはりこうなってしまうのか。」
近くの岩陰に身を潜め、突撃のタイミングを狙っている二人がいた。クロムは状況を確認しようとレズリィの様子を眺めていた。
「くっ…この世界にカメラがあれば!スライム達グッジョブ…!」
「顔が引きつってるぞクロム、お前まさか…!」
「んなわけないだろ!策を考えていたんだ。」
「策なんて必要ない、あいつら全部倒せばいいだけだろ。」
「それが出来るなら俺だって行動してる。」
クロムはアルノアに今の状況を説明する為、レズリィの方向に指を指す。
「よく見てみろ、ほとんどのスライムはレズリィの周りで群がってる。お前の魔法は正確でも、当たればレズリィにも巻き込まれる可能性がある。もちろん俺の剣も魔法もそうだ、無闇に倒すのは得策じゃない。」
「そんなヘマはしない、もらい事故を起こすのはお前だけって決めてんだ。」
「お前やっぱわざとなんじゃねぇか!」
唐突なカミングアウトに衝動的にアルノアの頭を叩いた。
「って…こんな事やってる場合じゃない!こうしよう、俺がスライムを払ってレズリィを引きずりだす。残りをアルノアが片付ければいい。」
「駄目だ、引きずりだす役は私がやる。」
「なんで?」
「そんな顔じゃ信用出来ないからだよ!」
クロムは頬を赤らみ、顔がニヤける一歩手前まで引きつっていた。
「もう…駄目…押しつぶされる…。」
スライムがレズリィを押しつぶして倒そうと、大量のスライム達が彼女にのしかかってきた。スライムは水分を含んだ魔物であり、重なって巨大化すれば人間もひとたまりもないだろう。押しつぶされ息が苦しくなってきたその時、クロムがレズリィのもとに駆け寄って来た。
「うぉぉぉレズリィーーー!」
グジャビチャ!
クロムはレズリィにのしかかっているスライム達をどかし、彼女を引きずり出した。
「もう大丈夫だレズリィ!あとは俺達に任せろ!」
クロムは彼女を安全な場所まで運ぼうとするが、スライム達はそれを阻止しようとクロムに攻撃し始めた。
バシッ!バシッ!ドカッ!
「痛ってえ!お前ら俺だと態度急変するのかよ!」
スライム達を指摘するが、聞く耳も立たずクロムの背中に貼り付きそのままのしかかった。
「うぐっ!」
「駄目ですクロムさん!このままだと二人共ペシャンコです!」
レズリィの心配をよそに、クロムは腹に力を込め大きく叫んだ。
「アルノアーー!今だーー!」
「そのまま踏ん張ってろ!変な事したら一緒に焼き払うぞ!」
待機していたアルノアは、クロムの合図ともに魔法陣を展開し火炎魔法が飛び出した。
ゴォォォォォ!
ビチャビチャ!
燃え盛る炎がスライム達を焼き尽くし、一体また一体と爆散して消えていく。だがその魔法の余波が彼の背中を燃やしていく。
「熱っ!あいつマジで見境ないな!」
「クロムさん、アルノアさんはまた…!」
「今日は許してやれ、俺が相手だからああやって遠慮なく撃てるんだ!」
自信があるような誇った顔でレズリィにこの状況を説明した。
「この大量のスライム、一掃するならアルノアの魔法が効果的だ。だけどレズリィに巻き込まれるから安易に撃てなかった。」
ゴォォォォォ!
バシャ!
クロムの隣で焼かれて爆散したスライムが飛び散る。液体が熱せられ熱湯となったスライムの一部がクロムにかかる。それでもクロムはレズリィに当たらないよう踏ん張り説明し続けた。
「熱っ!ーーだけど…俺相手なら撃てる、なんの躊躇もなく俺に魔法が撃てるあいつなら…遠慮なく本気が出せるって言うもんだ!」
「でもそんな事すればクロムさんが!」
「ああ無事じゃねえよ!ていうかなんで1日にあいつの魔法を3回も喰らわなきゃいけないんだよ!」
ゴォォォォォ!
ジュゥゥ!
「ぐっ…!」
クロムの背中にのしかかっていたスライム達に火炎魔法が命中し、その魔法の余波と熱湯レベルのスライムの体液がクロムの防具にダメージを与えた。
クロムの体力も限界が近づき、徐々に体を支えていた腕の力が無くなり、レズリィの上に傾れ込むよう倒れてしまった。
「クロムさん!ぐっ…背中に火傷のダメージが…」
倒れたクロムを抱き抱えながら、レズリィは彼の背中に治癒魔法をかける。
「治癒《ヒール》!」
パァァ…
緑色の光が広がった火傷を覆っていき徐々に健康体の状態へ治していく。苦痛に歪んだ彼の顔も安らかに見えたことでレズリィは安堵のため息を出した。
だがスライムの襲撃はとどまることなく続いており、アルノアの魔法攻撃に危機感を覚えたのかスライム達は一ヶ所に集まり出した。
グジュグジュ…ドプン!
スライムは数を重ねて巨大なスライムへと融合した。2メートル程の大きさになり、もし近くにいるクロム達を押し潰したらひとたまりもないだろう。
「はぁ…はぁ…あの塊、魔法で溶かすのは面倒だ。3~4発撃てれば仕留められるが、もうそんな猶予がない。」
アルノアは魔法の連発により魔力切れに近い状態になってしまい、巨大スライムを仕留める魔力がもう残っていなかった。
もうクロムを起こして撤退するしかないと、声をかけようとしたその時…
グジャ!キュィィィィン!
クロムが飛び起き、巨大スライムの中に手を突っ込んだ。そして、最初に戦った時と同様内部から魔法を撃ち込もうと魔法陣を展開した。
「ラストだ!いけぇ!アルノア!火球《ファイア》!」
ブシャァァァァ!
内部で魔法が炸裂し、巨大スライムの半身が爆散した。スライムは元に戻ろうとするが、爆散した後では先程よりも小さくなってしまった。
「ナイスサポート!あの小ささなら貫ける!雷光《サンダー》!」
アルノアの雷魔法がスライムの魔石を貫き崩壊する。それと同時に魔力の動力源を失った体はドロドロに溶けて下の川に流れ散っていった。
辺りはスライムの体液だらけになっており、バテて大の字に倒れたクロムにアルノアが歩み寄り手を差し伸べた。
「言っただろクロム、お前は頑丈だから大丈夫だって。」
「ざけんな、こんなところで死んでられるか…!」
クロムは固くアルノアの手を握りしめ、レズリィに支えてもらいながら起き上がった。
彼らの物語は始まったばかりだが、三人の表情はやり遂げたような達成感が溢れる笑顔が広がった。
森の中、誰かが残したキャンプ跡地で彼らは旅の休息をとっていた。
「あちゃ…防具が丸焦げだ、これじゃあ防御の意味が無くなっちまうな…」
「ははっ!裸の勇者ってか!あははは!」
「お前なぁ…」
先程のスライム達の戦いによりクロムの防具の耐久値が限界を迎えていた。この先の戦いで胴の防具を失ったことで、裸の勇者と例えられアルノアに馬鹿にされてしまった。
「とにかくここは英気を養いましょう。まだ目的地のルーナ城までは距離がありますし。」
「おっ、何作ってるんだレズリィ?」
レズリィは荷物の中から調理道具を取り出し、事前に採取していた食材を使って調理をしていた。
「この森は以前私も来たことがあって、ここの特産品とか結構詳しいんですよ。」
彼女はそう言うと調理し終えた料理をよそい皆に分けた。
「出来ました、マジックキノコとガッツ豆のスープです。キノコには魔力回復を、豆には体力増強の効果があります。」
わずか5分で仕上げたスープ、普通に一から作ろうとするなら数十分はかかるであろう。だがこのスープは鼻腔を刺激するような芳醇な香りが広がっている。俺はたまらず一口スープを啜った。
「どうなってるんだ…うめぇ!なんで短時間でこんな上手く作れるんだ?」
「お前料理作った事ないのか?マジックナイフを使えば食材に必要な下処理を全部一瞬で仕上げてくれるだぞ。真水の中にナイフを回すだけで出汁だって作れるんだ。」
そんな便利な道具があるのかと驚きながら俺はスープをきれいに平らげ、食欲を満たした充実感に浸った。
「ご馳走さんレズリィ、めちゃくちゃ美味かったよ。」
「どういたしまして。」
三人は食事を終え、休息がてら談笑を交えた。こう話していると本当に異世界に来たのかと疑問に感じるくらい普通の会話だった。もっとわかりづらい専門用語だらけで話に入れず置いていかれると思っていたが、どうやらここで孤独に苛まれる事は無さそうだ。
そう思っていたが…
「そういえば聞いてもいいか?なんでお前はあの橋が危険だって分かったんだ。」
突然切り出した話題に、俺は内心ギョッとした。答えづらい質問に俺はどう説明したらいいかわからなかったからだ。大量のスライムが出るのを分かっていたから遠回りしたかったなんて言えば、何故もっと早くに言わなかったと言われ。慌てて止めに行った事で何かあそこであったんじゃないのかと疑われてしまう。だから俺は、曖昧な理由をつけるしかこの場を凌ぐ方法が無かった。
「あの時はなんというか…そうしなきゃいけないって…強いイメージがなんというか…」
「なんだそれ、わかんないんじゃ逆に怖いな、勇者特有のスキルかなんかか?」
「それは…」
また言葉が詰まりそうになった時、木陰から誰かが歩いているのが見えた。それは全身に鎧をまとい槍を携えた者が二人、この森では場違いな風貌にクロムは皆に伝えた。
「皆…あれ見てみろよ。」
クロムが指を指す方向に二人は振り向き、歩いている者達を観察した。
「あそこいるのは…ルーナ城の衛兵でしょか?」
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