鏡結び物語

無限飛行

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鏡の舞▪その二 (白井 了 視点)

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『今日の天気は、降水確率事態は20%と低めで晴れが続きますが、午後は寒冷前線が通り、突発的な雷雨が発生する変わり易い天気になる見込みで、念のために折り畳み傘…』


りょう、今日、午後から雨降るから、傘を忘れずに持っていきなさい、分かった?返事!」

「んっ、行ってきまーす!」
ガタンッ、タッ、タッ、タッ、タッ、タッ

「ああ、了?傘、傘、忘れてるわよ?!了ーっ、もう、しょうがないわねぇ!」

▩▩▩▩▩▩▩▩▩▩▩▩▩▩▩▩▩▩▩▩



僕の名前は白井 了しらいりょう
私立流星中学校に通う中学1年だ。

部活は卓球部。
部活の活動は朝練6時からで2時間。
夕方の練習はまあ、人によって19時までかな。
僕は真面目な方だし、ジュニアの実績もあるからAランク。
ようは上手いから代表選手枠に入ってる。
当然、他校への遠征もあるし結構大変なんだ。
ラケットだって3個目。
ラバー交換しても直ぐに使えなくなる。
でも、仕方ない。
道具一つで試合の結果に影響があるから、道具の手入れは必須なんだ。


ザーッ、ザーッ、ザーッ

「うへぇ、母さんに言われたのに、玄関に傘を忘れてきちゃったよ。参ったなぁ。部活の体育館まで結構あるんだけど。そうだ、裏の旧校舎づたいにいけば、あまり濡れずに行けるかも知れない。裏に廻ろう」

うちの学校は古い旧校舎が残っている。
屋根がせり出してるので、結構雨をしのげるんだ。
今は体育用品倉庫になっていて、主に陸上部が使っている。
まあ、この雨じゃ陸上部は部活、中止だろうけど。



僕は裏に回って旧校舎に取りつき、先にある体育館を目指す。
裏門から帰る生徒の間を抜けて、出口を左に曲がると人は居なくなる。
旧校舎は結構古いから、何度か、耐震補強の改装工事が行われていて、まだ一部、立ち入り禁止のフェンスが張られている。
そこをくぐって中に入り、屋根下づたいに抜ければ、そこが体育館だ。

「大正時代の建物なんだよな」

この旧校舎、この学校のシンボル的建造物で赤レンガ作り。
ステンドグラスがあり、文化遺産になっているらしい。
明かり取り用の天窓があり、この体育館二階の卓球場からは、旧体育用品倉庫の中がよく見える。

ふと、僕は人の気配を感じ、体育館二階の窓から旧体育用品倉庫の明かり取り窓を通して中を覗き見る。
倉庫だから人が居てもおかしくないんだが、この雨でメインで使っている陸上部は休みのはず。
だから人が居るのはおかしいのだ。


「え?何やってんだ。あの子?」

覗いた窓から見たものは、大きい鏡に抱きついてる女の子の姿。
その子をよく見たら、二年の憧れのマドンナ、笹川 舞さがわまい先輩だった。

笹川 舞さがわまい先輩は芸能人ばりの美貌の先輩で、とあるファッションジュニア雑誌の表紙になった事もある憧れの先輩だった。

その先輩が姿見の鏡に抱きついて、何かをやっている。
あれ?泣いてるないか?なんで?
訳が分からない。



結局その日、僕は先輩が鏡から離れ下校していくまで、部活を忘れて彼女のことを眺めていた。
部活に参加出来たのは終わりの30分だけ。
当然コーチからは大目玉を食らった。


「先輩、一体……あの鏡に何があるんだ?」

その日から僕は、先輩のあの行動が頭から離れず、放課後は旧校舎に立ち寄る事が日々の日課になっていた。

先輩は毎日、あの倉庫に通っていた。
そして鏡を抱きしめ、泣いている。
まるで鏡が愛しい誰かのように、時には語りかけ、時には只、ひたすら泣いていた。

その姿に胸に痛みを感じつつ、見守るしかない自分って、一体何だろう?
わけの分からない感情に困惑しながらも、先輩に声をかける事も出来ない。

「そうだ。姉ちゃんに聞いてみよう。姉ちゃんは先輩と、確か幼馴染みだったはず」



◆◇◇◇◇



その後僕は、家で姉ちゃんを掴まえて、先輩の話しを聞いた。


「何、何を聞きたいの?舞の恥ずかしいエピソード?それとも、舞の下着の色?いや、弟の成長を期待していたけれど、少し早すぎるかしら?このペースだと、只のエロガキになるわね」

「いや、姉ちゃんが僕の何処の成長を期待してたのか分からんけど、酷い事を思われている事だけは理解した」

僕の姉、白井 千鶴しらいちづるは、少し変わってる。
先輩である笹川 舞さがわまいの幼馴染みにして学年一の秀才。
なのに色々と中二病なところがあり、漫研と超常現象クラブに入っている変わり者だ。

正直ルックスだけは、学校でベスト10に入るくらいの容姿なのだが、その考え方が残念な方向に向かいがちなんだ。
まあ、姉弟仲は悪くないんだけど。

「あのさ、姉ちゃんは舞先輩が旧校舎に、よく行ってるのを知ってるの?」
「は?まさか、弟がストーカー紛いの事をするなんて、事件だわ!」

「待って、待って、姉ちゃん。話しを 大事おおごとにしようとしてる?してるよね?スマホを持って何を??ああ!?110番しない!僕、弟だよ!」
駄目だ。
姉ちゃんの思考は極端過ぎる。
相談した僕がバカだった。

りょう、犯罪者として母さんに告発します」

「ぎゃあ、止め、止めてってば。なんでそうなるのさ?!」
あ、姉ちゃん、口の端が上がってる!
また何時もの僕をオモチャにして、楽しんでるんだ!
酷い、酷いよ、姉ちゃん。

「ふう、悪いけど、舞の事。これ以上は話せないわ」
「いや、姉ちゃん。先輩の事、一言も喋ってないよね?喋ってないよね!」

「舞と私は親友なの。舞の事は何も話せません。たとえ、弟であってもね」
急に真剣な顔で話し出した姉ちゃん。
何?そんな、隠さないと行けない事なの?

「ただ一言、言っておくよ。舞は今、ずっと待ってるの」
「え、待っている?いったい、何を待ってるのさ!」

「あんたが、どんな考えで舞を追いかけてるのかは知らない。でも諦めなさい。あの子の心は、ずっと遠いところにあるの」

「は、遠いところ?それは一体?」

姉ちゃんは僕にウインクして、人差し指を立てた。
「よーし、この先は有料です。100円からいってみようか」

「待って、金取るの?!」
話せないって言っておきながら、金次第で話すんかい?!
とんでもない親友だな、おい!



◆◇◇◇◇



結局1000円払って、姉ちゃんから聞いた話は、次のような話だった。


■鏡の向こう側に異世界があって、そこのイケメン(姉ちゃんの主観)に先輩がぞっこんという事。

■そして、そのイケメンが何かの理由で、遠方に行ってしまい、鏡の前から居なくなってしまった事。

■先輩はその人と再会を約束していて、鏡の前で、ずっと待っているという事。


「ねぇ、ラノベみたいな話しなんだけど、姉ちゃんは信じてるの?」

「そうねぇ、私も舞の事が気になって、心配になって聞いたんだけど、実際に見せられた鏡は、なんの変哲もない鏡だったわ。それで舞の妄想を疑ったけど、舞の真剣さは本物だった。だから私も信じる事にしたのよ。だって親友だもんね」

いや、そこで親友を出されても困るがな。
親友なら現実に引き戻すべきでは?

どちらにしても先輩の事は、僕が何とかしないといけないな。
諸悪の根源が、あの姿見なら……

先輩を助けられるのは僕だけだ。



◆◇◇◇◇



次の日の放課後、僕は部活を休んだ。
そして、旧校舎に向かう。

何故か今の僕は、強い使命感によって突き動かされている。
なんで、こんな感情を持ってるのか、自分でも分からない。
けど、先輩を救えるのは、多分自分だけだと確信しているのは確かだ。


僕は何時ものように先輩が鏡に向かうのを確認すると、先輩が帰るのを窓の軒下で待つ。

間も無く先輩は、鏡を名残惜しそうに触った後、ゆっくりと出口に向かって歩き出す。
僕はそれを見届けると、静まりかえった旧校舎倉庫のドアを開けた。



現在時刻18時58分。
辺りはすっかり暗くなっていた。
けれど天窓の多い旧校舎は、月明かりが良く入り意外と中は明るい。

僕は姿見の前に立つと、鏡に手で触れた。
だが伝わるのは鏡面の固くて冷たい、ツルツルとした感触だけ。
見た目も、ただの鏡でしかない。

僕は意を決して、カバンからバールを取り出した。
そして鏡に向かい、それバールを振り上げる。

「先輩を、お前から解放する為だ。悪く思うな」

バッターンッ

「!?」
そして、手を振り下ろそうとした時、突然、後ろのドアが、勢いよく開いた。

ダッダッ、ザッ

そして、そのドアから、一つの人影が飛び込んできて、僕と鏡の間に両腕を広げて、立ちふさがった。

「駄目ーっ、この鏡に触らないで!!」

「せ、先輩?!」

その人影は、帰ったはずの先輩だった。
先輩は僕を睨むと、鏡を守るように僕の前に立つ。

「止めて!この鏡は大事な鏡なの。壊したら許さない!!」

う、先輩が、凄い剣幕で叫んで僕を睨む。
まるで、親の仇みたいだ。
く、だ、駄目だ。
ここで怯んだら先輩を救い出せない。
鏡を壊して先輩を正気に戻すのは僕の使命。
なんと言われようと折れる訳にはいかない!

「せ、先輩は、その鏡に取り憑かれてます。だから僕が先輩を解放して正気に戻してみせます。そこを退いて下さい!」

「絶対、絶対、駄目!許さない。この鏡を壊そうとするなら、あなたを一生、許さない。大嫌いよ!!」

「だ、大嫌い?!」
い、今、なんて言われた!?

「だい、だーい、大嫌い!!!」

ガーンッ

な、何だ?!
あ、頭が、胸が痛い。
嫌い?
先輩が僕の事を、大嫌いって……

ガラガラガラッ

その時、僕の中で何かが崩れていく音が聞こえた。





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それから僕は気がついたら、いつの間にか家の玄関の前にいた。
先輩に『大嫌い』って言われて、その後の記憶がない。

ははは、あまりのショックに、僕こそ正気でなかったみたいだ。
何をやってるんだ、僕は。


「た、ただいま」

「はい、りょう、上手く告白出来た?」
姉ちゃんが、ニンマリしながら、玄関で仁王立ちして僕を見下ろす。

「何の事?!」
「こんな遅くなるんだから、舞に告白したんでしょ?」

「ち、違うよ。部活の練習が面白くてさ。ちょっと延長したんだよ」
「はぁ、なーんだ。つまらん。うちの弟は、まだまだガキだったって事ね!」

姉ちゃんは、物凄くつまらなそうに背を向けると、二階の自室に向かおうとして、振り向いた。

「ああ、そうだ。りょうが遅かったから、アンタのプリン、頂いたから」
「ええ!僕が後で食べようとして、取っておいた卵黄3倍濃厚プリン、なんで?!」

「先日の舞の情報代、1000円じゃ足んないから」


「ウソーーーー?!!!!!」



その日、僕は1000円とプリンと初恋を同時に失った。
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