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鏡の舞▪その一(起点となる物語)
しおりを挟む「すまない。もう、戻れないかもしれない」
「待ってます。ずっと此処で。貴方が帰るその時まで。ずっと……」
その日、彼は行ってしまった。
二度と戻れない、戦場に…………。
▩▩▩▩▩▩▩▩▩▩▩▩▩▩▩▩▩▩▩▩
中学二年といえば、何かと心が落ち着かない。
半分大人で半分子供。
大人に完成する体に、まだ子供の心。
だから時々、不思議な体験をする事もある。
「だからさぁ、見たんだって。口が裂けた怖い女が追いかけてくるやつ」
「いやいや、俺なんか円盤に追跡されて、危うく捕まりそうになってさ」
「トイレから手が」
「誰もいない音楽室で、ピアノの音が聞こえるんだよ。本当に」
「コックリさんは社に帰さないと、ずっと帰らないんだよ」
まあ、ほとんどが嘘と噂に過ぎないんだけどね。
最近は、テレビのニュースでも言ってるし。
『フェイクニュース』だってね。
◆◇◇◇◇
『今日の天気は降水確率20%と低め。晴れが続きますが、午後は寒冷前線が通過し、突発的な雷雨が発生する変わり易い天気になる見込みです。念のために折り畳み傘を……』
「舞、今日、雨降るかもしれないから傘を持っていきなさい」
「えーっ、晴れやいうてたやん。今日、友達と部活のバック、買いに行く約束してるんだけど」
「念のためよ、通り雨があるかも知れんって、天気予報で言うてるわ」
「はぁ、わかった。行ってきまーす」
「舞、傘、傘忘れてる、舞ーっ!」
◆◇◇◇◇
「舞、おっはよーっ」
「千鶴、おはよ」
私の名は、笹川 舞。
私立流星中学校に通う、中学2年の14歳。
髪は肩下までのストレート。
何処にでもいる、ごく普通の女子中学生だ。
「ねぇ、ねぇ、舞、学校の裏にある旧校舎の話、知ってる?」
「また幽霊の話し?それとも宇宙人?」
また始まった。
この子の名前は白井 千鶴。
私の幼馴染みで親友である。
まん丸トンボ眼鏡、おかっぱ頭。
地味な見た目だから通称じみ子さん。
学年一位の秀才ながら取っ付きにくいわけでもなく、気遣いの出来る気立てのいい子だ。
それに彼女、実は眼鏡を外すと結構可愛い。
私は彼女を美人だと思う。
彼女も私の事をそう思ってるらしいけど、私は至って普通のはずだ。
しかし彼女、実は残念な子なんだよね。
彼女は今、中二病を拗らせていて、現実離れした話しでも平気で信じるのがタマニキズ。
いわゆる困ったチャンなのだ。
「旧校舎の東側、体育用品倉庫。三年の先輩がマットを片付けてたら、誰も居ないのに声が聞こえて」
「はい、はい、壁の向こう側で人の話し声が聞こえたと」
「そうなの。そしたら」
「ただ外に人が居て、話し込んでただけ」
「そう、そ、舞?!」
「千鶴、そろそろソウイウノ、卒業しよ」
「違、そこにあった古い姿見の話で、って、舞、聞いてる?舞!」
キンコンカンコン、キンコンカンコン
「千鶴?!ヤバい、遅刻だわ!」
「え、ええ!?わ、ちょっと、ちょっと待ってったら、舞!」
私達は慌てて学校の門まで駆け出した。
遅刻はなんとか間に合った。
◆◇◇◇◇
━━━━放課後
ザーッ、ザーッ、ザーッ
「あはは。母さんに言われてたのに、傘を忘れるなんて、最悪」
帰りは天気予報の通り雨だった。
それも激しい土砂降りの雨。
私は下駄箱を開けながら、恨めしそうに空を見上げる。
「天気予報、通り雨だって言ってた。なら、直ぐに止むのかな?だとしても出口で待つのは恥ずかしいし、教室に戻るのはもっと嫌だわ。何処かに誰にも見られず雨宿り出来るとこ、ないかな?」
辺りを見渡すと、丁度いい具合の軒が先にある。
私は、カバンを傘変わりに頭に乗せながら、ソコに駆け込んだ。
「ふう、ここで待とう。あら?此処って、旧校舎の体育用品倉庫?」
体育用品倉庫……ああ、なんか千鶴が姿見がどうとか言ってたわね。
なら、鏡があるのかしら?
「ちょっと髪が乱れちゃったから、整えていこう」
ガラガラガラッ
私は、鍵のかかっていない体育用品倉庫のドアを開けて中に入る。
中は窓が多いせいか、意外と明るい。
電気を付ける必要はないようだ。
「かがみ、カガミ、鏡、あった!」
それは鏡の面を壁側にして立て掛けてある、古いけど、かなり大きい姿見だった。
私はそれを、ゆっくりと反対向きにする。
「よし出来た。でも、ちょっと曇ってるわ。雑巾は……あった!」
私は、端にあった雑巾を雨で濡らして絞り、鏡の鏡面を拭いた。
「ん、なんとか綺麗になったわね。んん?」
あれ?何だろう。
鏡に映る背景がなんか変??
それに私が映ってない、よね……
コレ、鏡じゃない?
よく見るとビーカーとか、何かの薬品やサンプル標本が入った瓶とかが沢山置いてある棚が映ってる。
かなり古いヴィンテージのような器具や本も並んでいて、ちょっと外国のインテリアに見えるよね。
透明ガラスの下に写真が鏡に貼ってあるとか?だとしたら手が込んでるわ。
何かの作品かしら?
私がじっと鏡を観察していると、鏡の向こう側?で何かが動いた。
「え?」
ガランッ、ガラガラガラッ
『わっ?!』、ドサッ
な、なに、何、何?!
写真だと思っていた風景が動きだし、向こう側の棚の一部が倒れて、なんか黒いマントを着た銀髪の男が倒れ込んだんだけど!
『痛ったーっ、詰まずいちゃったよ。師匠にどやされる。参ったなぁ』
銀髪男?が喋った?!
北欧系外国人に見えるけど、なんか風体や周りの情景が某映画の魔法使いソックリなような……でも、なんか……
くすっ
普通こんな怪しい状況なら、何時もの私は驚いて逃げ出してるところなんだけど、なんか向こう側が先に転けて、頭を掻いてるのがなんとも愉快に見えてしまい、私はつい笑ってしまった。
すると彼は、驚いた顔で私を見た?!
『き、君は一体?』
ドキンッ
思わず胸が跳び跳ねる。
え!?これってLIVE映像?
まさかドッキリ企画で、何処かから私が驚く様をカメラマンが撮ってるとか?
私は慌てて立ち上がると、一目散に倉庫から逃げ出した。
入り口を出たところで今一度、後ろを振り返る。
雨は、すっかり上がっていた。
水溜まりに映る倉庫は静まりかえっており、周辺に人の気配は感じられない。
ガラガラ、ガタンッ
私は辺りを警戒しながら倉庫のドアを閉めると、後ろを振り返らずに足早にその場を離れて下校した。
◆◇◇◇◇
家に帰った私は、自室で考えていた。
新手のイタズラだろうか?
それにしては手が込んでいる。
あの姿見は液晶画面か何かだろうか?
それにしては電気の配線はなかったし、周りに人も居なかった。
そもそも、あんな滅多に人が入らないところでイタズラって、なんか意味不明だし……
結局その日は悩み過ぎて寝不足になり、翌日また遅刻ギリギリで学校に着いた。
◆◇◇◇◇
「千鶴、前に旧校舎倉庫がどうとか言ってなかった?」
「ああ、舞、やっと聞いてくれるの?」
目をキラキラさせる千鶴に、私は溜め息をついて言った。
「聞いてあげるから、丁寧、簡潔に」
「それではそれでは始めます。これは三年の先輩達の話し。昔、あの倉庫にある姿見から変な声が聞こえるとの苦情があったらしく、本来の場所から今の旧体育用品倉庫に移動されたものなのよ。姿見は元々、三年の廊下にあったんだけど、当時の生徒達が気味悪がった為に撤去された。先生方は一度、廃棄しようとしたけれど、歴史ある物だから処分出来ず、普段使ってないあの倉庫に仕舞われたんだって。今では倉庫に近づく人もいないから忘れられた話らしいのよ」
「声だけ?」
「そうよ。イタヅラで無線スピーカーとかが付いてると思い先生達が調べたんだけど、結局原因が判らなくて、取り敢えず倉庫に仕舞ったの。どう?怖いでしょ」
先生達が調べたのなら、アレは只の鏡なのだろう。
だったら、あの映像はいったい何?
「舞?」
私が思考していると、千鶴が不思議そうに見てくる。
ここで考えていても何も分からないか。
「ん、何でもない。分かったよ。有り難う」
私は千鶴と別れ、自分の教室に戻る。
声が聞こえてくるという古い大きな姿見。
千鶴の話は噂の域を出ないが、もしあれが、お化けや亡霊の類いなら、鏡に映っていたあの男性は一体何者だというのだろう?
◆◇◇◇◇
結局、分からないまま月日は流れ、あの日から1ヶ月が経っていた。
そして再び、ある雨天の下校時間。
ふと、あの姿見が気になった私は、再び旧体育用品倉庫を訪れていた。
姿見は私が鏡面を表にした状態のそのままに、元の通り壁に立て掛けてあった。
恐る恐る姿見に近づくと、姿見には私の姿が映り込む。
鏡なのだから当たり前なんだけと、なんとも拍子抜けな結末だ。
背景も体育用品倉庫の背景、どう見ても只の姿見でそれ以上も以下もない。
「はあ、バッカみたい。やっぱり誰かのイタズラね」
私はため息をつくと、姿見の鏡面に指で触れる。
すると突然、私や倉庫の背景が消え、あの魔法使いの部屋みたいな映像に変わった!?
鏡の正面には、あの銀髪男が目を見開いて此方を見つめている!
「わっ!?」ガタッどすん。
私が思わず尻餅をつくと、鏡の中の男が立ち上がって言う。
『だ、大丈夫!?』
「?!」
私は慌てて立ち上がると、鏡に背を向け倉庫のドアに向かおうとした。
『ま、待って!何もしない。何もしないから、逃げないで』
ザッ、「?!」
背中越しに声をかけられて、私の足は思わず止まった。
そして、ゆっくり振り返る。
『お願い、怖がらないで。君と話しがしたいんだ。駄目かな?』
私は反射的に頷いていた。
あとで後悔したが、仕方ないと割りきった。
「貴方は誰?これは、イタズラじゃないの?」
『イタズラ?僕が君にイタズラを?』
「違うの?」
『そんな無意味な事はしないよ。ただ、君と話しがしたいだけ』
「……いいわ」
『有り難う』
私は取り敢えず、彼の言葉に従う事にした。
まあ、何時でも逃げられるしね。
◆◇◇◇◇
彼の話は、不思議な話だった。
彼は今、アスタイト王国という、絶対王政の国に暮らしているそうだ。
アスタイト王国?
世界史でも聞いた事がないし、そもそも絶対王政の国なんて今の世の中には無い。
一体、何処の何時の話しだろう?
けれども彼の話には真剣さも伝わるし、とても嘘をついているようには見えなかった。
『それで田舎からこの王都に出て来て、師匠のところで魔法を習ってるんだ』
「魔法?そんなもの、現実にあるわけないわ」
『君のところでは魔法は無いの?』
「魔法は無いけど科学があるわ」
『カガク?何それ!是非、教えて欲しいな。僕も君に魔法の事を教えるから』
「え、ええ?」
その後、彼とお互いの情報を交換する事になった私は、自分の事も含め彼に伝えた。
彼の名前は、ホルト▪ライブナー。
20歳。
アスタイト王国の子爵家の三男で、一応貴族なんだそうだ。
ただ貧乏で本も買えず、13歳で王都の魔法の師匠のところに、住み込みで弟子入りしたそうだ。
そんな若い頃から親元を離れるなんて、大変だったよねって聞いたら、家督争いに巻き込まれずに済んだから、これで良かったって言っていた。
なんか、複雑だよね。
魔法使いはエリートらしく、それなりに魔法を使える人は限られるらしい。
当然、給料も良くて、月の給料が金貨三枚。
貨幣価値が分からないって聞いたら、金貨三枚で平民なら3ヶ月分の給料なんだとか。
金貨一枚がこっちでいうと、20万円位かな。
なんにしても彼の将来は順風満帆、なんの憂いもないんだよね。
『ん~っ、でも、国が戦争になったら、僕達魔法使いは、真っ先に前線に送られる事になるんだ。僕らは戦争の道具だからね』
「戦争?戦争になるかも知れないの?」
『燐国のガルダ帝国は侵略国家。今は休戦中だけど領土を広げる事しか頭にない酷い国だよ。だから何時でも戦争の危険があるんだ』
「そっか。それはコッチもそうかも。私の国は今はすっかり平和だけど昔は戦争をしていたらしいし、今でも世界の何処かで紛争は絶えないから」
『マイの世界も戦争があるんだ。戦争は辛いし不幸しか生まない。嫌だよね』
「ホルトは、人を殺すのは怖くないの?」
『怖くないはずない。だって、殺す相手にも家族がいるかも知れない。妻も子供もいるだろう。その人を殺すという事は、その人の家族の恨みや憎しみを背負わなければならない。そんなの僕には耐えられない』
「逃げる事は?」
『…出来ないよ。やはり国を守らなければいけないし、大切な知人や家族がいるからね』
ちくっ
何だろう。
何か、胸が痛く感じる。
とっても切ない気分になる。
なんか、嫌だ。
その後ホルトと色んな話しをした。
鏡はホルトの私室の鏡に繋がっていて、何故こちらの姿見がホルトの鏡に繋がるのかは、彼にも分からないとの事だった。
ただホルトの部屋の鏡はかつての兄弟子の部屋で、鏡は元からあったらしい。
裏にホルトでも解らない魔法陣が書いてあるとの事で、その兄弟子が何らかの魔法を鏡に施していて、それが原因なんだろうと彼なりの結論を出している。
因みにその兄弟子だが、現在は行方不明なんだそうだ。
その後、何度か旧体育用品倉庫に通うようになり、ホルトとはだいぶ打ち解け合い、気軽に話の出来る間柄になっていった。
◆◇◇◇◇
そんなふうになってから数日後、私は事情を友人の千鶴に話し彼に会って貰う事にした。
事情を話したら、千鶴はモチロン即快諾。
何故、千鶴を立ち会わせようと思ったのか。
それは私が鏡を通してホルトと会っている事に、未だ現実感を感じていないからだ。
彼と話ながらも心の何処かに、彼が幻影でありうるかも知れないと思う自分がいる。
第三者の千鶴が共有する事で現実と理解し、この気持ちを肯定出来るものに変えられると思ったのだ。
何にせよ一人で抱えるには、私は知らない事が多すぎる。
だから、同じ情報を共有出来る信頼出来る専門家?な仲間が欲しかった。
ホルトも会う事に前向きだったから二人の予定を合わせて数日後、私とホルトの会う日に合わせて千鶴が立ち会う事になった。
そして立ち会い当日、私達は姿見の前にいた。
「え?もう、ホルトさんが映ってるの?」
「うん。今、鏡の前に座ってるよ」
「そう、なん、だ………」
「千鶴?」
「……………あ、そ、そうか。私から声を掛けないといけないのかな。ホルトさーん?」
「??」
「………えーと、舞?」
鏡に呼び掛けた後、不思議そうに私に振り返る千鶴。
え、ホルトは今、返事したよね?
「どうしたの、千鶴?ホルトが挨拶してるけど」
「ほ、本当?あ、どーも、舞の友人の千鶴です。友人がお世話になってます。舞は私の大事な親友で、これからもよろしくお願いいたします。こんなんでいいかな?」
「どういう事?」
「な、何が?」
「ホルトに千鶴の声が聞こえてないって」
「え、声のボリューム、いつも通りじゃ駄目だった?」
照れ笑いながら頭を掻く千鶴。
この癖は千鶴が理解出来ない時に出る癖だ。
「もしかして千鶴。鏡に何も映って無い?」
「え?!いや、えーと?、その」
焦ったように目線を私の目から反らす千鶴。
これは間違いない。
「やっぱり何も映ってないんだね。私を疑ってる?」
「!ご、ゴメン、舞。言い出せなくて……でも、絶対に疑ってない!私は千鶴を信じてる。超常現象を観測出来るのは個人差もあるから!!」
私が千鶴の反応に落胆していると、彼女は慌てて私の手を取って言った。
個人差?
「個人差って?」
「持って生まれた資質、霊能力とかだよ。私は世界一の凡人だから全く霊的な力が無い。だから霊的なもの、不思議なものを追い求めてる。これはもうロマンよ!」
「そ、そう、だったんだ………?」
彼女の力説に頭が追いつかないけど、ようはホルトを見るには霊的な能力がいるらしい。
千鶴がホルトを見る事が出来ないのは残念だけど、その理由を一応、彼女なりに理論的説明が出来るようだ。
でも千鶴と一緒に姿見に触れて、ホルトさんが映る状態で彼女に見せた結果がコレでは、私の疑心暗鬼は解消されない。
分かった事は結局、ホルトさんを見れて言葉を交わせるのは私だけという事だけだった。
◆◇◇◇◇
『そうか。友達に私は見えない。私が見えるのはマイだけという事か』
「そうなの。だから、その理由をホルトさんは分かるのかなって思って」
後日、千鶴とのやり取りをホルトさんに聞いて貰った。
この鏡を使った彼との会話や映像が幻かも知れないという私の疑心暗鬼。
その解消の為、彼にも説明できる理由を言って貰いたかったからだ。
『……友達の言う資質で云えば、マイには魔力が有るって事かも知れない』
「魔力?ホルトが前に言っていた魔法を使える条件みたいなもの?」
『そうだ。鏡に触って僕と映像が繋がると言っていただろう?それって、魔道具の発動条件にあたるんだ』
「魔道具?」
『君の世界にはカガクの力で沢山の便利な物が作られてるって言っていたね?僕の世界にも似た物があるんだ。それが魔道具。それは魔力を流す事で作動し、予め魔法陣で決められた事象を再現出来る。君の世界ではデンキ?って言ったかな。それと同じ様に考えればいい』
「魔力……私に魔力があるの?魔法が使えるって事?」
『魔法を使えるほどの魔力持ちは僕の世界でも極僅かだよ。だけどマイだけが僕と繋がる理由は魔力のある、無し、で間違いない』
「なら、この鏡が魔道具って事?」
『ほぼ間違いない。そしてマイには魔力がある。これも確な事実だよ』
私に魔力がある。
ぐっと胸に手を当てた。
熱い鼓動が力強く動いている。
理由は分からないけど、何だかホルトさんの言葉がしっくりして、彼がより身近に感じられた。
自身の正気を疑っていた霧が霧散して、晴れやかな気分になる。
その後、私はホルトさんと交流を深め、千鶴も時々付き合ってくれた。
そうして数ヶ月が経った頃、ホルトさんが真剣な眼差しで私に語った。
『マイ、戦争が始まった。暫くこの部屋には戻れない』
その日ホルトさんは、俯いて私に謝るように言った。
彼は今、何と言った?
戦争が始まった?!
「戦争!ホルトさん、戦争が終われば、帰って来れるんですよね?!」
私は、ホルトさんにすがり付くように、鏡に触れる。
この数ヶ月、私とホルトさんの距離は縮まり、彼とはいつの間にか兄妹以上の関係を感じていた。
だから戦争と聞いて、真っ先に彼の安全を考えたのだ。
『帝国軍は、この王都を此方の兵力の3倍の数で包囲した。最初から数で劣勢なんだ。だから、君と話せるのは、これが最後になると思う』
最初から数で劣勢?!
それはとても苛酷な戦いになるという事。
「駄目、駄目です!必ず、生きて帰ってきて下さい。お願い……」
私は目から熱いものが流れている事に気づかず、なおもホルトさんに、そして鏡に、すがり付き、そのままズルズルとその場に座り込んだ。
「すまない。もう、戻れないかもしれない」
「待ってます。ずっと、此処で。貴方が帰るその時まで。ずっと……」
▩▩▩▩▩▩▩▩▩▩▩▩▩▩▩▩▩▩▩▩
その後数年が経ち、私は高校に進学した。
旧校舎の体育用品倉庫にあるあの鏡には、その後、ホルトさんもホルトさんの部屋も映る事はなかった。
私は親を説得し、姿見を学校から買い取った。
姿見は今も私の部屋にあるが、ただの鏡のままだ。
でも構わない。
私はあの日、あの人に約束したんだ。
貴方が帰るその時まで。
ずっと、ずっと……
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