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一章 災霊の契約者
四話 面白いやつ
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どうやら魔女はどうしても俺を災霊祭に出させたいらしい。
その理由は何だ。
どうして魔女はこんなにも災霊祭に固執する?
ここに来て、俺は一番聞かなければならないことを聞いていないことに気づいてしまった。
どうやら、ユウジのことにばかり気を取られてしまっていたようだ。
無意識のうちに焦心していた頭を落ち着けようと、細く息を吐く。
「イルフィちゃん」
会話が途切れた隙を見計らって、キュールが口を開いた。
「あんまり意地悪しないであげてよ」
「なんだ?」と魔女が答えると、キュールがゆっくりと言った。
しゃべるスピードがいつもよりワンテンポ遅い。その表情は満開の笑みに彩られていた。一見、小さな女の子が無邪気に笑っているようで、大変可愛らしいのだが。
そのとなりで俺は冷や汗をかいていた。
空間が乱れていた。
例えるなら、空中で地震が起きているような感覚。
しかし錯覚ではない。実際に空気が揺れているのだ。
――キュールの霊力によって。
さっきのキュールが動揺している時なら、こっちのキュールは苛立っている時だ。
こうなった彼女は手がつけられない。返答を間違えると強力な魔法を乱発してくるのだ。
揺れの影響は家具にも及び、本棚から本が落ちる。机の上のカップがカタカタと震え、天井から吊るされた照明が小刻みに揺れる。
「別に意地悪はしていないさ。トーガにはどうしても災霊祭に出てもらわなければならない理由があるんだ」
デスクの上に書類を手で抑えつつ、魔女が言った。口調や態度に動じた様子はまったくない。
「理由?言ってみて」
成り行きではあるが、話題が俺の聞きたかったことに移る。
「構わんが。その前に霊力を抑えてくれないか。部屋が壊れては話もできない」
「……わかった」
意外にも、キュールは素直に従った。
乱れていた空間が元に戻る。
「お前ら、魔神教団とかいう怪しい奴らが現れたのを知ってるか?」
さあ?と俺は首を傾げた。
聞いたこともない集団だ。
教団という名前からして、新手の宗教だろうことは予想がつくが。
「契約者を中心に若い娘をさらいまくってるクズみたいな連中なんだが。とにかく痕跡を消すのが得意なようでな。まるで尻尾がつかめないんだ」
「……で?それがどうして災霊祭につながるんだ?」
「言っただろう。やつらは魔神とやらを復活させるために契約者の若い娘をさらっていると。そんな奴らにとって、災霊祭は絶好の狩場だと思わないか?本戦なんて良質な生娘の寄せ集めみたいなものだろ」
……なるほど。要は俺をダシにそいつらの情報を探りたい。ということか。
確かに、そんなわけもわからない連中にさらわれた女は気の毒だと思う。だが、冷たく言い切ってしまえば俺たちには全く関係のないことだ。
「頼む。どうか私に協力してくれないか」
なんだ。らしくもない。
高圧的でプライドの高い魔女がわざわざ下手に頼み込んでくるとは。それほど魔神教団とやらに深い恨みがあるのか。
少しだけ心が揺れる。しかし、やはりユウジのことを後回しにする気は起きなかった。
魔女にどんな事情があるかは知ないが、俺にだって相応の事情がある。
先に俺たちの目的を達成してからではダメなのか。
「イルフィちゃん。その人達が魔神を復活させようとしているって本当?」
突然、キュールが話に割り込んできた。
「本当だ。さらった娘もそのための生贄とやらに使われているという話だ。最も、やつらに関する情報はないに等しい。だから憶測でしかないがな」
「…………ふーん」
魔女が答えると、キュールは顎に手を当てて考え込んだ。
「キュール?」
俺が呼びかけるも、返事は返ってこない。
俺の声などまるで聞こえていないかのようだった。
「トーガくん。イルフィちゃんの頼み、聞いてみない?」
数秒あけて返ってきた返事は、俺の考えとは真逆の提案だった。
「どうしてだ?」
何かを言う前に、理由を聞いてみる。
「うーん。なんか気になるんだよねえ。魔神って。なんかすごく嫌な予感がするんだ」
「嫌な予感?」
「うん。うまく説明できないんだけど。なんかこのまま放置してると、とんでもない事になりそうな気がするの。キュールちゃんセンサーがやれーってビンビン言ってる」
身振り手振り。まるでウサギの耳のように、頭の上で手をパタパタさせながら、一生懸命に説明していた。 ちなみにキュールちゃんセンサーは魔法とかではない。 これっぽっちもないただの勘だ。 しかし不思議とそれがよく当たる。 たまーに同じことを言い出すのだが、この前の旅先でアイスの当たり棒を引き当てていた。 あの時はたかがアイス一本で大はしゃぎしてたっけ。
他にも同じようなことが何度かあった。流石に百発百中とは行かなかった。が彼女の勘の命中率は比較的高かった。
今回の件はワンコインで買えるものとはスケールが違うが、キュールの当て勘なら信じてもいい。信じてもいいんだが。
「どうかな?トーガくん」
もう一度尋ねてくる。
ここで俺が突っぱねれば、キュールはきっと聞いてくれるだろう。彼女はなんだかんだで、いつも俺の意見を優先してくれるから。
俺も同じ気持ちだ。俺だって、彼女の意見はなるべく優先したいと思っている。
それでも。
「うーん。女装したくねえなあ……」
そこがやはりネックだった。
言ってしまえば命がかかっているわけでも、何らかの実害があるわけでもない。
それでも、こう。何ていうか。あの頃とは本当に色々違うのだ。
俺だってもう十七だし。男性として成長するべきところも成長している。
いわば大人の男なのだ。子供が女の子の格好をするならまだ取り返しがつかないこともないが。成人男性が女装となると……変態のレッテルを払拭できない気がする。なにより、俺の精神的な負担がまるで違う。
それさえなければ出るのはやぶさかではないのだが。
「別に女装しなくても、そのまま出ても大丈夫だぞ」
明後日の方向を向く俺に、魔女が安心させるように言う。
「そのままって。んなことしたらカルラが俺だってバレるだろ。流石に霊具なしで優勝はきついぞ」
霊具とは、災霊契約者にだけ使える専用の武器みたいなものだ。
契約した災霊が武器となり、成長によっては特殊な能力が付いたりするのだが。
長くなるのでここでの説明は省きたい。
とにかく。俺は前回の災霊祭で霊具を使ってしまっている。
霊具というものは唯一無二で、デザインが重複することはほぼ絶対にない。
特に俺――つまりカルラの霊具はよく目立つ。だから、使えないのだ。
「別に優勝しなくともいいんだが。お前が霊具を使わなくとも、チームを組めばいいじゃないか」
「……チーム?」
俺は初めて聞いたかのように、魔女の言葉を反芻した。
「ああ。強力な仲間がいれば、お前が霊具を使わずとも勝ち抜けるんじゃないか?」
……ふむ。なるほどチーム。そうか。チームか。その発想はなかった。
たしかに災霊祭は元々何人かでパーティを組んで出るものだった。
というか、それが普通なのだ。
予選も本戦も決勝も、基本的に人数の多い方が有利なルールだし。
それでも、連携上の都合などから二人で出るという者もたまーにいるそうだが。それはまだいい。実際ちぐはぐな集団よりコンビの方が厄介な場合はある。
だがソロはない。論外だ。
同じ人数の少なさにも、二人と一人の間には越えられない壁がある。
例えば本線のゲリラ戦。これは非常に広いフィールドで行われるため、基本的に一日二日で決着がつくことはない。
それに、与えられるフィールドは人の手が施されていない森や山だ。店や民家はない。当然宿もなく、野宿は必然となる。
人が最も無防備になるのは寝てる時だ。二人以上いれば交代で見張り合うということも出来るのだが、一人ではそうは行かない。
行かないのだが、実際にソロで出た馬鹿がいる。
それがカルラ・キュートだ。
彼女は素性も明かさぬままに一人で現れ、数々の強豪を押しのけて優勝した。
孤独な状況を物ともしない姿にカタルシスを感じる人が多かったのか。実はそれが彼女が絶大な人気を誇る理由の一つだったりする。
……と他人事みたいに言ってるが、それは全て俺のことなので、自分で説明するのは自画自賛みたいで恥ずかしい。
ちなみに真実を言うと、俺にはキュールがいたので一人という気分ではなかった。ゲリラ戦のときも、敵意を感じたらすぐ起きれるようにはしていたが、俺が寝ていたときも彼女に見張りをしてもらっていたし。
ちなみに災霊祭中はキュールにはずっと俺の中に隠れてもらっていたので、彼女の存在は公になっていない。
基本的に外に出ているのが好きな彼女は非常にご立腹であったが、その判断は間違っていなかったと思う。
もし、かつての決勝戦で戦ったエルシアと同じくらい……とは言わずとも、善戦できるほどのやつが二人いれば。俺は魔法と普通の武器だけでも戦える。
しかし。今更チームを組むにしてもいったい誰と組めばいいというのか。
悲しい話だが、俺には人脈というものがまるでない。
知り合いですら、キュールとイルフィリアを含めて片手で足りるかどうか。
災霊祭の予選が始まるのが八月の頭で、今は六月の中旬だ。
開催まで一ヶ月ちょっとしかないというのに、間に合うだろうか。
そんな疑念をぶつけてみると、「それなら問題ない」と魔女は答えた。
「ここは災霊契約者を育成する学院だぞ? 候補なんていくらでもいるじゃないか。うちの生徒たちはみな優秀だぞ」
自信満々に魔女は胸を張る。
しかし、俺はいまいち期待できなかった。
この学院に限った話ではないが、学生というだけで戦力になるとは思えなかった。
この世の災霊契約者の大半は、二つの学校を卒業する。
まずは非契約者を契約者にし、簡単な魔法や霊力の使い方を教える基本学校。
基本学校で卒業した契約者を集め、専門的な教育を行う専門学校。
災霊契約者の仕事は多岐に渡る。
魔物や魔災霊と戦うハンターや治安維持を努めるガード。
意外なことにサーカスなどでも需要がある。魔法でできるパフォーマンスは見栄えがあるからだ。
それぞれの職に向けた教育を施すのが専門学校だ。
せめてハンターの専門学校に通う学生だったらまだ希望は見えたのだが。
残念ながら聖トナージ学園は基本学校である。
基本学校といえど、魔女が経営している学院というだけあって生徒のレベルは高い。
魔法などの知識は十分にあるとは思うが。
仮に俺より高いポテンシャルを秘めているやつらがいるとしても、それを使いこなせていなければ話にならないのだ。
「優秀とはいっても、災霊祭に通用するのか?」
半眼で問いかけると、魔女は大きくうなずいた。
「B'zの連中なら通用するさ。私の方針で、希望者には魔物との実戦訓練も豊富に取り入れているからな」
「B'z?」
「入学の時からすでに契約者だった者。契約者の中でも特に優秀な者を集めたクラスだ。お前が戦ったエルシアもB'zの出だぞ?」
「…………マジかよ」
まさかの事実に俺は言葉を失った。
あの……エルシアが?
まさか、あいつがこの学院に通ってるとは……いや、ある意味妥当なのか。
彼女の力は、他とは明らかに一線を画していた。
あの浮かぶガトリングガンに対処できるやつが何人いるだろうか。
そう思うと、むしろエルシアが他の学院に通ってる方が違和感があった。
魔女の学院なら……まぁ納得だ。
というか、あの時エルシアはもしかしたら聖トナージに通っていたのだろうか?
彼女の年齢は知らないが、対峙したときに見た印象では若く見えた。
俺よりは間違いなく上だったが、16とかでも全く違和感はなかった。
でもまぁ、エルシアが所属していたというなら信用できる。
さすがに彼女ほどの逸材はそうそういないだろうが。
パーティを組む作戦も……いけるかもしれない。
少し……希望が見えてきた。
「でも。そのB'zとやらは、すでにパーティを組んでるんじゃないのか?」
「災霊祭に出るような実力者はな」
「だろうな」
そりゃそうだ。
災霊祭はソロで出るような大会じゃない。
あのエルシアも、五人でチームを組んでいた。
彼女も個人で戦うよりは連携を取った方が強かった。
もし、決勝戦のルールが負け抜けのサシじゃなかったら、俺も無傷では済まなかっただろう。
しつこいようだが、ソロで出るメリットは皆無なのだ。
しかし、既存のパーティに加入させてもらうというのは出来ない。
そもそも男の災霊契約者なんて異端なのだ。事情の説明もなしに到底受け入れてもらえるとは思えない。
そして事情は説明できない。
だから、仲間が見つからず切羽詰まってて。悪魔に魂を売ってでも災霊祭に出たい。
それほど逼迫してるようなやつが理想なのだ。
果たして、そんなやつが都合よくいるだろうか。
「だがまぁ。安心しろ。面白いやつはいるぞ?」
「面白いやつ?」
「ああ。昔のお前のように。誰とも組まず、災霊祭に出たいなんていうバカがいるんだ」
ククク。と魔女が口を押さえて笑う。
なるほど。それは確かにバカなやつがいたもんだ。
「で?実力は?」
「B'zの落ちこぼれ。と馬鹿にされているな」
「ダメじゃねえか」
本当にただのバカじゃないか。
実力のないバカは笑えない。
楽しそうな魔女を冷めた目で見つめていたら。
「だが。実力はあるぞ」
ふいに声のトーンを変えて、魔女が言った。
「落ちこぼれじゃないのか?」
「そう言われてると言っただけだ。私は実力があると思っている」
「……まさか。生徒だから。なんで理由じゃないよな?」
俺は半眼で問いかける。
魔女は自分の学園を溺愛している。もちろん生徒も含めてだ。
自信満々に魔女は胸を張る。
しかし、俺はいまいち期待できなかった。
この学院に限った話ではないが、学生というだけで戦力になるとは思えなかった。
この世の災霊契約者の大半は、二つの学校を卒業する。
まずは非契約者を契約者にし、簡単な魔法や霊力の使い方を教える基本学校。
基本学校で卒業した契約者を集め、専門的な教育を行う専門学校。
災霊契約者の仕事は多岐に渡る。
魔物や魔災霊と戦うハンターや治安維持を努めるガード。
意外なことにサーカスなどでも需要がある。魔法でできるパフォーマンスは見栄えがあるからだ。
それぞれの職に向けた教育を施すのが専門学校だ。
せめてハンターの専門学校に通う学生だったらまだ希望は見えたのだが。
残念ながら聖トナージ学園は基本学校である。
基本学校といえど、魔女が経営している学院というだけあって生徒のレベルは高い。
魔法などの知識は十分にあるとは思うが。
仮に俺より高いポテンシャルを秘めているやつらがいるとしても、それを使いこなせていなければ話にならないのだ。
「優秀とはいっても、災霊祭に通用するのか?」
半眼で問いかけると、魔女は大きくうなずいた。
「B'zの連中なら通用するさ。私の方針で、希望者には魔物との実戦訓練も豊富に取り入れているからな」
「B'z?」
「入学の時からすでに契約者だった者。契約者の中でも特に優秀な者を集めたクラスだ。お前が戦ったエルシアもB'zの出だぞ?」
「…………マジかよ」
まさかの事実に俺は言葉を失った。
あの……エルシアが?
まさか、あいつがこの学院に通ってるとは……いや、ある意味妥当なのか。
彼女の力は、他とは明らかに一線を画していた。
あの浮かぶガトリングガンに対処できるやつが何人いるだろうか。
そう思うと、むしろエルシアが他の学院に通ってる方が違和感があった。
魔女の学院なら……まぁ納得だ。
というか、あの時エルシアはもしかしたら聖トナージに通っていたのだろうか?
彼女の年齢は知らないが、対峙したときに見た印象では若く見えた。
俺よりは間違いなく上だったが、16とかでも全く違和感はなかった。
でもまぁ、エルシアが所属していたというなら信用できる。
さすがに彼女ほどの逸材はそうそういないだろうが。
パーティを組む作戦も……いけるかもしれない。
少し……希望が見えてきた。
「でも。そのB'zとやらは、すでにパーティを組んでるんじゃないのか?」
「災霊祭に出るような実力者はな」
「だろうな」
そりゃそうだ。
災霊祭はソロで出るような大会じゃない。
あのエルシアも、五人でチームを組んでいた。
彼女も個人で戦うよりは連携を取った方が強かった。
もし、決勝戦のルールが負け抜けのサシじゃなかったら、俺も無傷では済まなかっただろう。
しつこいようだが、ソロで出るメリットは皆無なのだ。
しかし、既存のパーティに加入させてもらうというのは出来ない。
そもそも男の災霊契約者なんて異端なのだ。事情の説明もなしに到底受け入れてもらえるとは思えない。
そして事情は説明できない。
だから、仲間が見つからず切羽詰まってて。悪魔に魂を売ってでも災霊祭に出たい。
それほど逼迫してるようなやつが、理想の相手なのだ。
果たして、そんなやつが都合よくいるだろうか。
「だがまぁ。安心しろ。面白いやつはいるぞ?」
「面白いやつ?」
「ああ。昔のお前のように。誰とも組まず、災霊祭に出たいなんていうバカがいるんだ」
ククク。と魔女が口を押さえて笑う。
なるほど。それは確かにバカなやつがいたもんだ。
「で?実力は?」
「B'zの落ちこぼれ。と馬鹿にされているな」
「ダメじゃねえか」
本当にただのバカじゃないか。
実力のないバカは笑えない。
楽しそうな魔女を冷めた目で見つめていたら。
「だが。実力はあるぞ」
ふいに声のトーンを変えて、魔女が言った。
「落ちこぼれじゃないのか?」
「そう言われてると言っただけだ。私は実力があると思っている」
「……まさか。生徒だから。なんて理由じゃないよな?」
半眼で問いかける。
「実力があるのは本当だ。むしろ素質だけで言えばお前を超えてるかもしれん」
自信に満ちた答えが返ってきた。
俺を超えるか。ずいぶん大きく出たな。……とは別に思わなかった。
災霊契約者としての素質は、災霊にどれほど好かれるかに尽きる。
霊力許容率とか、単純な器量の大きさだとか。色々なものが影響して、素質あるものほど強力な災霊を引き寄せたり、契約した災霊との絆を深めやすかったりするのだ。
災霊は契約して終わりではない。
契約者と彼らが心を通わせるほど、使える霊力も増えていく。そして災霊も成長していく。
時間はかかるが、小型災霊が大型災霊に成長したという例もあるらしい。
災霊との関係はそのまま強さに直結する。
そういう意味で、俺は素質なんてなかった。
キュールと契約したばかりの俺は荒んでいた。そのせいで彼女に辛く当たることもまま……いや、正直に言おう。
あの頃の俺は、キュールを強さを得るための武器としか見ていなかった。だから心ないことばかり言っていた。
反抗期の子供……なんて生温いくらいに。
それでも彼女は、そんな俺を見捨てなかった。俺が自分の愚かさに気づくまで、ずっとそばにいてくれた。
だから、今の俺があるのは全てキュールのおかげなのだ。
本当に。彼女は俺なんかには過ぎた災霊だ。
強いし。優しいし、何より可愛い。
なんで男の俺なんかを契約者に選んでくれて、その上好きでいてくれるのだろう。ずっと気になってることの一つだ。
もっとも。その理由を尋ねても、キュールは絶対に教えてくれないのだが。
ただ、魔女は俺とキュールの事情を知らない。
魔女と出会った時に、俺は自分の過ちに気づいたからだ。
だから、魔女は一口に素質という言葉で俺と比べたのだろう。
だが、こんなところで自分を卑下しても意味はない。
「どんなやつなんだ?」
「それは自分で確かめろ」
「は?」
呆けた声を漏らす俺に、魔女が一枚の書類を放ってくる。
風魔法で軌道修正された茶封筒は、すっぽりと俺の手に収まった。
「開けてみろ」
促されるままに封を開く。
中には数枚の紙束が入っていた。
一番手前の紙に、入学書類と書かれている。
「入学?その面白いやつってのは転校生なのか?」
「アホか。それはお前の入学書類だ」
「はぁ!?」
見ると、本当に俺の名前が書いてあった。
二枚目三枚目の紙には、生徒の心得とか校則だとか。堅苦しい文章ばかりが並んでいた。
「手続きはこっちで済ませておいたからな。今からでも授業に参加できるぞ」
戸惑う俺を置いて、魔女は話を進める。
「トーガくん。学校通うの?」
途中で話に飽きて、本棚漁りに戻っていたキュールが、肩越しに覗き込んでくる。
頬に当たる鼻息がくすぐったい。
「しねえよ。っていうか、なんで俺が入学しなきゃなんねえんだ?」
「自分のパートナーになるやつなら、自分の目で確かめたほうがいいだろ?」
「確かにそうかもしれないが……」
「それに。お前はまともな教育も受けてないだろ?せっかく最高峰の学院に無条件で入れてやろうと言うんだ。喜べ」
喜べるわけねえ。
確かに俺は学校というものに通ったことがない。
故郷が滅んで。すぐに修行を始め、魔女の弟子になり、災霊祭で優勝した後はユウジを探す旅に出た。
その間、強くなることしか考えていなかった。
だが、最低限の教養は魔女によって叩き込まれている。
だから字を読むこともできるし、災霊に関する知識もそれなりにある。
旅によって色々なことも知ったので、生きていくことには困らない。実際に困ったこともなかった。
だから学校に通うとか今さらの話なのだ。
今さらの話なのだが。
「いいねいいね!面白そうじゃない?行ってみよーよトーガくん!わたし、学校ってどんな場所かずっと気になってたんだー!」
キュールが楽しそうにはしゃいでるから、別にいいか。と思ってしまう。
つくづく俺は彼女に弱いのかもしれない。
まぁ、どっちにしろ闇雲に旅するより、魔女の策略に乗っかる方が遥かに利口なのだ。
災霊祭までの期間。特にやることもないならキュールが喜ぶ方を選ぼう。
「行ってみよー!行ってみよー!」
耳元で連呼するキュールを宥めると、俺はうなずいた。
「わかった。ただ、災霊祭が終わったらすぐに退学するぞ?それでもいいなら入ってやる」
そこは譲れない条件だ。用が済めば退学する。
その理由は何だ。
どうして魔女はこんなにも災霊祭に固執する?
ここに来て、俺は一番聞かなければならないことを聞いていないことに気づいてしまった。
どうやら、ユウジのことにばかり気を取られてしまっていたようだ。
無意識のうちに焦心していた頭を落ち着けようと、細く息を吐く。
「イルフィちゃん」
会話が途切れた隙を見計らって、キュールが口を開いた。
「あんまり意地悪しないであげてよ」
「なんだ?」と魔女が答えると、キュールがゆっくりと言った。
しゃべるスピードがいつもよりワンテンポ遅い。その表情は満開の笑みに彩られていた。一見、小さな女の子が無邪気に笑っているようで、大変可愛らしいのだが。
そのとなりで俺は冷や汗をかいていた。
空間が乱れていた。
例えるなら、空中で地震が起きているような感覚。
しかし錯覚ではない。実際に空気が揺れているのだ。
――キュールの霊力によって。
さっきのキュールが動揺している時なら、こっちのキュールは苛立っている時だ。
こうなった彼女は手がつけられない。返答を間違えると強力な魔法を乱発してくるのだ。
揺れの影響は家具にも及び、本棚から本が落ちる。机の上のカップがカタカタと震え、天井から吊るされた照明が小刻みに揺れる。
「別に意地悪はしていないさ。トーガにはどうしても災霊祭に出てもらわなければならない理由があるんだ」
デスクの上に書類を手で抑えつつ、魔女が言った。口調や態度に動じた様子はまったくない。
「理由?言ってみて」
成り行きではあるが、話題が俺の聞きたかったことに移る。
「構わんが。その前に霊力を抑えてくれないか。部屋が壊れては話もできない」
「……わかった」
意外にも、キュールは素直に従った。
乱れていた空間が元に戻る。
「お前ら、魔神教団とかいう怪しい奴らが現れたのを知ってるか?」
さあ?と俺は首を傾げた。
聞いたこともない集団だ。
教団という名前からして、新手の宗教だろうことは予想がつくが。
「契約者を中心に若い娘をさらいまくってるクズみたいな連中なんだが。とにかく痕跡を消すのが得意なようでな。まるで尻尾がつかめないんだ」
「……で?それがどうして災霊祭につながるんだ?」
「言っただろう。やつらは魔神とやらを復活させるために契約者の若い娘をさらっていると。そんな奴らにとって、災霊祭は絶好の狩場だと思わないか?本戦なんて良質な生娘の寄せ集めみたいなものだろ」
……なるほど。要は俺をダシにそいつらの情報を探りたい。ということか。
確かに、そんなわけもわからない連中にさらわれた女は気の毒だと思う。だが、冷たく言い切ってしまえば俺たちには全く関係のないことだ。
「頼む。どうか私に協力してくれないか」
なんだ。らしくもない。
高圧的でプライドの高い魔女がわざわざ下手に頼み込んでくるとは。それほど魔神教団とやらに深い恨みがあるのか。
少しだけ心が揺れる。しかし、やはりユウジのことを後回しにする気は起きなかった。
魔女にどんな事情があるかは知ないが、俺にだって相応の事情がある。
先に俺たちの目的を達成してからではダメなのか。
「イルフィちゃん。その人達が魔神を復活させようとしているって本当?」
突然、キュールが話に割り込んできた。
「本当だ。さらった娘もそのための生贄とやらに使われているという話だ。最も、やつらに関する情報はないに等しい。だから憶測でしかないがな」
「…………ふーん」
魔女が答えると、キュールは顎に手を当てて考え込んだ。
「キュール?」
俺が呼びかけるも、返事は返ってこない。
俺の声などまるで聞こえていないかのようだった。
「トーガくん。イルフィちゃんの頼み、聞いてみない?」
数秒あけて返ってきた返事は、俺の考えとは真逆の提案だった。
「どうしてだ?」
何かを言う前に、理由を聞いてみる。
「うーん。なんか気になるんだよねえ。魔神って。なんかすごく嫌な予感がするんだ」
「嫌な予感?」
「うん。うまく説明できないんだけど。なんかこのまま放置してると、とんでもない事になりそうな気がするの。キュールちゃんセンサーがやれーってビンビン言ってる」
身振り手振り。まるでウサギの耳のように、頭の上で手をパタパタさせながら、一生懸命に説明していた。 ちなみにキュールちゃんセンサーは魔法とかではない。 これっぽっちもないただの勘だ。 しかし不思議とそれがよく当たる。 たまーに同じことを言い出すのだが、この前の旅先でアイスの当たり棒を引き当てていた。 あの時はたかがアイス一本で大はしゃぎしてたっけ。
他にも同じようなことが何度かあった。流石に百発百中とは行かなかった。が彼女の勘の命中率は比較的高かった。
今回の件はワンコインで買えるものとはスケールが違うが、キュールの当て勘なら信じてもいい。信じてもいいんだが。
「どうかな?トーガくん」
もう一度尋ねてくる。
ここで俺が突っぱねれば、キュールはきっと聞いてくれるだろう。彼女はなんだかんだで、いつも俺の意見を優先してくれるから。
俺も同じ気持ちだ。俺だって、彼女の意見はなるべく優先したいと思っている。
それでも。
「うーん。女装したくねえなあ……」
そこがやはりネックだった。
言ってしまえば命がかかっているわけでも、何らかの実害があるわけでもない。
それでも、こう。何ていうか。あの頃とは本当に色々違うのだ。
俺だってもう十七だし。男性として成長するべきところも成長している。
いわば大人の男なのだ。子供が女の子の格好をするならまだ取り返しがつかないこともないが。成人男性が女装となると……変態のレッテルを払拭できない気がする。なにより、俺の精神的な負担がまるで違う。
それさえなければ出るのはやぶさかではないのだが。
「別に女装しなくても、そのまま出ても大丈夫だぞ」
明後日の方向を向く俺に、魔女が安心させるように言う。
「そのままって。んなことしたらカルラが俺だってバレるだろ。流石に霊具なしで優勝はきついぞ」
霊具とは、災霊契約者にだけ使える専用の武器みたいなものだ。
契約した災霊が武器となり、成長によっては特殊な能力が付いたりするのだが。
長くなるのでここでの説明は省きたい。
とにかく。俺は前回の災霊祭で霊具を使ってしまっている。
霊具というものは唯一無二で、デザインが重複することはほぼ絶対にない。
特に俺――つまりカルラの霊具はよく目立つ。だから、使えないのだ。
「別に優勝しなくともいいんだが。お前が霊具を使わなくとも、チームを組めばいいじゃないか」
「……チーム?」
俺は初めて聞いたかのように、魔女の言葉を反芻した。
「ああ。強力な仲間がいれば、お前が霊具を使わずとも勝ち抜けるんじゃないか?」
……ふむ。なるほどチーム。そうか。チームか。その発想はなかった。
たしかに災霊祭は元々何人かでパーティを組んで出るものだった。
というか、それが普通なのだ。
予選も本戦も決勝も、基本的に人数の多い方が有利なルールだし。
それでも、連携上の都合などから二人で出るという者もたまーにいるそうだが。それはまだいい。実際ちぐはぐな集団よりコンビの方が厄介な場合はある。
だがソロはない。論外だ。
同じ人数の少なさにも、二人と一人の間には越えられない壁がある。
例えば本線のゲリラ戦。これは非常に広いフィールドで行われるため、基本的に一日二日で決着がつくことはない。
それに、与えられるフィールドは人の手が施されていない森や山だ。店や民家はない。当然宿もなく、野宿は必然となる。
人が最も無防備になるのは寝てる時だ。二人以上いれば交代で見張り合うということも出来るのだが、一人ではそうは行かない。
行かないのだが、実際にソロで出た馬鹿がいる。
それがカルラ・キュートだ。
彼女は素性も明かさぬままに一人で現れ、数々の強豪を押しのけて優勝した。
孤独な状況を物ともしない姿にカタルシスを感じる人が多かったのか。実はそれが彼女が絶大な人気を誇る理由の一つだったりする。
……と他人事みたいに言ってるが、それは全て俺のことなので、自分で説明するのは自画自賛みたいで恥ずかしい。
ちなみに真実を言うと、俺にはキュールがいたので一人という気分ではなかった。ゲリラ戦のときも、敵意を感じたらすぐ起きれるようにはしていたが、俺が寝ていたときも彼女に見張りをしてもらっていたし。
ちなみに災霊祭中はキュールにはずっと俺の中に隠れてもらっていたので、彼女の存在は公になっていない。
基本的に外に出ているのが好きな彼女は非常にご立腹であったが、その判断は間違っていなかったと思う。
もし、かつての決勝戦で戦ったエルシアと同じくらい……とは言わずとも、善戦できるほどのやつが二人いれば。俺は魔法と普通の武器だけでも戦える。
しかし。今更チームを組むにしてもいったい誰と組めばいいというのか。
悲しい話だが、俺には人脈というものがまるでない。
知り合いですら、キュールとイルフィリアを含めて片手で足りるかどうか。
災霊祭の予選が始まるのが八月の頭で、今は六月の中旬だ。
開催まで一ヶ月ちょっとしかないというのに、間に合うだろうか。
そんな疑念をぶつけてみると、「それなら問題ない」と魔女は答えた。
「ここは災霊契約者を育成する学院だぞ? 候補なんていくらでもいるじゃないか。うちの生徒たちはみな優秀だぞ」
自信満々に魔女は胸を張る。
しかし、俺はいまいち期待できなかった。
この学院に限った話ではないが、学生というだけで戦力になるとは思えなかった。
この世の災霊契約者の大半は、二つの学校を卒業する。
まずは非契約者を契約者にし、簡単な魔法や霊力の使い方を教える基本学校。
基本学校で卒業した契約者を集め、専門的な教育を行う専門学校。
災霊契約者の仕事は多岐に渡る。
魔物や魔災霊と戦うハンターや治安維持を努めるガード。
意外なことにサーカスなどでも需要がある。魔法でできるパフォーマンスは見栄えがあるからだ。
それぞれの職に向けた教育を施すのが専門学校だ。
せめてハンターの専門学校に通う学生だったらまだ希望は見えたのだが。
残念ながら聖トナージ学園は基本学校である。
基本学校といえど、魔女が経営している学院というだけあって生徒のレベルは高い。
魔法などの知識は十分にあるとは思うが。
仮に俺より高いポテンシャルを秘めているやつらがいるとしても、それを使いこなせていなければ話にならないのだ。
「優秀とはいっても、災霊祭に通用するのか?」
半眼で問いかけると、魔女は大きくうなずいた。
「B'zの連中なら通用するさ。私の方針で、希望者には魔物との実戦訓練も豊富に取り入れているからな」
「B'z?」
「入学の時からすでに契約者だった者。契約者の中でも特に優秀な者を集めたクラスだ。お前が戦ったエルシアもB'zの出だぞ?」
「…………マジかよ」
まさかの事実に俺は言葉を失った。
あの……エルシアが?
まさか、あいつがこの学院に通ってるとは……いや、ある意味妥当なのか。
彼女の力は、他とは明らかに一線を画していた。
あの浮かぶガトリングガンに対処できるやつが何人いるだろうか。
そう思うと、むしろエルシアが他の学院に通ってる方が違和感があった。
魔女の学院なら……まぁ納得だ。
というか、あの時エルシアはもしかしたら聖トナージに通っていたのだろうか?
彼女の年齢は知らないが、対峙したときに見た印象では若く見えた。
俺よりは間違いなく上だったが、16とかでも全く違和感はなかった。
でもまぁ、エルシアが所属していたというなら信用できる。
さすがに彼女ほどの逸材はそうそういないだろうが。
パーティを組む作戦も……いけるかもしれない。
少し……希望が見えてきた。
「でも。そのB'zとやらは、すでにパーティを組んでるんじゃないのか?」
「災霊祭に出るような実力者はな」
「だろうな」
そりゃそうだ。
災霊祭はソロで出るような大会じゃない。
あのエルシアも、五人でチームを組んでいた。
彼女も個人で戦うよりは連携を取った方が強かった。
もし、決勝戦のルールが負け抜けのサシじゃなかったら、俺も無傷では済まなかっただろう。
しつこいようだが、ソロで出るメリットは皆無なのだ。
しかし、既存のパーティに加入させてもらうというのは出来ない。
そもそも男の災霊契約者なんて異端なのだ。事情の説明もなしに到底受け入れてもらえるとは思えない。
そして事情は説明できない。
だから、仲間が見つからず切羽詰まってて。悪魔に魂を売ってでも災霊祭に出たい。
それほど逼迫してるようなやつが理想なのだ。
果たして、そんなやつが都合よくいるだろうか。
「だがまぁ。安心しろ。面白いやつはいるぞ?」
「面白いやつ?」
「ああ。昔のお前のように。誰とも組まず、災霊祭に出たいなんていうバカがいるんだ」
ククク。と魔女が口を押さえて笑う。
なるほど。それは確かにバカなやつがいたもんだ。
「で?実力は?」
「B'zの落ちこぼれ。と馬鹿にされているな」
「ダメじゃねえか」
本当にただのバカじゃないか。
実力のないバカは笑えない。
楽しそうな魔女を冷めた目で見つめていたら。
「だが。実力はあるぞ」
ふいに声のトーンを変えて、魔女が言った。
「落ちこぼれじゃないのか?」
「そう言われてると言っただけだ。私は実力があると思っている」
「……まさか。生徒だから。なんで理由じゃないよな?」
俺は半眼で問いかける。
魔女は自分の学園を溺愛している。もちろん生徒も含めてだ。
自信満々に魔女は胸を張る。
しかし、俺はいまいち期待できなかった。
この学院に限った話ではないが、学生というだけで戦力になるとは思えなかった。
この世の災霊契約者の大半は、二つの学校を卒業する。
まずは非契約者を契約者にし、簡単な魔法や霊力の使い方を教える基本学校。
基本学校で卒業した契約者を集め、専門的な教育を行う専門学校。
災霊契約者の仕事は多岐に渡る。
魔物や魔災霊と戦うハンターや治安維持を努めるガード。
意外なことにサーカスなどでも需要がある。魔法でできるパフォーマンスは見栄えがあるからだ。
それぞれの職に向けた教育を施すのが専門学校だ。
せめてハンターの専門学校に通う学生だったらまだ希望は見えたのだが。
残念ながら聖トナージ学園は基本学校である。
基本学校といえど、魔女が経営している学院というだけあって生徒のレベルは高い。
魔法などの知識は十分にあるとは思うが。
仮に俺より高いポテンシャルを秘めているやつらがいるとしても、それを使いこなせていなければ話にならないのだ。
「優秀とはいっても、災霊祭に通用するのか?」
半眼で問いかけると、魔女は大きくうなずいた。
「B'zの連中なら通用するさ。私の方針で、希望者には魔物との実戦訓練も豊富に取り入れているからな」
「B'z?」
「入学の時からすでに契約者だった者。契約者の中でも特に優秀な者を集めたクラスだ。お前が戦ったエルシアもB'zの出だぞ?」
「…………マジかよ」
まさかの事実に俺は言葉を失った。
あの……エルシアが?
まさか、あいつがこの学院に通ってるとは……いや、ある意味妥当なのか。
彼女の力は、他とは明らかに一線を画していた。
あの浮かぶガトリングガンに対処できるやつが何人いるだろうか。
そう思うと、むしろエルシアが他の学院に通ってる方が違和感があった。
魔女の学院なら……まぁ納得だ。
というか、あの時エルシアはもしかしたら聖トナージに通っていたのだろうか?
彼女の年齢は知らないが、対峙したときに見た印象では若く見えた。
俺よりは間違いなく上だったが、16とかでも全く違和感はなかった。
でもまぁ、エルシアが所属していたというなら信用できる。
さすがに彼女ほどの逸材はそうそういないだろうが。
パーティを組む作戦も……いけるかもしれない。
少し……希望が見えてきた。
「でも。そのB'zとやらは、すでにパーティを組んでるんじゃないのか?」
「災霊祭に出るような実力者はな」
「だろうな」
そりゃそうだ。
災霊祭はソロで出るような大会じゃない。
あのエルシアも、五人でチームを組んでいた。
彼女も個人で戦うよりは連携を取った方が強かった。
もし、決勝戦のルールが負け抜けのサシじゃなかったら、俺も無傷では済まなかっただろう。
しつこいようだが、ソロで出るメリットは皆無なのだ。
しかし、既存のパーティに加入させてもらうというのは出来ない。
そもそも男の災霊契約者なんて異端なのだ。事情の説明もなしに到底受け入れてもらえるとは思えない。
そして事情は説明できない。
だから、仲間が見つからず切羽詰まってて。悪魔に魂を売ってでも災霊祭に出たい。
それほど逼迫してるようなやつが、理想の相手なのだ。
果たして、そんなやつが都合よくいるだろうか。
「だがまぁ。安心しろ。面白いやつはいるぞ?」
「面白いやつ?」
「ああ。昔のお前のように。誰とも組まず、災霊祭に出たいなんていうバカがいるんだ」
ククク。と魔女が口を押さえて笑う。
なるほど。それは確かにバカなやつがいたもんだ。
「で?実力は?」
「B'zの落ちこぼれ。と馬鹿にされているな」
「ダメじゃねえか」
本当にただのバカじゃないか。
実力のないバカは笑えない。
楽しそうな魔女を冷めた目で見つめていたら。
「だが。実力はあるぞ」
ふいに声のトーンを変えて、魔女が言った。
「落ちこぼれじゃないのか?」
「そう言われてると言っただけだ。私は実力があると思っている」
「……まさか。生徒だから。なんて理由じゃないよな?」
半眼で問いかける。
「実力があるのは本当だ。むしろ素質だけで言えばお前を超えてるかもしれん」
自信に満ちた答えが返ってきた。
俺を超えるか。ずいぶん大きく出たな。……とは別に思わなかった。
災霊契約者としての素質は、災霊にどれほど好かれるかに尽きる。
霊力許容率とか、単純な器量の大きさだとか。色々なものが影響して、素質あるものほど強力な災霊を引き寄せたり、契約した災霊との絆を深めやすかったりするのだ。
災霊は契約して終わりではない。
契約者と彼らが心を通わせるほど、使える霊力も増えていく。そして災霊も成長していく。
時間はかかるが、小型災霊が大型災霊に成長したという例もあるらしい。
災霊との関係はそのまま強さに直結する。
そういう意味で、俺は素質なんてなかった。
キュールと契約したばかりの俺は荒んでいた。そのせいで彼女に辛く当たることもまま……いや、正直に言おう。
あの頃の俺は、キュールを強さを得るための武器としか見ていなかった。だから心ないことばかり言っていた。
反抗期の子供……なんて生温いくらいに。
それでも彼女は、そんな俺を見捨てなかった。俺が自分の愚かさに気づくまで、ずっとそばにいてくれた。
だから、今の俺があるのは全てキュールのおかげなのだ。
本当に。彼女は俺なんかには過ぎた災霊だ。
強いし。優しいし、何より可愛い。
なんで男の俺なんかを契約者に選んでくれて、その上好きでいてくれるのだろう。ずっと気になってることの一つだ。
もっとも。その理由を尋ねても、キュールは絶対に教えてくれないのだが。
ただ、魔女は俺とキュールの事情を知らない。
魔女と出会った時に、俺は自分の過ちに気づいたからだ。
だから、魔女は一口に素質という言葉で俺と比べたのだろう。
だが、こんなところで自分を卑下しても意味はない。
「どんなやつなんだ?」
「それは自分で確かめろ」
「は?」
呆けた声を漏らす俺に、魔女が一枚の書類を放ってくる。
風魔法で軌道修正された茶封筒は、すっぽりと俺の手に収まった。
「開けてみろ」
促されるままに封を開く。
中には数枚の紙束が入っていた。
一番手前の紙に、入学書類と書かれている。
「入学?その面白いやつってのは転校生なのか?」
「アホか。それはお前の入学書類だ」
「はぁ!?」
見ると、本当に俺の名前が書いてあった。
二枚目三枚目の紙には、生徒の心得とか校則だとか。堅苦しい文章ばかりが並んでいた。
「手続きはこっちで済ませておいたからな。今からでも授業に参加できるぞ」
戸惑う俺を置いて、魔女は話を進める。
「トーガくん。学校通うの?」
途中で話に飽きて、本棚漁りに戻っていたキュールが、肩越しに覗き込んでくる。
頬に当たる鼻息がくすぐったい。
「しねえよ。っていうか、なんで俺が入学しなきゃなんねえんだ?」
「自分のパートナーになるやつなら、自分の目で確かめたほうがいいだろ?」
「確かにそうかもしれないが……」
「それに。お前はまともな教育も受けてないだろ?せっかく最高峰の学院に無条件で入れてやろうと言うんだ。喜べ」
喜べるわけねえ。
確かに俺は学校というものに通ったことがない。
故郷が滅んで。すぐに修行を始め、魔女の弟子になり、災霊祭で優勝した後はユウジを探す旅に出た。
その間、強くなることしか考えていなかった。
だが、最低限の教養は魔女によって叩き込まれている。
だから字を読むこともできるし、災霊に関する知識もそれなりにある。
旅によって色々なことも知ったので、生きていくことには困らない。実際に困ったこともなかった。
だから学校に通うとか今さらの話なのだ。
今さらの話なのだが。
「いいねいいね!面白そうじゃない?行ってみよーよトーガくん!わたし、学校ってどんな場所かずっと気になってたんだー!」
キュールが楽しそうにはしゃいでるから、別にいいか。と思ってしまう。
つくづく俺は彼女に弱いのかもしれない。
まぁ、どっちにしろ闇雲に旅するより、魔女の策略に乗っかる方が遥かに利口なのだ。
災霊祭までの期間。特にやることもないならキュールが喜ぶ方を選ぼう。
「行ってみよー!行ってみよー!」
耳元で連呼するキュールを宥めると、俺はうなずいた。
「わかった。ただ、災霊祭が終わったらすぐに退学するぞ?それでもいいなら入ってやる」
そこは譲れない条件だ。用が済めば退学する。
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