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彼女の話

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 翌朝、私は杉野さんとともに武田支部長に呼ばれた。
「2人には第一支部へ応援に行ってもらう。何でも隊員が負傷して人員が足りないらしい」
「武田さーん、麻生はまだ配属されたばっかりなのに第一支部なんて大丈夫なんですか?」
「今回は補欠だからすぐに戦闘に配置されることはないと思うし、もしそうなっても杉野君がどうにかしてくれるんでしょ」
「いやぁ……」
「私、頑張ります!」
 ついに戦闘か……! テレビでもトレーニングでもPBNの映像や資料は散々見てきたけど、実物は初めてだ。でもたくさん練習してきたんだから絶対出来る……!

 支度を済ませて建物を出ると、既に杉野さんの姿があった。
「お待たせしました!」
「おーう」
 実戦用の戦闘服は体にぴったりと張り付くウェットスーツのようなデザイン。一見薄そうに見えるが、PBNの攻撃を受けても破れないような強化繊維で作られている。スーツの真っ黒な見た目がPBNとは対照的だ。また靴はキックシューズと呼ばれるもので、踏み込んだ瞬間にギアを変えると垂直に10から15mも飛ぶことが出来る。
 そして腰にはPBN用につくられた剣を刺している。剣は一本か二本か選ぶことが出来て、トレーニングの際に上官から適性を見て許可が下りる。杉野さんは一本、私は二本だ。
「じゃ、さっさと行くか」
 杉野さんは車の運転席に、私は助手席に乗り込んだ。
 昔なら一時間はかかるだろう道のりを、車なんて特組関係か配給車しか通らないからかっ飛ばして30分くらいで第一支部に到着した。

 第一支部の待機室で長椅子に座っていると、サイレンが鳴り響いた。PBNの襲来を知らせるアラームだ。隊員たちがバタバタと慌ただしく部屋を飛び出していく。
「麻生、しっかり準備しておけよ」
 杉野さんはニッと口角をあげた。
「今日は荒れそうだ」

 三回アラームが鳴って、部屋にはついに二人きりになった。
「杉野さん」
「ん?」
「第一支部って前に杉野さんがいたところなんですよね。それなのにどうして……」
「あー、武田さん詮索するなって言っておいて俺のことは話したんだぁ。ったく、口が軽いんだから……」
「いえ、違うんです! 私が勝手に支部室のファイルを見たので……」
「はっ、麻生って見かけによらず不良なんだな」
「それは失礼なことをしたと思っています……」
「まあ、別にいいけど。隠す必要もないから」
 その時、四度目のアラームが鳴り響いた。
「じゃ、話の続きは戦いの後ってことで」

 私達はPBNがいる地点に急いで向かった。
「なに、これ……」
 初めて見るそれは想像をはるかに超えるものだった。ビルくらい高さだと聞いていたけど、PBN被害の大きいこの地区では、それと肩を比べるようなものは何もない。その迫力に私はなんてちっぽけな存在なんだと思わざるを得なかった。
「はぁっ……はぁっ……」
 上手く息が出来ない。怖いのに、PBNから目が離せない。
 鞭のような尾がしなり、こっちに向かってくるのを私は茫然と眺めていた。
「おい!」
 その時、何かが私の体をさらった。
「麻生! お前、死にたいのか!」
 ハッと気が付くと、目の前には真剣な顔をした杉野さんがいた。そして私の体を優しく降ろして、背を向ける。
「誰かが傷つくのを見るのはもう勘弁なんだよ……」
 背中越しにそう呟くのがかすかに聞こえた。その背中には一筋、血が滲んでいた。
「杉野さん! 血が!」
 どうしよう……きっと私をかばってくれた時に出来たんだ。
「ああ? んなの大したことないって」
 杉野さんは腰につけた刀を抜いた。そして私の方を振り向く。
「まあ、正気に戻ったなら実力を見せてもらうか。優等生ビギナーサン?」
 ふっ。挑発してくるんなら、乗ってやろうじゃない!
「こちらこそ勉強させていただきます。プリン先輩?」
「言うじゃねえか。行くぞ!」
 私達はPBNに向かっていった。

 トレーニングでは、第一選択として心臓を狙うと教えられた。心臓に攻撃を与えられればそれが致命傷となる。PBNの臓器の配置は人間とあまり変わらないが、体がとにかく大きいためにキックシューズをもってしても上部への攻撃は難しい。そのため第二選択となるのが大腿への攻撃だ。太い血管が通っているため出血によるダメージを与えられるし、歩行を封じれば被害の拡大も防げる。何より心臓よりも低い位置にあるため、キックシューズを利用すれば容易に届くことが大きな利点だ。
 杉野さんは大きく飛び上がり、PBNの大腿部へ着地した。身のこなしが軽い。そして斬撃を加える。白い毛皮が赤く染まっていくのが分かる。やっぱり実践では大腿への攻撃が有効か……
 その時、PBNの尾がしなった。このままじゃ杉野さんが危ない……!
「はぁっ!」
 私は二本の剣でしなる尾を地面に叩きつけた。力強く暴れようとする尾を必死に押さえる。
「麻生、サンキュ!」
 そう言って杉野さんは大腿へ二度目の斬撃を与えた。尾を押さえられたPBNは鋭い爪のついた左腕を杉野さんに向かって打ち出した。
「よっと」
 杉野さんは近づいてきた左腕に飛び移り、上へと駆け上がった。そして、腕を踏み台にして、心臓の位置へ飛び移った。そして、心臓を一突き。
 崩れ落ちるPBNをまるで空を舞っているかのように、部位ごとに解体していった。杉野さんが地面に着く頃には、もう巨大生物の脅威はなく、大きな塊がいくつも積みあがっているだけだった。
「心臓が第一選択。トレーニングでも習っただろ? ま、俺ぐらいの天才じゃないとこう上手くは行かないと思うけどな。あと、PBNが倒れる前に体を大まかに解体する。こうすることで巨体が倒れることによる二次被害を防ぐことが出来る」
 杉野さんはニィっと笑った。
「どうだ? あまりにも凄くて感動したか?」
「……まあまあですね」
「ちぃっ、素直じゃないな」
「杉野さんに言われたくないです……ぷっ」
 私達は顔を見合わせて笑った。
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