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俺の話
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「……あんなことがあって、生活が一変して、また佳奈と離れ離れになるんだって思ったんだ。でも、佳奈は俺みたいにすぐあきらめたりなんかしなかった。電話がまだ通じる頃に、『毎週日曜日の午後1時にあの公園で会おう』って言ってくれたよね。そのことがすごく嬉しかった」
佳奈はこの後電話も使えなくなって連絡が取れなくなるって、先のことも考えていたんだ。公園は佳奈と付き合ってからよく散歩していた場所。たまたま俺と佳奈がいるそれぞれのシェルターの大体中間地点にあった。それに1時なら配給車が通っていたり、地上の人が増えて犯罪が少ない時間だという。シェルターの中にいたほうが安全だって分かってはいるんだけど、佳奈に一目でも会いたいっていう欲が勝った。
「前に、さ。佳奈がスーツ姿で公園に来たことがあったよね。いつもは動きやすい恰好なのに。それで、佳奈がちょっと離れたときに持ってきてた紙袋が倒れて、中の書類が見えたんだ。……特組《とくそ》、入るんだね。」
特別害獣駆除組織、通称『特組』。PBNの駆除を目的として創設された組織で、唯一PBNに対抗できる術をもつ。なんでも前に切断した尻尾の先端を元に研究を行なって、PBNに有効な武器を開発した、らしい。ネットもテレビもない今では情報を得るのも難しいから、これが精いっぱいだった。
PBNの脅威に晒された現在では、まさに『ヒーロー』のような扱いを受けていて、人々からの人気も高い。
「佳奈はきっと強くてかっこいい特組隊員になれるよ。俺が保証する。人気になって、かなちゃんマンなんて呼ばれたりしてね……って、それはセンスないか。あはは……」
出来るだけ明るく話すように頑張ってはいるけど、寂しさと悔しさが今にもあふれ出そうだ。……佳奈は鋭いからなぁ。今回だけは気が付かないで。
「俺は……そっちにはいけない。あいつが、怖いんだ。ごめん、こんな意気地なしで。こんな俺は佳奈の隣にいるのに相応しくない。佳奈を守ってくれるような、いい人を見つけてほしい」
3日前、俺は今いるシェルターから1時間くらい歩いたところにあるシェルターへ向かった。行こうと決めたのは、そのシェルターではお菓子の配給があるという噂を耳にしたからだ。お菓子の配給はかなり珍しい。俺も佳奈も、配給が始まってから一度も食べていない。
元の住所ごとにシェルターが振り分けられているから、たとえ行っても配給を受け取れないかもしれない。それに長時間の移動には危険が伴う。それでも、どうしても欲しかった。
自分のシェルターを出発して、しばらく歩いたところでそれは起こった。街中に設置されたスピーカーからサイレンが鳴る。PBNの接近警報だ。
ど、どうしよう……今なら元いたシェルターに戻った方が近いのか。それとも向かっているシェルターまで走った方がいいのか。震える手で持ってきた手書きの地図を広げる。今……俺はどこにいるんだ……
その時、俺は急に視界が暗くなったことに気が付いた。顔を上げると、10mくらい先にあいつがいた。俺はあいつの陰に入っていたんだ。
すぐに、逃げないと……
そう思った時、あいつはゆっくりと俺の方に顔を向けた。目があった、気がした。俺は一歩も動くことが出来なくなった。
永遠にも感じる時間が過ぎた後、あいつは正面に向きなおり、街を破壊して進んでいった。
その日から俺はあいつのことが忘れられない。ただ…ただあいつが恐ろしい。今まで生きてきて初めて死を覚悟した。同じシェルターにはPBNをテレビの映像でしか見たことない人も多い。だからどこか他人事のような、危機感のない人たちがいる。それはきっと幸せなことだろう。俺にはもう、その頃に戻ることができないから。
俺は明日、山間の村に住む叔父さん夫婦の家へ向かう。この辺りは電車もバスも動いていない。道中に動かせる車かバイクがあれば幸運だけど、そうでなければ徒歩で何日もかかるんだろう。その間にPBNに遭遇して、今度こそ死んでしまうかもしれない。それなら移動なんてしないほうが安全なんだろう。でも、それじゃあだめなんだ。地上に、俺のすぐ近くに、あいつがいると思うと吐き気がする。毎晩あいつに襲われる夢を見る。このままじゃ俺の心が壊れてしまう。明日向かう村はまだ一度もPBNが接近していない。そこにたどり着いて俺はやっと生きた心地がするんだろう。
「俺は甲斐性なしな上に悪い男だからさ、佳奈に一つ、呪いをかけるよ。…俺より長く生きて。」
弱い俺は佳奈を生かすために戦うことはできない。佳奈の盾になってやることもできない。だからせめて、君の死ねない枷になりたかった。
「俺は長く生きるよ。俺の親戚はみんな長生きだし、なんか運がいいんだ。だから絶対長生きする。佳奈はそんな俺以上に長く生きないといけないんだ。……どう?呪いでしょ。」
公園の時計を確認すると12:20を指していた。早く行かないと佳奈に会ってしまうかもしれない。もし会ったら……みんなのヒーローになんてならないでって泣きついてしまいそうだ。彼女の夢を否定する男にはなりたくない。
「そろそろ終わりだよ。佳奈、生きて、幸せになってね。」
俺は急いで録音を止めた。
「愛してる……」
言わないと決めていたその言葉が録音されていなければいいと思った。
佳奈はこの後電話も使えなくなって連絡が取れなくなるって、先のことも考えていたんだ。公園は佳奈と付き合ってからよく散歩していた場所。たまたま俺と佳奈がいるそれぞれのシェルターの大体中間地点にあった。それに1時なら配給車が通っていたり、地上の人が増えて犯罪が少ない時間だという。シェルターの中にいたほうが安全だって分かってはいるんだけど、佳奈に一目でも会いたいっていう欲が勝った。
「前に、さ。佳奈がスーツ姿で公園に来たことがあったよね。いつもは動きやすい恰好なのに。それで、佳奈がちょっと離れたときに持ってきてた紙袋が倒れて、中の書類が見えたんだ。……特組《とくそ》、入るんだね。」
特別害獣駆除組織、通称『特組』。PBNの駆除を目的として創設された組織で、唯一PBNに対抗できる術をもつ。なんでも前に切断した尻尾の先端を元に研究を行なって、PBNに有効な武器を開発した、らしい。ネットもテレビもない今では情報を得るのも難しいから、これが精いっぱいだった。
PBNの脅威に晒された現在では、まさに『ヒーロー』のような扱いを受けていて、人々からの人気も高い。
「佳奈はきっと強くてかっこいい特組隊員になれるよ。俺が保証する。人気になって、かなちゃんマンなんて呼ばれたりしてね……って、それはセンスないか。あはは……」
出来るだけ明るく話すように頑張ってはいるけど、寂しさと悔しさが今にもあふれ出そうだ。……佳奈は鋭いからなぁ。今回だけは気が付かないで。
「俺は……そっちにはいけない。あいつが、怖いんだ。ごめん、こんな意気地なしで。こんな俺は佳奈の隣にいるのに相応しくない。佳奈を守ってくれるような、いい人を見つけてほしい」
3日前、俺は今いるシェルターから1時間くらい歩いたところにあるシェルターへ向かった。行こうと決めたのは、そのシェルターではお菓子の配給があるという噂を耳にしたからだ。お菓子の配給はかなり珍しい。俺も佳奈も、配給が始まってから一度も食べていない。
元の住所ごとにシェルターが振り分けられているから、たとえ行っても配給を受け取れないかもしれない。それに長時間の移動には危険が伴う。それでも、どうしても欲しかった。
自分のシェルターを出発して、しばらく歩いたところでそれは起こった。街中に設置されたスピーカーからサイレンが鳴る。PBNの接近警報だ。
ど、どうしよう……今なら元いたシェルターに戻った方が近いのか。それとも向かっているシェルターまで走った方がいいのか。震える手で持ってきた手書きの地図を広げる。今……俺はどこにいるんだ……
その時、俺は急に視界が暗くなったことに気が付いた。顔を上げると、10mくらい先にあいつがいた。俺はあいつの陰に入っていたんだ。
すぐに、逃げないと……
そう思った時、あいつはゆっくりと俺の方に顔を向けた。目があった、気がした。俺は一歩も動くことが出来なくなった。
永遠にも感じる時間が過ぎた後、あいつは正面に向きなおり、街を破壊して進んでいった。
その日から俺はあいつのことが忘れられない。ただ…ただあいつが恐ろしい。今まで生きてきて初めて死を覚悟した。同じシェルターにはPBNをテレビの映像でしか見たことない人も多い。だからどこか他人事のような、危機感のない人たちがいる。それはきっと幸せなことだろう。俺にはもう、その頃に戻ることができないから。
俺は明日、山間の村に住む叔父さん夫婦の家へ向かう。この辺りは電車もバスも動いていない。道中に動かせる車かバイクがあれば幸運だけど、そうでなければ徒歩で何日もかかるんだろう。その間にPBNに遭遇して、今度こそ死んでしまうかもしれない。それなら移動なんてしないほうが安全なんだろう。でも、それじゃあだめなんだ。地上に、俺のすぐ近くに、あいつがいると思うと吐き気がする。毎晩あいつに襲われる夢を見る。このままじゃ俺の心が壊れてしまう。明日向かう村はまだ一度もPBNが接近していない。そこにたどり着いて俺はやっと生きた心地がするんだろう。
「俺は甲斐性なしな上に悪い男だからさ、佳奈に一つ、呪いをかけるよ。…俺より長く生きて。」
弱い俺は佳奈を生かすために戦うことはできない。佳奈の盾になってやることもできない。だからせめて、君の死ねない枷になりたかった。
「俺は長く生きるよ。俺の親戚はみんな長生きだし、なんか運がいいんだ。だから絶対長生きする。佳奈はそんな俺以上に長く生きないといけないんだ。……どう?呪いでしょ。」
公園の時計を確認すると12:20を指していた。早く行かないと佳奈に会ってしまうかもしれない。もし会ったら……みんなのヒーローになんてならないでって泣きついてしまいそうだ。彼女の夢を否定する男にはなりたくない。
「そろそろ終わりだよ。佳奈、生きて、幸せになってね。」
俺は急いで録音を止めた。
「愛してる……」
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