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番外編 1st ライブ

だって大好きだから!

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 今日はクリスマスイブ、の前日。1人で電車に揺られながら窓の外を眺めると、曇り空が見える。ホワイトクリスマスなんて言葉があるけど、初雪はまだ先になりそうだ。
 電車を降りて、人波に流されるように目的の場所へ向かう。この時間にこの駅で降りる人は大半が私と同じ目的でこの場所に来ている。10分ほど歩くと、大きなドームの前についた。目の前には大きなモニターが見える。
『idol battle fresh girls 1st live ~dreamy party with you~』
「ついにこの日が来た……!」
 そう、今日は記念すべきアイフレ初のリアルライブ。CD購入特典の先行抽選も、二次抽選も落ちて、ダメ元で応募した三次抽選で当選した時は、職場の休憩室なのに思わず叫びそうになった。
 ドームの周りにはライブTや推しグッズを身に付けたアイフレオタク同志達がたくさん集まっている。私と同じようにアイフレが大好きでライブを楽しみにしてる人たちがこんなにたくさんいるんだって思うだけで、最高に嬉しくてテンションが上がる。
「あ! あの人のTシャツ、今年の愛実ちゃんのバースデーの時のだ……あっちの人の痛バは真央ちゃんだ。あんなに可愛くデコレーションしててすごいなぁ……」
 来ている人の恰好やグッズを見てるだけでも楽しくて、思わず口元が緩んでしまう。手元の時計を見ると15時を指していた。
「いけない! もうすぐ物販の引き渡しの時間だ!」
 私は急いで物販テントに向かった。

 事前にカード決済してあったグッズを引き替えて、ライブTシャツに着替えた。今回新しく購入したアイフレブレードの動作確認もばっちり。さらには、開場まで時間があったからドーム近くのpop up storeでアクスタまで買ってしまった。ま、まあ、今度買うつもりだったし、全然いいんだけどね……?
 開場の時間になり、集まった大勢の人たちがドームの中に流れていく。ドームなんて来るのが初めてだから、ちゃんと席にたどり着けるか不安で施設案内を調べてきたけど、広すぎて正直よく分からなかった。
「ええと……40ゲート、2階1塁側、6通路……」
 建物内のいろんな場所に設置された案内を見ながら進んでいく。
「あっ……ここだ」
 見つけた席は、メインステージの正面、からまっすぐに離れた二階席だった。最後列から数えたほうがずっと早い。私は座席についた。
 ステージ、遠いなぁ……双眼鏡とか持ってきてないし、モニターじゃないと見えないだろうな。でも、それは仕方ない。今日ここに来られただけで奇跡なんだから。

 会場に流れていた曲が止まった。それと同時に会場に歓声が響く。
『農学科 peridot』 
 メインモニターにペリドットのグループロゴが表示された。
『小鳥遊らむね』
 名前とともに、今回のライブ衣装のらむねちゃんが表示される。会場内はらむねちゃんのメンバーカラーである白色に染まった。
 私は……急に目頭が熱くなって首元のタオルで顔を押さえた。涙が止まらない。その間にもメインモニターのキャラクターは次々と変化し、そのたびに歓声が沸く。
 これは、感動なのかな……それとも、これからリアルライブが観られる期待感の高まり? よく分からないけど、胸がいっぱいで苦しい。この空間が私の感情をかき乱す。でも、一つだけ確かなことは、今日ここに来られて幸せだっていうこと。

 全員の紹介映像が終わると、ステージは暗転し、ゲームのテーマソングのイントロが流れ始めた。会場いっぱいに揺らめくブレードは19色の海になる。私も白色に点灯させたブレードをぎゅっと握りしめた。
 ステージ上が一気に明るくなって、ライブ衣装に身を包んだ19人のアイドルが現れる。これから本当に、生の歌声を聴けるんだ……!
「あの日、始まってからずっと……」
 歌が始まって、また泣きそうになる。ゲームで何度も何度も聞いたこの歌が、今目の前で紡ぎ出されるって分かる。
「だって大好きだから!」
 らむちゃんのソロパート。大好きならむちゃんの声が聴けて、嬉しくて幸せで、この気持ちを伝えたくて白色のブレードを強く振った。

 楽しい時間は本当にあっという間だった。終わってしまうのはすごく寂しかったけど、最後のMCで2ndライブ開催決定が発表されて、また会えるんだって思ったらその嬉しさでいっぱいになった。
 会場を出てからもさっきまでの光景と感動がごちゃ混ぜになって、放心状態だった。みんなのブレードで会場が19色に染まって、綺麗だったなぁ……そのブレード1本1本が一人のファンで、推しへの想いだと思うと、あの場所はファンの愛が詰まった最高の空間だった。初めてのコーレスも、曲への合いの手も本当に楽しかった。こんなに幸せな思いが出来るなんて、やっぱり私はアイフレのオタクでよかった。次のライブも一人だとしても、それでもいい。
「菜々子さん!」
 その声に驚いて顔を上げる。
「斗真君……どうして?」
 目の前に立っていたのは斗真君だった。
「ライブ、そろそろ終わる時間かと思って。夜は冷えますから」
 そう言って、バッグからマフラーを取り出して首元に巻いてくれた。
「一緒に帰りましょう。今日のライブの話、たくさん聞かせてください」
 そう言って優しく微笑む。斗真君はいつも私の心を満たしてくれる。こんなの好きにならないはずがない。
「うん、ありがとう。帰ろっか」

 電車に揺られながら、今日の話をした。斗真君は相槌を打ちながら、楽しそうに話を聞いてくれた。
「……それでね、ライブ用の新曲に台詞パートがあって、らむねちゃんの台詞を生で聴けるなんて、もう本当に……!」
「ふふっ、本当に楽しかったんですね」
「それはもう!」
「楽しそうな菜々子さんを見られて僕も嬉しいです。さあ、降りますよ」
 最寄り駅で降りると、肌寒く感じて身を縮めた。
「菜々子さん!」
 そう言って斗真君が空を指さす。私もつられて空を見上げた。
「わぁ……!」
 空からは白くて小さな綿のような雪がはらはらと落ちてくる。
「初雪ですね」
「綺麗……」
 斗真君と最初に出会ったのは、関東が梅雨入りして雨の日が続いていた頃。それから二人でいろんなことをして、今一緒に初雪を眺めている。こんなに長く一緒にいられるなんて、出会ったばかりのあの頃には思いもしなかった。これから、初日の出も、桜も花火も、また来年の初雪も一緒に見たいって思ってるのは私だけじゃないといいな。
 そう思って隣に顔を向けると、空を見上げる斗真君の綺麗な横顔が見える。その目元はキラキラと輝いていた。
 そっと顔を寄せると、斗真君も私に気づいて目を合わせた。そして綺麗な瞳を閉じる。
「斗真君ってまつ毛が長いから、雪がのってキラキラしてたんだね」
「え……?」
 斗真君は驚いたように目を開いた。
「自分じゃ見えないかもだけど、さっき目を閉じてた時に雪がまつ毛にのってキラキラしてたんだよ! すごいねぇ」
 そう言うと、斗真君は夜でもはっきりわかるくらい顔が真っ赤に染まった。慌てて両手で顔を隠す。
「斗真君、どうしたの……?」
「ぼ、僕は、てっきり……」
「うん?」
 斗真君は指の隙間から潤んだ瞳をのぞかせた。
「キ、キスされちゃうのかと思いました……」
「キ……っ!?」
 思いもしない単語に自分の体も熱くなるのを感じた。
「変なこと言ってすみませんでした! 外は寒いですから早く帰りましょう……!」
 そう言って斗真君はすたすたと歩いて行ってしまう。
「ま、待って!」
 私は咄嗟に斗真君の手を掴んだ。斗真君が振り向く。
「私は、その、嫌じゃないから。斗真君となら、一緒に先へ進みたいと思ってるよ……?」
 こういう時に自信が無くて、バシッと言えない自分が嫌だ。私の方が年上なのに、情けない……
 私の言葉を聞いた斗真君はふふっと笑った。そして私に歩み寄る。
「菜々子さんって、本当に可愛い人ですね」
 そう言って私の頬に口づけた。
「え……?」
 思わず頬を押さえる。斗真君は赤い顔で二ッと笑った。
「一緒に一歩ずつ、進んでいきましょうね!」
 ああ……私はやっぱり、この最高に可愛くて最高にカッコいい斗真君が大好きだ。
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