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「私にやらせてください!」

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〈おじいさんは学園の随分奥まった場所で立ち止まった。そこには半透明のビニールで覆われた小屋があった。〉
「ここ…ですか?」
「そうだよ。中を見てごらん。」
〈そう促されて、私は扉を開けた。〉
「わぁ…!」
〈鮮烈な色彩が私の目を奪う。赤、黄色、青…一体何種類の花が咲き誇ってるんだろう。どの植物も生き生きと輝いていて、まるであの時みたいな…〉
「すごい!すごいです!この素晴らしい温室はおじいさんが?」
「いやぁ、これは園芸部の卒業生の一人がつくってくれたんだよ。昔みたいに中庭全部を世話するのは難しいけど、小さい温室なら管理もしやすいって言ってね。『後輩たちに植物の美しさを知ってほしい』って言ってたなぁ。」
〈…あった、私の目指すもの。無くなっていなかった。〉
「最後に君みたいな子に見せられてよかったよ。」
「最後って、何でですか!こんなに美しいのに…」
「美しいから、だよ。今まで世話してくれていた子が就職で遠くへ行ってしまうんだ。私一人じゃ、この美しさは守ってあげられない。だから、植物が元気なうちにガーデニング好きな地域の人に株を譲ろうかと…」
「私にやらせてください!」
〈ここには私の憧れていたものが詰まっている。必ず守ってみせると心に決めた。〉

〈それから時間のある時は温室へ向かった。今までここを管理していた卒業生がメモを残してくれていて、それを見ながら植物のお世話をした。用務員のおじいさん、伊藤さんも時間があるときは一緒に手伝ってくれた。〉
〈放課後、一人で植物のお世話をしていると、温室の扉が開いた。伊藤さんかな?〉
「こんにちは、伊藤さ…」
「お邪魔します!」
〈現れたのは、一人の女子生徒だった。〉
〈…あの人、見覚えがある。確か、農業科の新入生歓迎会でポニーテールの人と一緒に歌ってた。なんか、アイドル?なんだっけ。私とは別の世界の人。〉
〈そんな人がここに何の用だろう。もしも植物を、私の大切なものを傷つけそうになったら、私が守るんだ。〉
「ここにしよう!」
〈その人はミニバラの前でしゃがんだ。そして持っていたカバンを開け、中から取り出したのは…スコップ!?〉
「ちょ、ちょっと待ってください!」
〈お花を守らなきゃ、そう思ったら体が勝手に飛び出していた。〉
〈その人の持っているスコップに手をかけようとした時、何かに足を滑らせてバランスを崩した。〉
「わぁ!」
「きゃあ!」
〈私達は重なるように地面に倒れた。〉
「いてて…急に突撃してくるんだもん、びっくりしたよ。」
「あなた!ここで一体何をしようとしていたんですか!」
〈ここのお花をもっていこうとしていたんだ。そうに決まってる。〉
「ちょっと菌を調べたいなと思ってね。」
「菌…?」
〈予想外の答えに言葉が出てこなかった。〉
「そう!ここの植物ってすっごく綺麗でしょ!前にね、ここの扉が開きっぱなしになってたことがあって、それで知ったんだ!ここの植物が綺麗なのは土壌細菌が関係してるんじゃないかと思って、どんな菌がいるのか調べたいって思ったの!だから今日は土をちょっともらおうと思って。もちろん、植物を傷つけたりしないよ!」
〈そう言う彼女の瞳に嘘はないように見えた。〉
「なら、いいですけど…」
「ねぇねぇ!もしかしてあなたがここを管理してるの?名前は?私、小鳥遊らむね!」
「水川…玻璃です。ここは今まで卒業生がお世話してて、最近私が引き継いだんです。」
「そうなんだ!ねえ、このお花はなんていうの?」
〈そう言って小鳥遊先輩は近くのお花を指さした。〉
「これはかすみ草です。かすみ草はここにある白色の他にピンクのものもあって、花言葉は『清らかな心』。」
「へぇー!面白い!もっと聞かせて!」
〈こんな風に興味を持って聞いてくれるのは、正直嬉しい。中学では植物の話を出来る友達がいなかったから。それから私は温室のお花を一通り説明した。〉
「はぁー、楽しかった!ねえ、玻璃ちゃん。また来週、ここに来てもいいかな?」
「…好きにしたらいいんじゃないですか。」
「うん!じゃあ、好きにするね!」

〈一人で温室にいるこの時間が好きだ。大好きな植物に囲まれて、他人の目を気にすることなく、自由でいられる。この間はちょっと変わった先輩が入ってきたけど。…でも、ああやって好きなものの話が出来るのは楽しかった。〉
〈私は大きく息を吸い込んだ。〉
「~♪」
〈私は植物と同じくらい歌が好きだ。でも人前で歌ったことはない。ここで植物たちに聞いてもらうだけで十分だ。〉
「~♪」
〈最後まで歌い終わると、拍手が聞こえた。驚いて音の方を振り向く。〉
「勝手に入って悪いな。綺麗な歌声が聞こえたから思わずお邪魔してしまったよ。あたしは富田真央。君は?」
「み、水川玻璃です…」
「玻璃、いい名前だな。名前の通り、水晶みたいに透き通ったいい声をしてる。」
〈聞かれてたなんて恥ずかしい…でも、大好きな歌を褒めてもらったのは初めてだ。〉
「それに、ここは美しい花が咲いているんだな。学園にこんな素敵な場所があったなんて知らなかったよ。」
「目立たない場所にありますから。…でもそれだけじゃなくて、みんなきっと植物に興味が無いんです。」
〈そうじゃなかったら園芸部が廃部になんてならない。卑屈な気持ちが言葉に溢れた。〉
「そうかな?みんな、案外気づいてないだけだと思うけど。少なくともあたしは、ここの植物に興味が湧いてきたな。もちろん玻璃にもね。」
「わ、私ですか!?」
「そうだよ。もしよかったら、もう一曲聞かせてくれない?もっと聞いてみたいな。」
「…じゃあ、少しだけ。」
〈歌声を誰かに聞かれるなんてありえないと思ってたのに、気づいたらそう返事をしていた。富田先輩が自然で、とても居心地が良かったからかもしれない。〉
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