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強制メンテナンス

それはあなただから

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「菜々子さん、夕ご飯は食べましたか?」
「そう言えば…」
 お昼に食べたイタリアンから何も食べていない。もう空腹さえ感じなかった。
「分かりました。じゃあ、僕が用意するので菜々子さんはお風呂入っていてください。作ってくるので、お風呂あがったら僕の家のピンポン押してくれますか?」
「うん…」
 てきぱきと動く斗真君を視界の端に映しながら、私はもたもたと着替えの準備をする。心が鉛のように重たくて、手足に上手く力が入らない。
 その時、スマホが鳴った。画面には「母」と表示されていた。
「もしもし。」
『やっと出た。あんた、何回も電話かけたのにずっと出ないから。』
「ごめん、仕事終わって家に帰ってきたとこ。」
『そう、誕生日なのに大変だったのね。』
「誕生日…」
『そうでしょ。23歳の誕生日おめでとう。』
 母とは少し話して電話を切った。
「菜々子さん、もしかして今日誕生日なんですか?」
 斗真君が驚いた顔で私を見ていた。
「うん…すっかり忘れてたけど、そうだった。」
 今日は人に迷惑をかけるばっかりで最悪な誕生日だ。今日の私にはおめでとうなんていわれる資格がない。
「菜々子さん、ゆっくりお風呂入っててくださいね!」
 そう言って斗真君は勢いよく玄関を飛び出していった。

 斗真君に言われた通り、浴槽にお湯を張ってゆっくり浸かることにした。
 斗真君はなんでこんな私に優しくしてくれるんだろう。年上なのに、社会人なのに、ちゃんとできない私に。
「あがろ…」
 ぐるぐると答えの出ない問いを考えているとのぼせてきて、私はお風呂を出た。

 斗真君の部屋のチャイムを鳴らす。しばらくしてバタバタと足音が聞こえた。
 ガチャリと扉が開く。
「焼きたてなので温かいうちに食べましょう!」
 そこには大きなホットケーキを持った斗真君がいた。
 私の部屋に入ると、斗真君はホットケーキにロウソクを刺した。
「僕のうちには4本しかなかったのでちょっと寂しいですが…菜々子さん、ライター持っていますか?」
「うちにはないや。」
「そうですか。さっきコンビニに行ったときに買い忘れたんです。でも、ホットケーキミックスが売っていてよかったです。」
 隣に座った斗真君は私の方を向きなおった。
「菜々子さん、誕生日おめでとうございます。」
 君は、どうして…
「とは言ってもショートケーキみたいなちゃんとしたのは用意できなかったんですけど…」
 そう言って斗真君は申し訳なさそうに笑う。
 どうして私に与えてくれるの?
「菜々子さん…?」
 斗真君が私を心配そうに見つめる。
 初めは推しそっくりの顔が拝める喜びを。次に好きなものの話が出来る楽しさを。そして今日は落ち込んだ心を温める優しさを。
 目のあたりが熱くなって、自分では止めることが出来なくなった。
「ちょっと!な、泣かないでください…僕、何か気に障ることしましたか?…あ、強引に家に入ったから!?すいません、僕…」
「違うの…今日、仕事で大きなミスをして…憧れの先輩にも迷惑をかけて…それに斗真君のことも…」
 自分の生活はいくら自堕落でも、仕事だったり周りの人に対しては出来る自分でいたいって思っていたし、今まで上手くやれていると思ってた。でも今日、自分の慢心を思い知った。悔しさと申し訳なさでいっぱいだった。しかも今日が誕生日なんて、惨めさも加わった。
「たくさんの人に迷惑をかけて最悪な誕生日だって思った。でも、斗真君がこんな風に祝ってくれて…そうしたら勝手に…」
 その時、斗真君が私の手に重ねた。
「僕は菜々子さんの誕生日をお祝いできて嬉しいです。菜々子さんが喜んでくれるならもっと嬉しい気持ちになります。」
「…すっごく嬉しい。ありがとう…!」
「よかったです。」
 斗真君は優しそうな笑顔を見せた。
「菜々子さんの誕生日ケーキ、一緒に食べましょう。」

 ホットケーキを食べ始めると段々お腹が空いてきて、鈍くなっていた感覚が取り戻されていくのを感じた。それと同時に鉛みたいだった心も軽くなっていった。
「菜々子さん、お腹いっぱいになりましたか?」
「うん!美味しかったよ。ありがとう。」
「いえいえ。」
 帰り支度を始める斗真君に私は声をかける。
「斗真君。」
「はい?」
「今更なんだけど、連絡先聞いてもいいかな。社会人として、報・連・相を怠るようなことはしないと誓いますので…」
 今日の後ろめたさから、変なことを口走った気がする。
「ほうれん草?」
「報告、連絡、相談のことだよ。」
「なるほど。」
 私達はようやく連絡先を交換した。
 玄関先まで見送ると、斗真君が私の方を振り向いた。
「菜々子さん、今日は夜更かししないですぐ寝るんですよ。ベッドに入ったら、僕に連絡してください。報連相です。」
 新しく覚えた言葉を使いたかったのかな。そういう時あるよね。…というか、
「今日の斗真君、なんか強引じゃない?」
 私は思っていたことを口にした。
「あっ…あの、すいません!いつも明るい菜々子さんなのに今日は元気がないから、僕が何とかしなくちゃって思って…ちょっと調子に乗り過ぎました…」
 そう言って斗真君はシュンと縮こまった。
「あ、違うの!言い方がよくなかったみたい。その…斗真君の違う一面が見えたかなって。」
 優しいのは知っていたけど、こんな風に他人を引っ張る一面もあるなんて。ちょっと意外。
「多分、菜々子さんだからですよ。」
 そう言って微笑む斗真君があまりに可愛くて、その言葉の意味は聞きそびれてしまった。
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