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チュートリアル
これは最悪のパターンに突入したかもしれない
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隣の家の男の子と仲良くなってコスプレをしてもらう。そう決意したものの、それから1週間、仲良くなるどころか一度も顔を合わせることはなかった。
「はぁ…今日も疲れた…」
連日の残業で疲労困憊な体に鞭を打ってアパートの階段を登る。廊下を見ると部屋の前に誰かがうずくまっている。近くで見るとあの男の子だった。
「どうしたの!?大丈夫?」
「鍵…忘れて…それに…人、多くて…気持ち悪…」
鍵か…このアパートはオートロックだから開けるには管理会社に連絡しないとだけど、こんな時間じゃ繋がらないだろう。
それに、こんな具合の悪そうな子を放っておく訳には行かない。
「とりあえず私の家入ろ!ね?」
「う…うん…」
彼に肩を貸し、部屋にあげて自分のベッドに座らせた。
「お水置いておくから飲めそうだったら飲んでね。寝てもいいよ。」
ベッド近くのローテーブルに水のペットボトルを置き、声をかける。彼はゆるゆると横になり、目をつむった。布団をかけてあげ、パソコン作業をしながら様子をうかがっていると穏やかな寝息が聞こえるようになった。
「さて…シャワー浴びるか。」
具合が悪化するかもしれないと思ってしばらく様子を見ていたが、これなら大丈夫そうだ。まあ、自分よりいくつも年下だろうけど一応異性を部屋にあげておいて普通にシャワーを浴びるとかどうなのと思わなくもないけど、この状況じゃ仕方ないでしょ。彼が目覚めたときに起こる可能性のあることとすれば、私に拉致されたと勘違いして通報される、とかね。…いや、これはマジで笑えないわ。
シャワーを浴び、洗面所で髪を乾かして部屋に戻った。さすがに濡れた髪のままゴロゴロするなんて怠惰なところを晒すのはよくないという自制心が働いた。
「あの…」
声の方を振り向くと男の子が起き上がっていた。
「もう具合大丈夫?今日はうち泊まって行っていいからね。」
「ありがとうございます…すいません、ここはどこですか?」
「なっ…」
まずいまずい。これは最悪のパターンに突入したかもしれない。具合悪そうだったし、意識が朦朧としてて私が家にあげたこと覚えてないのか。うまく説明しないと、やっぱり警察…?って仲良くなるどころか埋めがたい距離作っちゃってるじゃん!
弁解、しないと…
「家の前に君がうずくまっていて、鍵忘れて入れないみたいだったから、うちにあげました!別に拉致してうちの子にしてやろうとかそういった下心は一切ないので通報しないでくださいっ!」
言った勢いで頭を下げる。この沈黙怖いなぁ…
恐る恐る頭を上げると彼は呆気にとられたような顔をしていた。
「えーっと…僕、今日大学の飲み会に連れていかれて、お酒は飲んでないんですけど、その、人の多さで具合悪くなっちゃって。何とか抜けてアパートに帰ってきたんですけど、鍵がないことに気づいて…家には入れないし気持ち悪いしでどうしようもなかった僕を隣の家の人が助けてくれたんです…」
うん、そこまでは合ってる。それなのに、どうして「ここはどこ」になるんだ?
「助けてくれたのは男の人だったと思うんですけど…失礼ですけど、女の人、ですよね?」
本当に失礼だな。
「私は正真正銘の女です!…まあ、女っ気ないとはよく言われるけどね。はは…」
ぐぅっ…自分で言っておいて胸が締め付けられる。
「ああ!すいません…あなたが女の人か疑った訳じゃないんですけど、その、僕のアパートは女性禁制だって聞いていて…」
はぃぃー?いや、そんな話聞いたこともないし、そもそも私住んでますし。
「…このアパートは女性禁制じゃないよ。その話、誰から聞いたの?」
「あの…母が…」
あー、なるほどね。1人暮らしを始める息子に悪い虫がつかないように呪文をかけたのね。今まで信じ込んでたこの子もすごいけど。
「…もしかすると、この前うちに挨拶しに来てくれた時に私を男だって勘違いした?」
まあ、あの時は頭にタオル巻いてグレーのスウェットですっぴんだったからなぁ。仕方ないか。
彼はしばらく考える素振りを見せた後、顔を真っ赤に赤らめた。
「僕…その、とんでもない間違いを!すみません!ここに住んでいるのは男の人だけだと思い込んでいて…!本当に失礼なことを言ってしまいました!とても親切にしていただいたのに…具合もよくなったので帰ります!本当に…すいませんでしたぁ!」
そう言って彼は玄関へ走って行こうとする。ちょっと待て。私は彼の手を掴んだ。
「状況が理解できたみたいでよかったけど、一つ大事なこと忘れてるよ。鍵、無いんでしょ。」
「あ…」
「今日はうちに泊まっていいから、明日の朝、管理会社に電話するといいよ。元気ならシャワー浴びてきな。」
「あの…ありがとうございます!」
「いえいえー」
彼には私が高校生の時に着ていたジャージを貸してあげた。しばらくするとシャワーの水音が聞こえる。この家に他人がいるのはいつぶりだろうか。
一度も使っていない客用の布団を敷き、彼は布団に、私はベッドに入った。
「じゃあ、電気消すね。…おやすみ。」
「…おやすみ、なさい。」
私は目を閉じた。
ってちょっと待てぃ!急展開過ぎて意識してなかったけど、推しそっくりの(顔の)子が今!私のすぐ側で!寝ているんだぞ!
あー、意識し始めたらいろいろ思い出してきた。私のベッドで眠るらむねちゃん(似の男)。私のおさがりジャージを着るらむねちゃん(似の男)。何でもっと目に焼き付けておかなかったんだ!
まずい、目が冴えてきた。
「…おやすみ、なさい。」
僕の態度は変じゃなかったかな。ご厚意に甘えて家にあげてもらったけど、だって、男の人だと思っていたから!しかもすごく綺麗な人だったし…女の人の家に泊まるなんて初めてだから、変に意識して緊張する。
こんな状況じゃ眠れそうにないよ…
翌朝目を覚ますと、既に身支度を済ませた彼の姿があった。
「おはよう…早いね。」
「おはようございます。さっき電話したら、鍵を開けにすぐ来てくれるって言っていました。一晩泊めていただき、本当にありがとうございました!」
そう言って彼が頭を下げる。
「いえいえ。」
私はベッドから起き上がり、カーテンを開けた。部屋に朝陽が差し込む。昼間の彼はキラキラと照らされて夜とは違う美しさがあった。
「あの…そこで何かお礼をしたいのですか、僕に出来ることなら何でもするので、遠慮なく言ってください。」
なん…でも…
「ああ!急に何でもするとか言われても困りますよね!じゃあ、何かお菓子でも…」
「ある!してほしいこと!」
君にしてほしいことは一つ。初めて会った日に決めた。こんなこと言ったら引かれちゃうかもしれない。二度と話せないかもしれない。でも、こんなチャンスはもう来ない。
「な、なんでしょう。」
彼は私に気圧されたのか驚いた顔をしている。
「おしの…」
「はい?」
「推しのコスプレして!」
言った…言ってしまった。さあ、どんな反応が返ってくるか。
「おしのこすぷれ…?」
彼は首を傾げた。少なくとも拒絶ではなさそう。これは押せ押せだ!
私は彼の肩を掴んだ。
「これは君にしか頼めないの!お願い!」
彼は困ったように目を逸らしてから、私の目を見た。
「僕でいいなら…」
「ありがとう!」
私は彼の右手を取る。
「私の名前は桐生菜々子!菜々子でいいよ。一緒にコスプレ、頑張ろうね!」
彼は私の手を握り返した。
「あの、倉橋斗真です。頑張ります…?」
初めて会ったときはあまりの衝撃で覚えてなかったけど、倉橋斗真君、か。絶対忘れないように後で手帳にメモろう。
「斗真君、さっそくなんだけどコスプレの準備があるから何回かうちに来てほしいんだよね。いつが空いてる?」
「そうですね…平日の夕方以降なら大丈夫です。」
「分かった。じゃあ、毎週金曜日の夜、うちに来てくれる?」
「分かりました。」
彼と一緒に玄関へ向かった。
「お世話になりました。」
「うん。…また来週ね。」
「はい。」
彼は軽くお辞儀して玄関を出て行った。扉が閉まる。
「…………っ!」
私は大きく手を広げた。本当は声を上げて喜びを表現したいけど、隣の斗真君に聞こえちゃうかもしれないからサイレントで。
これで…これでらむねちゃんを現実世界に!しかもちゃっかり定期的に会う約束まで取り付けた。まあ、ただ会いたいってだけじゃなくて、せっかくコスプレするならそのキャラクターの世界観も知ってほしいし。
「そうだ!まずはタンスにしまってあるコスプレ衣装の確認しないと…ふへへっ…」
口元の緩みが抑えられない。
金曜の夜が楽しみだ。
「はぁ…今日も疲れた…」
連日の残業で疲労困憊な体に鞭を打ってアパートの階段を登る。廊下を見ると部屋の前に誰かがうずくまっている。近くで見るとあの男の子だった。
「どうしたの!?大丈夫?」
「鍵…忘れて…それに…人、多くて…気持ち悪…」
鍵か…このアパートはオートロックだから開けるには管理会社に連絡しないとだけど、こんな時間じゃ繋がらないだろう。
それに、こんな具合の悪そうな子を放っておく訳には行かない。
「とりあえず私の家入ろ!ね?」
「う…うん…」
彼に肩を貸し、部屋にあげて自分のベッドに座らせた。
「お水置いておくから飲めそうだったら飲んでね。寝てもいいよ。」
ベッド近くのローテーブルに水のペットボトルを置き、声をかける。彼はゆるゆると横になり、目をつむった。布団をかけてあげ、パソコン作業をしながら様子をうかがっていると穏やかな寝息が聞こえるようになった。
「さて…シャワー浴びるか。」
具合が悪化するかもしれないと思ってしばらく様子を見ていたが、これなら大丈夫そうだ。まあ、自分よりいくつも年下だろうけど一応異性を部屋にあげておいて普通にシャワーを浴びるとかどうなのと思わなくもないけど、この状況じゃ仕方ないでしょ。彼が目覚めたときに起こる可能性のあることとすれば、私に拉致されたと勘違いして通報される、とかね。…いや、これはマジで笑えないわ。
シャワーを浴び、洗面所で髪を乾かして部屋に戻った。さすがに濡れた髪のままゴロゴロするなんて怠惰なところを晒すのはよくないという自制心が働いた。
「あの…」
声の方を振り向くと男の子が起き上がっていた。
「もう具合大丈夫?今日はうち泊まって行っていいからね。」
「ありがとうございます…すいません、ここはどこですか?」
「なっ…」
まずいまずい。これは最悪のパターンに突入したかもしれない。具合悪そうだったし、意識が朦朧としてて私が家にあげたこと覚えてないのか。うまく説明しないと、やっぱり警察…?って仲良くなるどころか埋めがたい距離作っちゃってるじゃん!
弁解、しないと…
「家の前に君がうずくまっていて、鍵忘れて入れないみたいだったから、うちにあげました!別に拉致してうちの子にしてやろうとかそういった下心は一切ないので通報しないでくださいっ!」
言った勢いで頭を下げる。この沈黙怖いなぁ…
恐る恐る頭を上げると彼は呆気にとられたような顔をしていた。
「えーっと…僕、今日大学の飲み会に連れていかれて、お酒は飲んでないんですけど、その、人の多さで具合悪くなっちゃって。何とか抜けてアパートに帰ってきたんですけど、鍵がないことに気づいて…家には入れないし気持ち悪いしでどうしようもなかった僕を隣の家の人が助けてくれたんです…」
うん、そこまでは合ってる。それなのに、どうして「ここはどこ」になるんだ?
「助けてくれたのは男の人だったと思うんですけど…失礼ですけど、女の人、ですよね?」
本当に失礼だな。
「私は正真正銘の女です!…まあ、女っ気ないとはよく言われるけどね。はは…」
ぐぅっ…自分で言っておいて胸が締め付けられる。
「ああ!すいません…あなたが女の人か疑った訳じゃないんですけど、その、僕のアパートは女性禁制だって聞いていて…」
はぃぃー?いや、そんな話聞いたこともないし、そもそも私住んでますし。
「…このアパートは女性禁制じゃないよ。その話、誰から聞いたの?」
「あの…母が…」
あー、なるほどね。1人暮らしを始める息子に悪い虫がつかないように呪文をかけたのね。今まで信じ込んでたこの子もすごいけど。
「…もしかすると、この前うちに挨拶しに来てくれた時に私を男だって勘違いした?」
まあ、あの時は頭にタオル巻いてグレーのスウェットですっぴんだったからなぁ。仕方ないか。
彼はしばらく考える素振りを見せた後、顔を真っ赤に赤らめた。
「僕…その、とんでもない間違いを!すみません!ここに住んでいるのは男の人だけだと思い込んでいて…!本当に失礼なことを言ってしまいました!とても親切にしていただいたのに…具合もよくなったので帰ります!本当に…すいませんでしたぁ!」
そう言って彼は玄関へ走って行こうとする。ちょっと待て。私は彼の手を掴んだ。
「状況が理解できたみたいでよかったけど、一つ大事なこと忘れてるよ。鍵、無いんでしょ。」
「あ…」
「今日はうちに泊まっていいから、明日の朝、管理会社に電話するといいよ。元気ならシャワー浴びてきな。」
「あの…ありがとうございます!」
「いえいえー」
彼には私が高校生の時に着ていたジャージを貸してあげた。しばらくするとシャワーの水音が聞こえる。この家に他人がいるのはいつぶりだろうか。
一度も使っていない客用の布団を敷き、彼は布団に、私はベッドに入った。
「じゃあ、電気消すね。…おやすみ。」
「…おやすみ、なさい。」
私は目を閉じた。
ってちょっと待てぃ!急展開過ぎて意識してなかったけど、推しそっくりの(顔の)子が今!私のすぐ側で!寝ているんだぞ!
あー、意識し始めたらいろいろ思い出してきた。私のベッドで眠るらむねちゃん(似の男)。私のおさがりジャージを着るらむねちゃん(似の男)。何でもっと目に焼き付けておかなかったんだ!
まずい、目が冴えてきた。
「…おやすみ、なさい。」
僕の態度は変じゃなかったかな。ご厚意に甘えて家にあげてもらったけど、だって、男の人だと思っていたから!しかもすごく綺麗な人だったし…女の人の家に泊まるなんて初めてだから、変に意識して緊張する。
こんな状況じゃ眠れそうにないよ…
翌朝目を覚ますと、既に身支度を済ませた彼の姿があった。
「おはよう…早いね。」
「おはようございます。さっき電話したら、鍵を開けにすぐ来てくれるって言っていました。一晩泊めていただき、本当にありがとうございました!」
そう言って彼が頭を下げる。
「いえいえ。」
私はベッドから起き上がり、カーテンを開けた。部屋に朝陽が差し込む。昼間の彼はキラキラと照らされて夜とは違う美しさがあった。
「あの…そこで何かお礼をしたいのですか、僕に出来ることなら何でもするので、遠慮なく言ってください。」
なん…でも…
「ああ!急に何でもするとか言われても困りますよね!じゃあ、何かお菓子でも…」
「ある!してほしいこと!」
君にしてほしいことは一つ。初めて会った日に決めた。こんなこと言ったら引かれちゃうかもしれない。二度と話せないかもしれない。でも、こんなチャンスはもう来ない。
「な、なんでしょう。」
彼は私に気圧されたのか驚いた顔をしている。
「おしの…」
「はい?」
「推しのコスプレして!」
言った…言ってしまった。さあ、どんな反応が返ってくるか。
「おしのこすぷれ…?」
彼は首を傾げた。少なくとも拒絶ではなさそう。これは押せ押せだ!
私は彼の肩を掴んだ。
「これは君にしか頼めないの!お願い!」
彼は困ったように目を逸らしてから、私の目を見た。
「僕でいいなら…」
「ありがとう!」
私は彼の右手を取る。
「私の名前は桐生菜々子!菜々子でいいよ。一緒にコスプレ、頑張ろうね!」
彼は私の手を握り返した。
「あの、倉橋斗真です。頑張ります…?」
初めて会ったときはあまりの衝撃で覚えてなかったけど、倉橋斗真君、か。絶対忘れないように後で手帳にメモろう。
「斗真君、さっそくなんだけどコスプレの準備があるから何回かうちに来てほしいんだよね。いつが空いてる?」
「そうですね…平日の夕方以降なら大丈夫です。」
「分かった。じゃあ、毎週金曜日の夜、うちに来てくれる?」
「分かりました。」
彼と一緒に玄関へ向かった。
「お世話になりました。」
「うん。…また来週ね。」
「はい。」
彼は軽くお辞儀して玄関を出て行った。扉が閉まる。
「…………っ!」
私は大きく手を広げた。本当は声を上げて喜びを表現したいけど、隣の斗真君に聞こえちゃうかもしれないからサイレントで。
これで…これでらむねちゃんを現実世界に!しかもちゃっかり定期的に会う約束まで取り付けた。まあ、ただ会いたいってだけじゃなくて、せっかくコスプレするならそのキャラクターの世界観も知ってほしいし。
「そうだ!まずはタンスにしまってあるコスプレ衣装の確認しないと…ふへへっ…」
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