巻き込まれ体質の俺は魔王の娘の世話係になりました

亜瑠真白

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桜の記憶

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 ホームには誰もいなかった。まもなくすると電車がやってきた。
「おおぅ…!」
 ラフェが声を漏らす。
「乗るぞ。」
 乗り込むと中には俺達だけだった。こんなに人がいないなんて珍しい。まあ、誰もいないほうが、人目を気にしなくて済む。
「すごいな! 大きいな! これは生き物なのか!?」
「生き物じゃないって。とりあえず座りな。」
「うん!」
 俺達が座席に座ると電車は動き出した。ラフェは座席に膝立ちし、窓ガラスに張り付いた。他に人がいたら完全にアウトだけど、まあ今日は放っておくか。
「建物がたくさん見えるぞ! あっちにあるおっきな建物はなんだ?」
「ん? どれだ?」
 俺も窓の方を振り向く。目の前にはいつも見慣れた街並みが広がっている。大きい建物って、大学のことか。
「ああ、あれは…」
 そう言いかけた時、電車は橋に差し掛かった。下を見ると、河川敷にはランニングをしている人やベンチで休んでいる人がいる。その中で目についたのは、川の方を向いて棒立ちしている女子生徒だった。
 そこで何してるんだろ…しかもうちの制服っぽい…ていうかあのツインテール、見覚えがあるぞ…
 その時、女子生徒は右腕を横に伸ばした。手にはグローブのようなものがついている。まさか…
 黒い塊が空を切り、グローブに上に着地した。
「鷹匠ってマジか!?」
 鷹匠(タカジョウ)=鷹を飼育・訓練する専門家。鷹飼い。
 目で追いかけるが、電車は無情にも進んでいく。この一瞬のためにここまで準備したのか!? そもそもラフェはちゃんと分かってる!?
 気になって隣を見ると、ラフェは物思いにふけるように、頬に手を当てていた。
「力強くて、大きな、羽…」
 よかった。響いてはいるらしい。
 それにしても、この前のラフェの話にちょろっと出た『飛行者』のネタ一本て、弱すぎやしません?

 その後は特に変な仕込みもなく、目的地に到着した。
「わぁっ…!」
「これはすごいな。」
 その場所は、思わず声が出るほどの景色だった。住宅地から少し離れた空き地に植えられた一本の大きな桜の木。薄ピンク色の花が青空に映えてとても綺麗だ。
 人の生活から切り離されたその場所は桜のためにあるみたいで、自然と目が引きつけられる。俺達はしばらく黙ったまま、満開の桜を眺めていた。
「どうだ、何か思いだせそうか?」
 ラフェを見ると、考え込むように手を口元に当てていた。
「うん…もう少しで分かりそうなんだけど…ああ!」
 そう言って、低く咲いていた桜の花に触れた。
「分かった! 思い出した! この世界に初めて来た時に見たんだ!」
 そしてラフェは昔のことを語り始めた。
「その時は、魔界からこの世界へつながる入り口を開くために魔力を使い果たして…ついに倒れこんでしまったんだ。そんな薄れゆく意識の中で、声をかけてくる人間がいた。」
 それが初代理事長だったんだ。
「初めは騙そうとしてるんじゃないかって疑ってたけど、その人間からは悪い気が感じられなかった。声をかけられた時、その人間の後ろで咲いていたのがこの花だった。」
 ラフェは俺の方を振り向いた。
「その人間が助けてくれたおかげで私はまだ生きている。その感謝の気持ちを少し忘れてしまっていたのかもしれない。…ありがとう、思い出させてくれて。」
 期待していた魔界の頃の記憶ではなかったけど、ラフェにとって大切な記憶がよみがえったのは良かった。また新しい記憶の糸口を探さないとな…
「それにしても、魔力を回復させるのに百年もかかるなんて、コスパ悪いんだな。」
「この世界じゃたまりにくいんだ。まさか動けるようになるために百年かかるなんてな。」
「…ん?」
「魔界への入り口を開くのにはあとどのくらいかかるか…」
「ちょっと待て! え? 今、もしかして物理的に魔界に帰れない…?」
「そうだが?」
 はぁぁっ!?
「入り口を開くのはかなり負担のかかる魔法だからな。私ほどの魔法の使い手でも、相当の魔力が必要になる。」
「どうやったら魔力が回復するんだ!?」
「まずは適度な運動だろ? それにバランスの取れた食事。あとは質のいい睡眠だな。」
 生活習慣病の予防か?
「今までは箱の中で寝てるだけだったし、魔力を使い切った状態だったから百年かかったけど、魔力を蓄えるための生活をすればそんなに時間はかからないと思うぞ。」
「分かった…」
 まさか帰りたい気持ちにする以前にそんな重要なハードルがあったなんて…
 どっと押し寄せた疲労感で桜を見るどころのメンタルじゃなくなっていた。

 翌日。
「おはよう、ラフェ。」
「おはよう。今日はどんなクリームパンだ?」
 俺はバッグから紙袋を取り出す。
「はい、どーぞ。」
「いただきます!」
 そう言ってかぶりつく。ラフェの口からはクリームパンに似つかわしくない、カリカリとした音が聞こえる。
「んん…なんか今日は硬いのが入っているぞ…これは味がないみたいだけど…カスタードがいつも通り美味しいからいい!」
「そうか。栄養満点だから残さず食べろよ。」
 今日のクリームパンの中には、昨日の帰りに寄ったドラッグストアで売っていた全種類の栄養サプリメントが入っている。五角形の栄養バランスどころか十二角形くらいはいけそうだ。
「それはいいけど…人間の栄養素を魔界に当てはめてもいいのか?」
「…ごもっともで。」
 まさか論破されるなんて夢にも思わなかった。

「潔、お疲れ様!」
 約束の場所には既に乙女が待っていた。
「待たせて悪い。撤収に時間がかかってな。」
「そっか。今回はたくさんお金使って大がかりだったもんね。」
「…ああ。」
 俺は手元の領収書の束に目をやった。
「それにしても、潔から『鷹をレンタルした』って言われたときはびっくりしたよ! 猛禽類って意外と目が可愛いんだね!」
「そうか。俺も近くで見てみたかったな。」
 『飛行者』『羽』というキーワードから、俺と乙女の二パターンで用意したが、果たしてどっちがラフェに刺さったか。
 俺の方は飛行者の(想像)再現の他に、駅周辺の人払いでマジックショーを行った。それが思ったよりも反響があって、撤収するのに時間を取られた。
「潔も見たかった!? じゃ、じゃあ…今度一緒に動物園でも…」
 なぜか乙女は急にもじもじとうつむき加減になって、最後の方がよく聞き取れなかった。
「? よく分からないが、そんなに気に入ったならまたレンタルすればいいんじゃないか。」
「そ、ソウダネ…」
 乙女はなぜか変な話し方になった。
 もしかすると今回の作戦で疲れているのかもしれない。週末にでも鳥類の展示が有名な動物園に誘おうかと思ったが、やめておいた。仲間の体調を気遣えないようでは、管理委員が務まらないからな。
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