巻き込まれ体質の俺は魔王の娘の世話係になりました

亜瑠真白

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凡人と魔王の娘

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 シュークリームの入った紙袋を抱きしめたラフェは鼻歌交じりでご機嫌だった。俺達は河川敷のベンチに腰掛ける。
「日生、こんなに買ってもよかったのか?」
 俺はカスタード、ラフェは店の全種類を買った。完全に予算オーバーだったが、その分は俺が今月買うつもりだった漫画を我慢すれば済む。
「ああ、いいんだ。」
 ラフェには助けてもらった。俺一人だったら、あのまま男たちの言いなりになっていただろう。ラフェが言っていた、「自分の運命を力ずくで変える」っていうのがちょっと分かった気がした。
「それなら遠慮しないぞ。いっただっきまーす!」
 大きな口を開けて、シュークリームにかぶりつく。
「んー…っ!」
 悶えるように足をバタバタと動かす。
 その時、突然向かい風が吹いた。隣に座るラフェを見ると、羊のような角とふさふさの尻尾が現れていた。
「ちょっと、ラフェ!」
「ん?」
 小首を傾げて俺の方を振り向く。目の色も赤に戻っている。
「角と尻尾! それに目の色も!」
 そう言われてラフェは頭をぺたぺたと触った。角に触れる。
「ああーっ!?」
 立ち上がったラフェは顔を真っ赤にして俺を睨みつけた。
「みっ、見たな!?」
 再放送感がすごい。
「見たもなにも、俺が教えてあげたんだけど。」
「ぐぅっ…」
「それ、自分じゃ分かんないの?」
「分かん…なかった。シュークリームに気を取られてて…」
 どれだけ全神経を集中させてたんだ。
 俺は制服のブレザーを脱いで、ラフェの尻尾に被せた。
「尻尾は流石にまずいから、我慢して被せられとけ。角と目の色は…コスプレってことで。早めに戻せよ。」
「ん。」
 ラフェはバツが悪そうにシュークリームを齧った。尻尾に被せたブレザーが小さく揺れる。
「日生も、私の角とか見たって誰にも言うなよ。」
「…ああ。」
 誰にそんなこと言えるかって思ったが、それは言わないでおいた。

「はぁー、いっぱい食べた!」
 そう言ってラフェは大きく伸びをした。気づけば角や尻尾は無くなっている。
「あれだけ食べればなぁ」
 全部で八個。よく食べたというべきか、あの店の品ぞろえを褒めるべきか。
「逆に日生は一個で足りたのか?」
「ああ…まあ、ダイエット中というか…」
 ほんとはただの金欠だけど。
「あぁっ! 今、『こいつ増量中か?』って思っただろ! 『魔王の娘なのに大食いではしたない』って言いたいんだろ!」
「思ってない。言ってない。」
 俺は流れを変えようと別の話題を振った。
「それで、シュークリームとクリームパンはどっちが良かったんだ?」
「うん…」
 ラフェは考えるように空を見上げた後、俺の方を見た。
「日生は『シュークリームがクリームパンの上位互換』って言ってたけど、私はそう思わなかった。どっちもそれぞれ良さのある別物だ。でも、私はこの世界で初めて食べたあの味が一番おいしいと思った。」
 ラフェの言葉を聞いて、思わず口元が緩む。
「そうかよ。」
「なんでにやけてるんだ! ああっ! もしかして今、『腹ペコすぎたから一番おいしく感じたんじゃないか』って思っただろ! 断じて違う! 私は公平に…」
「はははっ。」
「笑うなぁっ!」
「いや…悪い。あのパン、俺んちで作ってるんだ。」
「え?」
「だからさ、嬉しいなって思って。親も喜ぶよ。」
 パン屋の息子だからか変にネタにして、『シュークリームはクリームパンの上位互換』なんて言っちゃったけど、本当はそんなこと思ってない。ラフェはちゃんと分かってくれたのが素直に嬉しかった。
「日生は親と仲いいんだな。」
「あー、まあまあかな。」
 そう言って、気づく。この流れはチャンスなのでは?
「そういうラフェはどうなんだ? 父親の話は少し聞いたけど…」
「母は控えめな人で、あんまり自分の意見を言わないんだ。でもすごく優しくて、いつも見守ってくれていた。元気に、してるかな…」
 ラフェは故郷に思いを馳せるように遠くを見つめた。いい雰囲気なのでは…?
「でも父さんは! 母さんが何も言わないのをいいことに、『二人の総意だ!』みたいな言い方してくるんだもん! 普段はいい父だからその欠点が余計に腹立つ! それを直して私と母さんに謝るまで絶対に帰ってなんかやらない!」
 あー…これはダメだわ。俺は頭を抱えた。

 翌朝、俺はラフェの元へ向かった。
「おはよう、ラフェ。」
「おはよう…あれ、なんかいい匂いがするぞ。」
 そう言ってラフェは、匂いの元を探すように近づいてくる。
 昨日の失敗を踏まえて、俺は作戦の方向性を変えた。
「さすがだな。今日はお土産があるんだ。」
 俺はバッグから紙袋を取り出した。
「ほら。どうぞ。」
「ありがとう!」
 嬉しそうに紙袋を受け取ったラフェは、中身を取り出す。
「クリームパンじゃないか! しかもまだちょっとあったかい!」
「さっき家で焼いたばかりだからな。」
「自分で焼いたのか!?」
 尊敬のまなざしを向けてくるラフェに若干の罪悪感を感じながらも、俺は特別仕様のクリームパンを勧める。
「ほら、熱いうちにどうぞ。」
「そうだな。じゃあ、いただきます。」
 そう言ってパンを口に運ぶ。さあ、どんな顔をするか。
 中にはいつものカスタードの他に納豆とキムチが入っている。好きな食べ物をトラウマ級にまずくすれば、この世界に嫌気がさして魔界へ帰るかもしれない。パン屋の息子としてこのやり方はどうかと思うが、なりふり構ってはいられない。
 ラフェは口を動かしながら、不思議そうな顔をした。俺も念のため試食したが、カスタードの甘さと納豆のねばねば、そしてキムチの酸味・辛味が最悪のコンビネーションだった。
「いつもの味と違う…でも、いろんな味が混ざり合って、これはこれでイケる!」
 そう言って笑みを浮かべた。
 凡人の俺に魔王の娘の味覚は難しかった。

「潔―! 日生君から報告メールきてたよ!」
 そう言って、乙女がスマホを差し出す。俺はざっとメールに目を通した。
「『シュークリームは故郷の味に近くありませんでした』か…クリームパンに反応していたからもしやと思ったが、そう簡単にはいかないか。」
 乙女がメールの文面を指さす。
「それよりここ見てよ潔! 魔界にはビルや信号があるんだって!」
「アツアツのドロドロじゃないのか!?」
 マグマが吹き出したり、紫色の液体が流れたり…魔界ってそういうおどろおどろしいものだと勝手に思っていた。ちょっと残念だ。
「信号は『歩行者』と『飛行者』っていうのを分けるためにあるんだって。羽があるなんていいなぁ、私も空飛んでみたい!」
 ラフェから魔界の情報を引き出せているのはいい事だ。情報という手札が多ければこちらも手を打ちやすい。魔界を思い出させてホームシックにするのが、あいつを帰らせるのに一番現実的な戦略だろう。
「桜を見て何かを思い出しかけていた、というようなことも報告にあったな?」
「そうだね。もうすぐ満開になりそうだし、花見に行ってもらうのはアリかも。」
「乙女は出来るだけ人目につかずに花見が出来る場所を調べておいてくれ。俺はいろいろと手配があるから…」
「手配?」
 待っていろ、俺が必ずホームシックにしてやる。
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