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わたしの願い事
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支度をして、小さなベッドに二人で入る。茜君のぬくもりをすぐ隣に感じて胸がいっぱいになった。
こうやって寝る前に真っ暗な部屋で話をする時間が私は結構好きだ。
「茜君はハンバーグ、デミグラス派? トマトソース派? それとも煮込み派?」
「え……煮込みなんてあるのか?」
「あるよー。それなら今度は煮込みハンバーグにチャレンジしよっかな」
「へえ、じゃあ楽しみにしてる」
「卵焼きは甘い派? しょっぱい派?」
「甘い方、かな」
「目玉焼きは? 醤油派? ソース派?」
「醤油」
「ゆで卵は、塩派? マヨネーズ派?」
「塩……っていうか、卵ばっかりだな」
「ふふっ、確かに」
「別に俺の好みなんて合わせなくていいんだぞ。波瑠の食べたい方を俺も食べるし」
まあ、茜君はそう言ってくれるような気がしてたよ。
「そんなに深い意味はないんだけど、ちょっと気になったから聞いてみたの。私達ってまだ出会って一年も経ってないんだよ? その間にいろんなことがあり過ぎて、そんな感じもしないけど。だからもっと茜君のいろんなこと知りたいなって」
初めの頃は本当の名前すら知らなかった。それから段々会話を重ねて、名前を、痛みを、優しさを知った。でももっともっと知りたいって欲張りになる。
横向きになって茜君の腕をぎゅっと抱きしめると、その体が強張るのが分かった。
君がどうしたら喜んでくれるのか。どうしたら私にドキドキしてくれるのか。どうしたら不幸な夢を見る怖さから解放してあげられるのか。
ねえ、教えてよ。私は上手くできてる?
「今朝、茜君が『凍った地面に気を付けて』って言ってたから、滑り止めのついたブーツを買ったよ。でも買いに行く道中で転んじゃった」
「あ、ああ……それは、大変だったな……」
「これでもうきっと転んだりしないよ。また不幸が一つ減ったね」
茜君は毎朝、夢に見た私の不幸を教えてくれる。それは私がそう望んだからだ。
夢の内容を聞いても、その不幸は避けられたり、避けられなかったり。茜君が夢を見た次の日に必ず起こる訳でもないから、忘れた頃に起こったりもする。
ここ最近の夢は、凍った道で転ぶ夢、タンスの角に小指をぶつける夢、間違えて歯磨きを二回しちゃう夢。茜君の様子を見るに、自転車にひかれる夢みたいな大きな不幸はまだ見ていないみたい。
不幸とは、幸福でないこと、ふしあわせ。それなら私から不幸が無くなったら、茜君はどんな夢を見るんだろう。
転ばないように滑り止めのついたブーツを買った。通勤ラッシュの事故や事件を避けるためにその時間の電車に乗らないようになった。他にも思いつく限りのことは何でもやった。きっとそれを全部話したら、君は気に病みそうだからこれから先も言うつもりはないし、それを「辛い」なんて思ったことは一度もない。全ては君がこれから先、私の夢で苦しまないように私が勝手にやっていることだ。
手術の日に渡した手紙に書いたことは、別に手術で死んでしまう事だけを思っていた訳じゃない。私の命が尽きるのが数年後でも、数十年後でもずっと変わらない。私の最期を夢に見て君が怖い思いをしないように。最期のその瞬間まで、君に幸せを残せる私でありたい。
「ねえ、茜君」
「なんだよ」
この部屋に引っ越してきたその日の夜、君はずっと暗い顔をしていた。
『どうしたの?』
『本当に一緒に寝るのか?』
不安そうに私を窺う表情。私は笑顔を見せた。
『もちろん。今日からは毎日一緒に寝るんだよ』
『やっぱり、嫌じゃないのか? その、俺と同じ部屋で寝るのは……』
『それは茜君だからってこと? それとも夢を見るからってこと?』
私の言葉に茜君は言葉を詰まらせた。
『……それは、どっちも』
『分かった。最初の方については私が茜君のことを大好きだから何も問題ないよ。好きな人と一緒に寝られるなんて、女の子の憧れなんじゃない? それでもう一つの方も問題ないよ。だって今までも茜君は私の夢を見てくれてたでしょ?』
手術の日のデートの支払いだと言って強引に約束を取り付けた。その約束を茜君はちゃんと守ってくれた。そして毎晩私の夢を見てほしいと言ったことも、律儀に叶えてくれていることだって知っている。
『でも、それは俺が一人で夢を見ていただけで、こんな風に隣で不幸を見られるなんて……』
『大丈夫だって』
茜君の両手を握る。自分のことになると君は随分臆病みたいだ。私もそうだったからよく分かるよ。
『私、茜君に見られて困ることなんてないし、前にも言った通り、茜君が不幸を呼び寄せてるわけじゃないもん。でも、さすがにちょっと気になるから翌朝、見た夢を教えてくれないかな?』
『自分の不幸を聞きたいって……波瑠は変わってるよな』
そう言って困ったように私を見た。でも、さっきみたいに不安で暗い表情じゃない。
『ふふっ、いいじゃんいいじゃん。どんな夢が聞けるのか毎朝面白そうだよ』
いつか私のドジくらいしか夢に見なくなって、私が「ニュースの星座占いみたいだね」って言ったら、君は「そうだな」って笑ってくれるといい。
「今日も私のことを想って眠りについてね」
世界はそれぞれの事情を抱えながらも、まるで何事もないかのように進んでいる。近所の高木さんも、お隣の山野さんも、今日すれ違っただけの人も。そして、私達も。
君のその夢は私が一生一緒に向き合っていくから心配しないで。君が私の病気に向き合ってくれたみたいに。手術の日の朝に二人で話した「やりたいこと」は引っ越しの準備や新生活でまだできていないけど、そう遠くない未来に実現するって信じてる。一緒ならこの先どんなことがあってもきっと明るく乗り越えていけるよ。他のどんなカップルや夫婦にも負けないくらい、最高に幸せに満ちた二人になろう。
今夜も君が穏やかな不幸を見られますように。
こうやって寝る前に真っ暗な部屋で話をする時間が私は結構好きだ。
「茜君はハンバーグ、デミグラス派? トマトソース派? それとも煮込み派?」
「え……煮込みなんてあるのか?」
「あるよー。それなら今度は煮込みハンバーグにチャレンジしよっかな」
「へえ、じゃあ楽しみにしてる」
「卵焼きは甘い派? しょっぱい派?」
「甘い方、かな」
「目玉焼きは? 醤油派? ソース派?」
「醤油」
「ゆで卵は、塩派? マヨネーズ派?」
「塩……っていうか、卵ばっかりだな」
「ふふっ、確かに」
「別に俺の好みなんて合わせなくていいんだぞ。波瑠の食べたい方を俺も食べるし」
まあ、茜君はそう言ってくれるような気がしてたよ。
「そんなに深い意味はないんだけど、ちょっと気になったから聞いてみたの。私達ってまだ出会って一年も経ってないんだよ? その間にいろんなことがあり過ぎて、そんな感じもしないけど。だからもっと茜君のいろんなこと知りたいなって」
初めの頃は本当の名前すら知らなかった。それから段々会話を重ねて、名前を、痛みを、優しさを知った。でももっともっと知りたいって欲張りになる。
横向きになって茜君の腕をぎゅっと抱きしめると、その体が強張るのが分かった。
君がどうしたら喜んでくれるのか。どうしたら私にドキドキしてくれるのか。どうしたら不幸な夢を見る怖さから解放してあげられるのか。
ねえ、教えてよ。私は上手くできてる?
「今朝、茜君が『凍った地面に気を付けて』って言ってたから、滑り止めのついたブーツを買ったよ。でも買いに行く道中で転んじゃった」
「あ、ああ……それは、大変だったな……」
「これでもうきっと転んだりしないよ。また不幸が一つ減ったね」
茜君は毎朝、夢に見た私の不幸を教えてくれる。それは私がそう望んだからだ。
夢の内容を聞いても、その不幸は避けられたり、避けられなかったり。茜君が夢を見た次の日に必ず起こる訳でもないから、忘れた頃に起こったりもする。
ここ最近の夢は、凍った道で転ぶ夢、タンスの角に小指をぶつける夢、間違えて歯磨きを二回しちゃう夢。茜君の様子を見るに、自転車にひかれる夢みたいな大きな不幸はまだ見ていないみたい。
不幸とは、幸福でないこと、ふしあわせ。それなら私から不幸が無くなったら、茜君はどんな夢を見るんだろう。
転ばないように滑り止めのついたブーツを買った。通勤ラッシュの事故や事件を避けるためにその時間の電車に乗らないようになった。他にも思いつく限りのことは何でもやった。きっとそれを全部話したら、君は気に病みそうだからこれから先も言うつもりはないし、それを「辛い」なんて思ったことは一度もない。全ては君がこれから先、私の夢で苦しまないように私が勝手にやっていることだ。
手術の日に渡した手紙に書いたことは、別に手術で死んでしまう事だけを思っていた訳じゃない。私の命が尽きるのが数年後でも、数十年後でもずっと変わらない。私の最期を夢に見て君が怖い思いをしないように。最期のその瞬間まで、君に幸せを残せる私でありたい。
「ねえ、茜君」
「なんだよ」
この部屋に引っ越してきたその日の夜、君はずっと暗い顔をしていた。
『どうしたの?』
『本当に一緒に寝るのか?』
不安そうに私を窺う表情。私は笑顔を見せた。
『もちろん。今日からは毎日一緒に寝るんだよ』
『やっぱり、嫌じゃないのか? その、俺と同じ部屋で寝るのは……』
『それは茜君だからってこと? それとも夢を見るからってこと?』
私の言葉に茜君は言葉を詰まらせた。
『……それは、どっちも』
『分かった。最初の方については私が茜君のことを大好きだから何も問題ないよ。好きな人と一緒に寝られるなんて、女の子の憧れなんじゃない? それでもう一つの方も問題ないよ。だって今までも茜君は私の夢を見てくれてたでしょ?』
手術の日のデートの支払いだと言って強引に約束を取り付けた。その約束を茜君はちゃんと守ってくれた。そして毎晩私の夢を見てほしいと言ったことも、律儀に叶えてくれていることだって知っている。
『でも、それは俺が一人で夢を見ていただけで、こんな風に隣で不幸を見られるなんて……』
『大丈夫だって』
茜君の両手を握る。自分のことになると君は随分臆病みたいだ。私もそうだったからよく分かるよ。
『私、茜君に見られて困ることなんてないし、前にも言った通り、茜君が不幸を呼び寄せてるわけじゃないもん。でも、さすがにちょっと気になるから翌朝、見た夢を教えてくれないかな?』
『自分の不幸を聞きたいって……波瑠は変わってるよな』
そう言って困ったように私を見た。でも、さっきみたいに不安で暗い表情じゃない。
『ふふっ、いいじゃんいいじゃん。どんな夢が聞けるのか毎朝面白そうだよ』
いつか私のドジくらいしか夢に見なくなって、私が「ニュースの星座占いみたいだね」って言ったら、君は「そうだな」って笑ってくれるといい。
「今日も私のことを想って眠りについてね」
世界はそれぞれの事情を抱えながらも、まるで何事もないかのように進んでいる。近所の高木さんも、お隣の山野さんも、今日すれ違っただけの人も。そして、私達も。
君のその夢は私が一生一緒に向き合っていくから心配しないで。君が私の病気に向き合ってくれたみたいに。手術の日の朝に二人で話した「やりたいこと」は引っ越しの準備や新生活でまだできていないけど、そう遠くない未来に実現するって信じてる。一緒ならこの先どんなことがあってもきっと明るく乗り越えていけるよ。他のどんなカップルや夫婦にも負けないくらい、最高に幸せに満ちた二人になろう。
今夜も君が穏やかな不幸を見られますように。
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