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夏の夢
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たい焼きを食べ終えて、俺達は再び歩き始めた。
「……でね、待ち合わせ場所に着くまでに3匹も猫を見かけたんだよ。みんな可愛かったなぁ」
「そうか……」
隣を歩く波瑠が気になって話が頭に入ってこない。波瑠と手を繋ぎたい。その綺麗な髪に触れたい。小さな体を抱きしめたい。波瑠との距離はほんの少しだけで、ちょっと手を伸ばせば柔らかいその手に触れることが出来るほどだ。でもそんなことが出来る関係なはずもなく、このじれったい気持ちが胸を焼く。俺はこんなにも欲深い人間だったのか。
前に波瑠が言っていた「好きな人」は彼氏じゃないんだよな……? 彼氏がいるなら俺と二人で会ったりしないだろ。そいつともこんな風に二人で会ったりしてるのか……
「ねえ、茜君聞いてる?」
突然目の前に波瑠の顔がグイっと現れて、思わず反応が出来なくなった。透き通った瞳が俺を映していて、一気に顔が熱くなる。
「ごめん、聞いてなかった……」
「しょうがないなぁ。また突き当りになったから、右と左、どっちに進むかじゃんけんしようよ」
「そうだな……」
手を出したその時、スマホの着信音が鳴った。
「ごめん、ちょっと出てくるね」
そう言って俺に背を向けると、少し離れたところまで走って行った。振り向きざまに見えた波瑠の表情が少し暗くなっていたことが引っ掛かった。
『もしもし……うん、元気だよ……』
聞き耳を立てているつもりはないが、波瑠の声が聞こえてしまう。
『分かった、明日の十五時ね。……うん、私も会うの楽しみにしてる。またね』
「会うのを楽しみにしてる」って……声の調子も明るい。さっき暗く見えたのは気のせいだったんだろう。もしかして電話の相手はその「好きな人」なんじゃないか?
「ごめん、お待たせ」
「今の電話って、前に言ってた好きな奴からか?」
考えるよりも先に口から出ていた。
俺の言葉に波瑠は苦しいのを隠すみたいに笑った。
「好きな人がいるなんて本当は嘘なの。つい見栄を張っちゃった」
この言葉が嘘だなんて俺にも分かる。でもそんなことをさせたのは俺のせいだ。
どうしてそんな嘘を吐いたのか、なんて聞けない。ここからどう取り繕っても波瑠を傷つける気がした。俺は取り返しのつかないことをしてしまったのかもしれない。
「このあと用事があったのを思い出したの。今日はここでお開きにしよっか」
「分かった。また連絡する」
いくら強引に別れを切り出されたって、引き留めることは出来ない。でもせめてそれだけは言いたかった。
「うん、バイバイ」
波瑠は「また」とは言ってくれなかった。
その翌々日、思い切って波瑠に電話をかけた。出てくれなかったらどうしようかと思ったけど、波瑠は電話に出てくれた。
『この前はごめんね……』
波瑠は開口一番にそう言った。
『いや、俺の方こそ無神経なこと言ってごめん。もう聞かないから』
『ううん、私の方こそ……』
重たい空気が電話越しに流れる。ただでさえ顔が見えないのに、こんな調子じゃダメだろ。せめて、波瑠を明るい気分にしてやりたい。
『そう言えば、今朝テレビのCMで猫の特番やるって言ってたな。そういうのは興味ないか?』
『え、本当!?』
波瑠のテンションが急上昇して、ホッと胸を撫でおろす。
『明日の夜8時からって言ってたかな』
『ありがとう! 絶対観るよ!』
よかった、いつもの明るい波瑠だ。今なら聞きたかったことも聞けるかもしれない。
『なあ、次はいつ会える?』
思い切って口にした。たったそれを聞くだけで心臓がバクバクと鳴る。こんなに緊張しているのが電話越しにばれないといい。
波瑠はすぐに返事をしなかった。これは予定を考えてくれているのか、それとも断る口実を探しているのか……
『ごめん、これからはちょっと忙しくて。しばらく会えそうにないんだ』
その返答にショックで膝をつきそうになる。申し訳なさそうな声色がせめての救いだった。
しかし、次の電話も、その次も、波瑠は次の会う予定の話をしなかった。段々と電話の頻度も少なくなっていって、ついに「縁を切られたんだ」と悟った。最後に会った日から2ヶ月近くが経っていた。
あの日、やっぱり不用意に足を踏み入れるんじゃなかった。波瑠に近づこうとすると、ぐっと距離が離れる。傷つけたい訳じゃ決してないのに上手く行かない。それは俺が今までいい加減な人づきあいをしてきたツケなんだろうか。
定期検診の後、あの歩道橋を通りがかった。橋から真下を見下ろすと、日差しを照り返しながら忙しなく車が行き交っている。初めて会った時もその次も、ここにいたら波留に後ろから声をかけられたんだ。
その時、パタパタと走る足音が聞こえた。足音はこっちへ近づいてくる。
心臓がドクンと跳ねて、俺は慌てて後ろを振り返った。そこには、小さな子どもたちが無邪気に走って行く姿が見えた。
「帰ろ……」
都合のいい想像に虚しさが胸を染めて、重い足取りで家へ向かった。
味がしなくても食べなくては腹が減るし、仕事を逃げ出すこともできない。波瑠を失った日々は、希望も何もないただ生かされているだけの毎日に逆戻りした。
そんな風だから、「今日会える?」と朝一で電話が来た時、叫び出したくなるほど嬉しかった。
「……でね、待ち合わせ場所に着くまでに3匹も猫を見かけたんだよ。みんな可愛かったなぁ」
「そうか……」
隣を歩く波瑠が気になって話が頭に入ってこない。波瑠と手を繋ぎたい。その綺麗な髪に触れたい。小さな体を抱きしめたい。波瑠との距離はほんの少しだけで、ちょっと手を伸ばせば柔らかいその手に触れることが出来るほどだ。でもそんなことが出来る関係なはずもなく、このじれったい気持ちが胸を焼く。俺はこんなにも欲深い人間だったのか。
前に波瑠が言っていた「好きな人」は彼氏じゃないんだよな……? 彼氏がいるなら俺と二人で会ったりしないだろ。そいつともこんな風に二人で会ったりしてるのか……
「ねえ、茜君聞いてる?」
突然目の前に波瑠の顔がグイっと現れて、思わず反応が出来なくなった。透き通った瞳が俺を映していて、一気に顔が熱くなる。
「ごめん、聞いてなかった……」
「しょうがないなぁ。また突き当りになったから、右と左、どっちに進むかじゃんけんしようよ」
「そうだな……」
手を出したその時、スマホの着信音が鳴った。
「ごめん、ちょっと出てくるね」
そう言って俺に背を向けると、少し離れたところまで走って行った。振り向きざまに見えた波瑠の表情が少し暗くなっていたことが引っ掛かった。
『もしもし……うん、元気だよ……』
聞き耳を立てているつもりはないが、波瑠の声が聞こえてしまう。
『分かった、明日の十五時ね。……うん、私も会うの楽しみにしてる。またね』
「会うのを楽しみにしてる」って……声の調子も明るい。さっき暗く見えたのは気のせいだったんだろう。もしかして電話の相手はその「好きな人」なんじゃないか?
「ごめん、お待たせ」
「今の電話って、前に言ってた好きな奴からか?」
考えるよりも先に口から出ていた。
俺の言葉に波瑠は苦しいのを隠すみたいに笑った。
「好きな人がいるなんて本当は嘘なの。つい見栄を張っちゃった」
この言葉が嘘だなんて俺にも分かる。でもそんなことをさせたのは俺のせいだ。
どうしてそんな嘘を吐いたのか、なんて聞けない。ここからどう取り繕っても波瑠を傷つける気がした。俺は取り返しのつかないことをしてしまったのかもしれない。
「このあと用事があったのを思い出したの。今日はここでお開きにしよっか」
「分かった。また連絡する」
いくら強引に別れを切り出されたって、引き留めることは出来ない。でもせめてそれだけは言いたかった。
「うん、バイバイ」
波瑠は「また」とは言ってくれなかった。
その翌々日、思い切って波瑠に電話をかけた。出てくれなかったらどうしようかと思ったけど、波瑠は電話に出てくれた。
『この前はごめんね……』
波瑠は開口一番にそう言った。
『いや、俺の方こそ無神経なこと言ってごめん。もう聞かないから』
『ううん、私の方こそ……』
重たい空気が電話越しに流れる。ただでさえ顔が見えないのに、こんな調子じゃダメだろ。せめて、波瑠を明るい気分にしてやりたい。
『そう言えば、今朝テレビのCMで猫の特番やるって言ってたな。そういうのは興味ないか?』
『え、本当!?』
波瑠のテンションが急上昇して、ホッと胸を撫でおろす。
『明日の夜8時からって言ってたかな』
『ありがとう! 絶対観るよ!』
よかった、いつもの明るい波瑠だ。今なら聞きたかったことも聞けるかもしれない。
『なあ、次はいつ会える?』
思い切って口にした。たったそれを聞くだけで心臓がバクバクと鳴る。こんなに緊張しているのが電話越しにばれないといい。
波瑠はすぐに返事をしなかった。これは予定を考えてくれているのか、それとも断る口実を探しているのか……
『ごめん、これからはちょっと忙しくて。しばらく会えそうにないんだ』
その返答にショックで膝をつきそうになる。申し訳なさそうな声色がせめての救いだった。
しかし、次の電話も、その次も、波瑠は次の会う予定の話をしなかった。段々と電話の頻度も少なくなっていって、ついに「縁を切られたんだ」と悟った。最後に会った日から2ヶ月近くが経っていた。
あの日、やっぱり不用意に足を踏み入れるんじゃなかった。波瑠に近づこうとすると、ぐっと距離が離れる。傷つけたい訳じゃ決してないのに上手く行かない。それは俺が今までいい加減な人づきあいをしてきたツケなんだろうか。
定期検診の後、あの歩道橋を通りがかった。橋から真下を見下ろすと、日差しを照り返しながら忙しなく車が行き交っている。初めて会った時もその次も、ここにいたら波留に後ろから声をかけられたんだ。
その時、パタパタと走る足音が聞こえた。足音はこっちへ近づいてくる。
心臓がドクンと跳ねて、俺は慌てて後ろを振り返った。そこには、小さな子どもたちが無邪気に走って行く姿が見えた。
「帰ろ……」
都合のいい想像に虚しさが胸を染めて、重い足取りで家へ向かった。
味がしなくても食べなくては腹が減るし、仕事を逃げ出すこともできない。波瑠を失った日々は、希望も何もないただ生かされているだけの毎日に逆戻りした。
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