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春の夢
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ホテルから出ると、昨日と同じ場所に黒塗りの車が止まっていた。後ろの席に乗り込む。
「ご苦労だったな」
車は朝の街をゆっくりと走りだした。
「今回の客はどうだったんだ? 常連になりそうか?」
「……もう、この仕事辞めたい」
自然と言葉がこぼれた。
「お前、この仕事辞めてどうやって稼いで生きていくつもりだ?」
運転席から苛立ったような声が飛んでくる。ああ、まただ。
「何度も言ってるけど、まともな学歴も才能もないお前に誰が金を払う? 俺はお前を養ってやるようなお人よしじゃねえぞ。この仕事を続けていれば一生金に困ることはない。何度も言わせるな」
俺が辞めたいというたびに、「お前にはこの仕事しかないんだ」と否定される。自分でも分かっている。中学も高校も行っていないのにまともな仕事に就けるはずがない。それでも、あんな下衆から稼いだ金で生きている俺は、あいつよりもっと下衆じゃないのか?
しばらくすると、ボロい一軒家の前で車が止まった。
「次の依頼は来週の金曜日だ。また迎えに来る」
返事はせずに、車を降りた。
俺が圭に引き取られたのは、四年前の母親の葬式の時だった。
両親は一年前に離婚。母親が死んだ今、目の前では俺を誰が引き取るかという話し合いがされていた。
『あんたのところは子供がいないんだからいいじゃないの』
『馬鹿言わないでよ。毎日自分の不幸を聞かされるなんて、堪えられたもんじゃないわよ』
『菊子の死因は事故ってことになってるけど、本当は自分からホームに飛び込んだんじゃないか? ここ最近は様子がおかしかったし、それもあの子の影響なら納得できる』
『こっちまで不幸にされたらたまったもんじゃないな』
離婚してから母は狂ってしまった。手を上げられはしないが、俺を恐れ、忌み嫌っていた。
離婚を決定づけたのは俺の夢が原因だった。二人きりで暮らすのは初め苦痛だったが、最後の方はほとんど空気みたいだった。
だからもう母親に愛情はなかった。家に親戚だという大人がやってきて母親が死んだと聞かされた時も、悲しいとは思わなかった。
ここにいる大人たちは俺の存在が邪魔らしい。もう何も感じなかった。
その時、葬式場の扉が勢いよく開いた。一斉に音の方を振り向く。
『不幸の夢を見るっていうガキはどこだ?』
ぼさぼさの髪に無精ひげ、Tシャツ姿の男は、明らかにこの場に不釣り合いだった。
『圭! お前が何でここにいるんだよ!』
そう言って親戚の男は胸ぐらを掴んだ。
『昔に縁を切った弟が来たからって、そうカッカするなよ兄さん。俺はあんた達に用がある訳じゃないんだからさ』
『……チッ』
そう言って手を離した。
解放されたその男はゆっくりとあたりを見回す。そして、俺と目が合った。
『どうせ誰が引き取るかって揉めてたんだろ? それなら俺がもらって行ってもいいよな』
『おい、勝手に決めるんじゃ……』
『じゃあ、あんた達が引き取るのか?』
その言葉に辺りは静まり返った。男は俺に目を向ける。
『おい。こんなクソみたいな場所、さっさと帰るぞ』
そう言って足早に去っていく。その背中を追いかけた。
それから俺は圭と暮らすことになった。圭の家がある都心の街に引っ越す朝、俺はその身一つで圭の車に乗りこんだ。十年以上暮らした家を離れることに何の未練もなかった。
圭は俺の父親ではなかった。自分の子供として愛されていると思ったことはないし、手料理を作ってくれたこともなかった。でも、俺のことを恐れたり、気持ち悪がったりしない圭との暮らしはそんなに悪くなかった。
学校へは行かなかったけど、部屋にあったテレビや本からある程度の知識はつけることが出来た。だから、圭が電話で話している内容や夢で見る圭の不幸から「まっとうな仕事をしている人間ではない」と分かった。でもそんなことは俺には関係なかった。
「ご苦労だったな」
車は朝の街をゆっくりと走りだした。
「今回の客はどうだったんだ? 常連になりそうか?」
「……もう、この仕事辞めたい」
自然と言葉がこぼれた。
「お前、この仕事辞めてどうやって稼いで生きていくつもりだ?」
運転席から苛立ったような声が飛んでくる。ああ、まただ。
「何度も言ってるけど、まともな学歴も才能もないお前に誰が金を払う? 俺はお前を養ってやるようなお人よしじゃねえぞ。この仕事を続けていれば一生金に困ることはない。何度も言わせるな」
俺が辞めたいというたびに、「お前にはこの仕事しかないんだ」と否定される。自分でも分かっている。中学も高校も行っていないのにまともな仕事に就けるはずがない。それでも、あんな下衆から稼いだ金で生きている俺は、あいつよりもっと下衆じゃないのか?
しばらくすると、ボロい一軒家の前で車が止まった。
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返事はせずに、車を降りた。
俺が圭に引き取られたのは、四年前の母親の葬式の時だった。
両親は一年前に離婚。母親が死んだ今、目の前では俺を誰が引き取るかという話し合いがされていた。
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『馬鹿言わないでよ。毎日自分の不幸を聞かされるなんて、堪えられたもんじゃないわよ』
『菊子の死因は事故ってことになってるけど、本当は自分からホームに飛び込んだんじゃないか? ここ最近は様子がおかしかったし、それもあの子の影響なら納得できる』
『こっちまで不幸にされたらたまったもんじゃないな』
離婚してから母は狂ってしまった。手を上げられはしないが、俺を恐れ、忌み嫌っていた。
離婚を決定づけたのは俺の夢が原因だった。二人きりで暮らすのは初め苦痛だったが、最後の方はほとんど空気みたいだった。
だからもう母親に愛情はなかった。家に親戚だという大人がやってきて母親が死んだと聞かされた時も、悲しいとは思わなかった。
ここにいる大人たちは俺の存在が邪魔らしい。もう何も感じなかった。
その時、葬式場の扉が勢いよく開いた。一斉に音の方を振り向く。
『不幸の夢を見るっていうガキはどこだ?』
ぼさぼさの髪に無精ひげ、Tシャツ姿の男は、明らかにこの場に不釣り合いだった。
『圭! お前が何でここにいるんだよ!』
そう言って親戚の男は胸ぐらを掴んだ。
『昔に縁を切った弟が来たからって、そうカッカするなよ兄さん。俺はあんた達に用がある訳じゃないんだからさ』
『……チッ』
そう言って手を離した。
解放されたその男はゆっくりとあたりを見回す。そして、俺と目が合った。
『どうせ誰が引き取るかって揉めてたんだろ? それなら俺がもらって行ってもいいよな』
『おい、勝手に決めるんじゃ……』
『じゃあ、あんた達が引き取るのか?』
その言葉に辺りは静まり返った。男は俺に目を向ける。
『おい。こんなクソみたいな場所、さっさと帰るぞ』
そう言って足早に去っていく。その背中を追いかけた。
それから俺は圭と暮らすことになった。圭の家がある都心の街に引っ越す朝、俺はその身一つで圭の車に乗りこんだ。十年以上暮らした家を離れることに何の未練もなかった。
圭は俺の父親ではなかった。自分の子供として愛されていると思ったことはないし、手料理を作ってくれたこともなかった。でも、俺のことを恐れたり、気持ち悪がったりしない圭との暮らしはそんなに悪くなかった。
学校へは行かなかったけど、部屋にあったテレビや本からある程度の知識はつけることが出来た。だから、圭が電話で話している内容や夢で見る圭の不幸から「まっとうな仕事をしている人間ではない」と分かった。でもそんなことは俺には関係なかった。
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