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春の夢
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歩道橋から真下を見下ろしたら、死にたいと思った。
俺の歪んだこの人生を終わりにしたかった。
春の温かい日差しは自分の汚さを思い知らされているみたいで最高に惨めな気持ちだ。この17年の人生で自分の運命を呪ったことは数えきれない。
歩道橋から真下を見下ろすと、忙しなく車が行き交っている。あっけなく死なせてくれるだろうか。
手すりに足をかけ、身を乗り出す――
「死ぬの?」
急に声をかけられ、思わず動きを止めた。後ろを振り向くと、水色のワンピースを着た同い年くらいの女子がじっとこっちを見ていた。
「……ああ。だからあっちに行ってくれ。人が死ぬところなんて見たくないだろ」
大体飛び降りようとしてるって分かってるのに、死ぬのかなんて普通聞かないだろ。かといって飛び降りるのを止めようとする感じもない。一体何がしたいんだ。
「いろんなことを経験しないまま死ぬの?」
「もう放っといてくれ」
「ねえ、君は誰かとデートしたことある?」
「は?」
思いがけない言葉に一瞬思考が止まった。
「その反応だとないんでしょ。いいよ。私、君とデートしてあげる」
そう言って彼女は微笑む。その態度にカチンときた。
俺が……今までどんな思いをしてきたか……この女に何が分かる。
「どうせ死ぬわけないって馬鹿にしてるんだろ! 俺のことなんて何も知らないくせに!」
「うん、なんにも知らない。だからいいんじゃん」
そう言って俺の腕を掴んだ。
「お互いの事情なんてなにも知らずに、デートだけ楽しもうよ。死ぬのなんてその後でもいいんだからさ」
一体、何を言っているんだ。
「あんた、頭おかしいんじゃないか?」
「……うん、そうかも。ほら、行こうよ!」
変な言動に飛び降りる気も失せてしまった。俺は仕方なく彼女に引きずられて歩き出した。
「デートって言ったら何かな。遊園地で観覧車? それとも湖でスワンボート?」
国道沿いの並木道を歩きながら、隣の彼女を横目で窺う。茶色みがかった長い髪、色素の薄い綺麗な瞳、ワンピースからのぞく白い手足。一般的に見て彼女は美人な部類なんだろう。
だけど、見知らぬ男と二人だというのに妙にハイテンションだったり、逃げ出さないようにか俺の腕をがっちりと掴んでいるところを見るとやっぱり普通ではない。
「ねえ、君はどう思う?」
「何が目的? 金か?」
知らない男を捕まえて連れまわす理由なんて、後で「デート代だ」とか言って金を請求するくらいしか思いつかない。
「もう! 目的とかそんなんじゃないよ」
そう言って頬を膨らませた。
「あえて言うならこのデート自体が目的、みたいな。私は今こうやって君と並んで歩いてるだけで楽しいよ。これから何が起こるんだろうって考えてワクワクするし!」
金のためにここまで嘘をつけるのなら大したものだ。
まあ別に金をとられても痛くはない。飛び降りようとする男にデートを吹っ掛けるくらいだ、金よりも彼女を振り切ることの方がよっぽど大変そうだ。
「別に何もする気はないから。腕を掴まれてるから仕方なくついて歩いてるだけ」
「えー? 遊園地は? スワンボートは?」
「意味が分からない」
「じゃあ、駅ビルでウィンドウショッピングとか……」
「やめてくれ!」
俺の声に隣を歩く肩がビクンと跳ねた。その様子を見て少しだけ胸が痛んだ。
「……悪い。人混みは無理なんだ」
他人が多ければ多いほど自分をコントロールするのは難しくなる。苦しい思いはしたくない。ただでさえ今日はこんなにおかしな奴と話してしまっているのに。
「私こそごめんね。そうだ、私達のルールを決めようか。お互いの事情は詮索しない。なにか他にある?」
驚かせたのは少し悪いと思っているけど、俺に譲歩しようとしているなら都合がいい。
「この腕の拘束を解いてほしい」
「放したら君、逃げちゃうでしょ」
「歩きにくいから言ってるんだけど、この条件が飲めないなら俺は君をなぎ倒してでも逃げる」
本当はすれ違う人の視線が痛くて限界だった。なんでこんな美人がこんな冴えない男とってじろじろ見られるのもそうだし、妬ましそうに睨んでくる男は何なら替わってやりたいくらいだ。
「分かった。じゃあ、ルール追加。私が満足したって言うまで帰らないこと」
「はぁ!?」
一体いつまで連れまわすつもりだよ!?
「それが条件。ルールはちゃんと守ってよね」
そう言ってパッと手を離した。
「君は……ってせっかくのデートなんだから君って言うのも味気ないね。本当の名前じゃなくていいから呼び方を決めてよ」
呼び方……本名は嫌いだからそれは助かるけど。周りを見渡すと「冷凍食品専門店」と書かれた看板が目に入った。
「じゃあ、レイ」
「冷凍食品のレイ君ね、了解。それなら私のことはハルって呼んで」
今の季節が春だからハルってことか。これくらい適当な方が気兼ねなくていい。
俺の歪んだこの人生を終わりにしたかった。
春の温かい日差しは自分の汚さを思い知らされているみたいで最高に惨めな気持ちだ。この17年の人生で自分の運命を呪ったことは数えきれない。
歩道橋から真下を見下ろすと、忙しなく車が行き交っている。あっけなく死なせてくれるだろうか。
手すりに足をかけ、身を乗り出す――
「死ぬの?」
急に声をかけられ、思わず動きを止めた。後ろを振り向くと、水色のワンピースを着た同い年くらいの女子がじっとこっちを見ていた。
「……ああ。だからあっちに行ってくれ。人が死ぬところなんて見たくないだろ」
大体飛び降りようとしてるって分かってるのに、死ぬのかなんて普通聞かないだろ。かといって飛び降りるのを止めようとする感じもない。一体何がしたいんだ。
「いろんなことを経験しないまま死ぬの?」
「もう放っといてくれ」
「ねえ、君は誰かとデートしたことある?」
「は?」
思いがけない言葉に一瞬思考が止まった。
「その反応だとないんでしょ。いいよ。私、君とデートしてあげる」
そう言って彼女は微笑む。その態度にカチンときた。
俺が……今までどんな思いをしてきたか……この女に何が分かる。
「どうせ死ぬわけないって馬鹿にしてるんだろ! 俺のことなんて何も知らないくせに!」
「うん、なんにも知らない。だからいいんじゃん」
そう言って俺の腕を掴んだ。
「お互いの事情なんてなにも知らずに、デートだけ楽しもうよ。死ぬのなんてその後でもいいんだからさ」
一体、何を言っているんだ。
「あんた、頭おかしいんじゃないか?」
「……うん、そうかも。ほら、行こうよ!」
変な言動に飛び降りる気も失せてしまった。俺は仕方なく彼女に引きずられて歩き出した。
「デートって言ったら何かな。遊園地で観覧車? それとも湖でスワンボート?」
国道沿いの並木道を歩きながら、隣の彼女を横目で窺う。茶色みがかった長い髪、色素の薄い綺麗な瞳、ワンピースからのぞく白い手足。一般的に見て彼女は美人な部類なんだろう。
だけど、見知らぬ男と二人だというのに妙にハイテンションだったり、逃げ出さないようにか俺の腕をがっちりと掴んでいるところを見るとやっぱり普通ではない。
「ねえ、君はどう思う?」
「何が目的? 金か?」
知らない男を捕まえて連れまわす理由なんて、後で「デート代だ」とか言って金を請求するくらいしか思いつかない。
「もう! 目的とかそんなんじゃないよ」
そう言って頬を膨らませた。
「あえて言うならこのデート自体が目的、みたいな。私は今こうやって君と並んで歩いてるだけで楽しいよ。これから何が起こるんだろうって考えてワクワクするし!」
金のためにここまで嘘をつけるのなら大したものだ。
まあ別に金をとられても痛くはない。飛び降りようとする男にデートを吹っ掛けるくらいだ、金よりも彼女を振り切ることの方がよっぽど大変そうだ。
「別に何もする気はないから。腕を掴まれてるから仕方なくついて歩いてるだけ」
「えー? 遊園地は? スワンボートは?」
「意味が分からない」
「じゃあ、駅ビルでウィンドウショッピングとか……」
「やめてくれ!」
俺の声に隣を歩く肩がビクンと跳ねた。その様子を見て少しだけ胸が痛んだ。
「……悪い。人混みは無理なんだ」
他人が多ければ多いほど自分をコントロールするのは難しくなる。苦しい思いはしたくない。ただでさえ今日はこんなにおかしな奴と話してしまっているのに。
「私こそごめんね。そうだ、私達のルールを決めようか。お互いの事情は詮索しない。なにか他にある?」
驚かせたのは少し悪いと思っているけど、俺に譲歩しようとしているなら都合がいい。
「この腕の拘束を解いてほしい」
「放したら君、逃げちゃうでしょ」
「歩きにくいから言ってるんだけど、この条件が飲めないなら俺は君をなぎ倒してでも逃げる」
本当はすれ違う人の視線が痛くて限界だった。なんでこんな美人がこんな冴えない男とってじろじろ見られるのもそうだし、妬ましそうに睨んでくる男は何なら替わってやりたいくらいだ。
「分かった。じゃあ、ルール追加。私が満足したって言うまで帰らないこと」
「はぁ!?」
一体いつまで連れまわすつもりだよ!?
「それが条件。ルールはちゃんと守ってよね」
そう言ってパッと手を離した。
「君は……ってせっかくのデートなんだから君って言うのも味気ないね。本当の名前じゃなくていいから呼び方を決めてよ」
呼び方……本名は嫌いだからそれは助かるけど。周りを見渡すと「冷凍食品専門店」と書かれた看板が目に入った。
「じゃあ、レイ」
「冷凍食品のレイ君ね、了解。それなら私のことはハルって呼んで」
今の季節が春だからハルってことか。これくらい適当な方が気兼ねなくていい。
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