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私を信じて

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 教室じゃないなら、思いつくのはもう一か所しかない。早足で第二図書室へ向かった。
「エマ!」
 廊下の角を曲がると、向こうからミーシャが走ってきた。
「国を出るって聞いたよ。事情は……訊かないほうがよさそうかな」
「うん。そうしてもらえると助かる」
 ミーシャは私が手にしたバッグに視線を落とした。
「今から国を出るつもり?」
「うん、そうだよ」
「……もしかして、偶然会わなかったら僕には何も言わずに出て行くつもりだった?」
「いや、そんなことはないよ? リアナの次の次の次の次くらいには会いに行くつもりだったよ?」
「優先順位低いな!? はぁ……会うつもりがあったなら別にいいけどさ」
 ミーシャはやれやれというような表情を見せた。
 本当は嘘だ。リアナと話せたら、次はミーシャを探しに行くつもりだった。そんなことは恥ずかしいから言ってやらないけど。
「ほら、旅立つ私に何か気の利いた言葉はないの?」
「そうだなぁ……エマがこれからどんな人生を歩んでいくのか僕には見当もつかないけど、もし辛いことがあったら空を見上げてみてよ。空は世界中ずっと繋がっている。エマは一人じゃないって、この国で出会った仲間のことを思い出してくれたら嬉しいな。もちろん、僕に出来ることなら何でも言ってくれれば力になるよ。これじゃあ、気の利いた言葉にはなってない気がするけど」
「十分だよ。……それに、今までもありがとう」
 思えばミーシャには色々と話を聞いてもらった。最後くらい感謝の言葉でも言わないとバチが当たりそうだ。
「エマが素直だと変な感じがするね」
 そう言って笑うから、決まりが悪くて顔を背けた。
「そんな失礼なことを言われるなら、感謝なんてするもんじゃなかった」
「からかってごめんね。つい嬉しくて」
「……あ、そう」
「そうだ、リアナとはちゃんと話せたの?」
「いや、実はまだ……って、あれ、なんでリアナって呼んで……?」
 ミーシャはリアナのことを「女神様」って呼んでいたはずだ。私の言葉にミーシャは照れたように笑った。
「実は最近やっと気が付いたんだ。リアナは女神様なんかじゃなくて、可愛い普通の女の子だって」
 リアナのことを「女神様」と言って崇めるところだけはどうしようもなく残念な奴だと思っていたけど、これはどういう心境の変化だろう?
「別に悪い意味じゃないよ。前はリアナのことを何も知らなくて、勝手に自分の女神様に仕立て上げていたんだ。でも実際のリアナと関わるようになって、思っていた人物像とは違うところもあったけど友達想いなところなんかを知って、もっと素敵だって思ったよ。女神様なんて別世界の存在じゃなくて、もっと身近な、友達……っていうのはちょっとおこがましいかもしれないけど、学園の先輩後輩でありたいなって思えたんだ」
「そっか。ミーシャが残念なイケメンを脱却できたなら、私は安心して国を出られるよ」
「ちょっと! それじゃあまるで、僕が今まで残念な奴だったみたいな……エマ、聞いてる!?」
「はいはい、聞いてるよ……ふふっ」
 私達は顔を見合わせて笑った。
「そうだ、ミーシャ。リアナ見てない?」
 私の言葉にミーシャは不思議そうな顔をした。
「見てない、っていうか後ろにいるけど……」
「え……?」
 後ろを振り向くと、十数mくらい離れた柱の陰からこちらを覗いているリアナと目が合った。慌てたように柱の陰に頭を隠す。
「リアナ!」
 柱のところまで走って行くと、リアナはバツが悪そうな表情をしていた。
「……ここには偶然いただけ。私は教室に戻るから」
 そう言って私に背を向けて歩き出そうとする。その腕を掴んだ。
「お願い。私の話を聞いてほしいの」
「もう聞きたくない……私のいないエマの未来の話なんて」
 リアナは悲しそうに目を伏せた。
「私のことは嫌いなんでしょ? 放っておいてよ」
「たくさん辛い思いをさせてごめん。でもね、私はリアナのことがずっと大好きなの」
「なら……ならどうして!」
 そう言って苦しそうに私を見上げる。
「最後にもう一度だけ私のことを信じてくれないかな」
 そう言って、リアナの手に白っぽい杖を持たせた。
「この杖を持って明日の午後3時、『トランシス』って唱えてほしいの」
「え……?」
 私を見上げる瞳は、本当に信じていいのかと揺れ動いているみたいだった。
「大丈夫。待ってるから」
 私が腕を離すと、予鈴が鳴った。
 リアナは不安そうな表情のまま、教室へ走って行った。
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