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エピソード22. 泡の柱

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 もつれ合ったまま、僕とセレナは海の中を縦横無尽に進んでいく。僕たちの進んだ後には小さな気泡の螺旋が連なって、魚の群れが追いすがってきた。
 喜びと祝福の中を泳ぐ。嗚呼、海の中はなんて素晴らしいんだろう! 永遠に終わらない祝福が降り注ぎ、幸せが持続している!
"セレナ"
 僕が名前を呼ぶと、セレナは笑顔で振り返る。まるで島の幼い子供たちのような、純粋な笑みで。まるで花が咲いたみたいだ。
"巨いなる魚、待ってる"
 セレナは僕の手を取り、弧を描いた。僕たちは再び〈巨いなる魚〉の前にたどり着いた。
 〈巨いなる魚〉をじっと見つめる。皮膚は隆起して、深い皺が刻まれている。まるで長老みたいだ。老いている。長い時を生きている生き物。腰が曲がっているかは分からない。
 そもそも海の生き物の年齢を、僕たちはどうやって知ればいいんだろう? 人間は、陸の生き物は次第に重力に押し潰されていく。毛が白くなり、やがて抜けていく。
 海の生き物に毛はない。なら鱗が白くなるのだろうか? 鯨に鱗はない。なら皮膚? でも人間の皮膚は白くはならない。
 〈巨いなる魚〉に刻まれた皺を辿ると、やがて鰭に辿り着く。僕は生きている鯨よりも鯨の骨の方が見慣れている。家が鯨の骨でできているから。だから、鯨も僕たちみたいに指が分かれていると思っていた。
 鯨の鰭は他の魚と同じように曲線を描いている。なのに骨は僕たち人間と同じように、複数の指に分かれていた。だから僕たちの指も鰭になる可能性があるのかもしれない。
 僕は振り返ってセレナの手を見る。セレナの指は細く枝分かれしている。僕の手と変わらないように見える。だけどじっと見ていると、その動きがかなり鈍いのが見てとれる。
 ひょっとして、僕の指も鈍くなっている? 足が尾に変わったように、手も魚に近付いてしまっているのだろうか?
 そう思って手を握ったり開いたり、指を一本ずつ開いたりするけれど、水の抵抗を感じるくらいで、特に陸にいた頃と変わりがないように思えた。僕はほっとする。手を自由に使えることが、何故だかとても重要なことのように思えた。
"ヨナ"
 セレナに促され、顔を上げる。また〈心が海にあった〉みたいだ。だけど人魚の声は頭の中に直接響く。陸にいた時よりはよっぽど早く戻って来れる。
 僕は再び〈巨いなる魚〉に向き直った。〈巨いなる魚〉はゆっくりと進むと、体を横に向けた。僕に目を合わせるように。

"命の終わりは命の始め。
 深淵で古きお前は過ぎ去った。
  新しき時、新しき都をお前は生きる"

 〈巨いなる魚〉の声は、他の生き物と違って明瞭に言葉として聞き取れる。古き生き物、叡智ある鯨、〈巨いなる魚〉——まさしくその名に相応しい、気高き生き物。
 〈巨いなる魚〉はゆっくりと僕の周りを回遊し始めた。螺旋を描くように、僕の足元から徐々に海面を目指していく。
 〈巨いなる魚〉の吐いた泡が天へと昇っていく——それが本来は漁のために行われる仕草だと僕は——下から見上げると、青い海に白い花が咲いていくようだ。泡は〈巨いなる魚〉が泳ぐほどに数を増していく。
 泡の柱だ。紺碧の海に白い柱が建っていく。
 それは神話に語られた神殿を思い起こさせた。
 透き通る石の窓、白い石の柱の立つ神殿。
 この広い海の底、そのどこかにある新しき都。人魚の住まう海底都市。
 そこが僕の目指すべき場所なのだと分かった。
 僕が意図を理解したことを察して、〈巨いなる魚〉は僕の後ろを指し示した。
 そこにいたのはセレナ——そして無数の人魚たちからなる、大きな群れだった。
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