ヨナと人魚の住まう海底都市

荒野羊仔

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エピソード3. 出会い

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 朝日が昇る頃、僕と長老は海へと向かった。今日も釣りをするためだ。皆は一緒に行動する方が安心するみたいだけど、僕はどちらかと言うと近くに人がいると落ち着かない性質の人間だ。だから釣りをするのは好きだった。海流は毎日変わるから、釣れる場所、釣れない場所が出てくる。大抵の場合、長老と僕は島の反対側に向かうようにしている。仮に長老と一緒でも、釣竿同士が絡まないように少し離れているから、気分が楽だった。
 今日も人魚の歌声が聴こえる。陸にいる時にはその意味は伝わらないけれど、海に入ると感情までが伝わってくるようだった。陸と海では色々違うのだろうか。光の屈折率みたいに。光は水に入る時に方向が変わってしまうらしい。長老が説明してくれたけど、僕にはまだ分からなかった。いずれにせよ、陸には陸の、海には海の理があるらしかった。
 釣竿を垂らしながら、ふと、顔を上げる。
 昨日より、近くないか……?
 意識的に人魚の歌を聴くと、昨日は水平線の彼方から聴こえてきていた人魚の歌が、水平線と砂浜の間から聴こえてきている。そしてだんだんと近づいてきている。
 長老はよく「人魚が連れていく」と言うが、遠くで人魚らしきものが跳ねるのを見たことがあるくらいで、間近で人魚を目にしたことはないと言う。もちろん僕も見たことがない。人魚は海から突き出た岩壁に登ったりするものらしい。僕たちの島からはそういった突起物は一切見られない。
 昨日の人魚の歌は何かを探すような、誰かを呼んでいるような響きを持っていた。では、今日は? 考え出すと体がうずうずして止まらなくなって、僕は釣竿を放り出して、海へと駆け出した。未知の体験に期待を膨らませて、ドキドキしていたんだ。
 浅瀬に入ると、波が足をくすぐる。まだ日が照っていないから、水温が少し低い。両腕で震える体を押さえた。痺れるような感覚は、冷たさから来るものなのだろうか。それとも、人魚の声……? 足の裏からビリビリと痺れるような、小さな衝撃が断続的にやってくる。
 意識を集中させると、昨日と同じように、人魚の感情が伝わってくる。やっぱり、人魚の歌で海が震えているんだ。何か、こちらからアプローチできないだろうか。僕は浜辺で飛び跳ねる。足元でバシャバシャと水が跳ねるが、とても人魚の元に届きそうにない。
 昨日はどうして、照準が合った感じがしたんだろう? どうして、僕のことが分かったんだろう? 昨日は海に足を入れただけなのに。僕は一歩、また一歩と海へ向かって歩いた。これまで海には、足首より下しかつけたことがなかった。だんだんと陸に出ている部分の方が少なくなってきて、あまりの冷たさに飛び上がりそうになる。とうとう肩まで海に浸かって、波が口の中に入りそうになる。
 僕は両手を広げて、全身で叫んだ。
 “——僕はここにいるよ!“
 空気が突き抜けるような感覚がして、返事が返ってきた。
 “——見つけた!“
 言葉は分からない。でも、確かにそう言ったんだ。
 人魚は歌うのをやめて、ぐんと速度を上げて僕の方へ向かって泳いできた。ものすごい速さだった。釣った魚が逃げようとする時だって、こんなに早くない!
 僕の体は興奮で体温が上がっていって、海の冷たさなんて感じなくなっていた。
 “早く、早く!“
 待ち遠しくて、僕は祈るように繰り返した。
 人魚が連れていく? 何処へだっていい、連れていって! 例えそれが死をもたらしたとしても! 甘き死よ来れ!
 “待ってて、もうすぐ着くよ!”
 一瞬ののち、僕の腕の中に人魚が飛び込んできた。その勢いがあまりにもよく、僕は足を滑らせ転倒した。顔が水に浸かり、腰から下が浮き上がる感覚がした。瞬間、鼻から水が入り、喉の辺りで咽せ、不快感に足をバタつかせる。息継ぎをするために空の場所を確かめようと目を開けると、人魚と目が合った。
 こうして僕は、初めての海の中で、人魚と邂逅した。
 空を背にした彼女の瞳は、海のように深い色をしていた。
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