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9 僕のナポリタン
9 僕のナポリタン(3)
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ソファに横になってスマホを見ていたら、そのまま寝てしまった。
令子さんが夢の中に出てきたような気がする。
はっと目が覚めると、一時になっていた。
つけっぱなしのテレビを切ってシャワーを浴びにいく。
熱いお湯を浴びているうちに、頭がはっきりしてきた。
髪をドライヤーで乾かしながら、スマホをチェックする。
令子さんから返信が届いていた。
(夜は電話しにくいから、明日のお昼頃はどう?)
夜は家族と一緒だから電話しにくいのだ。
明日、というかもう今日だが、仕事は早番だ。
同僚に頼んでお昼に休みをもらおう。
(じゃあ明日のお昼頃、電話します。)
そう返信してから息を深く吐き出した。
いろいろ考えることが多すぎる。
お水を一杯飲んで体を冷やしてから、ベッドにもぐりこんだ。
*
お昼休憩をもらうと、外に出た。
令子さんに電話をかけたが出ない。
まだ仕事中なのかもしれない。
外はひどく暑かったが、ぶらぶら歩き続けた。
昼のまかないのカレーが少し胃にもたれている。
自動販売機でアイスコーヒーを買って飲みながら汗をぬぐっていると、令子さんから電話がかかってきた。
『いま大丈夫?』
「外にいるんで平気です。令子さん、職場からですか?」
「ううん。私も外。こうやって話すの、ずいぶん久しぶりみたいに感じるね』
いつも通りの令子さんの声を聞いてほっとした。
「そうですね。元気でしたか?」
『元気だよ。新君は?』
「元気です。今度、会えますか?」
令子さんは小さく笑った。
『会うってお店で?』
「違います。デート、みたいな」
そっかぁ……と令子さんは少し困ったような声を漏らした。
「迷惑ですか?」
『迷惑じゃないよ。私も会いたい。でも、焦りたくないんだ。あのね、母と杏奈に話したの。新君のことが気になってるって。できたらちゃんとお付き合いしたいって』
驚いたけどすごく嬉しかった。
令子さんは僕とのことを真剣に考えてくれていた。
でも、彼女の家族はどう思っただろう。
汗がぶわっと噴き出した。
『でも、二人ともいい顔はしなかった。意外だったけど、母の方が反対してね。年齢が離れすぎてるって。遊びの付き合いはやめてって』
「遊びじゃないです。本気です」
『わかってるけど、まわりはそうは思わないから』
「まわりにどう思われても僕はいいです。気にならないですから」
『それは新君が年下だからだよ。年上の方はすごく気になる。どうしてもね』
令子さんの気持ち。
確かに、僕より彼女のほうが背負っているものは多い。
じゃあ、どうしたらいいんだろう。
『杏奈にはすごい目で睨まれた。しばらく口をきいてもらえなかったよ』
僕のせいで令子さんの家族がぎくしゃくしている。
「令子さんはどうしたいですか?」
『私、新君のことが好き。でも、家族のことも大事。家族を不安にさせたくないんだ』
令子さんが言っていることはわかる。正しい。
でも全然心には入ってこない。
僕は諦めたくない。
「僕が二人に直接話しましょうか。真剣で、将来のこともきちんと考えているって」
これまでに何人かと付き合ってきた。でも長続きはしなかった。おかしくなるほど誰かを好きになったこともない。
でも令子さんは違う。
どこがどう違うのかわからないけど、気づいたら僕の真ん中にいた。
令子さんを逃したら、僕はとても困ったことになる。
『新君が話してもなにも変わらないと思う。たぶん時間が必要なの』
「時間って、どれぐらいですか?」
『私にもわからない。家族が受け入れてくれるまでだから……』
僕が言葉を失っていると、令子さんの静かな声が聞こえてきた。
『ごめんね。私のことなんか好きにならない方がよかったね』
「そんなことないです」僕はなんとか言葉を絞り出す。「二人で会うことはできますか? このまえの、夜の公園みたいに」
彼女が吐くかすかな息の音が聞こえた。
『あのときはたくさん話せて楽しかったね。でも、こそこそ隠れて会ったりしないほうがいいと思う』
キャンプの時の杏奈ちゃんが頭に浮かんだ。
彼女はあのとき既に、僕の中に芽生えはじめた令子さんへの気持ちに気づいていたんじゃないだろうか。
だから僕を拒絶した。
「わかりました」
僕はなんとかそう言った。
「僕は待ちます」
『ごめんね。でも、これからも金曜の夜はお店に行くから』
「本当ですか?」
『うん。それは母も許してくれた。叔父さんも一緒だから大丈夫だろうって』
令子さんが笑ったので、僕もやっと少しだけ笑えた。
会えるならお客さんとしてでもいい。
「杏奈ちゃんも許してくれたんですか?」
『渋々ね。本当は嫌みたいだけど。でも、あの子も大人びたところがあるから、私にも息抜きが必要だと思ってるみたい。あの子なりに心配してくれてるの。一応、たった一人の親だから。あ、そろそろ戻らないと』
じゃあまた金曜日にお店で、と令子さんは言って、電話を切った。
*
令子さんが夢の中に出てきたような気がする。
はっと目が覚めると、一時になっていた。
つけっぱなしのテレビを切ってシャワーを浴びにいく。
熱いお湯を浴びているうちに、頭がはっきりしてきた。
髪をドライヤーで乾かしながら、スマホをチェックする。
令子さんから返信が届いていた。
(夜は電話しにくいから、明日のお昼頃はどう?)
夜は家族と一緒だから電話しにくいのだ。
明日、というかもう今日だが、仕事は早番だ。
同僚に頼んでお昼に休みをもらおう。
(じゃあ明日のお昼頃、電話します。)
そう返信してから息を深く吐き出した。
いろいろ考えることが多すぎる。
お水を一杯飲んで体を冷やしてから、ベッドにもぐりこんだ。
*
お昼休憩をもらうと、外に出た。
令子さんに電話をかけたが出ない。
まだ仕事中なのかもしれない。
外はひどく暑かったが、ぶらぶら歩き続けた。
昼のまかないのカレーが少し胃にもたれている。
自動販売機でアイスコーヒーを買って飲みながら汗をぬぐっていると、令子さんから電話がかかってきた。
『いま大丈夫?』
「外にいるんで平気です。令子さん、職場からですか?」
「ううん。私も外。こうやって話すの、ずいぶん久しぶりみたいに感じるね』
いつも通りの令子さんの声を聞いてほっとした。
「そうですね。元気でしたか?」
『元気だよ。新君は?』
「元気です。今度、会えますか?」
令子さんは小さく笑った。
『会うってお店で?』
「違います。デート、みたいな」
そっかぁ……と令子さんは少し困ったような声を漏らした。
「迷惑ですか?」
『迷惑じゃないよ。私も会いたい。でも、焦りたくないんだ。あのね、母と杏奈に話したの。新君のことが気になってるって。できたらちゃんとお付き合いしたいって』
驚いたけどすごく嬉しかった。
令子さんは僕とのことを真剣に考えてくれていた。
でも、彼女の家族はどう思っただろう。
汗がぶわっと噴き出した。
『でも、二人ともいい顔はしなかった。意外だったけど、母の方が反対してね。年齢が離れすぎてるって。遊びの付き合いはやめてって』
「遊びじゃないです。本気です」
『わかってるけど、まわりはそうは思わないから』
「まわりにどう思われても僕はいいです。気にならないですから」
『それは新君が年下だからだよ。年上の方はすごく気になる。どうしてもね』
令子さんの気持ち。
確かに、僕より彼女のほうが背負っているものは多い。
じゃあ、どうしたらいいんだろう。
『杏奈にはすごい目で睨まれた。しばらく口をきいてもらえなかったよ』
僕のせいで令子さんの家族がぎくしゃくしている。
「令子さんはどうしたいですか?」
『私、新君のことが好き。でも、家族のことも大事。家族を不安にさせたくないんだ』
令子さんが言っていることはわかる。正しい。
でも全然心には入ってこない。
僕は諦めたくない。
「僕が二人に直接話しましょうか。真剣で、将来のこともきちんと考えているって」
これまでに何人かと付き合ってきた。でも長続きはしなかった。おかしくなるほど誰かを好きになったこともない。
でも令子さんは違う。
どこがどう違うのかわからないけど、気づいたら僕の真ん中にいた。
令子さんを逃したら、僕はとても困ったことになる。
『新君が話してもなにも変わらないと思う。たぶん時間が必要なの』
「時間って、どれぐらいですか?」
『私にもわからない。家族が受け入れてくれるまでだから……』
僕が言葉を失っていると、令子さんの静かな声が聞こえてきた。
『ごめんね。私のことなんか好きにならない方がよかったね』
「そんなことないです」僕はなんとか言葉を絞り出す。「二人で会うことはできますか? このまえの、夜の公園みたいに」
彼女が吐くかすかな息の音が聞こえた。
『あのときはたくさん話せて楽しかったね。でも、こそこそ隠れて会ったりしないほうがいいと思う』
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彼女はあのとき既に、僕の中に芽生えはじめた令子さんへの気持ちに気づいていたんじゃないだろうか。
だから僕を拒絶した。
「わかりました」
僕はなんとかそう言った。
「僕は待ちます」
『ごめんね。でも、これからも金曜の夜はお店に行くから』
「本当ですか?」
『うん。それは母も許してくれた。叔父さんも一緒だから大丈夫だろうって』
令子さんが笑ったので、僕もやっと少しだけ笑えた。
会えるならお客さんとしてでもいい。
「杏奈ちゃんも許してくれたんですか?」
『渋々ね。本当は嫌みたいだけど。でも、あの子も大人びたところがあるから、私にも息抜きが必要だと思ってるみたい。あの子なりに心配してくれてるの。一応、たった一人の親だから。あ、そろそろ戻らないと』
じゃあまた金曜日にお店で、と令子さんは言って、電話を切った。
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