まずい飯が食べたくて

森園ことり

文字の大きさ
上 下
29 / 42
7 叔父さんの天麩羅

7 叔父さんの天麩羅(3)

しおりを挟む
 一週間分の洗濯物をして、軽く掃除をすると腹が減ってきた。
 朝からコーヒーしか飲んでいない。

 作るのも面倒だったので、外に食べに行くことにした。
 中途半端な午前中に空いてるのはファミレスぐらいだ。

 近所のファミレスに行くと、モーニングを頼んだ。ベーコンエッグとパンケーキ。
 先にドリンクコーナーからコーヒーを取ってきて、飲みながら叔父さんにメールした。


(神楽坂の店の話は断りました。これからもよろしくお願いします。)


 数分後、叔父さんから返信が来た。


(ばかか(笑))


 朝のファミリーレストランはとてものんびりした空気が流れている。年配の夫婦の姿が多い。
 年をとったらこうした場所で気軽に食事をすますのもいいかもしれない。

 令子さんはいま、仕事中だろう。
 お昼はいつも何を食べるんだろう?
 今夜はなにを話そう。

 ぼんやり考えていると、しばらくして笑顔の店員が料理を運んできてくれた。
 ベーコンエッグに醤油をたらしながら、これからの生活について考えをめぐらす。

 居酒屋の給料だけでは生活は苦しいだろう。
 もっと家賃の安いところに引っ越すか、昼間、別のところで働くか。

 二つの卵はちょうどいい感じの半熟だ。
 それをフォークの先でつぶして、ベーコンにからめて食べる。
 おいしい。

 次に二段重ねのパンケーキにとりかかる。バターとメープルシロップをたっぷりつけて頬張る。甘いけどおいしい。
 パンケーキなんか久しぶりだ。それほど大きくはないので朝食にちょうどいい。
 一時間ぐらいゆっくりファミレスで過ごしてから、叔父さんの家に向かった。

 叔父さんはこの土地の生まれだ。
 昔からあまり変わらない東京の下町。

 少し歩けば、自分と似たような服装、似たような顔つきをしている住人たちとすれ違う。
 それがいまは心地いいらしい。

 駅から歩いて十分ほどの好立地に、叔父さんの家はある。
 もともと平屋だったのを、叔父さんが高校生の頃に二階建てに建て替えた。
 小さな庭もあり、小ぶりの紅葉と沈丁花が植えてある。少し雑草が茂ってきているが、荒れ果てた印象はない。

 僕は門扉を開けて玄関まで歩いて行くと、呼び鈴を鳴らした。

『はい』

 すぐに叔父さんらしき声が応答した。

「新です」

 はいよー、という声が聞こえて、ドアが開いた。
 叔父さんはスウェットの上下で、髪には寝ぐせがついている。
 寝ていたのか、それとも起きてそのまま何かしていたのかはわからない。

「どうした?」

 驚いた顔で叔父さんはたずねた。

「ちょっと近くまで来たんで寄ってみました」
「さっきのメール、驚いたぞ。いいのか?」
「もう返事しちゃったんで。取り消せません」

 あーあと叔父さんは苦笑した。

「誰なの、こうちゃん」

 声と共に廊下の向こうから年配の女性がゆっくり歩いてくる。
 怪訝そうな表情でこちらを見ている白髪の女性は、叔父さんの母親であり、僕の祖母である恵子おばあちゃんだろう。

「新だよ」
「新?」
「姉さんの息子」
「ああ、新君なの? 久しぶりねえ……すっかり大人になっちゃって」

 おばあちゃんは以前会った時よりだいぶ皺が増えて、体も二回りぐらい小さくなっている。
 でもやさしい笑顔は昔と変わらない。

「お久しぶりです。突然お邪魔してすみません」
「来てくれて嬉しいわ」
「あがってあがって」と叔父さんが手招きする。
「お邪魔じゃないですか?」
「他人じゃないんだから遠慮すんな」

 お茶いれるわね、とおばあちゃんは慌てたように奥に歩いていく。

「俺があとで用意するからいいよ。母さんは休んでて」

 叔父さんは奥に向かってそう言うと、頭をかきながら客用のスリッパを出した。二階に上がる階段を指さす。

「俺の部屋、二階だから」

 叔父さんのあとについて、階段を上がっていく。
 二階は二部屋あり、どちらの部屋もドアを開け放してあった。
 明るい陽射しが差し込んでいる奥の部屋に叔父さんは入っていく。

 テレビがつけっぱなしで、畳の上には布団が敷いたままだ。
 叔父さんは布団をぐるんと二つ折りにすると、足でぐいと壁際に寄せた。

 八畳ほどの部屋は思ったより片付いている。というか、物がほとんどない。
 大きな箪笥と小ぶりのテーブル、テレビと小さなCDラジカセしかない。
 テーブルの上には未開封のカップラーメンと電気ポットと湯呑がある。

「朝食まだでした?」
「ん? ああ……カップラーメンでも食べようかと思ってたとこ」

 叔父さんはリモコンでテレビのボリュームを下げた。ニュース番組がついている。
 窓が開け放してあるので、心地いい風を感じた。

「ちょっと待っててな」

 叔父さんはそう言って部屋を出ていくと、しばらくして烏龍茶の大きなペットボトルと紙コップを持ってきた。

「新がうちに来るなんて珍しいこともあるもんだ」

 叔父さんは笑いながら烏龍茶を注いでくれる。

「足、崩しなよ」

 僕は正座していたが、そう言われてあぐらをかいた。

「なんで神楽坂の店断ったんだよ」
「なんででしょうね」

 叔父さんはあきれ顔で笑う。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

元体操のお兄さんとキャンプ場で過ごし、筋肉と優しさに包まれた日――。

立坂雪花
恋愛
夏休み、小日向美和(35歳)は 小学一年生の娘、碧に キャンプに連れて行ってほしいと お願いされる。 キャンプなんて、したことないし…… と思いながらもネットで安心快適な キャンプ場を調べ、必要なものをチェックしながら娘のために準備をし、出発する。 だが、当日簡単に立てられると思っていた テントに四苦八苦していた。 そんな時に現れたのが、 元子育て番組の体操のお兄さんであり 全国のキャンプ場を巡り、 筋トレしている動画を撮るのが趣味の 加賀谷大地さん(32)で――。

ロボ彼がしたい10のこと

猫屋ちゃき
ライト文芸
恋人の死に沈んでいる星奈のもとに、ある日、怪しげな二人組が現れる。 その二人組はある人工知能およびロボット制御の研究員を名乗り、星奈に人型ロボットのモニターになってくれないかと言い出す。 人間の様々な感情や経験のサンプルを採らせるのがモニターの仕事で、謝礼は弾むという。 高額の謝礼と、その精巧な人形に見える人型ロボットが亡くなった恋人にどことなく似ていることに心惹かれ、星奈はモニターを引き受けることに。 モニターの期間は三ヶ月から半年。 買い物に行ったり、映画を見たり、バイトをしたり…… 星奈とロボットの彼・エイジの、【したいことリスト】をひとつひとつ叶えていく日々が始まった。

若奥様は緑の手 ~ お世話した花壇が聖域化してました。嫁入り先でめいっぱい役立てます!

古森真朝
恋愛
意地悪な遠縁のおばの邸で暮らすユーフェミアは、ある日いきなり『明後日に輿入れが決まったから荷物をまとめろ』と言い渡される。いろいろ思うところはありつつ、これは邸から出て自立するチャンス!と大急ぎで支度して出立することに。嫁入り道具兼手土産として、唯一の財産でもある裏庭の花壇(四畳サイズ)を『持参』したのだが――実はこのプチ庭園、長年手塩にかけた彼女の魔力によって、神域霊域レベルのレア植物生息地となっていた。 そうとは知らないまま、輿入れ初日にボロボロになって帰ってきた結婚相手・クライヴを救ったのを皮切りに、彼の実家エヴァンス邸、勤め先である王城、さらにお世話になっている賢者様が司る大神殿と、次々に起こる事件を『あ、それならありますよ!』とプチ庭園でしれっと解決していくユーフェミア。果たして嫁ぎ先で平穏を手に入れられるのか。そして根っから世話好きで、何くれとなく構ってくれるクライヴVS自立したい甘えベタの若奥様の勝負の行方は? *カクヨム様で先行掲載しております

とある女房たちの物語

ariya
ライト文芸
時は平安時代。 留衣子は弘徽殿女御に仕える女房であった。 宮仕えに戸惑う最中慣れつつあった日々、彼女の隣の部屋の女房にて殿方が訪れて……彼女は男女の別れ話の現場を見聞きしてしまう。 ------------------ 平安時代を舞台にしていますが、カタカナ文字が出てきたり時代考証をしっかりとはしていません。 ------------------ 小説家になろう、カクヨムにも掲載しています。

もしもしお時間いいですか?

ベアりんぐ
ライト文芸
 日常の中に漠然とした不安を抱えていた中学1年の智樹は、誰か知らない人との繋がりを求めて、深夜に知らない番号へと電話をしていた……そんな中、繋がった同い年の少女ハルと毎日通話をしていると、ハルがある提案をした……。  2人の繋がりの中にある感情を、1人の視点から紡いでいく物語の果てに、一体彼らは何をみるのか。彼らの想いはどこへ向かっていくのか。彼の数年間を、見えないレールに乗せて——。 ※こちらカクヨム、小説家になろう、Nola、PageMekuでも掲載しています。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。

海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。 ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。 「案外、本当に君以外いないかも」 「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」 「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」 そのドクターの甘さは手加減を知らない。 【登場人物】 末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。   恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる? 田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い? 【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

異世界居酒屋「陽羽南」~異世界から人外が迷い込んできました~

八百十三
ファンタジー
東京都新宿区、歌舞伎町。 世界有数の繁華街に新しくオープンした居酒屋「陽羽南(ひばな)」の店員は、エルフ、獣人、竜人!? 異世界から迷い込んできた冒険者パーティーを率いる犬獣人の魔法使い・マウロは、何の因果か出会った青年実業家に丸め込まれて居酒屋で店員として働くことに。 仲間と共に働くにつれてこちらの世界にも馴染んできたところで、彼は「故郷の世界が直面する危機」を知る―― ●コンテスト・小説大賞選考結果記録 第10回ネット小説大賞一次選考通過 ※小説家になろう、カクヨム、ノベルアップ+、エブリスタにも並行して投稿しています https://ncode.syosetu.com/n5744eu/ https://kakuyomu.jp/works/1177354054886816699 https://novelup.plus/story/630860754 https://estar.jp/novels/25628712

処理中です...