23 / 42
6 杏奈ちゃんの蕎麦
6 杏奈ちゃんの蕎麦(2)
しおりを挟む
「先輩、あんなとこでぼーっとしてなにしてたんです? 考え事ですか?」
「ちょっとな……」
「仕事のことですか? 石川さんでしたっけ。あの人の店で働くことに決めたんですよね?」
答えたくなくて無言で歩き続けた。
「あの、先輩。あれから令子さん、僕の話なんかしたりしました?」
は? と僕は七尾を振り返った。
「なんで令子さんがお前の話をするんだよ」
「キャンプに誘ってくれたのは、令子さんの意思もあるのかなぁって」
「お前を誘ったのは俺の意思だよ。男手が多いほうがなにかと便利かと思ったから。そう説明したよな」
「それは建前で、実は僕と令子さんをくっつけようとしてくれてるのかなあって思ったんですけど」
「そんなわけあるか。あのな、令子さんに変なちょっかいだすなよ。これは本気で言ってるからな」
七尾はむっとした顔をした。
「ちょっかいってひどい。僕は本気です。令子さんを正式にデートに誘いたいとも思ってますから」
正式にって。
「令子さんとじゃ年齢が離れすぎてるだろ」
「人を好きになるのに年齢なんて関係ありませんよ」
それはそうだが、それは覚悟がある場合に限るだろう。
アプリで出会った子をデートに誘うのとはわけが違う。
だいたい彼女はうちの大事な常連さんだ。
僕のせいで嫌な思いはしてほしくない。
それに、彼女には杏奈ちゃんがいる。
令子さんを好きになるなら、杏奈ちゃんの存在は切り離せない。
「本気なら、杏奈ちゃんのことも考えてるんだろうな。安易に手を出して、令子さんを傷つけるまねだけはするなよ」
七尾は少し黙りこんだ。
しばらく無言で歩き続けたあと、彼は僕をちらっと見た。
「なんか先輩、やけにむきになってませんか。もしかして令子さんと先輩、なにかあるんですか? それなら僕……」
「あるわけないだろ。大切なうちのお客さんだから心配してるんだよ」
七尾はこちらを見続けたけれど、僕はまっすぐ前を向いていた。
確かに僕はちょっとむきになってるかもしれない。
夜のスーパーで会ってから、なぜか令子さんのことが気になる。
しばらくして、七尾がいつもの明るい声で言った。
「そうそう、杏奈ちゃんがみんなに折り紙で風船を作ってきてくれたんですよ。きれいな和柄で、とってもかわいいんです。先輩のもありますよ」
「そっか……」
みんなに紙風船の贈り物。
さっきの杏奈ちゃんの様子とのギャップに戸惑いながら、僕はこくこくとうなずいた。
みんなのところに戻ると、完成したテントの前でみんなが楽しそうに談笑していた。
コーヒーのいい香りが漂っている。
バーベキューコンロにフライパンを置き、須賀田君がバナナを焼いていた。軽くキャラメリゼして、軽いおやつにするようだ。
他の人たちは焚火台を囲みながらチェアに座り、コーヒーを飲んでいる。
杏奈ちゃんだけは紙パックのジュースを両手で握り、じゅうじゅうと焼けているバナナを見つめていた。
彼女の表情が穏やかで安心した。
令子さんもコーヒーを飲みながら、笑顔で叔父さんや美津子さんと話し込んでいる。
「先輩を無事発見して連れ帰りましたー」
七尾がふざけてそう言うと、みんなが僕を見た。
「団体行動できないタイプか」
叔父さんの言葉にみんなが笑う。
令子さんはどこかすまなそうな表情を浮かべているように見えた。
僕は笑いながら、「おさわがせしました」と頭を下げた。
空いていたチェアに腰をおろすと、須賀田君がコーヒーが入ったマグカップを持ってきてくれた。
「少しぬるくなってしまったかもしれませんが、どうぞ」
「ありがとう。焼きバナナおいしそうだね」
彼はにっこり微笑む。
「食べていただくのは緊張します」
「出されたものはなんでもおいしくいただくよ」
須賀田君はくすりと笑って持ち場に戻っていった。
叔父さんは後ろに倒れそうなぐらいチェアに身を預けて足を放り投げている。
「叔父さん、魚は釣れました?」
「釣れたよ」
「なにが釣れたんですか」
「ヤマメ」
てっきりボウズかと思っていたので驚いた。
「すごいじゃないですか」
叔父さんはにやりとすると、近くに置いてあったバケツを持って僕に見せにきた。
思ったより大きな魚が二匹、狭いバケツの中で泳いでいる。
「二匹も」
ふふんと叔父さんは得意そうに顎をあげた。
「まあ、釣りは若い頃からやってたからな。勘は鈍ってなかったってことだ」
「釣れた時は大興奮でしたよ。私はだめだったけど」と美津子さん。「でも、釣竿なんてはじめて使ったから楽しかった。またやりたいな」
できましたよーと須賀田君が焼きバナナを皿にのせてみんなに配りはじめた。
甘いバナナの匂いがふんわり漂う。
焼きたてのバナナはとろりとやわらかく、キャラメリゼがほろ苦くておいしかった。コーヒーにもよく合う。
杏奈ちゃんも全部たいらげていた。
そのあとみんなでフリスビーをした。昔からある定番の遊びだけど、久しぶりにやってみると意外と盛り上がった。
次に須賀田君がバトミントンを取り出すと、真っ先に七尾が相手役を買って出た。
叔父さんはなぜかシャトル拾い。
杏奈ちゃんは美津子さんとシロツメクサを摘んで花冠作りをはじめる。
令子さんは新しくコーヒーを淹れると、ゆっくりみんなから離れて歩いていった。
僕はそんな令子さんの後ろ姿を見守りながら、バーベキューの支度をはじめた。
*
「ちょっとな……」
「仕事のことですか? 石川さんでしたっけ。あの人の店で働くことに決めたんですよね?」
答えたくなくて無言で歩き続けた。
「あの、先輩。あれから令子さん、僕の話なんかしたりしました?」
は? と僕は七尾を振り返った。
「なんで令子さんがお前の話をするんだよ」
「キャンプに誘ってくれたのは、令子さんの意思もあるのかなぁって」
「お前を誘ったのは俺の意思だよ。男手が多いほうがなにかと便利かと思ったから。そう説明したよな」
「それは建前で、実は僕と令子さんをくっつけようとしてくれてるのかなあって思ったんですけど」
「そんなわけあるか。あのな、令子さんに変なちょっかいだすなよ。これは本気で言ってるからな」
七尾はむっとした顔をした。
「ちょっかいってひどい。僕は本気です。令子さんを正式にデートに誘いたいとも思ってますから」
正式にって。
「令子さんとじゃ年齢が離れすぎてるだろ」
「人を好きになるのに年齢なんて関係ありませんよ」
それはそうだが、それは覚悟がある場合に限るだろう。
アプリで出会った子をデートに誘うのとはわけが違う。
だいたい彼女はうちの大事な常連さんだ。
僕のせいで嫌な思いはしてほしくない。
それに、彼女には杏奈ちゃんがいる。
令子さんを好きになるなら、杏奈ちゃんの存在は切り離せない。
「本気なら、杏奈ちゃんのことも考えてるんだろうな。安易に手を出して、令子さんを傷つけるまねだけはするなよ」
七尾は少し黙りこんだ。
しばらく無言で歩き続けたあと、彼は僕をちらっと見た。
「なんか先輩、やけにむきになってませんか。もしかして令子さんと先輩、なにかあるんですか? それなら僕……」
「あるわけないだろ。大切なうちのお客さんだから心配してるんだよ」
七尾はこちらを見続けたけれど、僕はまっすぐ前を向いていた。
確かに僕はちょっとむきになってるかもしれない。
夜のスーパーで会ってから、なぜか令子さんのことが気になる。
しばらくして、七尾がいつもの明るい声で言った。
「そうそう、杏奈ちゃんがみんなに折り紙で風船を作ってきてくれたんですよ。きれいな和柄で、とってもかわいいんです。先輩のもありますよ」
「そっか……」
みんなに紙風船の贈り物。
さっきの杏奈ちゃんの様子とのギャップに戸惑いながら、僕はこくこくとうなずいた。
みんなのところに戻ると、完成したテントの前でみんなが楽しそうに談笑していた。
コーヒーのいい香りが漂っている。
バーベキューコンロにフライパンを置き、須賀田君がバナナを焼いていた。軽くキャラメリゼして、軽いおやつにするようだ。
他の人たちは焚火台を囲みながらチェアに座り、コーヒーを飲んでいる。
杏奈ちゃんだけは紙パックのジュースを両手で握り、じゅうじゅうと焼けているバナナを見つめていた。
彼女の表情が穏やかで安心した。
令子さんもコーヒーを飲みながら、笑顔で叔父さんや美津子さんと話し込んでいる。
「先輩を無事発見して連れ帰りましたー」
七尾がふざけてそう言うと、みんなが僕を見た。
「団体行動できないタイプか」
叔父さんの言葉にみんなが笑う。
令子さんはどこかすまなそうな表情を浮かべているように見えた。
僕は笑いながら、「おさわがせしました」と頭を下げた。
空いていたチェアに腰をおろすと、須賀田君がコーヒーが入ったマグカップを持ってきてくれた。
「少しぬるくなってしまったかもしれませんが、どうぞ」
「ありがとう。焼きバナナおいしそうだね」
彼はにっこり微笑む。
「食べていただくのは緊張します」
「出されたものはなんでもおいしくいただくよ」
須賀田君はくすりと笑って持ち場に戻っていった。
叔父さんは後ろに倒れそうなぐらいチェアに身を預けて足を放り投げている。
「叔父さん、魚は釣れました?」
「釣れたよ」
「なにが釣れたんですか」
「ヤマメ」
てっきりボウズかと思っていたので驚いた。
「すごいじゃないですか」
叔父さんはにやりとすると、近くに置いてあったバケツを持って僕に見せにきた。
思ったより大きな魚が二匹、狭いバケツの中で泳いでいる。
「二匹も」
ふふんと叔父さんは得意そうに顎をあげた。
「まあ、釣りは若い頃からやってたからな。勘は鈍ってなかったってことだ」
「釣れた時は大興奮でしたよ。私はだめだったけど」と美津子さん。「でも、釣竿なんてはじめて使ったから楽しかった。またやりたいな」
できましたよーと須賀田君が焼きバナナを皿にのせてみんなに配りはじめた。
甘いバナナの匂いがふんわり漂う。
焼きたてのバナナはとろりとやわらかく、キャラメリゼがほろ苦くておいしかった。コーヒーにもよく合う。
杏奈ちゃんも全部たいらげていた。
そのあとみんなでフリスビーをした。昔からある定番の遊びだけど、久しぶりにやってみると意外と盛り上がった。
次に須賀田君がバトミントンを取り出すと、真っ先に七尾が相手役を買って出た。
叔父さんはなぜかシャトル拾い。
杏奈ちゃんは美津子さんとシロツメクサを摘んで花冠作りをはじめる。
令子さんは新しくコーヒーを淹れると、ゆっくりみんなから離れて歩いていった。
僕はそんな令子さんの後ろ姿を見守りながら、バーベキューの支度をはじめた。
*
0
お気に入りに追加
13
あなたにおすすめの小説
元体操のお兄さんとキャンプ場で過ごし、筋肉と優しさに包まれた日――。
立坂雪花
恋愛
夏休み、小日向美和(35歳)は
小学一年生の娘、碧に
キャンプに連れて行ってほしいと
お願いされる。
キャンプなんて、したことないし……
と思いながらもネットで安心快適な
キャンプ場を調べ、必要なものをチェックしながら娘のために準備をし、出発する。
だが、当日簡単に立てられると思っていた
テントに四苦八苦していた。
そんな時に現れたのが、
元子育て番組の体操のお兄さんであり
全国のキャンプ場を巡り、
筋トレしている動画を撮るのが趣味の
加賀谷大地さん(32)で――。
ロボ彼がしたい10のこと
猫屋ちゃき
ライト文芸
恋人の死に沈んでいる星奈のもとに、ある日、怪しげな二人組が現れる。
その二人組はある人工知能およびロボット制御の研究員を名乗り、星奈に人型ロボットのモニターになってくれないかと言い出す。
人間の様々な感情や経験のサンプルを採らせるのがモニターの仕事で、謝礼は弾むという。
高額の謝礼と、その精巧な人形に見える人型ロボットが亡くなった恋人にどことなく似ていることに心惹かれ、星奈はモニターを引き受けることに。
モニターの期間は三ヶ月から半年。
買い物に行ったり、映画を見たり、バイトをしたり……
星奈とロボットの彼・エイジの、【したいことリスト】をひとつひとつ叶えていく日々が始まった。
若奥様は緑の手 ~ お世話した花壇が聖域化してました。嫁入り先でめいっぱい役立てます!
古森真朝
恋愛
意地悪な遠縁のおばの邸で暮らすユーフェミアは、ある日いきなり『明後日に輿入れが決まったから荷物をまとめろ』と言い渡される。いろいろ思うところはありつつ、これは邸から出て自立するチャンス!と大急ぎで支度して出立することに。嫁入り道具兼手土産として、唯一の財産でもある裏庭の花壇(四畳サイズ)を『持参』したのだが――実はこのプチ庭園、長年手塩にかけた彼女の魔力によって、神域霊域レベルのレア植物生息地となっていた。
そうとは知らないまま、輿入れ初日にボロボロになって帰ってきた結婚相手・クライヴを救ったのを皮切りに、彼の実家エヴァンス邸、勤め先である王城、さらにお世話になっている賢者様が司る大神殿と、次々に起こる事件を『あ、それならありますよ!』とプチ庭園でしれっと解決していくユーフェミア。果たして嫁ぎ先で平穏を手に入れられるのか。そして根っから世話好きで、何くれとなく構ってくれるクライヴVS自立したい甘えベタの若奥様の勝負の行方は?
*カクヨム様で先行掲載しております
とある女房たちの物語
ariya
ライト文芸
時は平安時代。
留衣子は弘徽殿女御に仕える女房であった。
宮仕えに戸惑う最中慣れつつあった日々、彼女の隣の部屋の女房にて殿方が訪れて……彼女は男女の別れ話の現場を見聞きしてしまう。
------------------
平安時代を舞台にしていますが、カタカナ文字が出てきたり時代考証をしっかりとはしていません。
------------------
小説家になろう、カクヨムにも掲載しています。
もしもしお時間いいですか?
ベアりんぐ
ライト文芸
日常の中に漠然とした不安を抱えていた中学1年の智樹は、誰か知らない人との繋がりを求めて、深夜に知らない番号へと電話をしていた……そんな中、繋がった同い年の少女ハルと毎日通話をしていると、ハルがある提案をした……。
2人の繋がりの中にある感情を、1人の視点から紡いでいく物語の果てに、一体彼らは何をみるのか。彼らの想いはどこへ向かっていくのか。彼の数年間を、見えないレールに乗せて——。
※こちらカクヨム、小説家になろう、Nola、PageMekuでも掲載しています。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。
海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。
ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。
「案外、本当に君以外いないかも」
「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」
「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」
そのドクターの甘さは手加減を知らない。
【登場人物】
末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。
恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる?
田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い?
【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】
異世界居酒屋「陽羽南」~異世界から人外が迷い込んできました~
八百十三
ファンタジー
東京都新宿区、歌舞伎町。
世界有数の繁華街に新しくオープンした居酒屋「陽羽南(ひばな)」の店員は、エルフ、獣人、竜人!?
異世界から迷い込んできた冒険者パーティーを率いる犬獣人の魔法使い・マウロは、何の因果か出会った青年実業家に丸め込まれて居酒屋で店員として働くことに。
仲間と共に働くにつれてこちらの世界にも馴染んできたところで、彼は「故郷の世界が直面する危機」を知る――
●コンテスト・小説大賞選考結果記録
第10回ネット小説大賞一次選考通過
※小説家になろう、カクヨム、ノベルアップ+、エブリスタにも並行して投稿しています
https://ncode.syosetu.com/n5744eu/
https://kakuyomu.jp/works/1177354054886816699
https://novelup.plus/story/630860754
https://estar.jp/novels/25628712
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる